雪と珊瑚と (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041030103

作品紹介・あらすじ

珊瑚21歳、シングルマザー。追い詰められた状況で一人の女性と出逢い、滋味ある言葉、温かいスープに生きる力が息を吹きかえしてゆき、心にも体にもやさしい、惣菜カフェをオープンさせることになるが…。

感想・レビュー・書評

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  •  若干21 歳のシングルマザー、珊瑚。ようやくお座りが出来るようになったばかりの赤ん坊の雪をバギーに乗せ、途方に暮れている。
     雪を育てるため、働かねばならないのに、保育園からは入園を断られた。珊瑚の親は珊瑚に食べ物さえ満足に与えず、今は何処にいるのかも分からない母一人。その“ネグレクト”母のために、珊瑚は高校も中退し、家を出て、パン屋で働き、結婚したのだが、一年そこそこで離婚したのだ。
     そんな時、ふと目にした「赤ちゃん、お預かりします」の貼り紙。恐る恐るその家を訪ねてみると……そこでクララさんという、不思議な魅力を持った女性との出会いが。
     クララさんは、人のことを否定しない人。何ていうかいつも微笑んで歌うように生きている人(こんなふうには書いてないですよ)。クララさんは慈愛に満ちているのだけれど、決して押し付けがましくはなく、人の話をじっくり聞いて、一緒に前向きに考えてくれるので、彼女といるといつも道が開けて見える。そしてまた、“食べ物の力”を教えてくれる。例えば、
    ・おかずケーキ
     残り物のおかずを何でも入れたケーキ。金欠でお腹が減っていた珊瑚にまずこれが振る舞われ、珊瑚は元気になった。
    ・大根の煮汁スープ
     大根の茹で汁に塩を入れただけのスープ。(おでんの時の大根の下煮した汁も捨てずにこうやって飲めば美味しいってことですね)
    ・油揚げと葉物の煮物
     油揚げは油を引かずにじっくり熱した鍋に並べれば、油揚げ自体の油がじりじり出て、焦げ付かない。葉物は小松菜と水菜など、二種類以上の葉物を入れたほうが歯ごたえかあって美味しい。
    ・自然薯で作ったメロンパンもどき
     味はメロンパンとは違うが、卵も牛乳も小麦粉も使ってないので、アレルギーの子でも食べられる。

     クララさんに食べ物の力を教わり、そして、クララさんに無農薬の野菜を届けている、クララさんの甥っ子とも知り合い、珊瑚は疲れた人に元気を与え、アレルギーの子供達にも配慮したカフェとお惣菜の店を開きたいと思う。ぼやっとした夢だったのだが、クララさんの前で口にすると、みるみるうちに計画が進む。
     クララさんの甥っ子の営む畑を見学に行き、そこと彼に紹介された畑を仕入先として交渉し、参考に見に行ったカフェで、日本政策金融公庫のやっている「起業家資金」を紹介され、借入計画書を書く。高校を中退した21歳の自己資金ゼロのパン屋でのアルバイト経験しかない子がちょっとやそっとで書ける書類ではないのだ。原価計算、人件費、物件、物件の賃料、どんな商品を出すか…などなど、国から何百万円を借りるのだから甘くはない。
     それでも珊瑚の行動力は凄い。そして、そんな珊瑚の味方になって力を貸してくれる人々が沢山。
     保護林の中の古い家を借りて改装して(それも友達の大学の仲間が無償で手伝ってくれた)、珊瑚のカフェはオープンする。色々あるが評判になり、軌道に乗っていく。
     ストーリーとしては、少し出来すぎた話なのだが、珊瑚の考えにズシーンとくる場面もあった。それは、カフェの店舗として保護林の中の古家を借りる交渉をしている時、家主夫婦が“赤ん坊を抱え、シングルマザーで大変な”珊瑚を見て、“可哀想”だと思って、賃料を負けてくれたとき、珊瑚はその家主夫婦に“嫉妬”したと後からクララさんに言ったことだ。その家主夫婦にも小さな子供がいて、例えば子供が熱を出しても、夫婦がチームになって対応する姿か想像出来、そんな彼らからしたら、珊瑚の環境が“同情”に価するもので、施しみたいに感じたというのだ。
     それに対して、修道女として外国で支援活動をしていた経験のあるクララさんは、“施し”は“施しを受ける人”の態度によって“施しを与える人”を気持ちよくさせる。そのことが“施しを与える人への施し”と逆に感じることもあった。生きて行くためには同情を引く力も武器にしなければならない時もある。珊瑚ちゃんはもっとプライドを鍛えたほうがいい(ちょっとやそっとでプライドが傷つかないように)というような話をする。それに対して珊瑚は同意は出来ないのだが、そういう深い話……ただのボンビーガールがカフェを開くサクセスストーリーではなく、食べ物のちから、心の力、赤ん坊の力……などなど深いことが書かれていて、読み応えのある文章だった。




     
     

  • 図書館でなんとなく目に留まって借りてみた。
    珊瑚のまわりにいる人たちはみんな優しくて協力的だけど、どの人も隅々まで良い人な訳ではなく、珊瑚と合わない部分だったり、他の人と上手くいってない部分があって。珊瑚自身も完璧ではなくて。そういう人間らしいところが描かれていて、そうだよなぁって思うところが多かった。

    みんなそれぞれ色々抱えて生きてるけど、生きる源となるのはおいしい食事で。新鮮な野菜、食材の味を引き出す知恵、栄養価だけではない人の温もり…
    最後の雪の「おいちいねえ、ああ、ちゃーちぇねえ」に全てが詰まっている。
    今晩は、この本に影響されて旦那さんと一緒に5品作って美味しく食べました。幸せなことですね。

  • こんなカフェに行ってみたいと思った。カフェは難しくても、くららさんのレシピ本が欲しい、、!
    おかずケーキもお惣菜も、食べてみたい!

  • 美知恵の手紙がなかなか核心を突いていて、ただの「シングルマザーが頑張って飲食店を立ち上げて経営する物語」ではないのが良い。

    珊瑚が雪のことを心底憎たらしくなってしまう瞬間があるシーンも、子どもの夜泣きに悩まされた親なら誰もが共感することが書かれていた。

    お店を立ち上げるための過程が詳しく書かれていて単純に勉強になった。物語の後半で一気に珊瑚がひとり親で雪を育てていくことの大変さや、珊瑚の背景に触れる内容が押し寄せてきて、一気に読み切りました。

    物語に出てくる料理はどれも美味しそうで、美味しくて健康的な料理は人を救うものだなと思った、、

  • 梨木さんは昔読んだ『西の魔女が死んだ』以来。おばあちゃんが素敵だしラストもいい。
    本作のラストも幸せの余韻が良かった。

    親とも疎遠な珊瑚が結婚、出産、離婚をした。頼る人もなく、どうやって一人で赤ちゃんを育てていけばいいのか…。
    珊瑚の悩みがすごく深刻で切実。
    そんな中、くららさんとの出会いは本当に奇跡と言ってもいいと思う。

    人生のこのタイミングで、もしこの人に出会わなければ…

    ということが現実でもある。
    子育てと仕事の両立の大変さ。心身の負担もだし将来への経済的な不安もそう。自分と子どものことを見守ってくれる存在の温かさ、心強さははかり知れない。
    作中のくららさんの作る何てことない素朴な料理が美味しそうでした。
    珊瑚とくららさんの子育てを通して、我が子が赤ちゃんの頃を思い出した。怪獣と化すことはあるけど、圧倒的に愛しい存在。
    そう感じる瞬間が作品に切り取られていて幸せな気持ちになりました。

    惣菜カフェオープンについては、ちょっとスムーズすぎて若干の違和感はあったかな。
    個人的に、珊瑚の言葉の選び方も慎重になろうとする姿勢に好感をもちました。
    言葉足らずも含め、人に対して自分が発する言葉に敏感になれるのは良いことだと思う。

    読みながら“野菜”のキーワードで瀧羽麻子著「女神のサラダ」を思い出しました。
    お気に入りの一冊。

    『だいじょうぶだよ、と囁く。おかあさんがいるからね』

    『一つ一つの何気ない動作
    腕を頭まで伸ばす、指で何かをつかむ、等々…
    を獲得することが、どんなに劇的で画期的なことなのか分かる。文字通り世界が広がっていくのが分かる』

  • 世の中、こんなにいい人ばかりが周りにいれば幸せな気持ちで生きていける。くららさんの慈悲に満ちた人柄、桜井ご夫婦、元夫のお母さん、時生さんや貴行さん、由岐さん、那美さん。周りにはたくさんのパートナーが珊瑚を支えてる。

    とんとん拍子で夢を現実にしていく、サクセスストーリー&ハッピーエンド過ぎますが、こんな人間周りにいて欲しい、と言う願いを込めたい。

    6割の感謝、2割の屈辱感、2割の反感、施される側の気持ち、ありがとうに込められた気持ち。

    くららさん直伝の料理の数々。森のレストランでごちそうになりたい。作ってみたくなるものばかり。

  • 生まれたばかりの赤ん坊・雪を抱え途方にくれていたシングルマザーの珊瑚・21歳。「赤ちゃん、お預かりします」の貼り紙の主で元修道女のくららと出逢ったのをきっかけに、果敢に人生を切り拓いてゆく、生きること・食べることの根元的な意味を問いかける物語。

    読んだ印象、「素直な物語」だと思った。
    スタートに何か問題があって、主人公がその問題を乗り越えるために周りの人たちの力を借りて段々と強さと自信を得て、途中でまた別の問題が起きたり傷つくことがあるけれどそれが自分を見つめ直すきっかけになり、まだまだ先がある余韻を残しつつ物語が終わる。
    個人的には端折り方が好もしいと思った。たぶんもっと詳細に描写すれば読者の共感を得やすい場面もあっただろうけど(主人公が苦労する場面とか)、そこを省いてシンプルな流れになっているところが私は好きだった。著者的に言いたいことがはっきり分かる気がして。
    主人公の周りにある様々な問題の真相が結局分からないまま終わっているところもあるけれど、実際の人の人生だって何だったのか分からないまま時間が過ぎていくことや追求しないまま終わることはたくさんあるし、全て解決しないところもまたリアルで良いと思った。

    若いシングルマザーの珊瑚が、周りに助けてもらいながら、保護林の中にある民家にカフェを開業する物語。自分が子どもを持ったことで母親の気持ちが理解出来るようになり、うまくいかなった自分の母親との関係を見つめ直す、というのがもうひとつの流れ。
    物語のあいだは、けっこうトントン拍子に事が進むけれど、それはごく短期間の出来事で、その後にはきっと乗り越えなきゃいけない壁がたくさんある。描かれていなくても何となくそういうことが想像出来るから、トントン拍子の物語も違和感がなかった。

    全ての人は平等、という考え方もあるけれど、私はそうではないと思う。生まれた環境が恵まれているか否かによってその後の人生が左右される時点でもう平等ではない。
    そういう現実が前提にあることは分かりつつ、それでも人間は平等なのだと何となく思わせてくれるくららの存在が心強い。飢えを知っているからこそ食べることを大事にする。当たり前のことを幸福だと捉える。出来そうで出来ないことをくららは自然にしている。
    教えを与えるような内容ではないのに、読みながら自分を考え直してしまうことがたくさんある、そんな小説だった。
    美味しそうな野菜や食べ物がたくさん出てくるところ、そして登場人物の全員が善人ではないところもまた良かった。

  • 人生において、いつ誰とどんな風に出会うのかって重要だなぁ。
    その出会いひとつで風向きや考え方が変わる。
    やわらかい人でありたい。

  • あたたかいけど、あたたかいだけの、物語の中だけの良いお話、って感じじゃないところが良かった。雪ちゃんと珊瑚がずっと幸せにいられるといいなあ、って思う。珊瑚のお母さんのことも、くららさんのことも、由岐のことも、もっともっといろいろ掘り下げるところがたくさんありそうな気がするけど、深くは書かれていなくて、でもそれが消化不良な感じではないのも良かった。幸せだね、って、美味しいご飯を食べながら言える自分でいたいと思う。

  • 人とのつながりに疲れても
    それでも誰かに助けてほしいと思う

    ゆるやかにしっかりと
    人と関わっていくことの貴重さ、希少さ

    実は私たちの毎日も
    そうやって出来上がってるんだけど
    忘れがち

    偶然のつながりで人は出会い
    つながっていくんだよね

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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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