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Amazon.co.jp ・本 (31ページ) / ISBN・EAN: 9784034380505
感想・レビュー・書評
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これは辛い。
きょうだいの目線だからこそ余計にその辛さが突き刺さる。
でもいじめた方は覚えてもなくて、今も楽しく生きている。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
衝撃とせつなさといろいろな感情が残る1冊です。
ほんの些細なことで
何時どこでおこるかわからない
【イジメ】
イジメる側は遊び感覚の軽い気持ち。
イジメに合う側は家族全体をも生活が一変する。
両者の月日の流れの変化も違う。
子供だけではなく大人社会でも同じ事。
小学校中学年(高学年)の子供達に
読み聞かせで読んで欲しい。 -
わたしのいもうと
作者名:松谷みよ子(文)
味戸ケイコ(絵)
出版社:偕成社
初版年:1987年
対象年齢:小学校中学年から一般
感想
今日のコーヒータイムにリンツチョコをお供に読み終えました。
この絵本は、いじめによって一人の幼い命が奪われるという悲しい現実を描いています。心を閉ざし、ひっそりと命を終えたいもうとの姿は、人間社会における無関心や排除の構造がもたらす悲劇を、静かにそして深く訴えかけてきました。
作者の松谷みよ子さんは、この作品に「差別こそが戦争につながる」という強いメッセージを込めたと解説されています。この絵本は、平和を考える上で避けて通れない、日常に潜む排除の恐ろしさを教えてくれます。
この読書は、日々の生活の中で、お互いを認め合い、大切にし合う「ありがとうという感謝の心」が、いかに尊いものかを改めて深く感じさせてくれる時間となりました。 -
絵本です。だけど...私は、こんなにも救いのない絵本を読んだ記憶がありません。
♡ブログにて詳しいレビューしています♡
https://happy-books.hateblo.jp/entry/2025/08/20/200000 -
親の立場として読むと声に出して泣いてしまった。
ただ真面目に考えると、いじめは人権侵害であり絶対に許容できないという態度を周囲の大人が取り、またそれを教育することが必要なんじゃないかと思った。 -
ついに読ませるときが来た。来てしまった、と言うべきか。はじめは読んで聞かせた。そしたらもう一度手に取った。読み終えるとボロボロ涙をこぼして泣いた。それから何度も何度も読み、みんなにもこのお話が伝わればいいのに…と口にした。この本のもつ力は、いつの時代も子どもの、いや、大人の心にも強く訴えかけてくる。
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第三者の立場としていじめの実態を目の当たりにしたかんじ。いじめってことばはなくなってほしい。犯罪という表現で間違ってないんだと、思った。
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ただただ悲しい話。最後のページのメモがグサリと胸にささる。そう、加害者は時が経つと忘れる。けれどいじめをされた方はずっとその苦しみを抱えたまま。この本はあとがきまでしっかり読んでほしいです。
〇小学校中学年~ -
学級の子ども達に、読み聞かせをすると、私が必ず途中で泣いてしまい、なかなか先に読み進めない絵本です。鬼の目にも涙…の状態の教室で、高学年の子供たちは静まり返った教室の中で、私の涙声の絵本に聴きいります。そして、いじめって絶対あかんなぁ、と言い読み終わった瞬間、深く息を吐き出す子供たちの姿が、いつも印象的な奥の深い絵本です。
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三年生くらいからの読み聞かせ向き。
暗くてつらい内容でも、大人が読み聞かせなければ、子供は自分から手に取らない本。
切ない話で、身を切られそうだけど、
この本があることによって救われる子がいることを祈ります。 -
読んだ時、すごいかわいそうでした。
わたしも、おもしろがってやってたのでやめる。
3年生になってから、1学期の時にいじめられました。
いじめは、いつも同じ男の人で、いつもおなじような人、
学校をやめようかと思いました。
たぶんこの本の中のいもうとさんと同じ気もちをしてたでしょう。
ゆめに10回ぐらいでたことかあります。
かなしかった、つらかった。苦しかった。
もうこのままどうなるの?
そしてまわりにそうたんしてすこしだけおさまりました。
もう続かないでほしいと思います。 -
悲しすぎて悲しすぎて!怒りを覚えました
でもぜひ読んでみて下さい
二度とこのような悲劇をうまないために。 -
ある資格の取得のために学校に行っていた時期があります。そのときの一緒のクラスになった子がいました。その子と周囲の子の関係を見ていて心配になった先生が「いじめられているのではないですか」と本人に何度も聞いていた。その子は「いじめられていない。ただイジられているだけ」と言っていた。心配して言ってくれている先生を、その子は嫌がっていた。自分が今の立場になって思うことがあります。例え「イジられている」だけなのかもしれないけど他者が「いじめている」ように感じることは度が過ぎているということ。そして本人は良いかもしれないが、イジっている子が他の子に同じことをしたときのことを考えないといけない。なぜなら違う子にとっては「いじめ」と感じる可能性がある。そして、その子達は「いじめている」という感覚を失ってしまっているかもしれないのだから。被害者も加害者も出さないように考えないといけない思います。
読んでいて悲しくなる。どうして助けてあげることができなかったのでしょうか。そして加害者になった子ども達は、どのような大人になったのでしょうか。いじめの被害者が出たとうことは加害者も出たということ。被害者も加害者も出さないように教育していかないといけないですよね。 -
「わたしをいじめたひとたちは、もうわたしをわすれてしまったでしょうね」
家族をいじめの末亡くした遺族から受け取った一通の手紙。
それがこの絵本の始まりだったそうです。
これは私が生まれた年にできた本。
初めて読んだのは幼い頃でした。
小学校でいじめに遭った妹が、やがて部屋に閉じこもり、家族にも心を閉ざす。
やがて年月が過ぎ、いじめていた子たちは中学生になり、高校生になり。
そして時間が止まったままの妹は・・・
よく「自分がされて嫌なことは人にしてはだめ」と怒る人がいます。
でも自分がされて嫌なことでも、相手にとってはそうではなかったり、
逆に自分は大丈夫でも相手にとってはとても嫌なことだったりすることがあります。
自分にとって”ほんの冗談のつもり”、”からかっただけ”が、
相手にとっては取り返しのつかないほど深い傷を与えているかもしれない。
まず最初に、目の前の”あなた”のいのちに想いを馳せること。
1冊の絵本の中に、人として生きる上で大切なメッセージがぎゅっと込められています。 -
転校してから、いじめは始まった──
悪口、仲間外れ、無視。4年生の妹はとうとう学校へ行かなくなり、部屋の中で鶴を折って過ごすように……。
図書館本。
いじめの話とは知っていたが、淡々とした語り口と、なんとなく予感のあった結末がなんともやりきれない。
転校は選ばなかったんだなと思ったら、1987年の出版。それよりも前の出来事だろうから、転校という手段に出る家庭もそう多くはなかっただろう。
悲しいことに、味戸ケイコの寂しくほの暗い絵がこの上なく合っている。
『作者のことば』に『ほんのいたずらだったのに、加害者はそう思っています。』と書かれているが、松谷さん、甘いですよ。昔とは違う。
たぶん“いたずら”なんて思ってないでしょ。単なる遊び、いじめられる方が悪い、やられて当然としか思ってないよ……。 -
悲しい
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妹がいじめを受けて弱っていく姿と、いじめた同級生が小・中・高と成長していく姿が姉の視点から描かれていることで、生々しさが表現されている。いじめを受ける側とする側の時間の流れる速度の差を感じてもなお、いじめをしようと考える人はいないと思う。
(さちこ) -
悲しさと悔しさにあふれていて怖かった。いじめで傷つくってこういうことなんだ。いじめということがどれほど恐ろしいことをしているか、この絵本なら伝わるんじゃないかと。
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幼児の子供には衝撃が強かったようですが、何も言わず最後まで聞いて静かに本を片付けていました。
著者プロフィール
松谷みよ子の作品
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