小説 言の葉の庭 (ダ・ヴィンチブックス)

著者 : 新海誠
  • KADOKAWA/メディアファクトリー (2014年4月11日発売)
4.20
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  • レビュー :109
  • Amazon.co.jp ・本 (381ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784040663999

作品紹介

靴職人を目指す高校生・秋月孝雄は、雨の朝は決まって学校をさぼり、公園で靴のスケッチを描く。ある日、孝雄は、その公園の東屋で謎めいた年上の女性・雪野と出会った。やがてふたりは、約束もないまま雨の日だけの逢瀬を重ねるように。居場所を見失ってしまったという雪野に、彼女がもっと歩きたくなるような靴を作りたいと願う孝雄。揺れ動きながらも近づいてゆく二人の心をよそに、梅雨は明けようとしていた-。圧倒的な支持を受けた劇場アニメーション『言の葉の庭』を新海誠監督が自ら小説化。アニメでは描かれなかった人物やドラマを織り込んだ、新たなる作品世界。

小説 言の葉の庭 (ダ・ヴィンチブックス)の感想・レビュー・書評

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  • 雨が降る景色ならいつまでだって眺めていられる。

    何か
    ささやきそうな風に吹かれるのも心地良いし、
    ちらちら、と動きのある光を追うのも好き。

    この人は
    (今、何を考えているのだろう)
    と、読めない彼の無表情は寂しい。

    『言の葉の…』庭にいると
    自分がつるん、とした人間となって
    誰とも何とも溶け合えない
    ただむき出しの個体にされてしまうから
    つい、
    何もかもに耳を澄ますような読み方、になってしまう。

    雨音に、吹く風に、こぼれる光の中に、
    欠けた言葉(気持ち)を探る様に生きる人達の物語。

    見え隠れする言葉を上手く見つけられた時、
    背景が大変美しい色に塗り変わった様な気がした。

  • 読み始め、少し読みづらさを感じましたが1章、2章と進むうちにぐいぐいと引き込まれました。文章から、雨音が聞こえ、藤の花の香りが漂ってくるかのようでした。秋雄と雪野のそれぞれの一人で地に足をつけているような雰囲気とお互いがともに惹かれていく姿が見ていて切なくて歯がゆくてこの二人だけを追いかけたくなりました。背景にある人々との関係も気になるところではなるんですが....。

    映像を観てはいないのですが、それでも小説として楽しめました。映像もみてみたいです。

  • 新海誠のアニメーション映画「言の葉の庭」の小説版。
    本筋以外にも、映画だけではわからなかった主人公の周囲の人たちの行動の意味や気持ちが描かれている。
    情景描写が美しくて、綺麗で、澄んだ印象の1冊でした。
    読んだ日がたまたま雨の日だったので、尚良かった。

  • 原作でもあるアニーメーションの監督が手がけた小説。
    淡い恋愛もの映画でありながら、緻密な伏線が張られた原作も多いに楽しめたが、本作は映画以上のボリュームの物語を書くことで脇役にも様々な背景を与えており、作品単体でも楽しめるし、映画の世界をさらに押し広げることすらしているファンなら読むべき作品だ。
    前々作の『秒速5センチメートル』の映画と小説の関係にも似ているが、本作は主人公である二人以外の人物にも章ごとに“主役”として登場させており、それらの話がすこぶるいい。

    孝雄の兄である翔太とその恋人は、映画では「突然同居をするために実家を出たカップル」という役回りでしかなかったが、劇中で孝雄が翔太の恋人(梨花)と親しげに話していることも本書を読めば納得できるし、何より翔太のストーリーが相当にいい。
    夢を追いかけ、恋い焦がれる孝雄や、失意のどん底から立ち直ろうとする雪野というドラマティックな背景を持った二人とは違い、翔太はうだつの上がらない営業マンで、一見華やかなところに身を置いている恋人の些細なことに嫉妬してしまったりする、リアリティ溢れるキャラクターだ。
    年齢不相応に幼く感じる母親と起こしてしまう諍いや、営業成績からくる精神的なプレッシャーに関する描写は、社会人であれば感情移入の度合いが主役二人の比にならないだろう(それは僕自身が20代営業マンであることに直結しているだろうが)。

    他にも映画では憎き元カレ、伊藤先生や(劇中のベランダでのタバコにはそんな意味が!)ビッチ相澤にも新海監督による暖かな背景が書き加えられていて映画に出てくる全てのキャラクターが愛おしくなること間違いない。

    ラストの章は孝雄の母親の視点で締めくくられるが、どこか現実離れした雰囲気を映画でも見せていた彼女の胸中を覗き込むと、雪野とはまた違った寂しさが見えてきて切ない。

    しかし本当に面白かった。連載期間中に読んでいたら続きが気になって苦しい日々を過ごしていたと思うと、単行本でまとめて読めて本当にラッキーだ。

  • とてもきれいだった。
    言葉も、風景も、雨も…。目に浮かぶ。
    恋の切なさとか、喜びとか、嫉妬とか、悲しさとかぜーんぶ詰まってる感じ。

    孝雄くんと雪野さんの、東屋での雰囲気がとても好きだった。

    雨が…ちょっと好きになった。

  • 登場人物の描写で、自分にもこういうところがあるとか、こういう人っているよねとか、細かい所だけど共感する点が多くて、新海さんの観察力に驚きました。
    映画はまだ見ていませんが、あのキラキラした絵でこの話が動くのだと思うと、ドキドキします。
    万葉集の和歌の綺麗さを初めて感じました。

  • 映画を見た後に小説版を読みました。
    せっかくなので映画の中には無かった部分の感想を書きます。

    雪野と孝雄の過去(一話・二話)。
    早く大人になりたかった孝雄は、数年で兄に「どんどんフケていく」と言われるほどの成長をしているけど、こんな過去があったからかと納得。
    雪野の過去は、後に出てくる相澤祥子と似たような感じになっているのが感慨深いです。
    酷いことをされたにもかかわらず相澤祥子を憎むような描写が少なかったのは、相澤祥子の中に過去の自分を見たせいなのかなと思いました。

    孝雄の兄・翔太の話(三話)。
    総じて、このお兄さんは孝雄よりロマンチストで子供っぽい(いい意味で)。
    三話の冒頭で兄は「ガキの頃の夢なんて三日で変わる」と言っていますが、自分の弟である孝雄や、恋人の梨花は三日では変わらない確固たる夢を持っている。
    そうでない自分に不満みたいなものを抱いている感じが伝わります。
    少年の心を宿したまま時間は流れて社会人になってしまい、心が追いついてないのに大人の世界に蹴りだされてしまった人、という感じです。
    映画の時はオトナ! って感じだったのでまさかこんな裏側が読めるとは!
    梨花の傍にいたいと思う気持ちで、心が前に進んだ感じでしょうか。

    伊藤先生の話(六話)。
    ごめんなさい、映画を見ていた時は、雪野先生ったら何でこんないかついオジサンと付き合ってたの……と思ってしまいました。
    割と感受性豊かでいい人っていうか、憎めない人だった。
    深く残ったのは、伊藤先生のお父さんが死ぬ前に残した言葉です。

    p215
    「まあせめて人生の中で、自分自身よりも深く愛することのできる相手を見つけることだ。それさえできれば、人生あがりみたいなものだ」

    これは本当に深くて難しい言葉です。
    私には子供と配偶者がいますが、かれらに対してこの台詞のようでありたいとは思うものの、本当にそうであるかは誰にもわからない。ただ一つ、お母さんと家族で良かったと思ってもらえる人物でありたいといつも願っているのみです。これが実践できるかどうかは死ぬまでわからないし、死ぬ間際になってもわからないままかもしれない。自分で判断できることではない気がするので。
    だからこそ、「これが人生のあがり」だといい、これが死ぬ間際の台詞なんだと思います。

    さらに六話では、雪野先生はまだ泣いてないことが明らかになりました。
    映画でのラスト付近、あの踊り場での号泣は、雪野先生にとって大きな意味があったんだとわかりました。

    相澤祥子の話(七話)。
    先述の通り、雪野先生に憧れて半ばストーカーする辺りは、過去の雪野先生と日菜子先生の間柄に似ています。
    「誰か、わたしをここから連れ出してくれないかな」
    という祥子の気持ちは痛いほどわかる。
    高校生位の年齢だといろいろ知識がつき、世の中のいろんな可能性が見渡せるのに、年齢も経験も足りない子供だから自分では何一つできない。
    世界は広いのに押し込められてる気がして本当に毎日もどかしくて窮屈な感じがしていたものです。
    祥子もきっとそんな感じだったのかなと思う。

    余談ですが、この感想を書く前に豊島ミホさんの「夏が僕を抱く」という短編集を読みました。
    その中の「変身少女」というお話の中に、相澤祥子・勅使河原・サヤととても良く似た関係の人物たちが出てきました(学級カースト底辺の三人組・かっこい苗字だけど冴えない男の子・やってることといえばアナログなパズル)。
    着地点は全く違うんですが、話の流れも途中までは本当によく似てました(不良っぽいイケメンに惚れて容姿を今風にしたり、無理してカースト上位と付き合ったりする)。
    同じく学生時代カースト底辺だった私の心に刺さったわー(笑)。

    孝雄の母親の話(十話)。
    母親の話も掘り下げて描いてありましたが、こちらは映画を見た時の印象とあまり変わらず。
    ちょっとどうかなこの人…という感じがぬぐえない人でした(笑)。
    他人に対して思いやりがある人というのはわかりましたし、割とポジティブなのはいい点だと思います。
    それから、兄とビールを飲んでいたシーンで、親子で全く同じことを思いながらプルトップを開けたという描写はすごいと思った。

    ラストに関して。
    はっきりいってここが読みたいがために買った本なんですが、とてもいいラストでした。読んで良かったです。
    映画だと、踊り場で泣いて抱き合うシーンで横から陽が差してくるんですけど、まだ雨は降っています。
    雪野も孝雄も泣いていたし、あの時点で二人の上に降っていたのはまだ若干の「雨」なのです。
    雨が本当に上がるのはこのラストだなと思いました。

    最後にあとがきについて。
    自分でもちょこちょこ文章を書くのですが、映画と小説の違いが経験をもとに書かれていて、ものすごく参考になりました。


    実は読んだのは感想を書く前日で、いつも割と読んだらすぐ感想に取り掛かるんですが、この本は思い入れが強すぎて時間がかかってしまいました。
    何度も読み返したい、人生の中で重要な一冊になった気がします。
    この本を抱えながら新宿御苑も行ってみよう。

  • 映画を見て、本を購入。
    すてきな作品です。
    絶対にまた読み返すだろうと思う。

    新海さんの作品には、言の葉の庭で初めて触れた。他の作品にもあたりたい、近いうちに。

  • 雷神【なるかみ】のしまし響【とよ】もしさし曇り雨も降らぬか君を留【とど】めむ
     「万葉集」

    「恋」は、「孤悲」。万葉集に、そう表記された例がある。恋しくつのる思いも、相手を気遣うあまり、むしろ孤【ひと】りの悲しみとして秘めてしまうような。
     新海誠監督の「言の葉の庭」は「〝愛〟よりも昔、〝孤悲〟のものがたり」というキャッチコピーのアニメーション映画。
     雨と、庭園の緑の映像が美しいこの作品に、意外にも万葉集の歌が引用されていた。掲出歌は巻11のもので、雷がちょっとだけ鳴って突然曇り、雨でも降らないかしら、あなたを引き留めたい、という歌意。これに応答する次の歌も登場していた。

      雷神のしまし響もし降らずとも我は留まらむ妹【いも】し留めば

    「妹し」の「し」は強調の助詞で、雨が降らなくとも私はここに留まるよ、あなたが止めるのなら、という意味。
     アニメでは、「君」を留めたいと心ひそかに思うのは、27歳の女性。そして「君」は、靴職人を目指す男子高校生。二人は、雨の朝、日本庭園で偶然に出会う。初夏の雨の音と、ノートに靴をスケッチする鉛筆の音。女性はふいに、なぞめいた掲出歌をつぶやき、立ち去ってゆく。そして後に、雨の日の再会―。
     監督自らが小説化した近刊は、登場人物が一人称で語り出し、各自の像をいきいきと造型している。ラストには、映画で描かれていなかった逸話もあり、雨が静かに止む瞬間に立ち会えた気分になる。万葉の「言の葉」とともに、ゆっくりと読み味わいたい一冊だ。

    (2014年5月25日掲載)

  • あまりにも良かったのでびっくりした。
    情景の細部や、登場人物の機微をうまく深く文章にしているなぁと。
    物語的には文章の方が合うんじゃないか?との、新海監督の言葉もまさにそのとおり!と思ってしまった。
    何人かの視点から物語が書かれていているので、全体像や、それぞれの思い、考え方などが読み取れるので、映画ではあまりハッキリとしなかった物語の背景もしっかりと描かれていて、それを踏まえた上で、もう一度映画を見たくなった。
    映像では孝雄が雪野のために頬を張った女子高生=相澤祥子が悪いのか?と思っていたんだけど、実はその元彼もクズだったと分かって、なおさら孝雄と雪野を応援してみたり。
    ラストシーンも良かった。

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