レ・ミゼラブル (下) (角川文庫)

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  • KADOKAWA (2012年12月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784041006276

作品紹介・あらすじ

青年マリウスは、美少女コゼットに恋をした。彼女への思いをつのらせる彼だったが、革命騒ぎのただなかに巻き込まれ、絶体絶命となる。そのときコゼットと一緒にいた男、ヴァルジャンと再会し――。

感想・レビュー・書評

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  •  下巻は、1832年6月5日に起きたパリ蜂起の模様が中心である。1830年の七月革命でブルボン王朝が倒れた後に、日和見主義のブルジョワジーの推薦によって新たに誕生したフィリップ王政に対する、人民の不満が、深刻な経済状況に加え、コレラの蔓延などで沸騰点に達し、若者たちを中心にパリ市街にバリケードを築き、政府軍と戦った。
     血で血を争い、どさくさに紛れて一般市民が死んでしまう。また、正義のための争いの前では殺人が正当化されてしまう、そういう戦闘は肯定したくないが、この蜂起のリーダーであったアンジョルラスの演説には感動して鳥肌がたった。
    「自分自身の主権を、われわれは“自由”と呼んでいる。そういった主権がいくつも集まれば、“国家”が生まれる。そして、この複数の主権の集まりの中では、権利が失われることはない。社会の権利のために、一人一人の主権が多少制限されるだけだ。その制限量はみな同じだ。一人一人が他人のためにこうむる制限が同じことを“平等”と呼ぶ。共同の権利とは、個人個人を守るための全員による保護のことだ。一人一人に対する、この全体による保護を“友愛”と呼ぶ。そして、これらの主権の交差する場所こそが“社会”なのだ。(中略)みんな、平等とは誰もが同じ高さにとどまっていることではない。たけの高い草と、小さい柏の木がならんだり、互いに相手を妬み、抑えつけ合う社会のことではない。社会の面では、全員が同じように能力を高める機会を持っていることであり、政治の面では、誰もの一票が同じ重さを持っていることであり、宗教の面では、どの信仰も同じように扱われることなのだ。平等のもとで、無償による義務教育というものが誕生した。全員に義務付けられている小学校。全員にひらかれた中学校。これが基本だ。同じ教育環境によって平等な社会が誕生する。そう、教育が大切なのだ!そこに光明が、救いの光がある!・・・・・みんな、19世紀は偉大だが、20世紀はもっと幸せになれるだろう。そのころには、もう古い歴史を引きずるようなものは残っていない。現在のような支配、侵略、略奪、武力行使による国家間の対立。国王の婚姻がきっかけの文明の変化・・・(中略)みんな、私がこうして語っている現在は、暗くやるせない時代だ。でも、これは将来を形づくるための生みの苦しみなのだ。革命は通行税のようなもので、未来のために高い代償を払う必要がある。・・・バリケードは、敷石や角材や鉄くずでできているのではない。ここは思想と苦悩の二つが積まれ、山となって誕生した。無慈悲と理想がぶつかる場所だ。・・・・同胞よ、ここで亡くなったとしても、未来の輝きに包まれて死ぬのだ。・・・」
     これは1832年、今から約200年前のことであり、この後、世界は大きな戦争を2回もして、反省し、先進国は少しずつこの時のアンジョルラスの理想とした社会に近づいてきたわけであるが、この時革命を引っ張ってきた若者は、混乱したフランス社会でこんなに先見の明を持っていたのだと分かり感動した(大多数の人々は理論的にはよくわからず、革命にエネルギーを注いでいただけかもしれないが)。フランス国旗のトリコロール「自由・平等・博愛」の意味が分かった気がする。そして、さらにこの部分が私の胸を打つのは、これが後世の人々によって書かれた歴史書ではなく、その時、タイムリーに現場に居合わせたユゴーによって、ルポタージュのように書かれたということである。
     ジャン・バルジャンが革命のバリケードの中からマリウスを救い出し、砲火を逃れるためにパリの真っ暗な地下道を命懸けで通って安全な地上に避難したシーンも圧巻だった。
     パリに行ってみたくなった。このような歴史事件があったパリの街並みを見てみたくなった。
     子供向けに「ジャン・バルジャン物語」などが刊行されていたから、この小説の主人公はジャン・バルジャンだと思っていた。しかし、「ああ無常」と言われるこの小説の主人公は、蜂起の中で「役に立ちたい」と張り切って、敵の散弾が飛び交う中、無邪気にも歌を歌いながら味方の為に弾薬を拾い集めて死んでいった、貧しい最下層のガウローシュ少年のような名もなき貧しい一般市民だったのだと分かった。
     ジャン・バルジャンは若い日、パンを盗んだ罪で投獄され、その後脱獄を繰り返したことで、15年間も獄中生活を送ったが、その後ビジネスで成功し、市長にもなり、再度シャベールに捕まったが、再度脱獄して、追われる生活をしながらも、少女コゼットと幸せな9年間を過ごし、最終的に自分は身を引いてコゼットをマリウスという若者に渡してしまうが、革命で散った若者たちに比べると幸せな人生を送ったかもしれない。
     ジャン・バルジャンは、貧困、差別、闘争などの矛盾に満ちた社会の中で、人間が無理やり作った規範と戦った強い、愛に満ちた大きな人だったと思う。
     登場人物一人一人の人生がドラマチックで、パリ蜂起という山場もあるので、ミュージカルとしても成功したが、やはり原作(抄訳だが)を読んで、ユゴーの考え方が分かり、本当に良かった。

    • goya626さん
      完訳です。KINDOLEで2か月ぐらいかけていましたよ。女房は、当時の政治状況についても詳しくなったようです。長い話を読むのが好きみたいで、...
      完訳です。KINDOLEで2か月ぐらいかけていましたよ。女房は、当時の政治状況についても詳しくなったようです。長い話を読むのが好きみたいで、今は「吾輩は猫である」を読んでいますよ。
      2021/05/22
    • Macomi55さん
      完訳ですか?!凄いですね。完訳は一生読まないと思うな。特にこの頃は早くレビューを書きたいので、そんなに長いのは読んでられない^^;。長いのだ...
      完訳ですか?!凄いですね。完訳は一生読まないと思うな。特にこの頃は早くレビューを書きたいので、そんなに長いのは読んでられない^^;。長いのだと、間にコミックとか軽い物を挟みながら読んだりもしてます。
      2021/05/23
    • goya626さん
      「早くレビューを書きたい」それ、よく分かります!!
      「早くレビューを書きたい」それ、よく分かります!!
      2021/05/23
  • ジャン・バルジャンとジャベール警部。
    アンジョルラスと革命。
    の下巻。

    囚人の両親をもつジャベール警部の不屈の精神力が崩れる瞬間があまりに穏やかで、逆に怖かった。
    混乱、絶望、罪と罰。清算のための死。
    現代社会も完全な社会では全くないが、進歩しようとする大衆の意思がなくなったのは怖ろしいことだ。

    アンジョルラスは、サン=ジュスト(ロベスピエールの若い側近)がモデルらしい。
    ルイ16世を処刑にもっていった演説家と知ると複雑な気分になったが、同志を鼓舞する彼は震えるほど格好よかった。

    ジャン・バルジャンは途中、コゼットに命を懸けすぎてて気持ち悪かったけれど、マリウスを助けに暴動真っ只中のバリケードへ駆けつけるところからはちゃんと「父親」に戻ってよかった。
    よかったが切なかった。
    暴動のなかで悲劇的な死を遂げると思っていたので、そうでなかったのはよかったが、最後の最後まで例の葛藤癖で苦しむバルジャンをみるのは胸が痛かった。

    いろいろ調べたところ 完訳版は、司馬さんの小説のようなもの(脱線の嵐)と認識した。
    『翔ぶが如く』を耐えられたのだから、きっと読めるはず。
    バルザックと大デュマのあと、戻ってみる。

  • 下巻で印象に残ったのはジャベール警部

    ジャンバルジャンは前科者だけど善行を行う人、ジャベール警部は法律家だけど正義を盾に悪行を行う人として描かれる。

    ジャンバルジャンを追いかける中で盲目的に信じてきた法律が完全ではなく、前科者にも善性がある事に気づいてしまったが故に、戸惑い苦しむ。
    今までに行ってきた正義は弱者を虐げるものだったかもしれない、厳罰を科された者の中にも善い人がいたかもしれない。
    何より、ジャンバルジャンを信用してしまった自分自身も法律に背く存在として許すことができない。

    これまでの信念を貫いた必死の行いが、取り返しのつかない過ちだったと気づいてしまう事もまた途方もない苦しみであり、そこで良心に従って苦しむ事ができるジャベール警部もまた悪人ではないと感じた。

  • ジャン・ヴァルジャンという男を主軸とした大河ドラマ。ジャン・ヴァルジャンに取り巻く他の登場人物の魅力的な描写が多く、彼だけに限らず、魅力のある人物が多いのもこの物語の魅力の一つともいえます。
    いろいろな要素が詰め込まれており、悲壮感のある物語の中に、エンターテイメント性を組み込まれています。
    また、ジャン・ヴァルジャンの生き様には非常に心が打たれます。『献身』とはこのことを言うのではないでしょうか。
    決して、楽しい物語ではありませんが、個人的に『人間讃歌』という言葉が頭に浮かびました。
    生きるとは何なのか、登場人物から問われている気がする、そんな物語でした。

    本書だけでも、非常に満足ですが、
    より一層楽しむために、オリジナル版の訳本も読んでみたいです。

  • ただただヴァルジャンに共感と尊敬。
    彼の人間らしさ、そして善良さに心打たれました。
    後半、コゼットに関わるヴァルジャンの苦悩が切なくて悲しくてたまらなかったです。
    誰よりも大切に思って手を尽くすけど彼は満たされなくて。
    あんなに慈愛に満ちた行為が報われないなんて…
    でもコゼットに罪があるとも言えないのがまた悲しい。
    人をあれ程までに愛せてしまったことが、ヴァルジャンにとっては悲しいことだったかもしれない。
    コゼットはヴァルジャンをどう思っていたのか、もっと深く知りたかったです。

  • かなり昔に完訳版を読もうとして挫折しましたが、抄訳(ところどころを抜き出した翻訳)上下巻、文庫本2冊、読み切りました!

    舞台ミュージカルは観たことがあるので、舞台で描かれない場面が補完されていく感じがして、興味深く読み進められました。

    エポニーヌとマリウスのやり取り、舞台で出てくるものがあちこちにあります。
    舞台最後の方のマリウスとテナルディエのやり取りが今ひとつわかりにくかったのですが、スッキリしました。

    バルジャンの中の白の天使と黒の天使、誰もが似たようなことを感じたことがありそう。
    p.261〜265に渡るアンジョルラスの演説が素晴らしい。

    あとがきに書いてありますが、
    完全版は
    「馬車でBに行った」と書かずに、
    御者がどんな人間か説明し、御者と登場人物のやり取りが書かれ、そしてそれが本筋とは関係が薄い
    読みにくいはずです。

    最初は抄訳版がわかりやすいのかもしれないと思いました。読み終わった後に、より深掘りするために完訳版もいいかもしれません。

  • 本当に素晴らしい作品。
    激動の時代を生きた人々を、主人公のジャン・バルジャンにだけスポットをあてるのでは無く、脇役もどんな人物なのか想像出来るくらいにそれぞれが詳しく描かれていて、物語の登場人物だけど、そこに生を感じられる。
    人々の暮らしがどんな様子なのか、街がどんな状態なのか、とにかく書き込みがすごい。
    これで完訳では無いなんて。
    完訳はけっこう省いてもよさそうなところがたくさんあって読むのが難しいと聞くので、初めて読む人はこれがいいのでは?
    このレ・ミゼラブルを読むと、今度は完訳を読みたくなる。
    レミゼの無限ループに陥りそう。

  • 最後に幸せが訪れたと思ったらそれも束の間。本当に悲劇的な物語だ。

  • こちらの作品はヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の原作の本質を残しつつ過剰な部分を取り除き英訳したものを日本語訳したものらしく最後まで読みやすい作品でした。

    上巻と同様、登場人物それぞれに味があり読み進めるのがとても楽しい作品でしたが、下巻はフランス革命に巻き込まれる場面や最後の方のジャン・ヴァルジャンとコゼットの心が離れていく場面はドキドキと悲しみを感じました。

    最後はマリウスに真実が伝わり良かったなと思いますし、ジャン・ヴァルジャンの物語全体での人柄の素晴らしさとコゼット、マリウスとの別れの場面とで自然と涙が出てしまいました。

  • 誰でも名前は知ってる名作。買ってから半年でやっと読了
    どうやらこれはコンパクト版らしいけど原作は細かい描写が多すぎてストーリーを追うのが大変みたいなので逆によかった。ジャン・ヴァルジャンの裁判とマリウスの恋模様を描いたシーンの2つが印象的。
    いくちゃんはコゼットの役だったとか

  • 下巻はコゼットとマリウスの濃い恋愛が底辺に据えられた展開。少々飾りすぎた語りであるもののジャン・バルジャンなりマリウス視線で没入して読む。革命ゲリラによる籠城の場面で無駄に人物が増え、間延びし停滞するが、それ以外は様々な要素が盛り込まれ、主要人物達がその人柄を活かした活躍をするので興味尽きず読めた。
    特に最後のジャン・バルジャンが語らずに去る後の展開がもどかしい。
    悪党テナルディエが最後までのさばらせるのは何か意図があったのだろうか。また、ジャヴェール警部の自死は意外だった。
    全編を通して自分に正直に生きることの辛さと勇気、正しい人生観というものを考えさせられる。
    あとがきによると、本書は原書を半分弱に縮めた英訳版をさらに日本語に訳したもので、読みやすさの根拠だと納得する。原書の訳本ならよほど苦痛を伴う読書となったろう、と安堵した。
    洋書を食わず嫌いしている人にもオススメ出来る娯楽作と思う。

  • エポニーヌよ、最期まで良い子だった。
    彼女の最期は悲劇的に見えるけど、彼に愛されないとわかった以上、彼の腕の中で死ねるのは最上の選択ではないか?

    マリウスを想うエポニーヌや、コゼットを渡したくない感情がありながら瀕死のマリウスを助けるジャン・ヴァルジャンは、客観的描写のみで本人視点が描かれていない。一見矛盾のように見える行動を突き動かしているのは、複雑なようでいて実はすごく単純なものなのかもしれない。すなわち、良心だ。もしかすると「愛」という言葉の方が文学的かもしれないが、私はあえて「良心」と言いたい。

    クライマックス、無事コゼットとマリウスが結ばれて、むしろこれ以上ないくらいのハッピーエンドになってもおかしくないのに、一人苦痛に歪みながら黙して去るジャン・ヴァルジャン、涙無くしては読めなかった。
    ヴァルジャンが訪ねてこなかったことに一日気がつかなかったコゼット、無垢ゆえの残酷!
    マリウスも力尽くで会わせまいとしてるわけではないのだから(ちょっと陰険だけど)会おうと思えば会える距離に住みながら、徐々に、コゼットの住む町まで行けなくなる、精神的隔たりが大きくなっていく様が胸を打つ。
    ああ、孤独に苦しんで!彼は常に孤独だった。側にコゼットがいるときでさえも、真実は胸に秘め、いつも、一人で苦しんで決断していた。
    真実を共有できるのはただ一人、宿敵ジャヴェール。でも、彼ももういない。

    ジャン・ヴァルジャンとジャヴェールの二人は、ヴィドックという一人の実在の人物をモデルにしていたはず。…ずっとうちで積読になってる彼の伝記を読むべき時がきたか…。

  • コゼットとジャン・ヴァルジャンの逃避行にハラハラしっぱなしだった。フランス革命の頃の、不安定な社会の中で必死に生き抜いて行く彼らとマリウスの出会い。最後の全てが明らかになっていくシーンは読んでいて感動した。愛の大切さを感じた。

  • 国も時代も文化もちがい、
    その中でどんな人生があったのか、
    人の様々な情を感じ取れるのではないでしょうか。

  • 魂が洗われた。

  • ポンメルシー、浮かれて舞い上がるの巻

  • レミゼ下

    上読了が1年前の2月だった。
    下、1年経ってようやく読み終わった…
    上はめちゃくちゃ面白くてどんどん先が気になってすぐに読み終わったのだけど、下で反乱が始まって新しい登場人物が出てきてから、なんだかよくわからなくなってなかなか読み進められなかった…

    訳者あとがきにあるように、作者は物語の本筋以外の部分も大切に面白く書くタイプだったようで、本作は本筋以外の部分をだいぶ削ってわかりやすく英訳したものを和訳したもの、ということ。
    それでもわたしにはなかなか難しかった~。

  • 詠み終わった後はやはり映像や舞台の方も観たくなった♪頭の中では『民衆の歌』を始めとする有名な曲が流れてきて、まさに名作だと感じられた。

  • ジャン•バルジャンって口に出して言いたくなるよね。

  • 終わりに近づくにつれ苦しくなる、魂と進歩の話。
    魂が穢れる、魂が清らか、そんな曖昧な言葉の意味をこの本は教えてくれる。
    壮絶だった…。
    強くなるには、同じ位のパワーを持つ仲間や家族を持たねばならない。
    品物ではなかなか無いと思う。
    対話が大事。
    そこに魂と愛があるならば。

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著者プロフィール

1802年-1885年。フランス・ロマン主義を代表する詩人・小説家・戯曲家。10代の若さで詩人として国王ルイ18世に認められるなど、早くから頭角をあらわす。すぐに戯曲や小説を発表するようになり、1831年に『ノートル=ダム・ド・パリ』、1862年にフランス文学界の頂点といわれる『レ・ミゼラブル』を発表して、不動の名声を獲得。政界にも進出したが、激動の時代により亡命生活も経験している。

「2022年 『ノートル=ダム・ド・パリ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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