新世代努力論 「恵まれた世代」は判ってない。これがぼくらの価値観だ。

  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784023312760

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学評論随筆その他】「努力すれば報われる」というのは、破滅的な考え方だ──86世代の人気ブロガー・イケダハヤトが、同世代の生き方、考え方を掘り下げて紹介。読めば、若者の行動が浮き彫りになる。現代社会を読み解くための必読の書。

感想・レビュー・書評

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  • 「最近の若者は欲がなくてダメ」
    年配のおじさまたちがしばしば口にする言葉です。
    40歳の私は若者ではないですが、この言葉を耳にするたびに不快になります。
    若者が置かれている現状を、ご理解ないのではないでしょうか。
    経済は低迷し、雇用は不安定、人口減少で経済のパイは今後も縮小することが確実で、年金だってどうやら満足にもらえそうもない。
    上り坂を上っていた時代とはまるで違います。
    まず現実を直視してください。
    そんな厳しい状況なのに、たとえば今の若者がかつてのバブル世代のようなギラギラとした欲望を抱え、かつまたその実現に邁進しようとしたらどうなるでしょう。
    犯罪は増加し、社会が不安定化するのは容易に想像がつきます。
    そうなったら責任を取ってくださいね。
    私自身は、現代の若者に欲がないのは生来賦与された性質ではなく、外部環境への順応なのだと数年前から考えるようになりました。
    さらにいうと、私は、倹約的でつつましやかな生活を送る今の若者に、古き良き日本人の姿の一端を垣間見ます。
    例によって、前置きが長くなりました。
    本書は1986年生まれのプロブロガーの書いた「努力論」。
    「努力すれば報われる。頑張れば、夢は叶う。そういう古い考え方は、もうやめませんか」(「はじめに」から)。
    ―と主張している本です。
    私は共感を覚えます。
    ただ、抵抗のある方は多いでしょう。
    「努力を否定するとは何事か」
    とお叱りを受けそうです。
    でも、どうでしょうか。
    厳しい時代と、先ほど書きました。
    「こういう時代に、『努力すれば報われる』という考え方を内在化してしまうと、まず第一に自分の身を、次に他人の身を滅ぼすことになります」(P27)
    イケダさんは「努力はスキル」だとも述べています。
    「他者から認められ、自己肯定感を適切に育んでもらうことから伸びていく」(P70)後天的な才能です。
    ですから、他人を「努力不足」と批判するのは間違っています。
    イケダさんは「努力」ではなく、「没頭」を勧めています。
    イケダさん自身はかつてサラリーマンでしたが、仕事に没頭できなかったそうです。
    でも、ブログには没頭することができ、ついには生業にしてしまいました。
    ブログで生計を立てるなど、20年前なら想像もつかなかったでしょう。
    インターネットのおかげで職業が多様化しているのは、好ましい変化かもしれません。
    ちなみにイケダさんは今年6月に東京から高知市に移住したそう。
    徒歩と自転車で完結する生活、段違いによい野菜の品質、情報へのアクセスもインターネットがあれば問題なく、収入もブロガーなので問題がなく、それどころか移住したことで「収益性が高まっていく予感がしています」とのこと。
    東京の喧騒を離れ、田舎(イケダさんによれば、それほど田舎でないそう)生活を存分に楽しんでいる様子を「あとがき」に書いてます。
    そして、こう語ります。
    長いですが、とてもとてもとてーも共感したので引き写します。
    「そんな新天地で今後、仕掛けていきたいのは『クリエイター移住』です。ぼくのように『ネットとPCさえあれば生計が立てられる』人は間違いなく増えていますし、今後も増えていくでしょう。そういう手に職を持った人々が全国に『散って』いけば、間違いなく、日本はワクワクする国になっていくと思うのです。クリエイティブな力が東京に一極集中している現状は、とてももったいないのです」
    先日、日本創成会議が、人口減少でほぼ半数の自治体が消滅する可能性があるとの衝撃的なレポートを発表しました。
    地方ではまるで明るい未来が描けない昨今ですが、イケダさんの話には勇気づけられる思いです。
    私もワクワクします。
    イケダさんは書いています。
    「まだ東京で消耗してるの?」
    知事、ぜひとも北海道に東京からクリエイターを呼び寄せましょうよ。
    長くなりました。
    年配のおじ様たちにとっては歯がゆく映る若者たちですが、社会貢献意識の高さなど旧世代にはなかった美点と呼べる特性も備えています。
    温かく見守ってあげようではありませんか。
    そして、必要とあらば手を差し伸べましょう。
    タイトルからは想像もつかないかもしれませんが、そんなふうに前向きにさせられる読書体験でした。

    • megさん
      同じく40さい、になったばかりのものです。こちらのレビューに共感しまして、コメントいたします。

      私自身、こうした意見を建設的に語れるようになった時代にも羨望すら覚えることがありますが、実に共感することができる内容だと思います。70年代って、そういうことを主張しきれない弱さがあるとも感じています。

      でも、60年代以前と80年代以降をやさしく強くつないでいくことに意義のある年代でもある、と感じています。
      2014/07/29
  • 著者の考えに共感するところが多々あった。
    やさしさを根源にしているのが良かったです。
    ■メモしたいと思ったところ
    ・努力はスキル
    ・努力できない人がいたら手を差し伸べてみる。自分が努力できないとしたら自分を責めるのではなく環境の問題だと考えてみる。「やさしい努力論」
    ・誰かが失敗しているのを見たとき、自分が失敗したとき「単に運が悪かっただけ」と考えてみる。他人にも自分にも優しくなれる考え方。
    ・苦痛や犠牲を伴う努力はやめるべき、性格が歪む。すればするほど、自分に甘くなり、他人に厳しくなる。=>「没頭」するような努力をすべき。
    ・「努力すれば夢は叶う」という標語は嘘だが、「夢を叶えたければ努力しなければならない」は99%真実。(努力は十分条件ではなく必要条件)

  • 努力し過ぎて心が疲弊してしまっている人が読むと、新たに前向きになれて良いかも。

  • い図。2018/2/12
    ◆引用
    p53…LINE疲れ、(中略)デジタルネットワークが提供する「他者(友だち)」の影響を、悪いかたち受けてしまっているといえます。デジタルツールはうまく活用すれば自分の人生を前に進めてくれますがそもそも「自分の人生」が定まっていない人にとっては、悪い影響を与えかねません。そういう意味で、倫理観が未成熟な子どもにとって、ネットは危険な存在になりうるとも思います。新しい自由を提供してくれるはずのツールが、いつしか自分が自由でいることを制約してしまうのです。
    こうしたデジタルネットワークツールを、ぼくらはどのように扱えばよいのでしょうか。この扱いの難しさは、決して若者だけの問題ではありません。
    (中略)
    ぼくが持っているキーワードは「目的意識」です。ぼく自身、中毒的にデジタルネットワークを使っている人間ですが、常に「目的意識」を持って利用するようにしています。
    ぼくの場合、ツイッターやフェイスブックといったデジタルネットワークを使う目的は「ブログのネタ探し」「ビジネスに役立つ情報の収集」です。(中略)
    他の目的としては「面白い人に実際に会うため」というものもあります。(中略)やはりマンツーマンで話をする経験に比べると、その質は劣ります。(中略)「mixi疲れ」「フェイスブック疲れ」「LINE疲れ」......。たかだかツールに振り回され
    るのは、賢い使い方とはいえません。「いいね!」を押す際には、一体それは何のために取っている行動なのかを、よく自己点検しましょう。ビジネスのため、暇つぶしのため、友だちを失わないため、嫌われないため……どんな目的だったとしても、まずは自分の行動の目的を把握することから始めてみましょう。
    その上で,自分がデジタルネットワーク上のつながりに消耗していたり、振り回されていたりする実感があるのなら、使い方を見直すべきです。

    p72…完全に自分の力だけで努力できるようになる、というのは不可能です。他者から認められる経験があってはじめて,人は努力できるようになります。
    努力というのは、生まれ持った素質ではないのです。他者によって、環境によって,運によって、後天的に身に付いていくスキルなのです。
    ぼくは努力できる人間ですが、それは「たまたま恵まれていただけ」です。自分の力で努力できるようになったわけではありません。
    (中略)
    まずやるべきことは、ホームレス男性に努力というスキルを身に付けてもらうことです。「努力を怠ったホームレスなんて放置すればいい」というのは、自分が「たまたま恵まれて努力できるようになった」ことに気付かない、鈍感な人のみがなせる無責任な態度です。
    「平等主義」が育んできた悪徳
    そうです,なぜかこの日本社会においては、運よく努力できるようになった人たちは、自分の運のよさに気付いていません。「自ガが自分の力だけで努力できる人間になった」と、完全に勘違いしている人は、実に多いです。そういう勘違いした人々が、単に運が悪かっただけのホームレス男性について「アイツは努力不足だ!努力してきたオレが、なんであんなヤツを助けなければいけないんだ!」と憤り、社会的な責任を放棄しているのです。
    (中略)
    同僚でも友人でも家族でも、あなたの目の前に努力できない人がいたとしたら、それは彼·彼女本人の責任ではない、ということを胸にとどめておいてください。あなた自身も、責任の一端を担っている人間です。彼·彼女に対して、何ら無関係ではありません。
    目の前に努力できない人がいたときはどうすればよいのでしょうか。理想的には、彼
    彼女が「努力」というスキルを身に付けられるようになるための、伴走をしてあげるのがよいでしょう。「努力不足」を罵るのではなく、彼らなりに努力していることを認め、望ましい方向に導いてあげることです。
    しかしながら、そうした伴走は時間もかかりますし、成果が上がるともかぎりません。「努力の芽を育てる」というスキルもまた,後天的に身に付ける類いの能力ですから、やろうと思ってうまくできるとはかぎりほせん。ぼく自身も、誰かを「努力できる人間にする」ことは、とても苦手です。
    そんなわけで、目の前に努力できない人がいた場合の対応としては、正直に言って、多くの場合「断罪せずに、スルーする」という落としどころになるのでしょう。「努力が足りない!」という当たり前のことを指弾するのではなく、「あぁ、あの人は努力する力を身に付ける機会に恵まれてこなかったのかもしれないなぁ……」と、遠巻きに眺めるということです。ぼく自身も、
    ほとんどの場合このような対応に落ち着いています。
    余裕がある人は、そこからさらに彼·彼女のためのアクションを取ってみるのもよいでしょう。なお、彼らが自分にとって近しい人、家族、友達、同僚などの場合は、そのアクションを取る責任があなたにある,といっても過言ではないと思います(とはいえ、無理は禁物ですが。他人をうまく頼りましょう)。
    (中略)
    「その人なりの努力」
    また、誰かが努力不足であるように見えたとしても、その判断自体が誤っている可能性も非常に大きいです。
    人は、どんな状況であっても、「その人なりの努力」をしているものです。たとえば、ぼくの知人は、うつ病の療養中にゲーム三昧の生活をしていました。そこだけ見ると遊んでいるようにしか見えませんが、うつ病の療養においては、「自分の好きなことをやる」ということ自体が、快方に向かうための重要な努力なのです。事実、彼は医者からもゲームを勧められています。仕事もせずに布団でゲームばかりしている彼を「努力不足だ」と罵る人は多いと思いますが、彼は彼なりのやり方で、最善の努力をこなしていることを認識しなくてはなりません。
    その人が本当にすべき努力をしていても、
    それがときには怠惰に見えるということも、この社会ではよくあります。
    困窮者支援の文脈では「ハームリダクション」という考え方があります。
    有名な例は、オランダで公的に認められている大麻をはじめとする「ソフトドラッグ」の販売です。オランダでは大麻などより危険性の高い「ハードドラッグ」の濫用
    を防ぐために、あえて、より安全性の高いドラッグを流通させ、総合的な観点で見たときの害を減らそうとしています。

    p114…ただし、没頭できることを仕事にしたとしても、「自分は何かを犠牲にしていないか」という自己点検は常に行うべきです。
    最初は「自分が楽しいから やっていただけなのに、いつのまにか「家族のために頑張ってやっている」という話になり、「お前たちのために頑張ってやっているのに、何事だ!」と憤慨する狭量な人間になっていく、というのはありがちな話です。
    純粋な「没頭」は、対価を得る仕事になるにつれ、不純な「努力」に変貌していくものです。「自分は今、何かを犠牲に努力していないか?」という問いはしつこいくらいに自分に向けておくことをおすすめします。
    かくいうぼく自身も、油断すると「家族のために」仕事をしてしまっているときがあります。本当は「自分が楽しいから」この仕事をしているはずなのに そう気付いてしまったときは、仕事を全面的に見直すようにしています。

    「没頭」の入り口をみつける

    「自信を持って好きだ!といえるようなこと、時間を忘れて没頭できることなんて、私にはない」という方も多いと思います。
    はい、それはもう、単純に環境に恵まれなかっただけです。あなたのせいではあり
    ん。残念ながら、あなたに何かに没頭することを許す環境が用意されていなかったか
    者から十分な承認を与えられてこなかった可能性があります。
    前述しましたが、ぼくが文章を書くことに没頭できるようになった原点には、
    ①小学校の頃の先生から「イケダは文章がうまいね」という「承認」があったこと
    ②中学校時代にパソコンを買い与えられて、世界に文章を発信する「環境」があったこと
    のふたつの要因があります。嫌みとかではなく、事実として、ぼくは本当に運が良かったのです。このふたつの要因が欠けていたら、かなり高い確率で、ぼくは文章を書くことに没頭できる体質を獲得できていなかったでしょう。これらは、どちらが欠けていてもダメです。
    あなたが没頭できる何かを持っていないとしたら、「承認」と「環境」が不在だったと考えられます。(中略)あなたが何の才能もないからとか,あなたが飽き性だとか、
    そういう自己責任では完結しない問題です。
    そういう現実の認識ができたら、幾分話は整理されます。あなたがこれから何かに没頭できるようになりたいのなら、誰かからの「承認」と、没頭することを許す「環境」が必要になってきます。

  • ブログの読者ではないし、努力が報われないということに新しさを感じたわけではないけれど(認識済み)、イケダハヤトさんの本を読んでみたく手に取った。収入と生活、働き方の関係という点については、共感する部分が多く、いくつかヒントをもらったのでメモしておく。

    ・この国で働くことが辛くなったら、生活のハードルが低い新興国に移住するのもあり(←私とパートナーにとっては、割と現実的に考え得る話し)
    ・ノマドの働き方に関して、出勤しなくても働けるのに満員電車にのることに理不尽さを感じる、という点に共感(←感じるポイントに共感。たいがいPCがあればどこでも仕事ができる。ここ数年、自分もそんな働き方)
    ・教育についてもコストは着々と下がっている(→確かに!出てくるSkype英会話やMOOCs、ドットインストール、チェックしてみよう)

    この本を読んで...
    自分にとって幸せとは何か。
    そのために、どんな努力ができるか。
    改めて考え始めている。

    (一番に浮かんだのは、家族が笑顔で、その人にあったペースでのびのび生きていることだった。私はそのために何ができるか。度々、時間をおいて考えてみよう)

  • 久しぶりに書店で衝動買いしてしまった。
    著者は30歳の文筆家。若い。
    特に20代の若い方が読むにはもってこいの本だと思う。

    相対的に20年前と違い今は頑張っても報われない社会になっている。日本の経済成長が現状維持すらままならないからだ。ネットの恩恵で世界はボーダレスになり、日本人というだけで高給が貰える時代は終わった。中国人やインド人のほうがマンパワーもさることながら、優秀な人材が多い。らしい。日本人ピンチ。

    個人的にグッときた内容↓

    ●努力はすればするほど性格がゆがむ。
    ●競争から降りる
    ●時間を忘れて没頭できること。それがヒント。
    ●視覚優位、聴覚優位
    ●自分にとっての成功を探す

    身の丈に合った幸福論を持つべく。
    僕も頑張ろう。

  • 既存の価値観を改めて考えさせられる一冊。
    冒頭で「努力すれば報われる、頑張れば夢は叶う」という考えをばっさり否定。
    不純な努力論、自己責任論を否定する。特に努力に関する記述は一読の価値ありです。環境、働き方について考えさせられる。自分より上の世代に不満をもっている人、現在の2、30代にはしっくりくる考え方だと思います。

  • この世は非意味だ。意味ではない!努力で何かを犠牲にしてると性格が悪くなるので、辛い努力より楽しい没頭だ。なるほど、そうか〜。

  • ・セカイラボというクラウドソーシングがある

    ・機械にはできないクリエイティブな事をする
    (ビジネスアイディア、作曲)etc.

    ・ドットインストール、Skype英会話、Hulu、電子書籍定額、MOOCSなどを活用する

    ・自分にとっての成功と幸せを考えて理想型に近づけていく

    ・資本主義の成功像に振り回されるな

    ・日本一周しながらアフィリエイトやcoconalaというサイトで旅行計画を販売する

    ・死ぬまで(120年〜不老不死)働くのに好きな事をしないのは無意味

    ・何かを犠牲にする努力は不健全。性格が歪んでしまう

    ・努力はせず、才能を知り純粋に没頭できる事をやれ

    ・僕達は一時的な強者にすぎない。病気事故老化破産がある。自分が困った時に誰かが助けてくれるようにより多くの人を助けてあげる

    ・NPO法人 LIFE is beautiful笑

  • 1980年代生まれの世代が既存システムのなかでは努力しても報われないことはよくわかっているが、著者の意見の展開は世代論努力論としては裏付けが弱すぎる。80年代生まれの僕が日常生活で感じていることという読み物として読むべきかな。

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