たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
4.48
  • (17)
  • (3)
  • (5)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 117
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (427ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041003732

作品紹介・あらすじ

1945年、満州。少年はたった独りで死と隣り合わせの曠野へ踏み出した。41連戦すべて一本勝ち。格闘技で生ける伝説となり、日本柔道界・アマレス界にも大きな影響を与えた男・ビクトル古賀。コサックの血を引く男は「俺が人生でいちばん輝いていたのは10歳だった」と言う。彼は1000キロを独りで踏破し引き揚げたのだ。個人史と昭和史、そしてコサックの時代史が重なる最後の男が命がけで運んだ、満州の失われた物語。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  •  コサックと日本人の血をひく少年ビクトル古賀。
     終戦間近、ソ連軍の侵攻、中国国民党と共産党との内乱。逃れるように日本を目指すが、日本人の目にはロシア人と映る。そして引揚の汽車から降ろされてしまう。生まれ育った旧満州はロシア人、トルコ人(タタール)、中国人、モンゴル人、ユダヤ人、ツングース人、オロチョン人が住む場所。純然とした日本人では決して身につかないコミ二ケーション力がビクトルにはついている。そして抑圧されてきた民族としての生き抜くすべが、コサックの中で伝えつづけられてきた。安全な水の探し方、食べられる草、足に巻く布・・・。
     辛苦ばかりが語られる引揚の中で、死を直面しながらも、少年の冒険心や溌剌とした姿が語られる。
     ここで語られているのもコサック族のほんの一端だか、今まで全く知ることのなかった、時の政権に虐げられたり、利用されてきた史実を知り心痛んだ。満州時代には関東軍情報部の朝野部隊としてコサック人が対ソ謀略部隊として編成されたり、現ロシアも前線で戦う軍団として見做されている。
     そのコサックの母がいい。柔道・レスリング・サンボといった武術に長け、海外に知れ渡り指導者になった息子に対し母は「強くなってもえらくない。人のために泣いたり笑ったりできる人間こそえらいんだ。」
     沢山の人に知ってもらいたい。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「強くなってもえらくない」
      素晴しい母親ですね!
      「強くなってもえらくない」
      素晴しい母親ですね!
      2012/09/11
  • 3月11日以来,世界が一変してしまった。

    その一方で,通勤中に本を読む,という私の日常は途切れなく続いていて,妙な違和感や,楽しむことへの罪悪感を覚えたりもした。

    連載のタイトルにあるように「楽しく」は,読書できなかったです。

    でも,心に残る本を読みました。それが「たった独りの引き揚げ隊」です。第二次大戦後,わずか10歳で満州から単独日本に帰国した少年ビクトルの物語。ノンフィクションです。 この少年は日本人とロシア人のハーフで,自然と共に生きるコサックの教育を受けていました。日本人が「引き揚げ隊」を結成し満州から集団で日本へと向かったとき,ハーフだということで取り残されたビクトル。多くの日本人が病に倒れたり強盗に襲われたりして命を落とした過酷な状況の中を,あくまでも意気揚々と独り歩き続ける強さに驚きました。 自然の中に身をおき,五感を駆使して生きるための情報をつかむ。例えば食べられる草は何か,川はどちらの方角にあるか,天気は崩れるのか。それらの情報を分析し,最善の行動にうつす。これぞ生きるための情報リテラシー。コサックにはそれらを次の世代に伝える教育システムがあり,ビクトルはそれを受け継いだ最後の世代となりました。 この辛いはずの経験をビクトルは「一番自分が輝いていたのはあの10 歳の時だ」と回想しています。自分の持てる力を総動員して生き抜いた,という事実がそう言わせるのだ,と思いました。

    この本には,ビクトルの体験とともに,その当時の社会情勢なども克明に描かれています。 戦後多くの日本人が過ごした壮絶な日々を読むにつけ,今回の震災後の状況とオーバーラップして,本を読む手が止まることもしばしばでした。 でも,戦後日本は復興を果たしたのです。ビクトルのように,持てる力を結集して,意気揚々と歩いていくことができれば・・・。 今はとてもそんなことを考えられる状況ではない現実に直面している人も,多くの人の支えがあれば・・・。実はビクトルも一人ではなかったのです。 満州のロシア人,中国人など,助けてくれそうな人に助けを求め,みながビクトルを助けたのです。そこに救われる思いがしました。

    ところで,この本を読んで強く感じたことの一つに,「自然」と「人間」の関わりがあります。 自然は,今回の震災のように多くの命を奪うかと思えば,ビクトルに命の糧を与える存在ともなります。 翻って,人間の作った数々のインフラの,なんと脆弱なことか。 これまでのものをそのまま作り直すのではなく,自然との共存ができるような形での復興が,「新生」が必要だ,言われています。 自然の脅威を完全に払拭するためにただ一つの強固なシステムをつくるのではなく,こちらがダメならあちらがある,というような多くの代替可能性を秘めたシステムが構築できれば,自然との共存が可能なのではないか,と思います。 自然の強さは多様性にあり,ビクトルの強さもそこにあるのだろうと感じました。

    この時期に読まなければ,この本をこんな風には感じなかったかも知れません。歴史物として読んでいたでしょう。本を読むタイミングって不思議ですね。


    http://opac.lib.tokushima-u.ac.jp/mylimedio/search/search.do?materialid=209005338

  • 世界大会、ロシア選手権などで優勝し、41戦連続1本勝ちのサンビスト、ビクトル古賀。最後の勝利は1975年40才で監督として遠征した日ソ対抗サンボ国際試合に現役選手の変わりに急遽出場を決めたときのことだ。現役を引退して1年あまり、体重制限のため3日間絶食し相手は世界大会で優勝経験のある強豪選手、それでも開始わずか30秒で跳腰を決め見事な1本勝ち。自由主義国の人間として初めて「ソ連邦功労スポーツマスター」を送られ1977年にはソ連国内でも160人ほどしか受賞者のいない「ソ連邦スポーツ英雄功労賞」も受賞。「サンボの神様」「伝説のサンビスト」と呼ばれた。しかし、そのビクトルは「だけどね、俺が人生で輝いていたのは、10歳、11歳くらいまでだったんだよ。それに比べたらあとの人生なんてとりたてて言うほどのことってないんだよ。」と酔いが回るとそう言って少年の顔で笑う。

    10歳の少年がソ連国境近くのハイラルで家族と行き別れ、先ずはハルピンへ、そして満州鉄道沿いに約1000kmをいく爽快な冒険譚だ。もちろん終戦直後のロシアの満州侵攻後でロシアとハーフのビクトル少年は日本人引き揚げ隊から追い出されるなどひどい目に遭っているし、先々で人々が襲われ、殺される所も目撃している。のどかな話ではない。それでも暗さはみじんもない。ようやく日本の親戚の家にたどり着き満州のことを思い出すがその感想は「愉しかったな。」だ。

    グーグルマップの徒歩ルートによるとハイラルからハルピンまでは800km(6日と19時間、ただしこの間はは馬と列車で移動)ハルピンから錦州まで763km(6日と10時間)。途中汽車に乗ってはいるが下ろされた所からの鉄道距離でも652km。ハルピンで約1年暮らしたあと、1946年の8月の終わりにハルピンから列車に乗り、新京(長春)までの中間を少し超えた松花江を超える所で荷物を奪われ置き去りにされた。ハルピンでの不良仲間にも見捨てられる。奉天(瀋陽)までたどり着き、やっと列車に乗れたと思ったのもつかの間錦州までの半分を超え遼河を超えたあたりでまた降ろされ見捨てられる。列車に乗ったのはざっと250kmほどで少なくとも500kmはほぼ一人で歩いている。錦州についたのは恐らく10月末から11月頭。2ヶ月以上も毎日歩き続けた。錦州では大人達がここまで来るのに3週間以上かかった、ずいぶん歩かされたなどとグチを言うのを聞きながら何とも言えない気持ちになり後でそれが弱い日本人の大人達への優越感だと気がついた。「日本人ってとても弱い民族ですよ。打たれ弱い、自由に弱い、独りに弱い。誰かが助けてくれるのを待っていて、そのあげくに気落ちしてパニックになる。」

    ビクトル少年はどうやってここまで逞しくなったのか。ビクトルの祖父フョードルは帝政ロシアの近衛騎兵でコサック騎士団の一員だった。日露戦争では当時世界最強と言われた騎士団を秋山好古の騎兵第一旅団が破ったのは有名な話だがフョードルは日本軍の捕虜となるが丁重な扱いに感激しすっかり日本びいきになった。ソヴィエト革命政権後弾圧を怖れたコサックは満州へと逃亡し、大興安嶺の西の三河という一帯に最後のコサック村をつくりすみついた。フョードルとともにビクトルの母クセーニアも3歳の時にここに移り住むことになる。

    ビクトルの父古賀仁吉は柳川藩主立花家の流れをくむ武士の家系で兄の石橋袋城が冒険家大谷光瑞の弟子だったことから西本願寺の末寺を建てるためハイラルに渡った。仁吉は兄に呼び寄せられ軍服用に毛皮を調達する会社を作りそこで優秀な猟師のコサック村に出入りしクセーニアと出会った。フョードルもサムライと親戚になれると喜んだが長男の正一=ビクトルだけはコサックとして育てさせた。コサックは若者が子供達に馬の乗り方を始め、ナイフの使い方、森での食べ物や飲める水の見つけ方、草原での方向感覚など生きる知恵を教える。手製のパチンコでクルミの実を落とすのも得意だ。意外と後で重要だったのが三角巾の様な布を靴下代わりに使う方法だろう。このおかげでビクトルはマメを作らずに歩き通した。薬がなければマメとは言え感染症になると命取りだ。かたい武家の作法になじまないビクトルだがコサックの知恵で生き延びたと言える。しかし、コサックとして育てられてなければそもそも独りではぐれたりはしていないかも知れないのだが。

    ビクトルの知恵は自然の中のものだけではない。人間が怖いことを知っているので線路そばは歩かず、線路が見えるぎりぎりを歩く。街を見つけると煙突から出る煙を見てロシア人の家を見つけ助けを求める。そして家に入れてもらうと最初にイコンに向かって十字を切る。これ一発で信頼されるのだ。死体を見つけるとせめてとうつむけにしてやるところは母親ゆずりのようだ。ハイラルに残された母親は殺され棄てられた日本兵を独りで埋葬していた。母親に会えるのは7年後の日本で連絡がついたのもビクトルが日本に帰ってからのことだった。

    あとがきでビクトルはありがとうを繰り返す。引き上げ時が夏でよかった。独りで出会った兵隊はどこの軍も普段はいい人だった。「辛かったこと、悲しかったこともありましたが、そんななかでも「今日もアリガトウ」と感じていたことは今でも鮮明に覚えています。少し前に骨折して満足に字が書けないビクトルの最後の言葉は。
    「そして、まだ生きています。感謝を込めて。」「ここまで書いて手首イタイ・・・」年をとっても子供の様なじいちゃんなのだ。

  • サンボの元チャンピオンであるビクトル古賀の少年時の話。機転をきかせた判断、自然を読む能力などにはびっくり!戦後の悲惨な描写もあるが、彼の人間味が描かれてて、後味のいい作品でした。

  • 戦争・引き揚げの中で人間の様々な面を見せつけられ、その中でも諦めず明るく生き抜こうとした強さ。それがたった10才の少年だというのだから尚凄い。コサックと士族の血を引き、複数の言語を操れたからこそ拒絶され、そして生き残れた。戦後約70年、周辺各国との関係も悪化している中で、様々なことを考えさせられる内容だった。
    どんな人種にもいい人もいるし、悪い人もいる。戦争になれば人は変わる。生きるためになんだってする。そんな中で、死んでいった人たちに十字を切り弔いながら誇り高く生き抜ける人間はどれくらいいるのだろう。

  • 戦後の混乱期に、満州から日本への約1000kmの道のりを、たった一人で旅した少年の実話である。

    士族の血を引く父親と、コサック騎兵隊の子孫である母親を持つハーフの少年が、10歳のときに満州で終戦を向かえるところから物語は始まる。

    満州からの引き揚げについては、恥ずかしながら本作を読むまで詳しい事は知らなかった。侵攻してきたソ連兵の略奪や、日本人に恨みを持つ中国人民の襲撃により、途中で命を落とした日本人は少なくないらしい。少年も実際にそんな場面を数多く目撃している。

    ソ連軍侵攻時の混乱により、不幸にも母親と離れ離れとなった少年。しかし少年は幼い頃からコサックの厳しい訓練を受けており、持ち前の精神力を発揮して、ついに一人で日本への引き揚げを果たしてしまう。
    しかも、日本に帰国したところで物語は終わらない。

    少年はやがて大人になり格闘技で世界的に活躍する事となる、ビクトル古賀という名前で。ソ連の国技であるサンボで公式戦41連勝、しかもオール一本勝ちという不滅の記録を打ちたて、当時西側諸国民としては異例の、ソ連邦功労スポーツマスターを受賞してしまうのだ。

    ここ数年、ノンフィクション作品を年間数十冊のペースで読んでいるが、年に1~2冊は心が揺さぶられるような良書に出会う事がある。本書はまさにそんな作品であった。

  • なんて凄いんだろう。なんて爽やかなんだろう。
    満州からの引き揚げ話はとかく暗くなりがちだが、本書の読後感はどこか草原を吹き抜ける風のように清々しい。
    こんな少年もいたということを、ずっと記憶にとどめておきたい。

  • 面白かった。

    題名の印象とは違った。

  • 異色の視点から書かれ面白い。ロシア、満州、コサックなど、今迄馴染みの薄いことに大変興味をそそられた。

  • 引き揚げに関する書籍は結構読んできたが、今回は10歳の少年が独りで、とあったので、さぞかし過酷な…と想像していた。
    でも実際は違った。

    これまで読んだ引き揚げ体験談は、多かれ少なかれ皆団体での行動。
    この本の主人公ビクトル少年が言うとおり、団体での行動はとても危険だったのかもしれない。
    置き去りにされてしまったのは想定外だったとは思うけど。

    独りだったからこそ助かった命なのかもしれない。
    とはいえ、相当サバイバル力がある少年。
    普通の子供とはわけが違う。
    コサック(どんな人たちなのか知らなかった)の人達が持つ、生きるための知力体力。
    10歳にしてすでにそういう力が備わっていた。
    それと、ロシア語を話せることも大きかっただろう。

    太陽、空、木、水…いろんなものを見たり、音を聞いたりして判断するという、サバイバル術。
    そして、過酷で悲惨な状況に置かれても、どこか楽しんでいるような少年の体験談。
    読み応えのある内容だった。

    以前「父親に叱られて車から下ろされた少年が、独りで歩いて自衛隊基地の施設へ移動し、そこで一夜?を過ごした」ということがあったが、それを思い出した。
    人間が持つ「生きる力」も、昔とはだいぶ違うのだろうなぁ。

全12件中 1 - 10件を表示

たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く (角川文庫)のその他の作品

石村博子の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三浦 しをん
ピエール ルメー...
東野 圭吾
村上 春樹
冲方 丁
ヴィクトール・E...
宮部 みゆき
有効な右矢印 無効な右矢印

たった独りの引き揚げ隊 10歳の少年、満州1000キロを征く (角川文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする