- 本 ・本 (248ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041029619
作品紹介・あらすじ
馬も人も、生き続けている――。東北と北海道を舞台に、馬とかかわる数奇な運命を持つ家族の、明治から平成まで6世代の歩みを描いた感動巨編。酪農家でもある新人がおくる北の大地の物語。三浦綾子文学賞受賞作。
感想・レビュー・書評
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馬、好きなんだよね〜
「前々から読んでみたかった本は予約本が一気にきてたいへんな瞬間に手を出す病」に冒されているので今読みました
馬好きなんだよね〜(2回目)
女性の作家さんなんだよね
凄い武骨な文章を書く作家さんだな〜と思いました
もちろん自然の荒々しさと対峙し、時にどうしようもない力を前に諦めることしか出来なかった人と馬を繋ぐこの物語にぴったりな文体で非常に良かったです
女性だからで括りたくはないんだけど、やっぱり女性が書いたと思って読むとインパクトが増すよね
馬括りで色々探してみようかな〜
「予約本が一気にきてたいへんな瞬間にいろいろ思いつく病」-
2022/11/28
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2022/11/28
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心は少年じゃー!(# ゚Д゚)ガルルルル
奥さんにもしょっちゅう「子供かっ!」って怒られるわ!…(´・ω・`)ショボーン心は少年じゃー!(# ゚Д゚)ガルルルル
奥さんにもしょっちゅう「子供かっ!」って怒られるわ!…(´・ω・`)ショボーン2022/11/28
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いやはや凄い物語でした。
馬と共に生き、馬に生かされた一族の物語…
北海道開拓の過酷な描写、馬との繊細で美しい描写。
素晴らしく悲しかったです。゚(゚´Д`゚)゚。
花島について調べたらユルリ島に生息する馬の写真があり、写真家・岡田氏の幻想的な画像に感動しました。
ぜひこの作品と合わせて観ていただきたいです。
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ヲヨバヌ
感想が難しい。
昔の人の強さ、馬との深い絆が描かれており、読んだことにより、活力になる。そんな作品です。
おすすめの読み方→3章に入った辺りで、”ユルリ 馬” でググってみてください。 -
馬と共に命をつないだ6世代の家族の物語。人工の光や鉄の機械でもオヨバヌトコロ。北海道のスケールの大きさ、雄大な自然の厳しさを感じた。
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<迷>
本署を読んだ理由はもちろん先日河崎の最新作『銀色のステイヤー』を読んで かなり感動しもっと河崎の馬の本は無いのか,と探したら…あった(笑)。 そして例の北海道小説の名作『氷点』の作者三浦綾子文学賞をとった作品でもあったのだった。
本の題名がなかなか漢字変換できない。単独で「颶」という字をなんとか変換して題名が完筆。それにしても「ぐ」と読める漢字のまあ多い事。前にも僕は次の様にどれかの本の感想文で書いた記憶がある。本来「漢字」というものは一つの読み方しか無かったはずだ。中華国では今でもそうやって使っている。你好:ニイハオはいつでもどこでもニイハオだし,謝謝:シェーシェーもそれ以外の読み方は中華国には無い。そういう意味では元来の漢字は表音文字だと言い切ってしまってもいいのだ。
しかしそれを後から使い始めた日本人たちはもうやりたい放題である。音読み/訓読みなどという まことしやかな理由を付けてまず大和言葉のあて字に使い始め。その後時を経て苗字や名前に使うようになってからはもうルール無用でなんだって有りになってしまったものである。まあ韓国と北朝鮮みたいに漢字そのものに何だか嫌気と恨み?を感じた(本当の理由は何だったのだ知りたい)のか使うこと自体を辞めてしまった国もあるけどね。
ところで「颶風」の意味は…まあ有体に言うと めっちゃ激しい風とでもいう事みたいですな。まあ風が二つ並んでるんですからそういう事なのでしょう。この物語の例の件の原因になったあれですよあれ(笑)。(今回はまだネタバレには走りませんよ。再(笑)。)
それから本書の書体(フオント)は何というのだろうちょっと変わっていると思う。どう言えばいいのかひらがなが草書体の様に一筆書き状になっている。なんていうフオントだろう。ネットで少し調べたけど分からない。読んでる本の字体/フオントってどうやって調べるのかなぁ。
ところで話はガラリと音を立てて変わるが,今スマホばかり見ている人達(まあほぼ99%だな)はその前は一体何を見ていたのだろう。電車の中,駅ホームやバス停で乗物が来るのを待つ間,病院の待合室,喫茶店で誰かと会ってる時でさえ独人ずつスマホを見てる…そのように懸命にスマホを見る事によって見えなくなってしまった事や風景が必ずあるはずだ。それが見えなくなった事でその人の人生はきっと変わってしまったのだろう。スマホの画面では他人に出会う事も無いだろうし,誰かと直接あいさつなど交わして知り合いになる事も無い。
でも今は 例えば男女の出会いのきっかけは そのほとんどがネット経由なので何が良くて何が悪いとかはもちろん言えない。云えることは選択肢が多すぎて一体にどうやって決めればいいのか非常に悩ましくなっている事。なに,その為にネットのその手のサイトには自分の希望するファクターで相手を探してくれる機能まで付いてるじゃないか,と言い返されそうだが。ありゃいつのまにかマッチングアプリの話になってしまったなぁ。まいっか(^^♪。
【で ここから少しずつネタバレ注意(笑)】 みなさんが思ったでしょうけど,前半での例の場面。まあもちろん小説なので本当に死に至る空腹に出会ったニンゲンが本当にああいう具合になってしまうのかどうかはわかりませんが,ああいう場面を描いた所には初めて出会いました。本書は河崎秋子のデビュー作と云ってもいいのでしょうから,彼女のその後の本の凄いびっくり仰天する色々な描写はここに始まっているのかもしれませんね。いやはや凄い。僕は読んでて鳥肌たちましたよ!
無粋ですが少し書き置きます。本当に何も食べるものが他に無くなるとまづ「髪の毛」を食べる(っこでは馬が だけど)。伸びて来た爪も食べる(こっちは人間)。そうです終いには自分を食べるのですよ。まあこのお話ではヒトは馬を食べて生き残ったのですが,自分しかいなければ自分を食べるのですよ。それが本当なのかどうかは分かりませんが河崎秋子が書くとなんだか信ぴょう性がそこに生まれるのであります。
捨三が母からもらった例の手紙について,筆致もいとけなかった,という表現を使っている。僕はこのいとけないという言葉が分からなくて調べた。まあ大体何となくは分かっていたつもりだったけど。ひらがな入力して漢字変換すると『稚い』とでた。なんだやっぱそうか。でも漢字でだけ書くといとけないとは読めないよな。やるなぁ河崎さん。
僕も同じで自分で読めそうにない漢字は固有名詞以外出来るだけ使わない様にしている。「所謂」とか全然分からないよね。反対に出来るだけむずかしい漢字を使って書く事に喜びを見出している人も居るよね。(京極さんかな。あの人の場合はもう個性の一部だから簡単に許すけどw)まあどっちでもいいけどさ。けどでも読めないと意味分かんなくてつまんないからねー。
この物語,部が変わると一気に何十年も時が経っていて,一部で幼かった人物が二部ではもうとっくに亡くなっていたりする。で,第三部 おそらく平成になってからの物語。二部でほぼ主役だった和子のしゃしゃら孫 である ひかり が十勝の国立畜産大学に通う時代。件の島へ行く為に大学の馬研究会へ。するとなんとそこの責任者であろう獣医学部7年の学生が人前だろうが狭い部室の中であろうが平気で煙草を吸いまくっているのだ。物語には検索機能等も素早くこなせるスマホが登場している。詳年は一体何年の設定のつもりなのだろう。
件の島や馬に関する種々雑多な内容を検索しその結果の読み込みが たった5分で済んでしまえる様な性能を持ったスマホはここ5~6年でやっと出来て来た と云うが僕の記憶で,ならば煙草をそんなにどこでも自由に吸える時代だったわけはない,と思ってしまうのだった。
「なまらアウェー」 なんだそれは。で定番のググルr調べるw。 なまら はもちろん北海道弁でとても/すごく と云う意味。 めっちゃアウェーってことだな。でも件の島がめっちゃアウェーってそんなの なまら当たり前じゃんねーw。
さて 島で一匹の馬と出会うこの第三部の主人公 畜産大学生女子ひかり。彼女は畜産大とはいえ全く動物とは関係ない学部学科に在籍し馬の事ほぼ何も知らない。自分でそう言っている。なのに…どうして島で出会ったのが若い牝馬 だと分かったのだ。僕もまれにまじかで馬を見る事があるが,初見の馬をぱっと見た目だけでは絶対に牡か牝かなんて分からない。なぜだなぜ彼女は一瞬で というよりもあらかじめ知っていたように牝馬と思ったのだ。これは何か僕が読み落としたところがあってそこに理由は書いてあるのだろう。気になる。
さてラストだが またもや僕の天邪鬼的な部分が余計な事を書かせたがっている。 ヘリコプターとか使って助け出してはやらない結末なら,そういうことを途中に書かないで欲しい。とても期待するではないか。それから島にはまた来年来ればいいんだし,何度だって来れるじゃないか。なんなら ついでに別の牡馬一匹を空輸するってえのはどうだい。そうして年に一匹づつでも運べばその島の馬は滅ばないで済むぞ!いやお後がよろしいようで。すまぬ。 -
明治から平成に至るまでの、馬と運命を共に生きた、家族の歴史物語といえば、いいのだろうか。
舞台は、一章が東北地方、二章と三章が北海道で、章を追う毎に、未来の世代へと受け継がれていく構成になっており、話の色合いも変わってくるので、飽きずに早いペースで読むことが出来た。
作者が酪農家でもあったということで、馬の描写が事細かくて臨場感があり、頭の中で想像するのが、すごく楽しかった。馬に全く興味が無い私が、そう思えたので、これはすごいと思う。
また、雄大だけではない、厳寒な北海道、根室の落石地方の自然描写に加え(ネットで画面検索すると、本当に綺麗な手放しの自然が見られる)、野生動物や植物の、本来持っている存在感の表現が素晴らしく、つい、人間だけで生きているように感じてしまうことの愚かさに気付かせてくれた。和子が体験したフクロウの描写が正にそれだと思うし、最後には、人間の都合で解釈するのでなく、人間と馬が対等に向き合って、真の意思を汲み取れる、そんな夢のような想いも感じられたが、あながち、出来るかもしれないと思えたくらい、文章に説得力があった。
あと、細かいところだと、文字のフォントがよく見るものと違っており、こだわりを感じた。少し和風?
もしかしたら、描写的に合わなくて、第一章で挫折する方もいらっしゃるかもしれませんが(残酷とも違うし、グロテスクとも違うけど、それに近い感じ。未来の家族の礎を築くという意味では重要な場面なのだが)、これが意外に、三章までくると、爽やかさすら感じられる、明るい未来を臨めるような展開になるので、できれば、最後まで読むことをお薦めしたいです。
個人的には、世代を越えて繋がり、想いを継承していく家族の絆に、最も感動した。本来、当たり前のことなのかもしれないが。 -
「肉弾」を先に読んだのですが、そちらは荒唐無稽ながら話として非常に面白いというイメージでありました。賛否両論が多そうでしたが個人的には好きでした。
この本でデビューしたようですが、デビューでいきなりこの風格というのがすごい。明治の寒村の閉塞感。馬と人との深い関わり。そして厳しい時代から現代に綿々とつながる命の戦い。その戦いを乗り越えたからこそ今の自分があるという感覚の再確認。馬がすっくと荒野に立っているこの表紙が全てを物語っています。何度も表紙を見返しながら読みました。
くどくど書かずすっきりとした読み口ながら、その行間から感じる風はとても重々しいです。パンチを繰り出さなくとも感じる殺気みたいなものでしょうか。
結末の味わいもなんとも言えず素晴らしいです。
これを超える作品を書けるかが試金石ですかね。「肉弾」も悪くなかったけれどちょっと力技だったかも。でも実は「肉弾」の方が好きだったりもします。少年漫画みたいで。 -
すごい。とにかくすごい。
6世代に渡る人と馬の生き様。
ただひたすらに生きることを全うする馬をみてると、生きよう。と思わされる。
「根室 花島 馬」で検索してしまいました。ここか!と。 -
河﨑秋子さんのデビュー作。北海道で生きる馬と人の歴史。河﨑さん好きだなぁ。全部読みたい。
著者プロフィール
河﨑秋子の作品





