米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体 (角川新書)

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レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784040821634

作品紹介・あらすじ

安倍晋三首相が具体的なロードマップを引いたことで、憲法改正は国民にとって最大の争点となるだろう。
日本人よりも日本の歴史と政情に精通した米国人弁護士が、日本国憲法の出生秘話や世界の憲法事情を踏まえて改憲論争の核心を語る。

「国を守る自衛隊は必要だと思うが、憲法の条文からすれば憲法違反だと思う。かといって、憲法九条を真正面から改正して軍隊を持つことには抵抗がある」
そんな方々にこそ、本書を読んでもらいたい。――本書「はじめに」より

感想・レビュー・書評

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  • 図書館の本 読了

    内容(「BOOK」データベースより)
    安倍首相がロードマップを引いたことで、憲法改正は国民にとって最大の争点となるだろう。日本人よりも日本の歴史と政情に精通した米国人弁護士が、日本国憲法の出生秘話や世界の憲法事情を踏まえて改憲論争の核心を語る。

    このあたりは結構理論武装できてきたけれどまだまだ弱いので勉強中。
    でもこれはかなりいい論理が手に入ったし、読みやすかったので助かりました。

  •  外国人タレントで弁護士でもあるケント・ギルバートが、アメリカ人の視点から日本国憲法を語った一冊。日本人の間だけでの議論では浮き彫りにならなかったであろう、日本人の長所や特徴、歴史観も相対化して語られており、その点は新鮮に感じた。筆者は日本国憲法の成り立ちや周辺諸外国の実情を鑑み、戦争の放棄を定める憲法9条は軍隊を保持を容認する方向で直ちに改正すべきと主張する。

     憲法9条をどうするかについては様々な意見があり、議論を深める必要があると思うが、少なくとも言えることがある。9条に限らず憲法をどうするかについての意見を聞くに際しては、憲法学者は最も不適格な人種であるということだ。日本の憲法学は憲法を「不磨の大典」として、現実をいかに憲法の理想に近づけるのかを考える学問と化している。現状と今後の展望を踏まえながらあるべき国の形を模索し、憲法によってそれを体現することが本来の道筋であるはずなのに、日本の憲法学は全く逆のことをやっている。まして国の安全保障を考える場に憲法学者を呼んで意見を求めるなどは、愚の骨頂と言えるだろう。

     加えて、軍事力の増強は周辺諸国との緊張をより増加させるから慎むべきだという意見が未だに本気で語られていることにも驚かされる。彼らは、軍事力を鍵に例えた場合、相手を刺激しないようなるべく小さな鍵でよいと主張するのだ。しかし、これは国同士が現状維持を望む場合にのみ成り立つことで、一方が力づくで国境の変更を目指したり、自国の影響力を高めるために核兵器を開発するといった状況には当てはまらない。「お前の家に泥棒に入るぞ」と宣言されているのに、あえて鍵を小さくする人はどこにいるだろうか。

     いずれにせよ、憲法9条をどうするかに際しては、まずはこうした低レベルな議論から卒業することが必要だろう。

  • レビュー省略

  • 日本国憲法の出自については、日本人がいままでに縷々説明してきたところである。
    この本は、縁あって日本に来て、日本をこよなく愛するアメリカ人、それも法律の専門家が書いた日本国憲法に関する本だ。
    憲法学者のただ単なる解釈の為の解釈は、辟易していたところだ。
    人間が創る・また創ってきた歴史は、動態的に、また、俯瞰的に分析しなければならない。
    憲法学者の飯のタネのためにあるのではない。
    ということで、中身であるが、
    序章 いまだに蔓延る日本国憲法の勘違い
     なぜ日本人は憲法への誤解を続けるのか
     勘違いその一「憲法第9条が戦後日本の平和を守った」
     勘違いその二「日本国憲法は日本人がつくった」
     勘違いその三「日本国憲法は制定後、
             改正されていない」
     勘違いその四「政府解釈よりも憲法学者の見解が
             正しい」
    第1章 東アジアの国際情勢を直視せよ
    第2章 知られざる憲法出生の秘密を暴く
    第3章 海外憲法が教える憲法改正の本質
    第4章 改正反対を語る人たちの嘘を論破する
    終章  私の愛する日本を守り抜くために

    平和は、一国家がお祈りするだけでは、到底実現するものではない。
    相手国があり、それそうおうの駆け引きがあり、リスクも背負いながら、果敢に攻めて勝ち取るものである。
    たまたま、戦後、パクスアメリカーナという時代が続き、日本の平和が存在したような気がしているだけであり、アメリカ自身も、戦勝国として日本が二度と立ち上げれないような憲法を押し付けて、しまったと思ったのである。
    また、日本人・日本社会を洗脳しすぎ、やり過ぎだと認識しているにもかかわらず、くそ真面目な日本人・日本社会はいまだにその癖が直らない(悲)。
    人間のすることだから100%正しいということは絶対あり得ない。
    ものごとを動態的にとらえるための「法」はどうあるべきなのか、大人になって考えなければならないのは自明のことだと思うのだが・・・

  • ◆昔、大学で習った日本国憲法の制定史で忘れていたことを思い出した。日本国憲法案を作られた際(1946年2月)に、国連常設軍構想があり、国連軍が紛争を抑止し、侵略戦争がおきても直ちに国連軍が対応できる。だから普通の加盟国は自衛権すら必要ないという理想論があった。しかし結局は意見がまとまらず国連軍に関する検討は1948年までに打ち切られたと。

    ◆憲法の改正について、選挙制度も憲法の一部であるので、日本では選挙区定数・投票方式等の変更があったのだから、この点では憲法が改正されたという見方もあるという指摘は割と新鮮であった。

  • 最近ケントさん、新刊のペースが早い。

    憲法と、日本国憲法についての考え方がよくわかる。
    日本のガクシャは、現状肯定と肯定するための解釈しかヤンないのは学生の時からぼんやり感じていた。

    倉本さんの本もそうだったが、そもそも、どういう国にしたいかっていう議論をしないといけないのだ。
    ま、同じ顔して、邪魔して、隣国に国を差し出したい奴らが紛れ込んでるのが日本だし、その枠組みを作ったのは米国だ。

    検討すること自体が悪、というヒステリーだけは絶対間違っている。

  • 2017年、雨ばかりの夏休みに、読了。

    ケントギルバート氏が、改憲の必要性を訴えている本。半分は彼の主張が書かれ、もう半分は、日本国憲法制定の経緯や、海外諸国における憲法や改憲のありようを書き示す内容になっている。

    改憲や安保法制(集団的自衛権)に関する意見・立場には大きく2つ分かれると思うが、

    (1)平和主義のあり方
    ①日本が軍事力を持つこと、それらを行使する意志を持つことは、他国への挑発となり、軍拡競争を誘発し、平和を遠ざける
    ②日本が軍事力を持つこと、それらを行使する意志を持つことは、他国への抑止力となり、平和を近付ける

    (2)アメリカとの関係
    ①これまでも、日本は盾(守り)、米軍は矛(攻め)の関係で平和が保てており、これ以上、日本自らが何らかの武力行使を行う必要はない
    ②これまでは保ててきた日米関係も変わろうとしている(米国の退潮)。今後も日米関係を保つためには日本がこれまで以上に積極的な武力行使を行えるようにしなくてはならない

    本書は、(1)(2)ともに、②の立場をとっている。とくに、北朝鮮や中国をこれ以上のさばらせないためには(日本という国を国境や国益を守るためには)、改憲が必要、という立場だ。より具体的には、

    (1)においては、隣国が現状維持を求めている場合は①となるが、隣国が国境を越えようとする野心を持つ場合には、むしろ②であり、現状の中国や北朝鮮は国境を越えようとしている、という考え。

    (2)においては、アメリカは退潮しており、これまでのように世界の警察たろうとは考えていない。特に大統領がトランプになってからはより合理的かつ大胆な判断を行うようになっており、日本がある程度の譲歩を示さなければ後ろ盾をうしなうリスクが有る、という考え。

    いずれにしても、日本は米軍の庇護の下にある、これは間違いない。従って、軍事的に自立するか、これまで通り庇護されるか、米国の庇護を抜け出てもなお軍事力を持たない(丸裸)か、選択肢は3つしかない。これからも庇護されるように進める他、ないだろう。

    思想面では、日本の平和憲法が、日本や世界の平和に寄与してきたか?或いは今後、寄与しうるか?ということにつきる。
    答えは否、だろう。日本の平和を守って来たのは米軍の抑止力であるし、今後も含めて日本が丸腰だからと言って世界が平和になるとは思えない。世界で唯一の被爆国として、戦争の悲惨さを知る国として、日本にしかできないことがあるのではないかという考えは分かる。そうありたいと思う。しかし、現実は、肉食動物が跋扈する世界で、自分だけは闘う能力が有りません、といっても、それは食べられるだけのことだ。「やめようよ戦争なんて」といったって、尖閣諸島や竹島は現にやられているわけだし、例えばロシアでも中国でも北朝鮮でも良いが,攻め込んできたときに「自衛だけ」をして、向こうの国に対してなにもしません、ということでは、すまない。というか、日本という国が徐々にむしばまれていくだけだろう。それでもいいのか。日本はこれまで、建国以来ほろんだことが無い。そういう意味で日本の人達は「平和ボケ」しているのだろう。「何とかなる」とたかをくくっているのだろう。でも、本当に国が滅ばんとし、家族がちりぢりになり、国土が失われようとした時、「いや、これで世界が少しでも平和になれば」と思えるだろうか。自分のことは自分で守らなければ。これまではアメリカがやってくれたし、これまでもやってくれるならそれに越したことはないが。

    <その他の備忘録>
    ・東京裁判はおかしい。敗戦したからと言って突然指導者が死刑、とは。「人道への罪」って原爆だってそうじゃん。やりすぎだよ。
    ・日本は無条件降伏じゃなかった。ルーズベルトが死んで、徹底抗戦、皇室廃止が退き、今の日本への道筋が出来た。
    ・マッカーサーが天皇制継続を判断した。これがなかったら、日本はどんな道をたどっていたのだろうか。
    ・国連憲章のたたき台となった「ダンバートン・オークス提案」では、より強大な国連軍を配備すること(それを安全保障理事国が指揮すること)が盛り込まれていた。東西の対立によって夢と消えたが、これが実行されていたら世の中はどうなっていたか。
    ・日本の「戦力不保持」は、上記の強大な国連軍思想が前提となっていたという。たしかに、でなければアメリカにとって片務的すぎるか。
    ・トルーマンは原爆を落としたかった。だからポツダム宣言に天皇制についての記述をせず、日本が受け入れない状況を作った。で、1カ月もしないうちに原爆を落とした。
    ・国連憲章には、未だに「枢軸国」に対する条項(通称、敵国条項)が存在する。第53条、107条、77条の一部であるが、特に53条では「第二次世界大戦中に連合国の敵国であった国が、戦争により確定した事項に反したり、侵略政策を再現する行動等を起こしたりした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は安保理の許可が無くとも、当該国に対して軍事的制裁を課すことが容認され、この行為は制止できない」としている。

  • 誇るべき大和魂は諸刃の剣。外交政策は文化を含めた駆け引きですよね。

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著者プロフィール

1952年、アイダホ州に生まれ、ユタ州で育つ。1970年、ブリガムヤング大学に入学。翌1971年にモルモン宣教師として初来日。その後、国際法律事務所に就職し、企業への法律コンサルタントとして再来日。弁護士業と並行してテレビに出演。2015年、公益財団法人アパ日本再興財団による『第8回「真の近現代史観」懸賞論文』の最優秀藤誠志賞を受賞。

「2018年 『日本人だけが知らない本当は世界でいちばん人気の国・日本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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