草枕・二百十日 (角川文庫)

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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041001042

感想・レビュー・書評

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  • 二百十日は昔読んだことがあったので、草枕だけ読んだ

  • 2009.6.24 読了

  • 非人情の美学が説かれているロマンティシズムの極致。非人情とは東洋古来の漢詩や俳句に流れている根本的態度であり、一切の人間の事象を自然に対すると同じ無私の眼で見ること。
    どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる。
    着想を紙に落とさぬともきゅうそうの音は胸裏に起こる。

    「前を見ては、後へを見ては、物欲しと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑いといえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、極みの歌に、悲しさの、極みの想、籠るとぞ知れ。」
    あの雲雀のように思い切って、一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌うわけにはゆくまい。

    足の下に時々蒲公英を踏みつける。鋸のような葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色な球を擁護している。

    恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠告愛心も結構だろう。
    しかし自身がその局に当たれば利害の旋風に巻き込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目は眩んでしまう。
    したがってどこに詩があるか自身には解しかねる。
    これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。
    三者の地位に立てばこそ芝居は観て面白い。小説も見て面白い。芝居を見て面白い人も、小説を見て面白い人も、自己の利害は棚に上げている。見たり読んだりするあいだだけは詩人である。
    取柄は利欲が交わらぬという点に存するかもしれぬが、交わらぬだけにその他の情緒は常より余計に活動するだろう。それが嫌だ。

    われわれは草鞋旅をするあいだ、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向かって曾遊を説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であったことはもちろん、昔の不平さえ得意に蝶々して、したり顔である。
    旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときはすでに詩人の態度にあるから、こんな矛盾がおこる。
    してみると、四角な世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

    憐れ

    文明はあらゆるかぎりの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆるかぎりの方法によってこの個性を踏みつけようとする。一人前何坪何合なの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるともかってにせよというのが現今の文明。同時にこの何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞとおどかすのが現今の文明。
    文明は個人に自由を与えて虎のごとく猛からしめたる後、これを檻穽の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人を睨めて、寝転んでいるのと同様な平和である。
    檻の鉄棒が一本でも抜けたらー世はめちゃめちゃになる。
    第二のフランス革命はこの時に起こるのであろう。

    おさき真っ暗に盲動する汽車はあぶない標本の一つである。

  • 美しい表現が多々。物事をありのままに捉え表現しているってことかな?ちょっと言葉が難しくて理解できていないところもある。そんななかでも人生の教訓のようなものを読み取ることができる。最初の2,3ページが印象的。

  • 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

    何回でも読みたい綺麗な文章。
    この文章が印象強すぎて本編はあんまり。。

  • 俗世間を逃れて旅をする青年画家の前に、那美(なみ)という美女が現れる。俗世を離れた「非人情」を描いた物語。

  • '09.9.27読破

  • 二百十日の印象が強いです。東海道五十三次みたいなお話。

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著者プロフィール

明治、大正時代の小説家、英文学者。1867年、江戸(東京都)に生まれる。愛媛県松山で教師をしたのち、イギリスに留学。帰国後、執筆活動を始める。『吾輩は猫である』『三四郎』『こころ』など作品多数。

「2017年 『坊っちゃん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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