- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041001653
作品紹介・あらすじ
9年前、13歳の時に家族を事故で亡くした環は、ある日、仲良くなった自転車屋さんからもらったロードバイクに乗ったまま、異世界に紛れ込んでしまう。そこには死んだはずの家族が暮らしていた……。
感想・レビュー・書評
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『不幸はそんなに劇的なものじゃない。実のある不幸は一見なんてことのない日常の中にこそひそんでいる。なのに世間はそんなの退屈がって目もくれない。見栄えのいい派手な不幸にばっかり群がる』
あなたにお聞きします。
あなたは自分の人生を幸せだと感じているでしょうか?それとも不幸だと感じているのでしょうか?
人によって何を幸せと感じるか、何を不幸と感じるかの基準は異なります。同じ境遇にあってさえ、人によってその境遇の捉え方次第でそこから流れ出る感情は変わってくるでしょう。しかし、例えば『不幸に慣れた人間は、赤く腫らした目や削げた頰を他人に見せるような粗相はしない』というようなある意味極端に冷めきった感情から抜け出せないでいる人がいたとしたら、そんな後ろ向きな感情に包まれた人には何かしらの手が差し伸べられるべき状況にあると思います。では、そんな手が、今は遠い、はるか彼方の世界にいる、かつて一番身近にいた人たちから差し伸べられたとしたら、『不幸に慣れた人間』は何を感じ、何をしようと考えるでしょうか。また、そこにはどのような感情が生まれるのでしょうか。
『十三歳で父を亡くしたとき、あの世はまだ遠かった。やや時間差で母が逝き、弟の修がそのあとを追った』という辛い過去。さらに『二十歳に奈々美おばさんを』、『そして、二十二の年にこよみが死んだ』と身近に相次ぐ死の連鎖を経験してきた主人公・夏目環。『こよみはきれいなブルーグレイの毛をした猫だった』という『近所の自転車屋の猫』を飼っていたのは『ぶかっとしたオーバーオールの似合うおじさん』でした。そんなおじさんが『一人できりもりしていたサイクル紺野』で自転車を買った環。でも『約三ヶ月目。走行中にブレーキをかけるたび、ギギギギギ、と断末魔の叫びさながらの噪音が耳をつんざくようになった』という状況に『たった三ヶ月でこれだから、もともと欠陥があったんだろう。』 と謝る紺野。交換を申し出るも『あの自転車は私の唯一の相棒』と『三日おきに研磨剤』を使わせてもらうことを条件に乗り続ける環。そして『紺野さんともぽつぽつ言葉を交わすようになった』環は『初対面の日から話し友達になるまでに、半年。そしてその後、私たちが特殊な同胞意識を共有するまでには、またさらなる一年』と仲良くなっていきます。そんな時『ねえ、あなたよく紺野さんのところにいるの見かけるけど、気をつけたほうがいいわよ』とクリーニング屋のおばさんに警告される環。『あんまり近づくと、あなたまで祟られるわよ。不幸って、感染るんだから』と身内の不幸が連鎖している紺野を悪く言うおばさんに『私も九年前に家族全員をなくしています。これって、私も祟られてるってことですか』と返す環。『他人の不幸に寄生しないで』と捨て台詞を残して店を後にします。それからしばらくして『年始以外は休んだことのなかったサイクル紺野がシャッターを閉ざしていた』という光景を目にした環。『こよみが死んだ』という悲しみの連鎖。そして、こよみの四十九日を終え『山形に帰ろうと思うんだ』という紺野は『ぴかぴかの自転車』をプレゼントしてくれました。『こいつは丈夫にできてるよ。どこまでも行ける』と言う紺野。『積極的に私をどこかへ連れていってくれそうな自転車だった』という『モナミ一号』に乗るようになった環の前に『ついにあの日が訪れた』という運命の道が開かれる日が訪れます。
あらすじにある通り『死んだはずの家族が暮らす異世界に自転車で行き来する』というファンタジー世界が描かれるこの作品では、この自転車『モナミ一号』が大活躍します。『ただお伴をするだけじゃなく、積極的に私をどこかへ連れていってくれそう』という自転車は『まだ行ける。まだまだ行ける。挑むように前を行くその振動からは強固な意志のようなものが伝わってきた』という何かしらの力が宿っていることを暗示します。『限界の見えない未知数の力』を持つその自転車は『こげばこぐほどにペダルは生き生きと回転し、タイヤは弾むように地を転がっていく』という、普段の後ろ向きな環とは真逆の方向を向いています。この強い意志の力によって死んだはずの家族が暮らす異世界へと足げく通う環。そのダイナミックに異世界へとレーンを越えていく表現には、森さんならではのファンタジーの世界の魅力が存分に詰まっていました。読書で読むファンタジーは、読者の頭の中でどれだけその世界をイメージできるかが全てだと思います。その作品世界がどこまで魅力的なものになるか、読者の想像がどこまで飛翔していけるかは、ある意味読者の想像力が試される瞬間です。森さんの描くファンタジーは決して突飛な世界観などではなく、すぐ隣にありそうな、身近に存在するような、そんな親しみを感じられる絶妙な雰囲気感をとても大切にしていると思います。この作品でも、リアルとファンタジーが切れ目なく絶妙に繋がる不思議な感覚を感じさせてくれました。そして、この絶妙さが後で述べる巧みな読後感へと読者を導いていきます。
そして、この作品では『不幸に慣れた人間』である環が如何に前を向いていくか、この心のありようの変化の描かれ方がポイントとなっていきます。森さんはそんな環の感情を、このように描きます。まず最初に『神様は悪質だ』という強烈な断定。そして『私たちのまわりにあるやわらかくてあたたかいものたちをあの手この手で奪い去る』と家族や身近な存在を次々奪われてきた環のストレートな思いをこのように表現した上で、『あとに残るのはガラスや鉄、プラスティックなんかの硬くて冷たいものばかり』と無情にも物質だけが残っていく目の前の現実を対比させます。そして、さらに『いや、硬くて冷たいものさえも、永遠にそこにありつづけるとはかぎらない』と駄目押しをします。こんなマイナスな感情に取り憑かれている環。『生きていくにはじゃまくさい孤独も、死を思った瞬間に頼もしい友となる』というような強烈なまでの表現を用いてそのマイナスな感情を描いていきます。それが『死んだはずの家族』に接することで、環の心の中に『私には、あきらめちゃいけないことがある』という前向きな力強い感情が生まれてきます。『以前はいたのに、今はいない人たち。 以前はあったのに、今はないものたち』という『失われた時間を空想の中で復活させる』環。それを『走っているときにはなぜだかそれができる』と感じる環。その環から読者が受ける印象は、冒頭の後ろ向きな環とは全く別人かのような力強さを持ち、生きることに前向きな姿勢を強く感じさせます。そんな中、感動の結末へと向かう中で、ある瞬間が訪れます。それは、それまで全体を覆っていたファンタジー世界の印象がすっと消え失せ、現実世界を生きる夏目環という一人の女性が力強く前を向く、そして爽やかなまでに世界を駆け抜けて力強く走っていく、そんな情景が目の前に浮かびあがる瞬間です。マイナスな感情からプラスの感情への転換点、そこにファンタジー世界を描きつつも、あくまでも現実世界を見据える森さんが描くもの、描きたかったもの。現実世界には、今この瞬間ももがき苦しみながら生きる人たちがいます。そして、それでも再び前を向いて生きようとする人たちがいます。そんな人たちのひたむきに生きる姿が、すっと引いたファンタジー世界の前にふっと浮かび上がる瞬間。『朝日が、あらゆる感情を放つあらゆる人たちを照らしていた。』というその瞬間に感じる前を向いた人たちの圧倒的な”生きるんだ”という力強い意志の力に圧倒される瞬間。
“生きろ”という強いメッセージがここにある。力強く、それでいて、背中をそっと優しく押してくれる物語がここにある。そして、辛くて、悔しくて、悲しくて、そんな私たちに生きていくことをもう一度後押ししてくれるそんな作品がここにある。
「カラフル」と全く同じ感情に包まれる読後。 あたたかく優しい感情に包まれる読後。そして、明日もまたがんばろう!という前向きな気持ちに包まれる読後。
心のど真ん中を射抜かれるという感覚、そこから流れ出るあたたかい感動と満足感に包まれる心からの幸せをじんわりと感じた森絵都さんの傑作でした。
森絵都さん、こんなにも深い感動をありがとうございました。 -
再読。
前読んだ時は、私も走りたくなってジョギングをした。でも一週間ぐらいでやめた覚えがある。私には無理だった。
主人公の夏目環は、家族を事故や病気で亡くし天涯孤独の身。唯一の友達だった自転車屋の紺野さんと猫のこよみも去り、本当のひとりぼっち。頼る人頼られる人もいない。環は殻に閉じこもってしまう。本当のひとりぼっちというのは私には計り知れない。作中にも所々に"1人の苦しさから逃げ出したい"と書かれてる。そういう箇所を読むと苦しくなってしまう。
そんな環もある事がきっかけで40キロを走らないといけない事情ができ、それに伴い出会いがあった。イージーランナーズのメンバーたちだ。このメンバーたちと走るようになりどんどん環が変わっていく。後ろ向きから前向きになっていく。この変化は嬉しかったな。困っているメンバーを助ける為に自分から行動できるようにもなった。"頼る人も頼られる人もいない"から環が頼る人ができ、環が頼られたりと孤独から救われた。やっぱり殻に閉じこもっててはダメ。自分から変わろうとしなければ、ということを改めて実感した。
環を変えるきっかけの一つでもあるイージーランナーズのメンバーが変わり者ばかり。とくにリーダーのドコロが面白くて好き。めちゃくちゃな人なんだけど、走るのは速い。他のメンバーも一癖も二癖もある。変わり者ばかりだから逆にうまくいくのかな?衝突する事もあるけど、すぐ仲良くなる。なんだかんだでチームワークがいい。
イージーランナーズのメンバーが、久米島でそれぞれの目標を達成できるよう願う。 -
よかった!
人生ってフルマラソンみたいだなと感じた。
切ないけど、前向きに生きて行く主人公に共感しながら読んだ -
物語が進むにつれて段々と走る目的が前向きに変わっていく環をみていると、大きな一歩を踏み出すことが難しいならば、小さな一歩を少しずつ…と思えます。
森絵都さんの語る死生観って、明るいというか身近というかズシーンって重くないのが魅力的ですよね。 -
究極のルール違反。亡くなったあの人たちにまた会える世界...。一人で生きていくための成長の物語。でもその先には待ってくれている、見守ってくる人たちがいる...。奈々美おばさんがいい味出してます。そっと感涙しつつも元気をもらえる作品です。
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大事な存在をつぎつぎと亡くし、この世よりあの世に心が向いている、環。
あるレーンを超えてたどりついた場所は?
ファンタジー+スポーツ小説。
家族との別れと再会は、せつない。
死がテーマの一つだけれど、ユーモアもあって、ふしぎと暗くない。
イージーランナーズのゆるい感じもよかった。
最期はさわやかな、成長物語。 -
少し軽いですけどコミカルで分厚いながらすいすい読めました(4日かかったけど)。3度ほど声をあげて笑いました。読ませるセンス抜群です。サボっているジョギングを走りたくなりました。走り続ける。生き続ける。そうです、それです。
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人生はマラソンなんだなぁ
明らかにバランスを崩して向こう側に傾いていた主人公が、
だんだんと人との関わり方を掴んで、
向こう側の居心地の良さを、感じてはいけないものだと気づいて
こちらの日常に目を向けて、
こちら側で目標を持って、、、
辛いことも逃げたくなることもあるけど、
それでももう大丈夫だねって
読みながら家族と主人公の気持ちがすごく近くにあるみたいに感じられました
良いお話です
また走りたくなりました
亡くなった人に対する後悔って私の中にも少なからずあったけど、
この本の中のような世界があるんじゃないかと信じることで、気にせず私がこっちの生活を全うすることが供養になるってほんとにそんな気になれました。
ありがとう -
死後の世界と通じるという非現実的な話だけど、夏目環が、妙に現実的なキャラクターで心理描写も絶妙。
夏目環の日記を読んでいるかのような文章が、若い世代にはわかりやすく読みやすいかもしれないですね。
私はまだ家族を亡くしたことが無いけれど、その時が来たらまた読んでみたいと思える作品でした。
キャラが個性的なのと、自転車で走っている時、ランニング時の疾走感など、小説より実写化したら楽しいだろうなと思った作品でした。(普段は実写化大反対派です)
コメントありがとうございます。
この作品は「カラフル」同様に森絵都さんの極上のファンタジー世界が堪能できると思います...
コメントありがとうございます。
この作品は「カラフル」同様に森絵都さんの極上のファンタジー世界が堪能できると思います。とてもおすすめです。
いつもありがとうございます。
森絵都さんというと、「カラフル」「DIVE!」「みかづき」といった作品の知名度が高い...
いつもありがとうございます。
森絵都さんというと、「カラフル」「DIVE!」「みかづき」といった作品の知名度が高いですが、この作品はファンタジー系の埋もれた傑作だと思いました。おすすめします。