- Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041003848
作品紹介・あらすじ
飢えとマラリア、過酷な山越えのための想像を絶する疲労の中、困難な道を進む兵隊たち。摩耗する心と体。俺はこのニューギニアの地に捨てて行かれるのか-。味方同士で疑心暗鬼に陥る隊では不信が不正を招き、不正が荒廃をはびこらせる。そんな極限状態で人間が人間らしくあることは果たして可能なのか。第二次大戦の兵站線上から名もなき兵隊たちの人間ドラマを冷徹なリアリズムであぶりだす。
感想・レビュー・書評
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太平洋戦争下の兵士たちの姿を描いた作品を9編収録した短編集。
古処さんの戦争小説は単なる戦争下での悲劇を描いた反戦、厭戦の小説ではないことが大きな特徴であるように思います。
もちろん作中では飢えやマラリア、死体や傷病兵など戦争の悲惨さを描いた表現も出てくるのですが、決してそれらを感傷的に描かずあくまで冷徹に、戦争の中の日常として古処さんは描くのです。
そして古処さんが問いかけるのは、そうした極限状況の中での兵士たちの姿から浮かび上がる人間性です。不信や絶望が混沌と渦巻く中でそれぞれの状況に置かれた兵士たちは何を思うのか。
特に印象的だった短編は「銃後からの手紙」「蜘蛛の糸」「豚の顔を見た日」の3編。
「銃後からの手紙」は敵兵の死体から見つかった母親の手紙によってある一部隊の兵士たちの心中にきしみが走る短編です。
敵兵の母親の手紙から内地の家族を思う心情というものがとてつもなく哀しく思えた短編でした。そして一方でそうしたものを弱さと切り捨てつつも、そこにすがらなければならない兵士の姿もまた哀れを誘います。
「蜘蛛の糸」は戦闘中の怪我により片足を切断し、戦闘地から後送されることが決まった兵士が主人公。
この後送というのは怪我だけでなくマラリアなどにかかった病兵も送られるわけなのですが、戦闘中の怪我と病兵ではどうしても扱いが違うわけでそこから生まれる嫉妬や差別の思い、
また死を覚悟していたはずが、名誉の片足切断の負傷ということで内地で幸せに暮らせるのではないか、と考える主人公が野戦病院で過ごすうちに何を思い始めるのか、
そうしたことがとてもリアルに書かれていました。
「豚の顔を見た日」この作品の豚とは敵兵のことです。
この短編の主人公の沢井は豚である敵兵と向かい合いある恐怖を感じます。その恐怖の内容というのも戦時での状況でしか感じようのない恐怖で、そうした心理を描く古処さんのすごさを感じます。
インタビューによると古処さんは戦争関連の資料を1000冊以上読み込んでいる一方で、戦争体験者に対しての聞き取りは一切行っていないそうです。その理由は直接話を聞けば、その話の内容を否定しきれず縛られてしまうからだそうです。
豊富な資料と想像力、冷徹な視点で紡ぎあげられた古処さんの作品は、現代の小説界においてどんな作品とも被りようのない場所にいるような気がします。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
保阪正康の解説が秀逸。
「戦争は人間によって行われる人工的所作の産物であり、そこには平時の人間の営みが一気にマイナスに転化していく戦闘という空間がある。それを知っているのになぜ人間は戦争を起こすのか、といった『人間の業への素朴な問い』である。」(p,348)
古処誠二の作品の優れている点を言い当ててくれた。全作読み進めたい。 -
購入済み
2021.12.10.読了
古処さんの作品は基本的に太平洋戦争を題材にしたものが多い。
この作品もそう。開戦後1年くらいのパプアニューギニアを舞台にした短編集。
食糧不足。マラリア。兵士同士の軋轢。
太平洋戦争の悲惨さは言うに及ばずだが、後世に生まれた私たちにできることは目を背けずに向かい合うことだとつくづく感じさせられる。
古処さんの作品はミステリーを絡ませるなどして若者から高齢者までが太平洋戦争が実際に行われた地獄の戦いだったことに知識を深めやすいように構成されている。
本作はミステリーではない。
ニューギニアの過酷な環境下において最悪の食糧事情のもとマラリアに罹患し負傷してもなお故国に焦がれながらも戦いを余儀なくされた兵士達の物語。
開戦80年の今年、ひとりでも多くのひとに読んでもらいたい作品。 -
「軍隊は」という繰り返しにうんざりした。
軍隊という組織の特性じゃない。
日本人の生み出したものだ。
解説にあるほどのものじゃない、と感じるのは私の好みに合わないというだけなのだろう。 -
友人の好きな作家さんだというので、気になって読んでみました。
過酷なニューギニア戦線での兵士たちの物語。飢えと暑さと疫病に苦しめられ、ひたすら死に向かうだけの兵士たちの姿は壮絶でした。
特に心に残ったのが「豚の顔を見た日」
敵の濠州兵は白豚だと、奴らは人間ではない、人間であってはならないと、そう信じて戦ってきた日本兵が見た敵兵の涙。国と国の戦いであっても実際に殺しあっているのは人間と人間だと気づかされた時の悲しみや恐怖が、読み終わった後もずっと頭から離れませんでした。
あと「たてがみ」にも泣きました。動物ものには弱い。
歴史に疎く、また軍隊の構成とか階級などもいまいちわかってなかったので難解な部分もあったけど、心に残る作品でした。 -
戦後生まれの著者がどうしてここまでリアリティのある描写ができるのかと驚きます。
ページ数はさほど多くありませんが、一話一話に読み応えがあります。
「たてがみ」「お守り」は涙せずにはいられません。