- 本 ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784040702858
作品紹介・あらすじ
暴虐の破戒王が討伐され、平和が訪れたエストラント。賊に追われる少女シアリーは逃げ込んだ洞窟で、巨大な氷の塊を見つける。砕けた氷の中から紅蓮の髪の男が現れて――その出会いは平和を揺るがす波乱の始まり!?
感想・レビュー・書評
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降伏にも儀式が必要だけど、お行儀がいいとは限らない。
「四天王」という言葉があります。
古くは仏教を守護する神のような存在であり、上役こそいますが「悪鬼降伏」などの実働的な役割を持つことからわかりやすい信仰を集めています。
その威力にあやかって主君に仕える戦国武将が四人括りで語られたりもします。
それらの連想からか、近年では和製RPGや少年漫画の領域において敵の首魁に仕える四人の幹部を指す称号として用いられることが多いようです。
これはそんな悪の四天王のひとり「紅蓮」の二つ名を持つウルズナを主人公に据えたファンタジー小説です。
表紙左隅で存在感を放つ三白眼、ギザ歯、赤髪のいかにも凶悪そうな面構えの男がそれです(手前はヒロイン)。
そんな尖った作品の筆者は『名もなき竜に戦場を、穢れなき姫に楽園を』のミズノアユム先生、その処女作に当たります。
で、その主人公ウルズナの象徴する属性は「氷」。
正直なところこの印象の男がどうして? と思われる方も多いとは存じますが、現実に根差した二つ名の来歴もしっかり語られているのでその辺はご心配なく。
けれども「氷」は「火」を操る活力的な主人公に反してクールなライバル枠の持ち技に設定されるイメージがあります。
それを踏まえると、逆張りをしていますね。
それもそのはず、これは王位を簒奪し圧政を敷いた破戒王「ローゼンダミス」の支配から、仲間と共に祖国を奪還した亡国の姫君「ティーセリア」の物語――から十年の時を経た物語なのです。
これが十年前なら文句なしにティーセリアか、その従者枠で成長株の少年エルド、大穴でウルズナを主人公に据えていても問題なかったでしょう。
構図として、ティーセリアが無体過ぎる「火」力の持ち主というのも味があります。
けれども、疲弊しきった旧制度を打ち壊した変革者にして破壊者はカウンターを喰らいました。
振れ過ぎた時計の針をあるべきところに調律してみせ、その上で平和に時を刻んでみせるかのような女王ティーセリアの御世にあって、何も知らないままに復活してしまったウルズナさん。
彼は破壊と暴力しか知らない軍人でした。
旧世代の遺物が新時代に出張ってくるな、と声なき声が聞こえてきそうでなんとも虚しくなってしまいそうです。
世界を案内する上で主人公には「無知」を据えよとはよく出来た言葉ですが、同じ無知でも都合よく「異世界転移」してきて、それなりの力も得た日本人の少年も脇役に配置されています。
それなのに――?
いささか前置きが長くなり過ぎましたが、ようやく本題に入れそうです。
しつこく言いますが、四天王「紅蓮」のウルズナは主人公なのです。
そういった歪さを前提に置いた物語であるからこそ王道のストーリーとは一風違った味を感じ取れ、癖になっていくのかもしれません。
ここでウルズナを一応カテゴライズするなら体制に反逆しながら素行は悪っぽい「悪漢(ピカレスク)」だと思うんですが、同時にかつての体制に殉じた忠義の人でもあるのですよ。
ゆえに本邦にある「判官びいき」という言葉に乗っかって、敗者に感情移入しながらって読み方もできます。
けれども、肝心の主人公の言動が読者が向ける悲哀を殴り飛ばすようでいて、本作を湿っぽい方向に傾けさせないのもまた面白いなあ、と思ったりもするのです。
「アンチヒーロー」、「ダークヒーロー」に転じるのは一見容易いかもしれませんが、そうやすやすとはいかないよう粗野な言動で印象を裏切り/裏付けてきます。
そんなわけで。
小物臭いけど軽快な笑い声をあげながら、敵を鏖殺してのける四天王――その役割に終始することが出来なくなった男が踏み入れたのは、隔世の感ある新時代。
そこは彼も周知の通り「死線」と名付けられたファンタジー魔法粒子が体系化され、説明できる世界です。
「科学」に至るまでの再現性はないけれど、各人の個性に寄った特性と学術としての経験の集積はあり、ちゃんと「魔法」としての体裁は保った「死線」の完成度は高いと思います。
「物理法則」はあるけれど、「死線」はその上に「意味」と「ルール」を押し付け、上書きする。
作中で行われる講義に科学的観点が入っているのに違和感がないのは現代人が研究したから――と、隙もありません。
こういうしっかりとした着眼から発想された世界なら、着実に歩みレベルアップして知っていきたいと思うのも人情なのでしょう。
けれど何分、主人公の性分がフルスロットルな上、その辺はよく知ったる人なのでいささか残念。
ただし! 傍から見れば支離滅裂、だけど今の世にあっては誰にも踏み入れさせない彼ウルズナの思いを乗せたクライマックスは圧巻です。
予定調和に対するカウンターは痛快かもしれませんが、解するに「痛み」も含まれている。
その上で「快」するには「死」という絶対の終わりでピリオドを打っても良かったのかもしれません。
「悲劇」に留まらず、自らの手で最高の死を掴み取った男の人生と考えれば、まさに痛快だったかと。
続刊を考えるまでもない一気呵成っぷりでした。
けれども、つまらない予定調和に対して「これが俺の予定調和だ!」って押しつけてきたウルズナが見事なら。
そこへ、さらにヒロイン「シアリ―」がハッピーエンドを上乗せしてきた流れも見事。
その続きが出なかったのは残念ですが、一巻の怒涛の勢いに続くに値する二巻の楽しみ方はまた折を見てレビューさせていただきます。
とまれ。
誰のものでもなく、ただ一人ウルズナの心の中にのみ秘められ消えていくはずだった主君と同輩への思いを、シアリーが共有するまでのストーリーも自然でした。
「ツンデレ」というにはカッチコチな「ツンドラ」状態ですけど、キツい印象が融けないままによくぞ大団円までも持っていったなあ、と今は白い息を吐くことにします。
総じて、尖った話だと思うのです。
仮に、面白さを構成するパロメーターが各項目十段階評価であったとしてひとつは13! って限界突破してるのに、ある項目は3! って言い張ってるような印象。
最大値の印象を取れば間違いなく会心の作品だと思いますが、主人公の格が高すぎて作中でも微妙に置いてけぼりにされている人が散見されますし、なにより題材上好き嫌いも分かれそうです。
「四天王」や「氷属性」を知らない読者相手には、ポテンシャルをフルに発揮しきれないでしょうし。
なんにせよ「四天王」の美学についても二巻で折につけ触れたいと思いますが、主人公が真っ先にやられた一番手にも関わらず、また「最強」であろうほか三人とは違った形の「最強」を体現しているのが非常にいいんですよ
それと主人公の主君である破戒王「ローゼンミダス」のキャラクター付けが圧巻でした。
異世界に飛ばされ、変革を起こしたのは、人なら当たり前の願望に沿って行動する善き一家庭人に過ぎなかった。妙な名前だなと思ったらまさかの本名のもじりというギャップ。
もし「世界」とか「歴史」とかいう得体の知れない大きな流れが怪物を育て上げたとするのなら、その得体の知れなさと気持ち悪さの演出はこの上ないと信じています。
結局本名を作中で誰からも言い切られることがなかったというのも、その印象を後押ししています。
ネーミング自体にもしっかり意味づけのある世界観ですし、実に納得がいきます。
お約束を知りその美しさと楽しさを知ったる作家ミズノアユム。彼が読者の予想を外し、そもそも予想のつかない名付けを行うことに一喜一憂したいたなあ、と改めて感じました。
そういうことですので、他の作品を読みに行くので半端なようですが、一旦レビューを〆させていただきます。このシリーズの二巻、そして新作『名もなき竜に戦場を、穢れなき姫に楽園を』の一巻を読みに行くことにしますね。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
敵に敗れ、回復しつつ眠りについた男が目覚めたら
それは平和になった10年後の世界、だった。
倒した側、ではなくて、倒れた側、という主人公。
ヒロインとどっこいどっこいな視点なので
どっちが主人公? と言われると、どっちも??
混沌とした世界を取り戻そうとして、次に平和を招いた
女王を倒そうと、突き進む男。
で、うっかり連れてきてしまったというか
いたから情報を摂取しようとした彼女に
情が移ったのか、守るべきものになったのか。
ツンツンツンデレ、みたいな男です。
途中で合流(?)する事になった敵の拾い子も
すごい決断力です。
自分が正しいと思う道を選択するのは、葛藤と
ものすごい勇気がいりますから。
別に悪の部分が引っ込んだ、というわけではなく
自分の信念で動きました、という感じです。
これがほだされて、とかになってくると
白けてくる気がします。
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