よだかの星 (日本の童話名作選)

著者 :
制作 : 中村 道雄 
  • 偕成社
4.13
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本棚登録 : 521
レビュー : 65
  • Amazon.co.jp ・本 (27ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784039633804

感想・レビュー・書評

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  • 初端から、「よだかは、実にみにくい鳥です」という不穏な一行が提示され、この書き出しに引き摺られるかのように、物語の世界の中に引き込まれていく。
    「よだか」は、その見た目の異質性から他の鳥たちに除け者扱いされてしまい、終いには、「たか」の仲間だと思われるのが気に食わない「たか」によって、「よだか」という名前すら否定され、名前を改めないと「つかみ殺すぞ」と脅されてしまう。
    「よだか」は、自分は何も悪いことはしていないのに、ただみにくいだけなのに、と哀しみに暮れながらも生活を続けていく。
    しかし、ある日いつものように甲虫を飲み込んだ瞬間、ぞっとするような違和感が「よだか」を襲う。「よだか」は、甲虫やたくさんの羽虫を毎晩自分が殺していることに気付き、無意識のうちに自分が犯していた罪に慄いてしまうのだ。
    そして、「よだか」は、残酷な食物連鎖の世界の中から抜け出そうとし、何も食べないことを決意する。
    この展開から、普通に生きていることの中に潜んでいる静謐な恐ろしさというものを目の前に突きつけられ、私は自分の信じていたものが揺るがされたような気がした。人はそれを芸術と呼ぶのかもしれないが、恐るべき異化効果を持つ作品だと思った。
    最後に、絶望した「よだか」が死んで星になり、「燐の火のような青い美しい光」を放ちながら「いつまでも燃えつづけ」ているのが堪らなく切なかった。

    それにしても、こんなに繊細な感性を持っているなんて、宮澤賢治は生きづらかったろうなと思う。

  • 理不尽な圧力に屈するわけでもなく、逃げるのとも違う。本当に強いとは、よだかのことをいうのかもしれない。

  • 絵本で読み直してみて、
    良かったです。
    絵が素晴らしい。
    大好きな童話です。

    ーーー

    くちばしが曲がって、
    血が出ているのは、
    地に落ちた時の、
    衝撃のため。
    そのことを、
    確認。

    ーーー

    お日さまのせりふ
    「お前はよだかだな。なるほど、ずいぶんつらかろう。今夜そらを飛んで、星にそうたのんでごらん。お前はひるの鳥ではないのだからな。」

    が、印象に残りました。
    この話も、
    全体が素晴らしいです。

  • 孤高であるということは、どんなに辛く美しいことか。

    本当は孤高の存在になんかなりたくなかった、
    でもなるしかなかった強く、美しい鳥の話です。

    悲しく、はかない話なのだけれども
    どうしてだろう、読み終わったあとに勇気が出る。

  • 私たちはなんと内側に差別感をもった人間だろうと思うときがある。自分より弱い者への蔑みや虐げ。よだかを馬鹿にするまわりの鳥たちは、私たちの姿と重なる。
    非常な哀しみの中でよだか自身、生きるために小さな命を捕え生かされている事に気づく。
    私たちも生きて行く上で、多くの命を犠牲にしている事に感謝し、慈しみ、尊ぶ者でありたい。

  • 組み木絵 の、よだかのほし。

  • 木絵です!!
    絵もさることながら…
    木目の美しさとか、味わい深さとか、、
    独特のぬくもりがあります~。


    よだかの星は、賢治が真っ向から魂をこめて伝えるメッセージ。
    痛い。。

  • 今まで何度も読んでいます。
    宮沢賢治の中では、よだかの星が一番好きです。

  • 昔から大好きな本です。
    主人公は、一応鷹の種類のよだか
    です。
    よだかは模様が汚く、みんなから倦厭されてしまい、群れや住処から追い出されてしまいます。

  • 宮澤賢治の童話は残酷なほどリアルである。それが北国における生きることの厳しさがにじみ出たものか、賢治自身が児童を思ってあえて熾烈な現実を童話に託したのか、大人の童話として著されたものなのか私には定かではない。よだかの星はみにくいあひるよりも孤独であり、ギリシャのイカロスのように壮絶な運命を遂げたかなしいおはなしである。

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著者プロフィール

1896年、岩手県花巻生れ。盛岡高等農林学校卒。富商の長男。日蓮宗徒。1921年から5年間、花巻農学校教諭。中 学時代からの山野跋渉が、彼の文学の礎となった。教え子との交流を通じ岩手県農民の現実を知り、羅須地人協会を設立、農業技術指導、レコードコンサートの 開催など、農民の生活向上をめざし粉骨砕身するが、理想かなわぬまま過労で肺結核が悪化、最後の5年は病床で、作品の創作や改稿を行った。1933年没。

「2019年 『風の又三郎』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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