柿の木のある家 (偕成社文庫 3015)

  • 偕成社 (1976年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784036501502

感想・レビュー・書評

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  • http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19550316
     柿 20101130 常用漢字に指定
     
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19850106
    ── 壺井 栄《柿の木のある家 19760101 偕成社文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/403650150X
     
    ♀Tsuboi, Sakai 作家 18990805 香川 東京 19670623 67 /旧姓=岩井 栄
    …… 醤油の樽職人である岩井 藤吉、妻アサの五女として坂手村(現
    小豆島町坂手)に生まれた。幼少時に家計が傾いたため、他家の子守を
    しながら坂手尋常小学校へ通い、内海高等小学校を卒業。村の郵便局、
    村役場等に勤める傍ら文学書を読む。
    (1925)同郷の壺井 繁治をたよって上京し結婚。黒島 伝治、佐多 稲子
    などプロレタリアの作家の影響をうけ、処女作《大根の葉 1938 文芸》
    を発表。以来《暦》《初旅》《母のない子と子のない母と》など、小説、
    随筆を1500篇あまり発表し、新潮社文芸賞、児童文学賞、芸術選奨文部
    大臣賞、女流文学者賞などを受ける。
     木下 惠介・監督《二十四の瞳 1954,,,, 松竹》は一躍有名となり、
    今日の観光小豆島の盛況の端緒を開いた。19670503 内海町(現小豆島町)
    名誉町民。── 壺井 栄《絣の着物 2025 戦争末期短編集》紹介文より。
     
     この童話作家が《五木の子守唄》を歌ったかどうかは分からないが、
    この座談会の記憶がもとで、中学文化祭の合唱コンクールに優勝した。
     
    https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/?q=%E6%9C%A8%E3%81%AE%E5%AD%90%E5%AE%88
     ↑ 木の子守 ↓ 五ツ木の子守 19541121 九州民謡
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%CC%DA%A4%CE%BB%D2%BC%E9
     
    …… うらの土手には、柿の木がたくさんあります。この間おばさんと
    おねえさんとで、柿のみを取りに行きました。おばさんに、「あの一ば
    ん大きなのを取って下さい」といったら、おばさんは「よしよし」とい
    って、木にのぼったかと思ったら、土手からころころとおちて、下の田
    んぼの中へころがりこみましたので、ぼくは おねえさんといっしょに
    大きなこえで笑いました。おばさんは赤い顔をして逃げて行きました。
    たんぼの中には、おばさんのおしりや、手や足の形が、おもしろくつい
    ていました。(京都市立新洞小学校二年:指導者・武田 福治)
     [評]いなかのおじさんの家へ行って、そこで見た牛のごはんのこと
    と、おばさんのしくじりのことが、おもしろく書けています。
     京都児童文学研究会・編/児童文化祭入選《優良文集・一二年の巻》
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=19461116
     
    ※ 1116の日付は、この秋、小児結核を発症、約五百日の休学記念日。
     
    …… 漢字「柿」は、かき(カキノキ科の落葉高木)やその果実を指し
    ます。この漢字は、20101130 に常用漢字表に追加されました。部首は
    「木」で、画数は9画です。読み方には「シ」や「かき」があり、漢字
    検定では2級に分類されています【3】【4】【5】。
     
    https://www.bing.com/images/search?view=detailV2&ccid=wNocOwVc&id=6968FAEBB25C3C99C1D19745ECB667DFB0C4279C&thid=OIP.wNocOwVcHgZhupaZ6hAkcwHaEK&mediaurl=https%3a%2f%2fkanji.jitenon.jp%2fthumb%2f1967.png&exph=382&expw=680&q=%e6%9f%bf+%e5%b8%b8%e7%94%a8%e6%bc%a2%e5%ad%97%e3%81%ab%e6%8c%87%e5%ae%9a&FORM=IRPRST&ck=03EE60D63B9B6A06526050E525418126&selectedIndex=0&itb=0&idpp=overlayview&ajaxhist=0&ajaxserp=0
     
    (20160124)

  • (メモ:中等部3年のときに読了。)

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著者プロフィール

明治32年(1899)8月5日、醤油の樽職人である岩井藤吉、妻アサの五女として坂手村(現小豆島町坂手)に生まれた。
幼少時に家計が傾いたため、他家の子守をしながら坂手尋常小学校へ通い、内海高等小学校を卒業。村の郵便局、村役場等に勤める傍ら文学書を読む。
大正14年(1925)同郷の壺井繁治をたよって上京し結婚した。繁治や黒島伝治、佐多稲子などプロレタリアの作家の影響をうけ、昭和13年(1938)処女作『大根の葉』を文芸に発表。以来『暦』『初旅』『母のない子と子のない母と』など、小説、随筆を1,500篇あまり発表し、新潮社文芸賞、児童文学賞、芸術選奨文部大臣賞、女流文学者賞などを受ける。
中でも昭和29年(1954)木下惠介監督で映画化された『二十四の瞳』は一躍有名となり、今日の観光小豆島の盛況の端緒を開いた。
昭和42年(1967)5月3日内海町(現小豆島町)名誉町民の称号が与えられる。6月23日67歳、東京で没した。

「2025年 『絣の着物 壺井栄戦争末期短編集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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