世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析 (角川文庫)

著者 : 斎藤環
  • KADOKAWA/角川書店 (2015年7月25日発売)
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  • レビュー :5
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041031643

作品紹介

「アゲ」と「気合」の行動主義=反知性主義、家族主義で母性的。これまで論じられなかった日本の「ヤンキー」性と、急速に拡大するバッドセンス。日本文化の深層に、気鋭の精神科医/評論家が肉薄する!

世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析 (角川文庫)の感想・レビュー・書評

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  • なんとなく、途中で放置。

    「災害に諦めがついているように、人の突然の感情に諦めがついていたりというのは神道の良い氏子ってことじゃないのか。だから、ヤンキー=神道の現代的な一側面じゃないのか?」と思ったら読む気が無くなった。

  • タイトルが素敵。秀逸なヤンキー論。ヤンキーそのものではなく日本人の中に潜む、いわば「ヤンキー魂(ソウル)」について相田みつを、ジャニーズ、漫画、金八先生、母性、古事記(!)と様々な視点から考察。結論を先送りする文章には少しイライラさせられたが、なるほどたしかに日本的なるものとヤンキーテイストは馴染みがいいんだよなあと妙に納得させられた。著者考案の「本宮ひろ志テスト」(本宮ひろ志のキャラの横に本宮ひろ志絵でその人物を描きこんだと想定して違和感がなければヤンキー認定)には笑った。面白い本でした。

  •  ヤンキーと精神分析,という副題が示すように,著者は精神科医,2013年より筑波大・大学院教授.

     「ヤンキー的な表現者と,それを享受するものたちが,いわばひとつの「価値=趣味の共同体」を作り上げているのではないか.」

     かつて『戦闘美少女の精神分析』(2000年,2006年文庫化)で,おたく論を展開した著者がヤンキー文化について論じる.

     論じ方は共通しているという.一見かけ離れたもの(たとえば男性と女性,異常者と健常者)についてどれだけかけ離れているかを全面的に認めて説明したうえで,その差異はつきつめれば一致する可能性がある,と説く.「同じだからこそ,違ってみえる」と主張したいのだ.それは,おたくと著者,ヤンキーと著者についてもいえる.おたくについて,ヤンキーについて,語るとき「私(著者)はおたくに,ヤンキーに何を求めているのか」という問いが常にセットになっているという.

     そうであるならば,読者にとっても同じ問いが生じることとなる.「私(読者)はヤンキーについての本を読むことによってヤンキーの何を求めているのか」「いかに違って見えようと私(読者)とヤンキーは地続きになっているのではないか」という問いである.

     著者は,ヤンキーの歴史を踏まえながら,ヤンキーの特性をていねいに説得的におさえていく.たとえば,キャロルや矢沢栄吉は真正の「不良」のアイドルであるが,横浜銀蝿から氣志團につながるグループはそのパロディを演じているがゆえにヤンキーであると.そしてヤンキー的好みのサンプル(ゴールドのネックレス,ジャージなどなど)が列挙される.

     ファッションや音楽において,「シャレ」やパロディがオリジナルを越えて(オリジナルがあることすら認識されずに)ホンモノとして受容され,支持され,蔓延する.

     行動では,ヤンキー的リアリズム(できること,できないことがはっきりしていて,できることは気合でやる)が見られ,ほとんど変わらない「和」という構造の上に変幻自在な「洋(特にアメリカ)」に由来する形態が展開する.母―娘関係を理想として持つから,関係のメンテナンスを重要視し,アメリカとの関係も母娘としてとらえる.(くわしくは本書を参照されたし)

     思想的には,自らの無垢な欲望を全面的に肯定するが,それが日常に依拠するがゆえに世俗的没個性的である.自らが帰属する集団を決めるときには自由にふるまい,ひとたび帰属集団が決まれば,その中の規則は遵守する.

     以上みてきたことから著者は,ヤンキー文化の本質が,(中心でなく)周縁に,(内容でなく)形式に,(深層でなく)表層にある,と結論する.その証拠は,リーゼントヘアや女もののサンダルで,ヤンキー性が全面的に表明されてしまうことにある.突飛でありながら様式を逸脱しない.そしてこの様式は過去からずっとあったものとして誤解されるゆえに,昔からずっと存在してきたように捏造される.

     そして,これらの多くの特性が「土曜の夜」に「気合を入れて」「テンションをアゲる」ことに収斂されていく.社会的生活を重要視するがゆえに土曜の夜なのである.間違っても日曜の夜にではないし,平日の夜に騒いで翌日の仕事に差し支えるのはもってのほかなのだろう.見かけにもかかわらず反社会的ではないようだ.と同時に著者は「彼らは場当たり的に根拠や伝統を捏造し,そのフェイクな物語性に身を委ねつつ,行動を起こすことすら可能なのだ.宗教的な教義によらずにこれほど人を動員できる文化は,おそらくほかに例がない.」と述べる.直接的には述べられてはいないが,著者が専門とする「ひきこもり」がなぜなおるのか,に通じる回路がここに形成されるのだろうか.

    2015.09

  • 生存戦略としてこれほど強力な文化もない。ーフェイクな物語性に身を委ねつつ、行動を起こすことすら可能」
    だとさ。
    本質が無いということそのものの強みは良くわかる。いわゆる日本人の純粋な形態がヤンキーなのね。

  • 2012年の書籍の文庫化。書籍の中で芸能方面に触れることが多いのでギリギリのタイミングでの文庫化かな。DJ OZUMAとか、懐かしいと思ってしまう。

    個人的には嫌悪と憧れ、愛憎半ばするヤンキーという人種とその文化圏に対する興味から読んだ。日本ではヤンキー的な要素が無いものは売れないっていうのが本当に、なんなんだろうなー……って疎外感を感じるほどだったんだけど、この本を読むと昔からの日本人もそうみたいだからもうしょうがないんだなーと。祭で踊りの輪に入れない人間のひがみである。今は各地で盛んなYOSAKOIなんか完璧にヤンキー文化。ハレの日の彼らはいつだってとても楽しそうだ。

    白洲次郎も坂本龍馬と同じくヤンキー的文化圏の人だという指摘になんか納得してしまった。ヤンキー(=マジョリティ)は「実績より生き様」の偉人が好き。だから一時期のあの謎ブーム。なるほど。

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