まちんと (絵本・平和のために(1))

著者 :
制作 : 司 修 
  • 偕成社
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本棚登録 : 116
レビュー : 21
  • Amazon.co.jp ・本 (32ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784034380109

感想・レビュー・書評

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  • 原爆の悲惨さを静かに伝えるお話。

  • 実際に民話をさがすフィールドワークの中で松谷みよ子さんが聞いた話らしい。たしかに原爆を素材とした現代の民話といえるだろう。司修の絵も素晴らしい。

  • 松谷みよ子に対しての信頼があるから、というだけではなく、間違いなく「名作」だと思った。短い文章、短い物語にも関わらず、胸に迫るものがあった。
    「まちんと、まちんと」と言って、少女が死んでいく。
    その後、少女は白い鳥になり、今も、どこかを飛んでいる。
    作者が書いているように、これは「伝説」なのだ。

    長く読み継がれて欲しい。

  • 無差別に殺すという、戦争につきまとう無感覚と鈍感さの極致を思った。

  • 前書きで問題意識を知る。魂がさまよう描写に戦争のむごさを感じる。

  • 原爆に被爆して、「まちんと、まちんと」と言いながら死んでしまった、小さい女の子。
    「まちんと」は、方言で(トマトを)「もうちょっとちょうだい」ということ。
    何が起こったのかも分からない、小さな女の子の姿に、心を打たれます。

  • eduで紹介されたいたので図書館で借りた。
    「まちんと」とは「もうちょっと」の方言。

    広島に原子爆弾が落ち、ひどい火傷を負った少女は母親に
    トマトをもらい、「まちんと」「まちんと」と言って息絶える。

    少ない文字数でも挿絵と共に強烈に胸に訴えかけてくる。胸に刺さる。

    小学初級からとなっているが、年中の長男にも読んであげようと思う。

  • 広島に原爆が落ちた。
    被爆して倒れた女の子はトマトが食べたいと言う。
    お母さんは必死にトマトを探すけれど、原爆の落ちた広島にトマトなんて見つかるものではなかった。
    それでもお母さんは必死に探し回り、やっと見つけて女の子に食べさせてあげる。
    女の子は「まちんと、まちんと(もうちょっと、もうちょっと)」と言いながら死んでいったのだった。
    そうして女の子は白い鳥になった。
    今でも空を見上げれば女の子の鳥は見えるのだった。

    短い文章なのに悲しみが伝わってくる。
    主体は罪もない女の子、子供が戦争の被害に遭っているというところだけれど、死にゆく女の子にせめて食べたがっているトマトを、をきっと自身だった被爆してあちこち傷だらけだろうにトマトを探し回る母親の姿が泣ける。

    タイトルの「まちんと」は町の何かのことかと思ったら、幼児語だったとは。
    松谷みよ子が各地で伝承の聞き取り調査をしている間に聞いた話が元になっているとか。

  • 請求記号E/ツカサ 資料番号020261368

  • 何回読んでもずっしりと胸に残る。
    司修の『本の魔法』にこの作品を書いた時のエピソードが載っているが、画家が苦しみ抜いて描いたからこそ、美しいけれど原爆の悲惨を十分に伝えられる絵になっている。
    個人的には松谷みよ子の母性的な力の強さに(ほとんど呪縛のようなときもある)辟易することも多いが、この作品は文章を絞り込み、語りすぎないので、絵が生きて、絵本としての質が極めて高い。
    ずっと読み継がれる傑作。

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著者プロフィール

1926年東京生まれ。児童文学作家。戦時中の1943年、童話『とかげのぼうや』を執筆。戦後、坪田譲治に師事し、1951年に『貝になった子供』を出版。1955年、瀬川拓男と結婚後、ともに民話の採訪に取り組み、共著『信濃の民話』『秋田の民話』を皮切りに、民話の採録・再話をつづける。
『龍の子太郎』(国際アンデルセン賞優良賞)、『ちいさいモモちゃん』(野間児童文芸賞)以降のモモちゃんシリーズ、『いないいないばあ』以降の「あかちゃんの本」シリーズや「あかちゃんのわらべうた」シリーズ、『朝鮮の民話』全3巻、『私のアンネ=フランク』(日本児童文学者協会)、『あの世からの火』(小学館文学賞)など著書多数。民話に関する著作に『昔話十二か月』全12巻、『現代民話考』全12巻、『現代の民話』など。

「2014年 『民話の世界』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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