チャーズ 中国建国の残火

著者 :
  • 朝日新聞出版
4.40
  • (8)
  • (5)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 50
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784023311503

作品紹介・あらすじ

激しい内戦によって誕生した中国。1947年、中国共産党軍は国民党軍が占拠する長春を食糧封鎖。30万人の民衆を餓死に追い込んだ。7歳の筆者が見たものは?極限状態を生きぬいた日本人少女、魂の実録。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 私の母方の祖父も、満州(長春)にいました。祖父は、13歳ほどで満州に渡ったと聞いています。
    当時は、多くの日本人が、「新天地」に渡りました。
    夢の国、満州と呼ばれていたそうです。
    今とは比較にならないぐらいの日本人が住んでいたと聞いています。

    祖父は、終戦と同時に、日本に帰国した引き揚げ者ですが、当時の状況は、母には語りたがらなかったみたいです。
    「まぁ、ええではないか」が、口癖で、おそらく、たくさんの悲惨な光景を見て、それを思い出したくないんだと思います。

    さて、この『チャーズ』ですが、読んでいくうちに、あまりの著者の過酷な体験に閉口させられます。
    まさに、地獄そのものを経験した人が書くことができる真実です。

    人間が虫けらのように死に、殺され、人権無視の扱いを受け、騙され、屈辱を受けと、、、何も知らない私のような世代
    (83年生まれ)が読んだら、現代とあまりの違いに言葉が出ません(現代は、現代で、残酷ですが、、、)。

    著者が専門である理論物理学を捨て、留学生の援助に自分の存在意義や心の空白を埋める何を見出したのは、
    著者以外、わからないと思いますが、どこまでいっても、人は、自分で行動して、他人から救われるのだと思いました。

    著者の文章力は、そんじょそこらの小説家よりも、はるかに上です。読ませます。是非、一読を!

  • [執念の証明]麻薬中毒患者を治す薬で一旗上げた著者の父は、長春(注:満州国時代の新京)で日本国の敗戦を迎える。中国国内における国共内戦の激化に伴う長春の封鎖がその後始まり、電気・ガス・水・食料の配給が停止。命を守るために長春からの脱出を図る家族であったが、そこで著者を待ち受けていたのは、中国現代史が忘れ去ろうとしている「チャーズ」の地獄であった......。渾身という表現が生易しく聞こえるほどのノンフィクションです。著者は、中国社会科学院社会科学研究所客員研究員などを務められた遠藤誉。


    十数万単位の餓死者(正確な人数は現在も不明)を出したにもかかわらず、その事実が今日においても広く知られていないということにまず衝撃を覚えました。著者やその家族が直面した地獄とも言える現実の描写には圧倒されるばかりですし、遠藤氏がそれを今生のうちに書き残そうとする意志にも「怨念」にも似た強い思いをひしひしと感じました。また、遠藤氏の逃避行とその後の日本引き上げ前の生活から、戦後間もない頃の中国の歴史が実体感を伴って知ることができるのも本書の魅力の一つ。

    〜自分を生み育んだ国への愛と怨念という、アンビバレントな葛藤の中で闘い続けた私は、ふたたび「チャーズ」の事実をここに残したいと思う。中国で公になる日を待たずに、私はこの世から消えていくことになるのかもしれない。それでも私は墓標を建てる。〜

    やっぱりこの人の著書は外せない☆5つ

  • 著者は中国で製薬会社を経営し、中国人、韓国人にも慕われていた日本人社長の娘。巻頭、浴衣のようなかわいいもんぺを着た写真、文章も戦時中の満州の日本人の生活がよくわかる。そこから敗戦、解放区への逃亡、チャーズ、天津、帰国と著者の
    記憶もショックでところどころ飛んでいる壮絶な体験。飼い犬が人間の赤ん坊を食い、餓死者を見た日に露天があり食べ物が売られている景色を見る秩序ない町の状態、兄と弟の死。チャーズでの一斉に新参者流民を強奪する流民、自分はあそこまでされなくて良かったとおびえるそばから「自分たちがそのうち奪う側になるんだよ」と言われる恐怖。「日本人は戦争に負けたことがないんだろ?中国では大昔からいろいろな国が土地を奪い合って人民は次はどっちにつくか負けたときのことをいつも考えてる。この国では負け方を知らない人間は死ぬんだよ!」チャーズを出るときは自らの人脈を利用しすべての人を助けることは叶わないまま脱出。でもそうしなければ生きていたかわからない。著者い命を救うため父は一生かけて借金を返すつもりで月賦でストレマを購入。そのおかげで著者は生きている。子供の命の大切さ。あのとき借金をためらっていたら。。。その後の著者の中国の学校での苦労、特に日米安保の進捗、警察予備隊の発足時の心中はいたたまれない。最後は世話をした日本人からの批判、つるし上げで中国に見切りをつけて帰国する。

  • 本人の言う通り、科学者で中国人の思想をここまで知っている日本人はいないだろう。中国人留学生を支援している姿は立派だと思う。
    このところ、終戦後の手記を読むことが多いが、作者は当時の様子を詳細に記しており、非常に読みやすい。物語テイストという感じである。
    澤地久枝の手記は非常に読み辛かった。おそらく当時のことを思い出すのが辛かったのだと思う。
    これからも著者の作品には注目していきたい。

  • 1948年の国共内戦さ中、国民党の支配下にあった長春市に対して、八路軍(中国共産党)は食糧封鎖を実施する。食糧封鎖とはつまり「兵糧攻め」である。城攻め策戦の一般語としてその言葉はもちろん知っていたが、その残酷さはこの本を読んで初めて知った。それは、社会という領域から人間性が滲み出していく過程であり、人間もまた、(ブランケンブルクの本の題名を借りれば)人間の自然な「自明性の喪失」を体験する。そのことがいかに恐ろしいことであるのかが、生存者によって、幼い子供の言葉で凄烈に語られる。

    ショアー、日中戦争、ナクバ、文革、スレブレニツァ、ルワンダ、ダルフール…。「筆舌に尽くしがたい」悲惨なできごとは、「二度と起きないように」という切なる願いから、それでも語られ、語られ続けてきた。しかしそれでも、「さらにそれでも」、悲劇の再発は繰り返されている。「けれども」「しかしながら」「さらにそれでも」「さらにそれでも」、そして「失敗するとわかっていて、さらにそれでも」、トラウマは語られなければならない。なぜならば、そうすることでしか、私たちの未来の生存可能性は確保することができないからだ。そして私たち一人ひとりは、(私のこのような教諭がいかに陳腐なものであろうとも)ほんとうにトラウマの再発を防止するために、こうしたエピソードを知る義務がある。いや、義務というより「これは命令」(プリーモ・レーヴィ)なのである。

  • ・中国建国前夜。かつて満州国の首都であった長春(満州国では「新京」と呼んでいた)を舞台に凄惨な攻防があったことはあまり知られていない。著者はその長春でギフトールというアヘン中毒に効く薬を作っていた「新京製薬」社長の娘。本書は当時7歳の少女だった著者が1953年の引揚げまでに経験した長春での生活、戦争、凄惨な逃避行を綴ったもの。「人民は飯を食わせてくれる者を支持する」「だから、誰が飯を食わせてくれるのか教えてやれ」という毛沢東の言葉から長春は重囲の中、飢餓による死地と化した。今となっては「为了人民服务(人民に奉仕する)」であるはずの共産党がそんなことをするはずがないと黒い歴史になっている事実だが、本書はそんな歴史の闇を告発する為に書かれている。
    ・「五星紅旗が紅いのは、革命の為に血を流した人民の血に染まっているからだ」というくだりがあるけれども、その人民の血を背負って新中国を建国したはずの中国共産党は、一方でその建前を維持するために多くの民衆の「出血」を強いた。本書に限らず、中国共産党の(文字通りの)黒い歴史に言及する書籍は少なくない。中国文学では紅衛兵世代の作家を中心に「中華民族のルーツを問い直す」潮流を生み、その成果はルーツ文学(寻根文学)という果実を生んだ。その多くは最終的に中国共産党の虚構を暴く方向に筆を進めていくのだが、本書もその系譜に連なると言ってよいかもしれない。冒頭に人民英雄記念碑が出てくるが、英雄を顕彰し、その国家への忠誠を称えるという仕組みはまさしく中国の靖国神社だと思った。英雄と祀り上げる一方で、英雄となることなく国家の犠牲となった人々もいる…。殊に日中戦争や靖国神社参拝の話になると拗れがちな日中関係だが、実は共通点があるものだ。
    ・余談だが、中国を描くには欠かせないものがあると本書を通じて思った。食、曠野、空。どこまでも続く曠野があり、大地と太陽が育んだ食糧があって初めて中国を語り得る。中国という国の持つ巨視的な視点は大地の・空の広さから生まれるのかもしれないと思った。

  • 読了。戦争での負け方、自分の土地で戦争に負けるという事、負け方を知らないという事、最初から最後まで衝撃の内容に引き込まれる。こういう政治的歴史の背景を今の時代にも持ち込むんだろうな。お勧めしずらいけど面白いよ!!

  • 前から気にはなっていたが、きっと悲惨な話だろうと思ってずっと手を出せずにいた本であるが、遠藤さんの『チャイナ・ギャップ』を読んで、遠藤さんを理解するには本書をまず先に読まなくてはと思って読んだ。本書はこれまで名前を変えて何回か出ている。同じかどうか比べたことはないが、その中核は変わらないだろう。それはともかく、本書の著者(遠藤)誉れちゃんは、戦前の新京で、アヘン等の中毒患者を救う薬ギフトールを製造していた製薬会社社長の娘として生まれ、7歳までは幸せに暮らしていた。ところが、日本が負けると新京はソ連の進駐、解放軍の進駐、さらに国民党軍の占領と、支配者がつぎからつぎへと変わり、解放軍を除いては略奪にあう。国民党軍が入ってくると、解放軍に包囲され、解放軍は新京の電気と水と食料を絶つ作戦に出る。国民党軍は空からの補給で生き延びるが、一般市民はつぎつぎと餓死していく。誉ちゃん一家も解放区へ向かって逃げのびていくが、解放区への門は閉ざされ、その間に閉じこめられる。この二つの勢力の中間地帯、閉じこめられた地帯が本書の題名のチャーズである。誉ちゃんの兄や弟はその中で餓死するし、誉ちゃん自身も餓死体の上で寝るという過酷な体験をくり返す。そして最後は結核にさいなまれ腕と足を切断する一歩手前までいきながらも九死に一生を得る。誉ちゃんは、過酷な現実にもてあそばれる中で、少女のみずみずしい感受性で、現実と夢の混在した世界を描き続ける。よくこの過酷な現実の中で生き延びたものだと思う。それは、一つには誉ちゃんが敬愛してやまない立派なお父さんがいたからである。お父さんが新京で中国人や韓国人を大事にしていたおかげで、彼女たちが生き延びることができたと言っても過言ではない。お父さんは磯田さんに「無私の日本人」の一人として書いてもらいたいほどの人である。お父さんは金光教の信者だったようで、信仰は人をここまで強くさせるものかと思う。(それと対称的なのは東おじさんとかで、むしろ、かれのような人間の方が多かったかも知れない)誉ちゃんは、解放区へ入ってからも新中国の光と陰にもてあそばれながらも成長していくが、解放後の政治運動の中で、人としての心を失っていく人々を見たお父さんは、もはやこれまでと技術者としての抑留生活を終え、一家そろって帰国する。誉ちゃんは頭のいい少女で、戦後、筑波大の理論物理の教授にまでなった人だが、その片鱗は彼女が解放区から移った天津の小学校でつづけて首席になったことからもわかる。ほとんど餓死したかに思われた弟も戦後医者になったという。頭のいい家系なのだろう。

  • 国共内戦時において中国共産党軍は長春市への食料封鎖を断行し、何十万の市民を餓死させた。筆者はその餓死体のうえで野宿をしたり、人が人を食べるところを目撃したりして、あまりの恐怖に記憶を喪失する。あることをきっかけに回復した記憶をたよりにこの作品は構成されている。長春市の惨状や彼女の家族の運命も酷いが、それ以上に中国共産党の思想教育、三反五反運動には背筋の凍る想いがした。自分の身を守るために、人は人を簡単に裏切ってしまう事実にも無常さが募る。

全9件中 1 - 9件を表示

プロフィール

1941年中国吉林省長春市生まれ。1953年帰国。東京福祉大学国際交流センター長。筑波大学名誉教授。理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン 〈紅い皇帝〉習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(以上、朝日新聞出版)、『完全解読 「中国外交戦略」の狙い』(WAC)、『ネット大国中国――言論をめぐる攻防』(岩波新書)、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』(日経BP社)など多数。

チャーズ 中国建国の残火のその他の作品

チャーズ Kindle版 チャーズ 遠藤誉

遠藤誉の作品

ツイートする