檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか (角川新書)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784040823775

作品紹介・あらすじ

国家に“人事と金”を握られ良心を捻じ曲げられた、
囚人たちが冤罪を生み出す!

元エリート判事にしてベストセラー『絶望の裁判所』著者による、
司法制度批判の集大成!

感想・レビュー・書評

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  • 東2法経図・6F開架:327.12A/Se16o//K

  • 日本の裁判官を批判した書籍。世界の裁判官と異なり、日本の裁判官は権力の意向に追随する傾向が強い。それは裁判官が実質的に独立しておらず、特殊なムラ社会に生息する「司法官僚の群れ」「法服を来た役人」であるためである。裁判官である前に公務員意識が強く、上意下達の忖度公務員になっていることが問題である。

    裁判官の公務員感覚を示すものとして、人事への関心の強さがある。人事の予想ばかりしている裁判官がいる。どこの裁判所でも、異動の内示のある12月になると、誰もが異動裁判官の新たな任地を知りたがるという。この12月に内示があるという点は興味深い。

    中野相続裁判さいたま地裁(平成30年(ワ)第552号・共有物分割請求事件、平成30年(ワ)第2659号・共有物分割請求反訴事件)は2020年11月27日の第16回期日(第16回口頭弁論)では裁判所が判決に言及して強硬に手続きを進めようとした。ところが、次の第17回期日(第1回弁論準備手続、2021年3月19日)は、それほどでもなかった。12月の人事を意識して焦りがあったのだろうか。そのようなことで審理が左右されるとは当事者にとって迷惑である。

    本書は日本の裁判所が一種の「精神的収容所」としての性格を持っているとまで指摘する。これは日本型ムラ社会に共通する問題である。近時は日本型ムラ社会の異常性が世間から糾弾されることが多くなった。日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル事件や吉本興業ホールディングスの岡本昭彦社長の「冗談のつもり」発言は大きく批判された。これに対して裁判所は情報が乏しいために世間の批判を集めない。不当判決が批判されることはあるが、判決そのものの批判に終始して誰が書いたかへの着目は少ない。

    たとえば埼玉県北本市立北本中学校いじめ自殺裁判(平成19年(ワ)第2491号損害賠償請求事件)の東京地裁民事第31部判決(舘内比佐志裁判長、杉本宏之裁判官、後藤隆大裁判官)は「非常識」と大きく批判された。埼玉県北本市立中1年の中井佑美さん(当時12歳)は同級生から「きもい」と悪口を言われ、下駄箱から靴を落とされ、「便器に顔をつけろ」と言われた。これらの事実を認定しながら判決は「一方的、継続的ではなく、自殺の原因になるようないじめがあったとは認められない」として中井さん遺族の訴えを退けた。

    最高裁裏金裁判(平成24年(ワ)第436号)という裁判もある。最高裁が税金をプールして恣意的に使用しているとして情報開示や損害賠償を請求した。この裁判の口頭弁論は傍聴者のカメラや携帯、録音機持ち込みなど厳しくチェックする過剰警備が批判された(「最高裁裏金裁判で疑惑拡大」日刊ゲンダイ2012年10月3日)。

    この裁判も最高裁裏金裁判と同じ東京地裁民事第31部が担当し、舘内比佐志裁判長と後藤隆大裁判官が重なる。北本いじめ裁判も最高裁裏金裁判も、それぞれに関心を持つ人から、それぞれの裁判を批判されたが、両者を結び付ける視点は乏しい。徹底した情報公開が改革の一丁目一番地である。

    裁判官が上意下達の忖度公務員になっているとの批判は昔からなされている。本書のユニークなところは戦前よりも戦後に悪化したとの指摘である。裁判官は戦前から「官僚」ではあったが、事件を処理する「職人」としての性格も強く持っていたとする。しかし、事務総局の権限が肥大化し、職人の性格は失われたとする。

    大日本帝国憲法下では司法行政権(裁判所の事務や人事など)は裁判所が持たず、行政機関の司法省が持っていた。これは司法権の独立にとって好ましいことではない。しかし、裁判官が司法行政権を持たないため、裁判官自身が人事管理に関心を持たず、裁判そのものに集中できた面がある。

    これに対して日本国憲法下では司法権の独立の建前によって裁判所が司法行政権を持つようになった。その結果、裁判官の中のエリートが裁判官全体を統制するようになった。司法権の独立は自治のためであるのに、上意下達の忖度公務員に独立を与えると組織の中で支配統制する結果になった。

    結局のところ、上意下達の忖度公務員意識が問題である。公務員の自己正当化の言い訳に「公務員といってもサラリーマン」という台詞がある。民間労働者と同じ立場であると述べて民間労働者の理解を得ようとする論理である。これはサラリーマンへの侮辱になる。

    民間では逆に昭和の日本型経営からジョブ型への転換が進み、組織への忠誠よりも、職務への忠誠が重視される時代になった。サラリーマンだからダメなのではなく、忖度公務員だからダメなのである。忖度公務員をサラリーマンと一緒にしないでもらいたい。もしくは昭和のサラリーマンだからダメである。21世紀のビジネスパーソンにアップデートしなければならない。

    解決策はアメリカ流の法曹一元にして裁判官の官僚制度をなくすことだろう。弁護士にもブラック弁護士と呼ぶべき、とんでもない弁護士が存在することは十分に理解している。この点から弁護士が検事や裁判官になることに抵抗を抱く向きもあるかもしれない。しかし、検事や裁判官になる弁護士は、ふるいをかけられることになる。過去に何をやってきたかもオープンになる。依頼者の利益のためだけにとんでもない一方的な主張をするブラック弁護士は糾弾される。弁護士に将来、検事や裁判官になる可能性があるという選択肢を出すことは、ブラック弁護士の抑制にもなるだろう。

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著者プロフィール

1954年名古屋市生まれ。東大法学部卒。在学中に司法試験に合格。1979年以降裁判官として東京地裁、最高裁等に勤務。2012年明治大学教授に転身、専門は民事訴訟法・法社会学。在米研究2回。著書に、『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』『民事裁判入門』、小説『黒い巨塔 最高裁判所』(いずれも講談社)、『リベラルアーツの学び方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『民事訴訟法』『民事保全法』(ともに日本評論社)等の専門書6冊。『ニッポンの裁判』により第2回城山三郎賞を受賞。

「2021年 『檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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