慟哭の海峡

著者 : 門田隆将
  • KADOKAWA/角川書店 (2014年10月9日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041021538

慟哭の海峡の感想・レビュー・書評

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  • 綿密な取材に裏打ちされたと思われる重厚なストーリーは毎回さすがと思わされる。とともに、生身の若者に焦点を当てることで、戦争が前途洋々たる若者の命を無残に奪ってきたのかを深く考えさせられた。戦後の裁判の辺りは本当に胸が熱くなるシーンだった。

  • この本は先の大戦の犠牲者であった柳瀬千尋さん(アンパンマン作者・やなせたかしさんの実弟)とアンパンマンの誕生秘話に迫ったノンフィクション作品です。(実際の著書では台湾とフィリピンの間のバシー海峡の犠牲者の追悼に命を懸けた方の逸話が半分を占める)

    昭和五十年日本テレビのプロデューサーの武井英彦さんは、長男の参観日に訪れた幼稚園の一冊の本に目を奪われた。その本は幼稚園児のお気に入りとうことで、ひと際手あかがついていたのである。

    しかし、正義の味方であるアンパンマンが、おなかの空いた人に自分の頭を食べさせるという話は当時では斬新過ぎた。

    しかし、それを読んだ幼稚園児は夢中になり子供たちの間で圧倒的な人気を誇るようになったのだった。

    日テレでアニメ担当だった武井さんは翌日、神田小川町のフレーベル館に行って“映像化権をとりあえずください”という話を持ち出したそうだ。

    その後、彼はやなせ先生に企画を持ち込んでも“どうせダメでしょう”とつれない反応。何故なら以前そのような話があったがボツになっていたからだ。

    日本テレビの上層部も「何だ、これ?」「気持ち話悪いじゃないか」「頭をかじるなんて。。。」
    「こんなの子供に受けるわけないだろう」と日本テレビの上層部は武井さんの案を拒否した。

    そこで、武井さんは必死に訴えた。「そんなことはないんです。アンパンマンは自己犠牲の新型の正義の味方です。現に子供の間で人気があります」と言ったのだ。

    代理店の方でも一本一千万円という製作費が回収できないと抵抗を受けた。そこで日本テレビの関係会社のいろいろなグループ会社に“みんなでお金を出し合わない?”と持ち掛け、やっと実現化した。「これは、いける」というセンスを持った人は武井さんの他にも多数いたのである。

    最初、関東ローカルで始めたアンパンマンを放送すると、意外な現象が起こったのだ。「5%でもとれればいい」という予測に反し、放送を開始した十月には11、12%と行き、スペシャルバージョンを作ったクリスマスの時は17%という数字をとったのだ。その時間帯では初めての事だったらしい。それからアンパンマンは全国区になっていき、劇場版も制作できたのであった。

    そんな心優しいやなせさんは、地元高知に多大なる貢献をしている。故郷である高知の香北町に「やませたかし記念館(アンパンマンミュージアム)」を作るという話が持ち上がったが、快諾している。

    その後、土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線のキャラクターを一つ作ってくださいと言われて、「今、一つキャラクターを作っても宣伝にはならないよ、駅に全部つけようよ」と言い、全ての駅にひとつづつキャラクターを作られたそうだ。

    そんなやなせさんも、90歳を超えてから膀胱癌が発覚したのだが仕事への意欲は衰えなかったそうだ。例えば東日本大震災の時も、避難所でアンパンマンの歌が歌われて被災者の方が喜んでいると聞けば、ポスターにアンパンマンを描いたり、いろいろな事をやって下さったという。やなせ先生は発病後も仕事中心で、ちょっと疲れたらベッドに横になったり、いろいろ環境を整えて、仕事されたという。

    やなせ先生のアンパンマンは誰かに似ているのかと言えば、先の大戦で亡くなった弟・千尋さんだというのである。京都帝大から海軍に学徒出陣して亡くなった弟・千尋さんに自己犠牲である、アンパンマンを投影していたと思われるのだ。

    そんなやなせさんは亡くなる直前、無意識で「神様、仏さま、ありがとう。お父さん、お母さん、ありがとう、ありがとう、おぶちゃん(夫人の愛称)、ちひろ、ありがとう、ありがとう、ありがとう」といって息を引き取った。

    こんなやなささんだが、こう述懐している。「アンパンマンをかきはじめたとき、なにか不思議ななつかしさをおぼえた どこか僕の弟に似ている」「アンパンマンについて話すことは あるいは自分史と重なるかもしれない お恥ずかしがしかたない」

    郷土の大先輩、やなせたかし先生に合掌。

  • やなせたかしの弟 千尋 台湾とフィリピンの間のバシー海峡で戦死

    中嶋秀治 輸送艦が潜水艦の攻撃で沈没 奇跡的に生き残る

    海峡をのぞむおかに潮音寺作る 鎮魂

  • フィリピンと台湾の間のバシー海峡。ここには30万人といわれる日本の兵士たちが眠っている。その中にアンパンマンのやなせたかしの弟がいる。また戦後70年でほとんどの日本人が忘れているのにもかかわらず、この地になんとか鎮魂の寺を作りたいと私財を投げ打って潮音寺を作った中嶋秀次さんもここで13日の壮絶な漂流をした人だ。自分たちがなぜ生きているのか?を考えさせられる素晴らしいドキュメント。

    〈人は人 吾はわれ也 とにかくに 吾行く道を 吾は行くなり〉
    柳瀬千尋がバシー海峡で戦死して七十年。いまだに、その「死」で涙を流してくれる人が、たしかにいたのである。
    すでにやなせは五十四歳を迎えてい
    ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行なえませ
    結局、二億ぐらい使ったかもしれません、と中嶋が
    「神さま、仏さま、ありがとう。ありがとう……お父さん、お母さん、ありがとう、ありがとう、ありがとう……」  突然、やなせはそう言ったのである。
    弟がやりたいことはいったいなんだったのか? それは、ちょっと(代わりに)俺がやってやんなくちゃいけない、という気持ちは今もあるんです。何なんでしょう
    先生は〝グローバル化というのは、海外に合わせることじゃない。日本のいいものをちゃんと世界に示すことが、グローバル化
    アンパンマンを通じて、自己犠牲という日本独特の価値観であり、生き方が、世界に広まっていくことを願わずにはいられない。
    歴史の礎となって、死んでいった日本の若者たち。太平洋戦争で大正生まれの男子千三百四十八万人の内、実に「七人に一人」にあたる約二百万人が戦死している。  生きることを拒絶され、若くして世を去らなければならなかった若者たちの無念はいかばかりだっただろうか。  焦土と化した日本を復興させ、そして〝二十世紀の奇跡〟と呼ばれた高度経済成長を成し遂げたのも、彼ら大正生まれの人々である。戦争中は突撃、突撃を繰り返し、戦後は黙々と働きつづけた大正生まれの人々は、いわば「他人のために生きた人たち」である。

  • 大正生まれの青年が戦争で20万人犠牲になった。
    アンパンマンの産みの親 やなせたかしの弟は京都大学生の優秀な青年であったが、25歳でバシー海峡に散った。

  • やはり門田隆将のノンフィクション作品は読みごたえがありますね!本作品はアンパンマンの作者である「やなせたかし」と、もう1人の第二次世界大戦を壮絶に生き抜いた元海軍兵士の2人の人物を通した、戦争の悲惨さと2人が戦後どのように戦争と向き合ってきたのか?を描いたドキュメンタリーです。
    本作品を通じて、現在の日本の平和な状況というのは、第二次世界大戦で戦死された尊い多くの犠牲者(先人)の上に形成されているのだということを決して忘れてはいけないということを思い知らされただけでなく、戦争の愚かさというものを風化させてはいけないと強く感じたのでした!
    やはり真実(事実)というのは重い!ですね。

  • 台湾とフィリピンの間に横たわるバシー海峡。
    第二次世界大戦下、南方に展開した日本軍はバシー海峡を越えて、多くの兵士を南方に送り込んだ。
    重要な、兵士、物資輸送路であったバシー海峡は、当時の敵国米軍の重要な攻撃ポイントなった。そして、非常に多くの日本人の命が、バシー海峡で失われることとなった。

    ノンフィクション作家門田隆将が注目したのは、バシー海峡が人生を変えた二人。
    ひとりはアンパンマンの作者、やなせたかし。やなせたかしの実弟、柳瀬千尋氏は海軍少尉として乗艦した駆逐艦とともに、バシー海峡に没する。
    そして、もうひとり、米軍の攻撃を受け、奇跡的に生き延びた中嶋秀次氏は、バシー海峡で失われた多くの命を供養すべく。海峡を望む台湾の地に寺院を建立することに命を懸けた。
    二人は、奇しくも同じ2013年10月、この世に別れを告げた。

    本書は、柳瀬千尋氏の普通に優秀だった学生であった、生活を克明に描いている。
    京都帝国大学の学生であった千尋氏は、真剣に生きて、そして没した。やなせたかし氏は、その弟を愛した。
    自分を失うことを知っていても、避けることなく、運命を受け入れた弟。そこに、自分を傷つけること。失うことを恐れない特異な正義のキャラクター あんぱんまんを重ねる。
    中島氏は、壮絶な体験のうえ生き延びた。しかし、彼の脳裏から没していった多くの戦友、そして、同じバシー海峡に沈んだ多くの命の記憶が消えることはなかった。中島氏は、バシー海峡戦没者の御霊を慰めること、そして記憶に留めることに生涯を捧げた。
    戦争がなければ、普通の生活を送っていた二人、そしてその家族。
    普通の彼らの記憶を残すことが、次の戦争を起こさない、日本人の記憶となっているのだろう。

  • 台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡では、先の大戦で数多くの戦艦が米潜水艦からの魚雷攻撃により沈められた。
    そこで戦死した日本兵の数10万人以上という。
    その中にアンパンマンの著者’やなせたかし’の弟、柳瀬千尋がいる。
    この作品では柳瀬兄弟と、同じくバシー海峡で魚雷攻撃を受けた戦艦から筏に乗り移り12日間の漂流の末、別の船に助けられた中嶋秀次のことが描かれている。
    私の父の長兄もこのバシー海峡で戦死している。
    私は昭和58年岩手県青年に船に参加し、このバシー海峡で行われた「洋上慰霊祭」にも参加した。
    「この広い洋上で船が沈められたらどうなるのだろう・・・?」と当時は想像できなかった。いま「慟哭の海峡」に触れすさまじい魚雷攻撃の様子が理解できた。

  • 「アンパンマンとは、いったい誰なのですか」

    年の最後に読む本は、ルポルタージュと決めていますが…、
    今年は、『アンパンマン』の作者‘やなせたかし’さんが、
    『アンパンマン』に込めた、平和へのメッセージにせまる、
    本作品を選んでみました…。

    第1部では、戦争で亡くなられた、弟の千尋さんの生涯を、
    第2部では、千尋さんの戦死を受けて、兄のたかしさんが、
    『アンパンマン』を世に出し、自身の生涯を閉じるまでを、
    描いていますが…、

    とても残念な点は、
    やなせさんの存命中に、直接取材ができなかった故に、
    メインとなる第2部が、
    やなせさんの著書と周辺取材とでまとめざるを得なく、
    文頭の命題に答えを導き出すことができなかった点ですね。

    また、そのことが理由ではないと思いますが、本作品では、
    やなせさんとも、千尋さんとも、全く縁のない中嶋さんの、
    戦争体験と戦後の慰霊を、2本目の柱に据えていますが…、
    それ自体は、とても貴重な戦争体験と証言ではありますが、
    本作品のメインテーマからすると、違和感も感じました…。

    作品の全編で書かれている内容は、
    とても貴重で大切なことであることに間違いありませんが、
    本作品を、1本のルポルタージュとして評価した場合には、
    やはり、重要な第2部の内容が浅い点は、否めないかな~。

    来年は、戦後70年となります。
    兵士として戦われた方々は、皆さん、90歳を超えてきます。
    生の戦争体験を聞ける機会は、ますます減っていきます…。

    しかし、
    『アンパンマン』とその主題歌に込められた、
    潜在的な正義と勇気と平和へのメッセージは、
    いつの時代も、子供たちに素直に受け継がれ、
    東日本大震災直後の被災地でも、勇気を与えてくれました。

    来年は、区切りの年でもありますし、
    いろいろなアプローチから、太平洋戦争を、今一度見直し、
    日本人1人ひとりが、自分自身にあった、いろいろな形で、
    後世に伝えていく術を考えてもよいのではないでしょうか?

    本作品の評価は、ルポルタージュとしては及第点かな~。
    でも…、とても貴重で大切な内容ですので、甘めです…。

  • 戦争を知る世代の人がどんどん亡くなっていき、平和の尊さが軽んじられるような今の日本に改めてこういった貴重な証言が残されたことを有難く思う。
    太平洋戦争時、10万を超える日本兵が犠牲になったとされるバシー海峡。そこでの12日間にも及ぶ漂流の末、奇跡の生還を果たした中嶋秀次氏の、当時詠んだ歌を含む回想とその後の人生は胸に迫るものがあった。
    同じ海で、四か月後に撃沈され命を落としたのは、アンパンマンの作者やなせたかしの弟、柳瀬千尋氏。
    本書では、中嶋氏と柳瀬兄弟の話がそれぞれに綴られるが、後半は両者が頻繁に入れ替わるため気持ちが集中しづらく、やや散漫な印象になってしまったのは残念。


    ***気になったところ***

    “竹”が広井で、“馬”が柳瀬―――この小学校時代からの親友に葛目と仙頭が加わった京都土佐塾の“四人組”のことは、武井の長男・正浩も、いろいろ聞かされている。(P143-5行目)
    →『武井』ではなく『広井』では?

    静岡県護国神社は、JR東静岡駅から徒歩十分、静謐で濃い緑の神木の杜の中にある。(P291-3行目)
    →『静謐』に『せいいつ』とわざわざルビがふられているが、そういう読み方もあるのか? 調べたが、わからなかった。

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