続氷点(下) (角川文庫)

  • KADOKAWA (2012年7月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784041003855

作品紹介・あらすじ

大学生になった陽子は偶然実の弟・達哉に出会い、実母・恵子のことを知る。また兄・徹と、徹の親友・北原に求愛され悩む陽子。複雑な人間関係の中で、いつしか陽子は成長し実母への憎しみが薄れていく……。

みんなの感想まとめ

複雑な人間関係や心の葛藤を描いた物語は、読者に深い考察を促します。大学生の陽子が実の弟や母との出会いを通じて成長し、家族の在り方や許しについて悩む様子がリアルに描かれています。特に北海道の美しい自然が...

感想・レビュー・書評

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  • 全4冊、深い物語を読んで多くの事を考えさせられた。
    思いもかけぬ展開でしたが読み終えて満足。
    物語の舞台に北海道の美しいスポットが多く、自然の偉大さを感じ、それと対比して人間の在り方、ちっぽけさも下巻ではしみじみと感じました。
    対話の多い小説で、リアル感あって心情が伝わってきた。携帯も無く手紙が主流な時代、懐かしい雰囲気のある小説でした。

  • 読めば読むほど善し悪しが分からなくなってくる。結局、“ゆるす“とはなんなのか。ひとつ許せないと、芋づる式でそれに付随する人や出来事も許せないし、あの人が悪いならこの人も悪いような気もするし……
    物語自体は誰でも経験できる話ではないけど、心の迷いや葛藤は生きていれば誰でもあるような話。
    この本のテーマについて考え続けるとモヤモヤするけど、物語としては楽しめた。

  • ふとした出来事から歯車が狂って、取り返しのつかない状態に陥っていく。
    後悔しても、後悔してもしきれないところではあるのだけれど、それも人生と割り切るしかないのだろう。
    最近読んだ「さくら」もそう、きっかけは時計の電池切れ、だった。ほんと些細なこと。
    全然関係ないけれど、「ダーウィンがきた」でやっていた「巨大なまずの鳩のみ」を思い出した。ほんの一瞬の気のゆるみ、それが鳩の人生を変える。鳩は水を飲んでいただけだ。

    根底にあるのは、皆さんのレビューにある、「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなく、われわれが与えたものである」。これは強烈に心に残る。

    (コレクションした音楽も、録画した映画も、本も、もうすべて読む/観る/聴く時間はまったく残されていません。集めても仕方がない。そんなことする時間が人生の貴重な時間を捨てていることに気づくべきだ。いつか見る、いつか使う、そんなときはもう来ない。断捨離して、家族との時間を大事にして、外の空気を感じた方が、人生豊かに終われるだろうな、とわかってはいるのだが。。。)

    陽子ちゃんの人生はこれでよかったのだろうか、大事なのは家族で、それはしみじみ感じるけれど、この家族は幸せだったのだろうか。ちょっと悲しい。

    クラ館、黒百合会、古川講堂、中央ローンなど、卒業生であれば馴染みのある風景が散りばめられている。

  • 学びや自己覚知のない母夏枝の存在が
    自己愛性の強い女性の象徴に感じられてならない
    人物それぞれの視界が広がり重なって変化し
    万事を受け入れて生きる人間の強さに胸が熱くなる

  • あいかわらず波乱のストーリーにくぎ付けだった
    罪をかかえ込みながらも自身に真面目に向き合うひとたちに敬意を覚える
    マザコンの達哉が多くの人を不幸にしてしまう
    【氷点】には戦争で負った苦しみが根底にある
    陽子の育ての母親が不気味だった

  •  1年遅れで北大に入学した陽子。
    夏枝と離れて兄の徹や北原さんと穏やかな大学生活を送れると思っていたら、生みの母親の家族との接点が出来てしまう。

     不義の子を産んだ母も、不義の子として生まれた自分も許せず思い悩む陽子。罪と許しについて考えさせられました。こんな重い話、私の身には降りかからないけど。

     育ての母である夏枝が浅はかで、わがままで、苦手。でも私も似たようなもんなんじゃないかと思ったりして、自分省みるためにもたまに読もう。氷点〈上・下〉、続・氷点〈上・下〉全4巻の中で夏枝が圧倒的にやばいキャラかと思いきや、もっとやばい奴が出てきます。面白かった。



  • 終盤、どんどん読み進めた。
    私も、陽子の立場なら、北原を選ぶかも。

    一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。
    この言葉にこそ、真の人間の生き方が示されているような気がする。

    与えられる、人になりたい…。

  • ようやく読み終えた。
    面白かったけど、なぜか、自分がこの世界からようやく解放されたという安堵に似たものすら感じた。

    下巻でやっと陽子くんのターンになった、と思えるほど上巻では影が薄かった。

    作中、一個一個のエピソードは小さなもので、でも人が体験や人とのコミニュケーションを通して少しずつ変化し、影響しあっていく様子を積み重ねるシステムが印象に残った。

    下巻ではラストの盛り上がりシーン以外では、陽子の下宿生活や高木と啓造の京都旅行が読んでいて楽しかった。

    しかしさあ。達雄やばいよね?
    母親を偶像視している激しい青年、ってもうバケモノじゃないですか。
    この子が物語を引っ掻き回さないと話が進まないから仕方ないけど、出るたびにヒヤヒヤしてストレスだったなあ。
    イナズ⚪︎イレブンばりに交通事故の多い社会。
    みんな、車には気をつけようね。


    ラストに向けて、陽子が母親を許せるのか、というテーマは興味が持てたけど、どの男と結ばれるのかは、なんだか読んでいて不快だった。
    別に陽子が必ずしも結婚する必要はなくない?←今の感覚ではこの感想になる。

    夏枝が徹と陽子をくっつけたがっているのも気持ち悪い。
    だって長く一緒の家に暮らした兄妹なのに恋愛感情を持つのも疑問だし(荻原規子かーい)、それを母親が応援するのが意味不明だ。

    下巻で良かったことは
    ・由佳子が自力で新しい世界に行ったこと
    ・啓造が教会通いをはじめたこと
    ・あの終わり方
    ですね。

    悪役たる村井に特に罰がくだらないのはなんともイラっとするなあ。

    順子、三井弥吉、それぞれに気づきと許しがある。この世はなんとも複雑。

  • 「氷点」「続・氷点」と読みました。

    「氷点」では、登場してくる人物達の傲慢さ、浅はかさ、幼さ、自分本意の行動など、驚きの連続で、単なるお騒がせ夫婦のとんでもない小説(←言い過ぎ…)と感じてしまった。

    テーマは原罪…とのことだったが、思慮の浅い自分は過去に放送されていたような昼ドラのイメージで読んでしまっていた。

    しかし、「続・氷点」では、もちろん浅はかな行動の徹、猪突猛進の達哉、相変わらずの夏枝、そんな夏枝を許せない啓造、空気の読めない村井の、自分達から敢えて辛い運命に寄せていってないか?と思うほどの思慮の浅い言動に驚きつつも、三浦綾子の訴える「赦し」というテーマにぐっと引きこまれた。

    自分の周りにいる人達との関係性で思うところあり、胸に残る言葉が沢山ありました。

  • どういう帰結になるかなと思っていたら、こういう終わり方か〜、、なんとも言えないな。本当はすっきりハッピーエンドで終わって欲しかったけど、つくづく辛い身の上の陽子、、、
    「続・氷点」は、人への「赦し」や「裁き」について考えさせられるものだった。たまに聖書から引用や牧師さんの言葉が出てきて、なるほど聖書を読んだり教会に通ったりするとこういうことが分かるんだなと思った。
    「人のことを責めたり裁いたりしていいのは、罪のない人間だけ」というようなことや、「人は皆自分のことが正しいと思っていて、考えが違う人間のことは見下している」など、なるほど確かに、私も人のことをどうこう言える資格はないなと思ったり。
    「愛とは感情的なものではなく、意思的なもの」といった啓造の言葉や、「たとい、わたしが自分の全財産を人に施しても、また自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である」という聖書の引用も、とても印象的だった。

  •  一年遅れ、晴れて大学生になった陽子。しかし、一向に心は晴れないまま。そんな中、陽子に思わぬ出会いが……。複雑な思いにかられながら、一方ではうれしい気持ちも隠せない陽子だったが、彼との出会いが皆の運命を大きく変えていく。

     いよいよ最終章です。もう、登場人物の誰も彼もの幸せを願わずにはいられない。「包帯を巻いてやれないなら、他人の傷にふれてはならない」という、陽子の祖父の言葉が心に刺さる。誰にも共感できない物語のはずが、いつしか、全部自分のような気がして苦しくなります。時をおいて、また読み返す日が来るかも。読み応えのある壮大なストーリーでした。

  • ゆるし
    読みやすかったけど難しい内容だった。
    正しいこと、ってなんでしょう。

    生い立ち、が人生に影響を与えている登場人物の気持ちはわからない。しょうがないか。

  • 前作で提示された人の原罪について、理解が深まった。
    存在そのものの罪は前作で言う陽子のように、親の不義・犯罪行為によって生じるもので、たいていの人には生じないものであると考えていたが、今作を読んで、あらゆる人に生じるものだと理解することができた。
    生きているだけで、意図せず、しかも自分が認識していないところで他人を傷つける可能性がある。
    例えば、誰かを愛し、愛されることは、また誰かを深く傷つけることになる。陽子が自分を愛してくれた徹を意図せず深く傷つけたように。
    世界は無数の因果関係で結ばれている。自分の存在・言動が自分の糸や認識範囲を超えて、他人を傷つける可能性は常に存在している。であれば、自分には罪は一切ないと言い切れる人は存在し得ようか。
    「罪のない者だけが石を投げよ」とイエスは言った。罪を裁くことのできる者は
    罪を犯したことのない者だけだと。どんな人でも罪を犯す可能性から逃れられない。
    罪を裁くことのできる人など存在しない。であれな、罪は赦すしかないものなのだろうか。
    戦争時に妊婦と胎児を殺した弥吉が、妻の不貞を赦したように。
    そして、実の弟や徹を深く傷つけた陽子が、自分を不貞行為で産み、捨てた実の母を赦したように。

  • ついに読み終わりました。
    陽子の自殺未遂から3年間のことが描かれています。
    兄妹として育った徹と陽子。
    徹に対して特別な感情を自覚した矢先の事故。
    陽子としては北原と結婚するしか罪を償う道はなかったのだろうか。
    陽子の罪は本人にはどうしようもないことなのに、陽子を苦しめる。
    北原がアンプタした後が駆け足て書かれており、実の母や弟の心情をもっと知りたかった。
    が、キリスト教を根底とした罪と赦しにおいてこの結末しかなかったのだろう。

  • ひとまずは読了。

    “赦す”がテーマなんだろうが、やはり思想感の違いか、おっちゃんには難しいテーマだった。

    続の二冊は、前作より少し間が空いた後の作品らしい。ならば、おっちゃん的には無理して世に放たなくとも…と思えた。

    登場人物それぞれに思うところや、スネに傷が…みたいな話は承知だが、…無理に理解しようとするとなると、一筋縄では理解し難い。

    時代背景が重苦しい時代なのだから…ってのは、言い訳なのかな?

    自分の喉元に刃が突きつけられているのに、他を守ったり…ってのは、おっちゃんには出来ない相談ですね…。
    だからといって上官の思う通りにしたらば、それはそれで非難される…。

    本当に激動の時代を生きてきた、見てきた人にしかわかり得ないお話だと思う。

    たとえ物語と言えど、おっちゃん風情若輩者がとやかく言うことは、憚られる気がしてなりません。

    そしてシュークリーム様、閲覧ありがとうございますm(_ _)m

    またXにてもネタを出してます。

    乞うご期待!w

  • 上巻は、『氷点』の最終盤での騒動の直後という情況から物語が起こる。そして時間が少し経過し、『続 氷点』の鍵になる「三井家の人達」が登場するようになる。
    下巻では、血の繋がらない兄の徹と、兄の友人ということで知り合って親しくなった北原との間で揺れていた陽子、そして「三井家の人達」を巡る挿話が多くなる。
    『氷点』は陽子が成長する過程の子ども時代が相当に入るのに対し、『続 氷点』は陽子が既に高校生や高校卒業後、或いは大学生である。それ故に「陽子の目線」という部分が多い。
    『氷点』の最終盤で陽子は高校2年であるが、『続 氷点』の中では大学生になっている。数年経っているということになる。そういった事情を踏まえ、<見本林>が在って、辻口邸が建っていることになっている神楽や旭川の街での挿話に加え、札幌での挿話も少し多くなり、加えて作中人物達が旅行に出るような場面も在る。
    作中、作中人物達が色々と行動する中、東京方面への旅行に飛行機が登場する、蒸気機関車が牽引する客車が専らだった中にディーゼル機関車やディーゼルカーが散見している様子が登場する、更に自家用車を使う例も色々と出て来る。そういう辺りに、「昭和40年代前半頃」という「色々な意味で様子が変わっていた時代」を想った。
    時代が如何変わろうと、結局「人間」は然程変わらないという一面も在るのかもしれない。故に、本作のような、発表されてから相当に年月を経ている小説が読み継がれているということなのかもしれない。
    「秘めてしまっている悪意がもたらす何か」という人生模様、「悪意」たる「罪」というようなモノと向き合わざるを得なくなって行き、心が凍て付く思い(=氷点)を経験することになる陽子というのが『氷点』だった。これに対して「悪意」たる「罪」を「償う」とか「赦す」というような道筋を見出そうとする劇中人物達を描くのが、この『続 氷点』ということになるかもしれない。
    やや旧い作品で、既に読了という方も多いとは思う。が、自身が極最近迄未読であったことから、未読の方も多いと想定する。そこで内容に踏み込み過ぎないように綴っている。
    作品内容と直接的に関係は無いかもしれないことを加えておく。偶々、三浦綾子作品を何作か読んで興味深かったことから、『氷点』と『続 氷点』の「辻口邸」の辺りということになっている<見本林>、その辺りに在る<三浦綾子記念文学館>を訪ねる機会を設けることが叶うという出来事が在った。旭川を訪ねた折りに時間が在ったので、訪問機会を設けたという訳なのだが、作家の作品や人生を広く深く紹介する文学館も興味深く、晩秋の好天という中で散策した<見本林>も好かった。
    『氷点』は独立して完結はしているが、『続 氷点』をも加えて、「昭和20年代の初めから昭和40年代半ば近く」の20年間程を描く“大河小説”という体裁に纏まっていると言えるのかもしれない。発表されて半世紀以上を経て読み継がれる「古典」である。自身は極最近迄読んでいなかった。が、読んでみて「広く御薦め!」と思った。

  • “罪”から“ゆるし”へ。
    人はそれぞれが考えを持ち、感じ、言葉を発し、行動する。生きていく上で、人と人との関わり合いを持つことになる。それが尊い絆をつくり出すかと思えば、一方では恐ろしい確執を生むことにもなり得る。
    けれどもそれは、人が生きていく上で、誰もが避けられないこと。
    考えるべきことは壮大かつ深淵。終わりは見えない。
    なにが正解かも分からない。

    この小説を読むことは、物語の行方を見届けると同時に、啓造や夏枝や陽子、徹をはじめ登場人物たち全てを通して、常に自分にも問われている、問いかけることにもなった。
    本シリーズはギュッと濃縮されているけれど、
    生きていく限り、人は模索し続け、またそうあるべきなんだろうと思う。

  • この先どうなるかまだ続きが読みたい。それぞれのキャラクターの心情が真摯に伝わってくる。

  • 【ネタばれあり】

    下巻。
    大学生になった陽子は、キャンパスで実母恵子の次男、達哉と出会う。実の姉だと知らず母によく似た陽子へ異常な執着を見せる達哉がひたすら気持ち悪かった。それを実の弟だからと甘やかす陽子にもイライラさせられたし、夏枝も村井もここぞというところで余計な事ばかりしてくれて、腹が立った。
    上下巻と長かった割には、終盤達哉の暴走で急に風呂敷を畳んで、陽子が謎に悟りを開いて終わったという印象でした。氷点は物語として面白かったけど、続の方は私には響かなかったみたいです。
    不倫の上自分を生んで捨てた実の母親を憎む気持ちを持つことすら潔癖な陽子にとっては赦されない罪なのだろうか。陽子くらい高潔な人はそりゃもう神に赦しを請うくらいしか自分を赦す術はないのかな、と思った。
    それにしても北原が可哀想すぎた…例え陽子を手に入れられたとしても代償が大きすぎる。達哉は神ではなく司法に裁かれてください。

  • 前半の上下巻が良かっただけにモヤモヤ。最後のシーンが観念的すぎて、急に置いてけぼり感があって消化不良。なぜ陽子はあの光景を見て恵子に電話をかけようと思ったのか?キリスト教の考え方を勉強すれば分かる?
    ただ娯楽として読みたいなら、続編は読まなくてもいいかもしれない。続編はあまりにも人間関係がぐちゃぐちゃしすぎている。順子の描写もあれだけ?個人的には不完全燃焼だった。

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著者プロフィール

1922年4月、北海道旭川市生まれ。1959年、三浦光世と結婚。1964年、朝日新聞の1000万円懸賞小説に『氷点』で入選し作家活動に入る。その後も『塩狩峠』『道ありき』『泥流地帯』『母』『銃口』など数多くの小説、エッセイ等を発表した。1998年、旭川市に三浦綾子記念文学館が開館。1999年10月、逝去。

「2023年 『横書き・総ルビ 氷点(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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