ケストナー―ナチスに抵抗し続けた作家

制作 : Klaus Kordon  那須田 淳  木本 栄 
  • 偕成社
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本棚登録 : 43
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (403ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784038142000

感想・レビュー・書評

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  • (以下、本文抜粋)
    かの国に自由は実らず とわの未熟の青なりせば
    かの国に人がなにを建てるも そはすべて兵舎となれり
    きみ知るや、大砲の花咲く国を きみ知らずや、やがて知るべし

    ヴァイマルの共和制の誕生によってもたらされた自由な光は、政治よりも文化の上により強く輝いたのかもしれない。

    「黄金の二〇年代」(一九二〇年代のベルリンを指す)

    〈(あのころは)正直な意見は尊重されたね。才能のある者は認められた。必要とあれば、おたがいに傷つけあいもした。けれども、そのゲームの規則だけは、きちんと守られていたんだ〉(「友人ツックへの手紙」)

    この時代は死にかけている もうすぐ埋葬されるだろう
    東では、もう棺を組み立てはじめた
    きみたちは、そこで楽しむんだって?
    墓地は遊園地じゃないんだよ

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      この本は読みたいと、前々から思っているうだけど、、、スヴェン・ハヌシェク「エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯」、日本人が書いた「エ...
      この本は読みたいと、前々から思っているうだけど、、、スヴェン・ハヌシェク「エーリヒ・ケストナー 謎を秘めた啓蒙家の生涯」、日本人が書いた「エーリヒ・ケストナー―こわれた時代のゆがんだ鏡」も。。。
      2012/04/13
  • 近所の図書館で見つけて読んだ。

    こんな批判精神のある人で、児童文学はむしろ人にすすめられて始めたもので、もともと評論とか詩とかを書いていた人だった(詩の位置付けが今の日本とかと少し違う感じ)とか、第二次世界大戦中にも反政府ながら亡命せず母国に残り続けた作家だったとかを知って、驚いた。

    これから作品を読むときも読む目がかわりそう。
    大人向けの作品もいろいろ読んでみたくなった。

  • ケストナーの、知らなかった作品が多く出てきて、それを読んでみたくなりました。エミールやアントンなどの少年はケストナーにそっくりだなあと思いました。

  • 児童文学作家として知られる(というかそうとしか知られていない)エーリヒ・ケストナーの児童向け伝記。
    「子どもの本は世界の架け橋」http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4772190376で知りたくなって手を出したけど、80ページくらい読んでやめた。

    前書きで引用される「自分への手紙」の世界を変えられない(止めることさえできない)絶望に打たれる。
    「美しいものも知っていると言わせてもらえるならば」という前置きは切ない。
    ケストナーのことは知りたい。でも書き方が嫌だ。
    本人が書かなかったプライベートな部分を想像で描くのは下世話な趣味に感じる。

    p53のケストナーが受けた軍隊的な教育についての部分で、「こんな教育で無批判に体制を受け容れる人をつくった結果があれだよ、そしてそのツケはでかかったよ、いまだに罪を背負わなきゃならない羽目になったよ」という書き方にまず違和感があった。
    「店員さんに怒られるわよ」「痴漢は犯罪です」の類を連想した。「自分が損をするから犯罪はダメ」みたいな言い方だ。

    でp79で決定的にこれはダメだと思った。
    ケストナーの出自に関連して、きっとケストナーは自分には優秀な医者の血が流れているんだと誇りに思ったに違いないとかなんとか書かれている。
    「人種主義に抗った」っていうのがこの本のお題目なのに血を誇りにさせちゃうのか。
    しかも本人がこう言っていたとか、こう言っていたのをきいたと知り合いが言っていたとかじゃなくて想像。
    穢れだとみなされた反動でいやそんなことはないと誇りに拘泥することはあるけれど、それは本人がいうからありなのであって勝手にこじつけていいことじゃない。

    文章もいまいち。「~みたいな」は真面目な児童書の文章じゃない。

  • ナチスの時代の焚書でケストナーの本も焼かれたという話から、こんな本を見つけて借りてきた。人物伝記のシリーズの一冊で、原著のことは十分わからないが、訳の言葉づかいや脚注の付け方からしても、子どもが読むことを想定して編集されている。

    ケストナーといえば、『ふたりのロッテ』、『エーミールと探偵たち』、『飛ぶ教室』、『点子ちゃんとアントン』、、、。『ふたりのロッテ』に書かれている親の離婚についてのコメント―両親が別れたために不幸な子どもはたくさんいるが、両親が別れないために不幸な子どもも同じくらいたくさんいるのだ、という言葉は、物語以上に私には印象深く残っている。

    その児童文学の著者としての顔は、ケストナーの顔のひとつだった。ケストナーは、演劇評論家であり、詩人であり、脚本家だった。児童文学も書いたが、小説を書き、エッセイを書いた。時評家でもあり、売れっ子編集者だったこともある。

    ナチス政権下で、ケストナーは書くことを禁じられ、二度までもゲシュタポに逮捕されながら、生きのびた。多くの友人たちが亡命するなかで、ケストナーは「時代の目撃者であるために」ドイツにとどまり続けた。ペンネームを使って、映画の脚本を書き、発表できない作品を書いた。

    しかし、ナチスに奪われた人生の12年、34歳からの46歳まで失われた創作の時間は大きい。そして、ケストナーの当時の言動を知るにつけ、自分だったら…と思う。

    生い立ち、母や父との関係、若い頃のこと、ナチスの時代、そして戦後、晩年とケストナーの生涯を描いたこの本は、スゴイ人の"偉人伝"ではなくて、努力家ではあったが人としての弱さや欠点もそれなりにあり、時に有頂天になり時には沈み込む、晩年には若き愛人とのあいだに子をもうけ、酒にもおぼれた、そんなケストナーの生きたあとを伝える。

    とりわけ両親が不仲であり、ママっ子であったというケストナーは、母との関係では「いい子」としての緊張をもっていたのだろうなと思いながら読んだ。

    著者は、ケストナーの作品や、周囲の人たちのケストナー評なども引きつつ、「ケストナーは、わからないことがあれば、わからないと正直にいう」人であったとか、「いろいろな物事をごまかすことなく、はっきりと伝える」ことをモットーにしていたとか、生涯をかけて「未来のために過去をみつめよ」と警告したのだと書く。

    戦後、1965年にあらたな焚書騒ぎがあったとき(カミュやサガン、ナボコフ、ギュンター・グラスの本と共にケストナーの本も焼かれたという)、本を炎に投じた若者たちに、市の公安局が許可を与えていたこと、わけても焚書を知りながらそれを止めず、市の中心部で予定していた焚書は危険だからとライン河畔へ移動させたこと、つまり文化の破壊ではなく火の粉の心配をしたことに、ケストナーは怒った。

    ▼人々は、あのナチスの焚書事件をもはや忘れてしまったのだろうか? ケストナーは、怒りが去ったあと、身のすくむようなおそろしさをおぼえた。(p.368)

    1960年代から、新旧のナチス信奉者が集まった極右政党がつくられ、その政党が選挙のたびに得票率を伸ばしていくことにケストナーは衝撃を受ける。1966年に、この極右政党に10%近くの支持票が集まったことをうけ、ケストナーはこう警告したという。

    ▼《今やもう、それは統計的に証明されているのです。問題のひとつは、国民の不満です。問題の二は、不満感というのは、いつの時代でも扇動によって加熱してしまい、操られやすいことです。ナチスの第三帝国のように。だからといって、民主主義を守ろうとして、これらのマイナスを排除することはまちがいです。それはもはや民主主義ではありません。それに、たとえば、もし民主主義の廃止を求めたら、それこそ賛成多数で可決されないからです。考えすぎですか?》(pp.368-369)

    ナチスの台頭の時代、そしてこの1960年代以降にネオナチが支持されてゆく世情、そういうのを読んでいると、大阪で維新がぶいぶい言わせてることや、さかのぼれば小泉政権や中曽根政権がやってきたことが重なるようで、ぞわぞわとする。

    「自分だったら…」というのは、ケストナーの伝記を読んだ感傷ではなくて、目の前のことだとも思う。何をどうやっていけば、この動きを少数派にできるのかと思う。

    著者によると、ナチスが台頭してきた時代に、ケストナーは読者にこう呼びかけたという。
    「世の中を変えるには、まずできることからはじめよう」、「人として、守るべきことを守り、拒むべきことは拒め」と。
    ▼その小さな一歩が、やがて社会をよいほうへと導いていく原動力になると、ケストナーは信じていた。(p.131)

    児童文学を書いた人としてしかケストナーが記憶されていないのは、ドイツでもそうなのかと思い、岩浪少年文庫に入っている本くらいしか読んでいなかったが、『独裁者の学校』や『ファービアン』を読んでみたいと思った。

    20年ほど前、ドイツ語を少しは勉強し、辞書を引きながら文章を読んだこともあった数年間に、ケストナーの原著をいちどは読んでみたかったなと今さら思う。

    (6/24了)

  • きのう読み始めて、先ほど読了。ドイツの児童文学作家として名高いケストナーの伝記。
    ジャーナリストだった時期があるとか、詩や大人向けの風刺的な作品があるとか、そういったことを耳にはしていたけれど、この伝記でケストナーのその側面にたくさん触れ、それがあってこその、エーミールや点子ちゃんや飛ぶ教室のケストナーなのだなぁと実感した。ひとのそばに居続け、そのひとのそのときに寄り添うケストナーだったからこそ。
    私の読んだケストナーは児童書ばかりで、しかももう「名作」になっているような、ひと昔前の時代のものとして扱われているなかで読んだ世代だったから、正直にいって、読んでいて「そのとき」を共有できないことはときどきあった。それは逆に、ほんとうに「そのとき」に読んでいたひとにとって、何より必要なものを描いていたということでもあるんだろう。そうして読みすてられていく何かの大切さを、きっとケストナーは信じていた。だからこそ禁書の憂き目に遭いながらもナチス政権下のドイツに留まり、できる範囲の最大限のやり方で、人々にことばを届けていったのだろうな。
    いろいろいろいろ、ケストナーの「だめっぷり」も感じられる一冊。あれだけ子どもに理想を語っておいて!という気もするけれど、訳者あとがきにもあったように、きっとケストナーは自分のそういう「だめさ」をどこかでわかっていて、だからこそ、あんな風に描けたのじゃないかという気がする。ケストナーの作品は、皮肉や鋭い批判をおりまぜながら、それだけでない、ふわっと軽い浮遊もふと感じる。この浮遊感が身体を軽くしてくれて、世の中や人間を信じる気持ちを呼び起こしてくれる気がするのだけど、そんな描き方ができるのは、もしかするとケストナーが自分の「だめさ」を自覚していたからじゃないかしら。もしケストナーが理想の通りに「完璧」なひとだったら、きっとそんな浮遊が必要だなんてそもそも思わなかっただろう。
    この本、訳がとても読みやすくて、かつ内容がきちんと大切にされている感じがして、読んでいて心地がよかった。訳者さん自身がおっしゃるとおり、恐らく原書の書きぶりも、ただケストナーを称賛するというよりなるべくありのままに描こうとしたものだったのだろうなと思う。ほんの少しだけ、おや、と思うケストナー寄りの記述はあったけれど、でもそれは、ケストナーに思わずそう書いてしまうくらい魅力があることの証なんだろうな。
    大人向けのケストナー作品を、何か読んでみようかしら。

  • ケストナーに愛人がいた、云々。

  • 「傷心を演じるのはやめなさい。生きながらえよ、悪人どものじゃまをするために!」

    ドイツに留まり続ける、時代の目撃者になるために?
    祖国が道徳をおそろしいほど無視して進み続けてしまうのを、危険にさらされながら、それでも内側で見続けるっていうのは一体どんな気持ちのすることなんだろう。

  • ケストナーさんは題名通り、ナチスに抵抗し続けた作家。
    亡命せず、目撃者の道を歩んだのだ。
    12年間の透明な束縛。。ながっ
    その抵抗は、ひたすらに自分の魂をナチスに売らないことによって果たされた。

    >>何度でもいおう。
    たとえどんなに深くココアの中に沈んでも、
    それを飲んではならぬ。
    *ココアはナチスの茶褐色制服を表す
    →ドイツにいる限りナチスから逃れられないが、甘い誘惑に乗らない…っていう解釈



    この側面からは、崇高な人物に思える。
    しかし、酒とタバコが大好きで浮気性でマザコン…。
    そんな最悪な面も持ち合わせていたのだ。



    >>キミはあまりにもうぬぼれが強すぎて、人を信頼できない。おかげで表面上にしか付き合っていないから、キミの心の底のさびしさは、みんな気づかないだろうね。しかも、キミは思い出をなつかしんだり、未来をおそれたりしない。だから友だちも、敵も、あんなに大勢いるのに、この世界に最初にあらわれた人間のように、一人ぼっちなんだよ。
    *ケストナーが自分に向けて書いた手紙



    本当は、ミンナを大切にしすぎて自分を大切に出来なかった…
    強い優しさと弱さ故に矛盾してしまったのかな。

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