怪男児 麿赤兒がゆく 憂き世 戯れて候ふ

著者 : 麿赤兒
  • 朝日新聞出版 (2011年10月7日発売)
4.20
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  • 7レビュー
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784023309814

作品紹介

70年代熱血のアングラ奮闘記。舞踏集団「大駱駝艦」率いて40年。はじめての痛快自伝エッセイ。

怪男児 麿赤兒がゆく 憂き世 戯れて候ふの感想・レビュー・書評

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  • ここ最近読んだ中で、間違いなくいっちばん面白かった本。

    お芝居好きにはこたえられないけど、芝居好きじゃなくても
    最高に面白いです。2日で読みきったですが、早く読みたいのに
    終わるのが惜しくて。

    60年代の演劇をやっていた方々、時代の空気などが活写されてて
    私自身はそれよりずっとずっと後の世代で生まれてすらいないのに、
    やはり、今の学生より、いろんなことを考えてた世代だったんだなあ
    って思いました。

    もうねえ、抱腹絶倒・破天荒。
    なのに礼儀正しくて、血が熱くて…。

    一行目から引き込まれます。
    読んで下さい。ワクワクするから!

    なにかをつくるとか熱中するとかは、やっぱりこうでなきゃ出来ない!
    そう思わされます。

    そして自分の中にも、熱く荒ぶる何かがあるって
    揺さぶられます!

    痛快!麿赤兒 さん、ほんとカッコイイです!

  • まさに舞踏家!文体も踊るような感じ。麿赤兒の魅力が詰まっている。新宿騒乱のことが知りたくて読んでみたけどそれ以外の箇所もドラマチックで面白い

  • 70年代熱血のアングラ奮闘記。舞踏集団「大駱駝艦」率いて40年。はじめての痛快自伝エッセイ。

    読了日 2013年4月14日
    いっきに読む。2001年に夭折した、古川あんずさんの師匠の波瀾万丈の半生記。アラーキーの7枚の扉のモノクロ写真もいい。最後の1行が素敵だ。
    朝日新聞出版・2011

  • ・麿赤兒「快男児 麿赤兒がゆく 憂き世戯れて候ふ」(朝日新聞出版)の 冒頭に、本書は「一九六一(昭和三十六)年に奈良県の畝傍高校を卒業し、芝居を志して上京以来四十歳に至るまでの私の恍惚の日々の一端で ある。」(1頁)とある。大雑把に言へば麿の半生記であらう。ただし、あくまで「一端」である。上京から四十歳までの人生のいくつかのエ ピソードの積み重ねである。それがおもしろい。「恍惚といってもいま思えばの謂であり、有り体にいうと狂乱乱舞といったほうがいいかもし れない。何か得体の知れないモノに取り憑かれ、血がたぎり熱に浮かされていたのだ。」(同前)といふそのエピソードが、それゆゑにおもし ろい。役者以前は、たぶんさうなのだらうと私は想像するだけだが、60年代の雰囲気にあふれてをり、その中に浸りきる若き麿の姿が楽し い。楽しいなどと書いては失礼なのだが、さういふ時代を味ははなかつた人間には、やはり楽しきかな、青春と思へるのである。
    ・私が麿を知つた時、麿は既に大駱駝艦の中心人物として勇名を馳せてゐた。麿が状況劇場で役者をしていたといふことは後に知つたことで、 私は駱駝の舞踏からそんなことを考へもしなかつたのである。本書にはその状況劇場時代のことも詳しい。唐十郎との出会ひ、麿はそれ以前に も役者をしてゐたのだが、これで麿の人生と方向は決まつた。その出会ひが劇的と言へるかどうか。これは「その二 芝居者青春舞遊伝」の 「風月堂の常連客」あたりに詳しい。簡単に言へば、風月堂常連たる麿の元に唐が台本持参で参上したといふだけのことである。これは「月笛 葬法」といふごく短い台本であつた。「たったこれだけであったが、俺は異常に興奮していた。」(58頁)そして「どうやら運命的な出会い になりそうだという予感があった。」(59頁)それゆゑにか、麿は唐と李礼仙のアパートに転がり込むことになる。さうして状況の役者やバ イトの金粉ショーをやりながら、土方巽とも出会ふのである。どちらも麿には運命的、決定的な出会ひであらう。駱駝の舞踏等で見せる、あの 麿の容貌魁偉の様々なる変形はここで決まつたのである。私はそれがほとんどできあがつた段階しか知らないわけで、その意味では非常に残念 なことであつたと思ふ。それでも、ここに書かれている様々なエピソードの持ち主だからこそあんな舞踏もできるのである。あれには土方譲り のところもあるのだらうと私は想像するのだが、駱駝を母艦とするいくつかのグループを観るにつけても、麿の容貌魁偉は麿にしかないと思 ふ。そして、やはり文は人なりであるとも思ふ。本書にはそんな麿が実によく出てゐる。エピソードもおもしろいが、麿といふ人とその文章も またおもしろいのである。その意味で、舞踏とは関係のないエピソードが貴重である。「その四 武士は死せず、ただ消え去るのみ テロリス トM氏虚実会見記」、これは軍人だつた麿の父親に関するエピソードである。このM氏は三上卓である。三上は父親の陸士(?)同期、「五・ 一五事件の首謀者で」(148頁)ある。麿の、三上への来意を告げての訪問記である。麿は父のことを尋ねつつ、あはよくば「芝居のための 資金」(同前)を三上から得ようと考へたらしい。しかし資金の方はかなはなかつた。ここでのやりとり、何のことはないといふより、むしろ とぼけた感じのやりとりなのだが、それが却つて麿の容貌魁偉とは異なる側面を示してゐておもしろい。三上も、同輩の息子とはいへ、ざつく ばらんに麿に対してゐる。麿赤兒に三上卓が出てこようとは思ひもしなかつた。これは個人的な収穫であつた。舞踏ならずとも麿はおもしろ い。

  • 麿赤児

    名文である。文章の密度が濃いというか、隙がないというか。
    京極夏彦的な濃さではなく、より優しく孤高な濃さとも言える。

    抜群にリズムが良くて、とっとっとっと読まされる。

    脚本も書かれるのだから、プロの文筆家とも言えるがこのような自伝とは又別物。

    ガンを克服し、己の来し方をまとめてとどめておこうと思われたのか。
    最終章に、稽古中に被災した東日本大震災のことにも触れられているので、より一層その感を強められたのかもしれない。

    なぜかあとがきがない。唐突な終わり方だ。
    これは続編でもあると期待していいのだろうか。

    実際、割愛している部分もあると明記されている。

    読みたいです、麿さん。

    あまりにも劇的すぎて、ホント?と思えるようなエピソードもあるのだが。この人ならばあるんでしょうね。

    語彙の豊富さは文学者レヴェル。非常に好ましいのだが、現在では一般向けにはあまりアピールしないか。その点、少し寂しい感じもする。

    最後の方に少しだけ出てくるが、劇団日本維新派。ボクはこの劇団を少しだけ、ほんの少しだけ手伝っていた。現在は維新派となっているようだが。

    まだ、バリバリの白塗り前衛だったころ。町田町蔵(町田康)も在籍していた頃。

    東の大駱駝艦、西の日本維新派と言われていた。

    最初から最後まで、憧れた時代だ。麿赤児さん、ボクよりも大分と世代が上。

    まさにボクにとっては理想的演劇人の人生双六。

    唐十郎、三島由紀夫、埴谷雄高、池田満寿夫、そして寺山修司。

    錚々たる登場人物をさらって描いて、かっこいいなあ。

    あの時代の憧れていた東京、新宿あたりが期待通りに描かれている。

    この思いは今、「深夜食堂」などに続いているのかもしれない。
    と、脱線しかかったところで、まとまらないし、やめておきます。

  • あの絵金の映画
    「魑魅魍魎」の主演男優さんです
    土方巽さん、唐十郎さん、寺山修司さん、千田是也さん
    別役実さん…
    それらが
    気になって仕方ない人は
    それはそれは
    面白いエッセイ集ですよ

  • 2011年10月13日読み始め、読了。
    舞踏家で俳優でもある麿赤兒のエッセイです。ざっくり今までの半生を語ってますが、基本は酒場の親父が武勇伝語ってるみたいな感じです。といっても登場人物は有名人ばかりだし、面白すぎる話ばっかりですが…。
    しかしほんとうにざっくりなんで、物足りない感じは残ります。最後の方なんて「20数年すっ飛ばして現在…」なんて書いてます。飛ばしすぎです。
    麿赤兒さんのお父さんは、軍人で太平洋戦争で亡くなったそうで、顔も知らないそうです。そんな麿さんが父を知る人物と出会う話は切なくもあります。中でも五・一五事件に関わった三上卓とのエピソードは興味深いです。
    余談ですが、息子である大森立嗣、大森南朋のことは全く書かれていません。自分の家族のことはほとんど書いてませんが、現在の奥さん?には少し触れています。

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