石を抱くエイリアン

著者 : 濱野京子
制作 : 米田 絵理 
  • 偕成社 (2014年3月4日発売)
3.17
  • (3)
  • (8)
  • (17)
  • (6)
  • (1)
  • 83人登録
  • 18レビュー
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784037271800

石を抱くエイリアンの感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 中学三年生の市子と同級生たちの話なのだが、青春小説かと思い読み始めたらまったく違っていた。日本人が今考えなければいけない、原子力がテーマだった。それと同時に世界中で起きた、大きな事件についても触れられている。大人にこそ読んで欲しい。

  • 2010年、中3女子のあたしには、希望が(物理的に)ない。なぜなら、辞書から「希望」の項目を切り取ったから(電子辞書は断念)
    なんか笑えます。
    やけにリアルとリンクしてるなぁと思ったら、これも伏線だったのかなぁ、と。
    夢だの恋だの、文化祭だの。いろいろあって、最後は、あの3.11へ…
    最後は不覚にも泣きました。
    …うん、希望はあるよ。

  • 1995年に生まれ、2011年に15歳になった子供たちが主人公。
    それだけで、なんとなくラストが予想できてしまう。

    物語の中では、主人公・八乙女市子。通称姉さん(アネさんなのかネエさんなのかのルビ表記はなし)は、自分たちが生まれた時、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件のあった年に生まれ、今がこういうものが流行っていて、こんなニュースがあってというような事をよく語る。茨城県の、まあまあ田舎の中学校が舞台。
    姉さんは、同級生たちみたいに夢や希望が語れない。まだ、自分が何をしたいかもわからない。
    いつも寝癖がトレードマークの高浜偉男(よしお)は、日本一の鉱物学者になりたいと言う。理系には賢くて、マイペースで(でも絶妙に運が悪い)偉男が、突然、クラスで姉さんに告白。
    変なヤツくらいにしか思ってなかった偉男だけど、同じ班で、一緒に行動するうちに、偉男の良い所もわかってくる。


    希望が無いから、家にある辞書から希望の項目を切り取った姉さん。そんなことしなきゃいけないほど、現実の毎日がひどいわけでもなく、中学生で将来が見えないなんて当たり前とも思うけど・・・
    2011・3の後に、それでも、希望を持って良かった。

  • 濱野さんは反原発派というのはわかりました。
    小説の体だが、読者への問いかなあ。
    2014年3月初版。二〇一〇年―二〇一一年三月、わたしたちは中学三年生だった。
    この文面から察知すればよかったですが、現実世界の出来事を盛り込んだ話。つまり何が起こるかもうお分かりでしょう。
    ノンフィクション風だが、テーマ先行の感が拭えない。
    その年の青少年らをリアルタイムに追っているかのようで、振り返って書いたものには違いない。
    特に原子力政策に疑問を持つところなど、5年前に展開させていれば見方も変わったのですが。
    激情的にせず、しかし無難に閉じなかったところは評価。

  • 1995年生まれの子たちを主人公にして3.11を絡めた話。あの時、彼らはちょうど中学校の卒業式を終えたばかり。そして1995年といえば、阪神大震災にサリン事件。日本のマイナスの節目とともに歩んできた感のある子らだ。
    舞台となるのは茨城県内のある地方都市。特に代わり映えのない中学3年生、八乙女市子の日常がゆるやかに綴られる。話題の中心は、自分の誕生日にいきなり市子に告白した偉生。鉱物学者になるのが夢だという彼は変わり者というか、クラスの中でどうしても浮いてしまうタイプの生真面目な男子で、市子は付き合う気などまるでないのだが、イベントやクラスの行事を通して友情のようなものを感じ始める。実際、とても良い奴なのだ。しかし、彼は大地震の時、運悪く祖父母を訪ねて福島県内の海岸沿いにいて、その後消息はない。市子は偉生がいなくなったという事実をどうにか受け止めて高校生として新生活を始める。という話。
    最初は夢も希望も持たなかった市子が震災のあとに希望らしきものを見つけるというオチなのだが、なんだか薄っぺらいなぁ……という印象はある。
    あと、文体がなんというか、母が娘の真似をして書いてみたけど、昭和の言葉遣いがなかなか抜けません、という空気を醸していて、読んでいると微妙な気分になる。例えば、最初の方に市子が家中の辞書から「希望」の項目を切り取ってしまうエピソードがあるが、そういう行為をして自虐的な喜びに浸ること自体、昭和40年代生まれっぽいわーと感じてしまうわけで。
    実は我が家に1995年生まれの娘がいて、彼女らが中学生のときにまとっていた空気はもう少し違っていたように感じたし、自分が「UFO」の振り付けを必死で覚えた世代なので、文体の無理っぽさはどうしても気になってしまうのだった。

  • 茨城の中学生八乙女市子をそのなかまたちの話。
    彼らはみな、1995年生まれ。その中でも4月生まれの市子はみんなに「姉さん」と呼ばれる。
    1月には阪神大震災があり、3月には地下鉄サリン事件があり、中学校にはいるとリーマンショックで夢も希望ももてない世代。

    希望という文字を辞書から切りとってみるが、それが何になるというのか。

    ある日、高浜偉生(たかはまよしお)にコクられる。

    前半は普通の中学生の日常。
    後半は、もちろん震災の影響を受けた彼らを描いている。

    難しい。
    具体的に読みたくないような震災のことを、描かなくてはいけないと感じたのだろうと思うのだけど。
    偉生と別れたところで、もう先は読めるし。
    でもそれはそれとして、あちこちにとってもリアルも書かれているし。

    まだまだ、震災については模索中なのだと思う。


    松浦沙耶(まつうらさや)~モデルになりたい
    洋一 県庁
    青山玲美(あおやまれみ)吹奏楽部イチクラをめざす
    大間直也(おおやなおや)サッカー部副主将
    高浜偉生(たかはまよしお)分厚いレンズの黒ぶちめがね



    生まれてきた時代で、人は作られると思う。
    見たもの、感じたものが人を作る。
    とすれば、今のこどもたちはほんとうに辛いと思う。

  • あの日、わたしは、「希望」を失い、そして、得た。

    1995年生まれの子どもが主人公のお話。1995年生まれとは、生まれた年の1月に阪神大震災、3月に地下鉄サリン事件が起こり、そして義務教育を終えようとする中学三年生の春、すなわち2011年3月に東日本大震災を経験した子どもである。

    主人公八乙女市子は、あまり希望を感じられず、将来の夢もはっきり見つからず、ありふれた日常を送っていると感じている。住んでいるのは茨城県。物語ははやぶさの帰還やワールドカップに沸く2010年6月から始まる。

    なんとなく、物語の設定から、東日本大震災もしくは原発事故が絡んでくるのだろう、と思って読んだ。少し変わった同級生、しかしかかわっていくうちに親しみを感じてくる高浜儀生が犠牲となる。フィクションという形で、また中学三年生に自分の将来や原発を考えるように提示された小説だった。来年度の読書感想文コンクールの課題図書になるかもしれない。そんなうがったことまで考えてしまう。

    世の中のことを知れば知るほど、閉塞感を覚えて、未来に希望など持てないと思ってしまうのかもしれない。自分はこの小説に描かれた世代よりは少し上なので、希望を持てる持てないと言っていられる歳ではなくなっている。でも、閉塞感はある。そして、自分のできることをして、何か社会を変えられると思ってもいいはずだ。

    あまりにもストレートすぎるかもしれないが、この本を読んで変われる人がいることを願う。

  • 出だしは「これはまちがえたかな」と思ったけど、よかった。1995年生まれの中学3年生。今2010年。時代的な様々な出来事が次々に思い起こせるし、原発の扱いもなかなか。
    「希望がない」って入りがもうひとつ。主人公がそう思っているところがうまく伝わらない。

  • 読み始めてすぐにこの人(著者)オバさんなのに無理してる、と思い、三分の一も行かないうちにオチがわかり。まあ、なんというか、これでいいの?
    著者の世代の文化(「希望」「UFO」今市子)はやたら具体的に書いているのに、主人公の文化には全く触れず。
    やたら今どきの言葉を喋らせるが、茨城が舞台なのに取ってつけたような方言しか出ず。
    「今どきの普通の子の話だよ」って引っ張る割に、突然原発のことで饒舌になる中学生。不自然。
    そして一番ガックリきたのは「石」がダジャレだったことね。
    いや、わかるよ。おばさん(この著者の本を読んだのは初めてだけど間違いなく40代後半から50代だと思う)、今の若者が読みやすい物語で、原発の恐ろしさを考えて、感じて欲しいっていう。善意です。
    でも、物語として、小説としてはお粗末な出来。
    子どもにもすすめない。
    人にたとえるなら、善良だけど魅力のない人、という感じだった。

  • 『日本児童文学』の機関誌で2012年3・4月号から11・12月号まで掲載された作品。
    単行本化するにあたって加筆・修正されたとのこと。

    あとがきによると、当時の編集長から「1995年生まれの子どもを描いて欲しい」と依頼を受けての執筆だそうです。
    1995年は1月に阪神淡路大震災、3月には地下鉄サリン事件という大きな災害・事件のあった年です。
    そして、主人公を中学三年生と決めての物語が進む。
    避けては通れない2011年3月11日の東日本大震災を終盤に持ってきた。

    普通に暮らし、中学生を送っていた主人公たちが、夢や希望を話しながら高校受験までを迎える。中学卒業直後に大きな地震に遭い、いろいろなことを思い動き出そうとする。福島の原発事故も織り込みながら、読後に考えさせられた。

全18件中 1 - 10件を表示

濱野京子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

ツイートする