線 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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本棚登録 : 48
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041003848

作品紹介・あらすじ

飢えとマラリア、過酷な山越えのための想像を絶する疲労の中、困難な道を進む兵隊たち。摩耗する心と体。俺はこのニューギニアの地に捨てて行かれるのか-。味方同士で疑心暗鬼に陥る隊では不信が不正を招き、不正が荒廃をはびこらせる。そんな極限状態で人間が人間らしくあることは果たして可能なのか。第二次大戦の兵站線上から名もなき兵隊たちの人間ドラマを冷徹なリアリズムであぶりだす。

感想・レビュー・書評

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  •  太平洋戦争下の兵士たちの姿を描いた作品を9編収録した短編集。

     古処さんの戦争小説は単なる戦争下での悲劇を描いた反戦、厭戦の小説ではないことが大きな特徴であるように思います。

     もちろん作中では飢えやマラリア、死体や傷病兵など戦争の悲惨さを描いた表現も出てくるのですが、決してそれらを感傷的に描かずあくまで冷徹に、戦争の中の日常として古処さんは描くのです。

     そして古処さんが問いかけるのは、そうした極限状況の中での兵士たちの姿から浮かび上がる人間性です。不信や絶望が混沌と渦巻く中でそれぞれの状況に置かれた兵士たちは何を思うのか。

     特に印象的だった短編は「銃後からの手紙」「蜘蛛の糸」「豚の顔を見た日」の3編。

    「銃後からの手紙」は敵兵の死体から見つかった母親の手紙によってある一部隊の兵士たちの心中にきしみが走る短編です。
    敵兵の母親の手紙から内地の家族を思う心情というものがとてつもなく哀しく思えた短編でした。そして一方でそうしたものを弱さと切り捨てつつも、そこにすがらなければならない兵士の姿もまた哀れを誘います。

    「蜘蛛の糸」は戦闘中の怪我により片足を切断し、戦闘地から後送されることが決まった兵士が主人公。
    この後送というのは怪我だけでなくマラリアなどにかかった病兵も送られるわけなのですが、戦闘中の怪我と病兵ではどうしても扱いが違うわけでそこから生まれる嫉妬や差別の思い、
    また死を覚悟していたはずが、名誉の片足切断の負傷ということで内地で幸せに暮らせるのではないか、と考える主人公が野戦病院で過ごすうちに何を思い始めるのか、
    そうしたことがとてもリアルに書かれていました。

    「豚の顔を見た日」この作品の豚とは敵兵のことです。
    この短編の主人公の沢井は豚である敵兵と向かい合いある恐怖を感じます。その恐怖の内容というのも戦時での状況でしか感じようのない恐怖で、そうした心理を描く古処さんのすごさを感じます。

     インタビューによると古処さんは戦争関連の資料を1000冊以上読み込んでいる一方で、戦争体験者に対しての聞き取りは一切行っていないそうです。その理由は直接話を聞けば、その話の内容を否定しきれず縛られてしまうからだそうです。

     豊富な資料と想像力、冷徹な視点で紡ぎあげられた古処さんの作品は、現代の小説界においてどんな作品とも被りようのない場所にいるような気がします。

  • 「軍隊は」という繰り返しにうんざりした。

    軍隊という組織の特性じゃない。
    日本人の生み出したものだ。

    解説にあるほどのものじゃない、と感じるのは私の好みに合わないというだけなのだろう。

  •  初版は角川書店、2009年刊行。1942年の東部ニューギニア戦線を舞台とする短篇が、ほぼ時間軸に沿って並べられている。

     自分が戦友を殺した、とわざわざ申し出てきた上等兵の発言の謎をサスペンス仕立てで追っていく「糊塗」や、いかにも戦場で才覚を発揮しそうな、盗癖のある「はしこい」人夫の姿が印象的な「生木で作った墓標」、なまじ英語を解するがゆえに濠州軍への投降の誘惑にさいなまれるインテリ兵を描いた「銃後からの手紙」など、心に残る作品が続く連作短篇集。解説の保阪正康も言っているように、これだけの世界を作り上げるためには、相当な下調べが必要だろう。逆に言うと、下調べが十分ならば、このレベルまで、小説による戦場の再現が可能だという証左とも言える。

     個人的には、戦闘で片足を失った中江という人物に焦点化した「蜘蛛の糸」が気になる。泥沼の戦闘となったニューギニアを脱出し、あわよくば内地還送もありうるという海岸で、わずかな隙を見て着水する輸送機に我先に乗り込もうとする病兵や傷兵たちの地獄絵図を目の当たりにして、中江は、むしろ原隊に戻ろうと決意する。少しでも長く、少しでも安楽に生きたいと願う欲望それ自体のあさましさに当てられてしまった、ということだろうが、この〈諦念〉は、心理的なヒロイズムとは無縁と言えるのか。
     作者は執拗に、ニューギニア戦線の惨めさと酷たらしさを書き継いでいく。だが、この作での中江の決断が、それでもあえて自分はここに残るという意味でなされたものならば、この連作小説のテーマは少し変わってしまうのではないだろうか。
     作者の描く兵士たちは、徹底的に人間的で、だからこそ揺れ動き、責任を取ろうとせず、ほぼ例外なく強くない。また、そのような人間の集まりゆえの軋みを不断に抱え、不信と不満とを鬱積させている。だから、ここから逃げ出したい、と思うのか。それとも残りたい、と思うのか。この点にこそ、作者の問題意識の置き所があらわれているような気がする。
     
     最後の二作品「豚の顔を見た日」「お守り」に登場する「高砂義勇隊」の表象にも、いささか気に掛かる点がある。いずれにしても、じっくり論じてみたい作品である。

  • 友人の好きな作家さんだというので、気になって読んでみました。
    過酷なニューギニア戦線での兵士たちの物語。飢えと暑さと疫病に苦しめられ、ひたすら死に向かうだけの兵士たちの姿は壮絶でした。
    特に心に残ったのが「豚の顔を見た日」
    敵の濠州兵は白豚だと、奴らは人間ではない、人間であってはならないと、そう信じて戦ってきた日本兵が見た敵兵の涙。国と国の戦いであっても実際に殺しあっているのは人間と人間だと気づかされた時の悲しみや恐怖が、読み終わった後もずっと頭から離れませんでした。
    あと「たてがみ」にも泣きました。動物ものには弱い。
    歴史に疎く、また軍隊の構成とか階級などもいまいちわかってなかったので難解な部分もあったけど、心に残る作品でした。

  • 戦後生まれの著者がどうしてここまでリアリティのある描写ができるのかと驚きます。
    ページ数はさほど多くありませんが、一話一話に読み応えがあります。
    「たてがみ」「お守り」は涙せずにはいられません。

  • 軍施設を、戦争史料を、兵士の遺書を見た後に、疲労困憊し空腹を抱える時に読んではいけなかった。

    感情移入が止まらない。まるで自分が泥沼の中でマラリアにかかったかのような錯覚。

    これは本当にフィクションなのだろうか。
    仮にそうだとしても、ここまで感情を表現した文には、取り込まれてしまう。

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著者プロフィール

古処誠二(こどころ せいじ)
1970年、福岡県生まれ。2000年4月『UNKNOWN』でメフィスト賞でデビュー。資料精査の果てに、従来の戦記文学を超越した領域を切り開き続ける。『線』をはじめとする一連の執筆活動に対し、第3回池田晶子記念わたくし、つまりNobody賞を受賞。『いくさの底』で第71回毎日出版文化賞受賞。著書に『ルール』『接近』『七月七日』『遮断』『敵影』『メフェナーボウンのつどう道』『ふたつの枷』『ニンジアンエ』など。

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