終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?#03 (3) (角川スニーカー文庫)
- KADOKAWA (2015年7月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041032886
作品紹介・あらすじ
口コミからの大ブレイク! アニメは国内外でも話題騒然!!
おかえりの声を、聞きたかった。ただいまを、きちんと、言いたかった。バターケーキを、食べたかった。
それらの願いは、すべて叶った。帰るべき場所へ帰り、逢いたかった人に逢えた。だから。約束は尽きて。
追いついてきた終末は、背後から静かに、少女の肩に手をかける。
「ごめん。わたし、もう、絶対に、幸せになんてなれないんだ。だって、気づいちゃったから。わたし、とっくに――」
青年教官と少女妖精の、儚く輝いた日々。第3幕。
感想・レビュー・書評
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「どうしようもないハッピーエンド」
『終末なにしてますか?~』で描かれた、一人の少女の物語を言葉で表そうとすると、そんな言葉になるような気がします。
絶望的な戦力差、世界が生き延びるための犠牲とならざるを得なかった少女。そして奪われていく大切な記憶と、失われていく自分。
妖精兵の少女クトリと、その少女を見守るヴィレムを中心にした物語。お互いがそれぞれに失った怖さや、失ってしまうかもしれない、という怖さ。
そして失っていく怖さを知っているからこそ、二人の想いというのは、迂遠な逃げ道を排し描かれていったように思います。
そしてそうした逃げ道のなさというのは、終末の世界においてはあまりにも美しく、そして儚く過酷なものだったように感じました。
記憶をめぐる物語も本当にキツい……。早世した子どもの魂が生まれ変わり、妖精となったといわれる妖精兵たち。そして長く生きた妖精に待つのは、その前世の子どもの記憶の浸食。
とりとめのない前世の不気味なイメージに囚われ、大切な記憶を失いつつも、「忘れたくない記憶を持っている自分は幸せ者だ」と思うクトリ。この辺の心理の描き方が白眉というべきか。
以前荻原浩さんの『明日の記憶』という、若年性アルツハイマーを扱った小説を読んだことがあります。それをファンタジーに当て直し、徹底的に純な方向に持って行ったのが、このクトリの物語だったのかもしれない、と思います。
限られた時間、終わりゆく世界、失われていく自分、それでも最後まで、彼女を彼女たらしめた想い。
その想いが最後の最後まで貫かれたことこそが、彼女が運命と闘い、そして勝ち得た、ある意味「ハッピーエンド」な結末だったのかと思います。
クトリとヴィレムの話もそうだけど、妖精倉庫の登場人物は皆好きだったなあ。
例えばお気楽な口調や普段の雰囲気とはうらはらに、時に徹底して冷静に人の思いを読み、鋭く忠告するアイセア。
その彼女のアンバランスさであったり、視点の意味が分かると、彼女の言葉の意味が全然変わって聞こえます。
そして妖精たちの世話係のナイグラートの、母性の部分であったり、ヴィレムへの複雑な思いの部分であったり、そうしたサブキャラたちのドラマというものも、しっかりと描かれています。
アニメで描かれたのはここまで。この巻で少し匂わされた、終末世界の真実。そして一つの区切りを迎えた物語のその先は、自分はまったくの初見になります。
期待と怖さの入り混ざった複雑な感情。この感情も終末ものならではだなあ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
すごいところで終わる…
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[心にふれた一文]
今のわたしは、誰が何と言おうと、世界で一番幸せな女の子だ。
[心にふれた理由]
バットなはずなのに、当の本人は幸せだと言っているこのに対するどうしようもなさ、切なさ、命の儚さを感じ取らざるを得ません。
▼配架・貸出状況
https://opac.nittai.ac.jp/carinopaclink.htm?OAL=SB00531003 -
この物語は何と呼んだら良いのだろう……。単純にクトリが陥った境遇だけを見ればバッドエンドとしか見えない。だけど、クトリの発言やラーントルクの言葉を借りるならこの物語はハッピーエンドということになる
でも、ハッピーエンドであるならばもっと喜ばしい気分になれるはずなのに、全くそんな気になれない。
本当にこの物語は何と呼んだら良いのだろう……
本編序盤ではヴィレムに依るクトリおかえりバターケーキが描かれる。そういえば、クトリ出撃って第一巻の出来事で帰還は第二巻だけど、なんやかんやあってきちんとおかえり、ただいまって言えてなかったんだっけ
その時間の分だけ、2つの言葉の背景にあるものはとても重い意味を持つようになった。ヴィレムは以前帰ってくると約束したアルマリアの元へ帰ってくることは出来なかった。クトリは生還率が5割程度しかなかった作戦、戻ってくるまで半月以上かかり、何よりもヴィレムの傍に帰るためにあまりに大きすぎる代償を支払ってしまった
本当にこの二人が交わす言葉はどんな些細なものであっても、大きな感情を伴うようになってしまったね
そしてその後から少しずつ始まるのはクトリという少女の崩壊
ヴィレムの元へ帰ってくるためにはきっと他の道なんて無くて、また恋する少女にとっては迷うような選択肢では無かった筈で。だというのにその時の選択によって生じた侵食が少しずつクトリの記憶を蝕んでいく様子は本当に恐ろしい。同時に悲しくなる
ここからのクトリの覚悟には目を瞠るものがある
以前、クトリはテイメレを倒すために自分の命を諦める「覚悟」をした。けれど、ヴィレムとの出会いによって帰ってくる「覚悟」を抱いた
そして今度は残された全ての時間をクトリ・ノタ・セニオリスとして生き切る「覚悟」をしたのだろうね。だからその時間においてもう獣と戦うためのセニオリスは必要ない、また先輩から受け継いだブローチを持っていく必要もない
うん、正直、クトリの机の上にあのブローチが置かれたままになっている描写を見た瞬間は肝が冷えるようだった。そこからクトリの「覚悟」や残された時間が透けて見えるようだったから
そしてそれを最終的にティアットが引き継いだ意味、今後ティアットに訪れる運命が気にかかってしまう
クトリと過ごす時間の中で聡いヴィレムはやっぱりクトリが隠そうとした崩壊に気づいてしまう。更にはスウォンが秘そうとした獣の真実にも気づいてしまう
これらの事実は下手をすれば再びヴィレムを壊しかねない程の事実だったはずだ。それでも、ヴィレムが辛うじて平静を保てたのはそこにクトリが居たからなんだろうな
クトリに残された時間が少ないと気づいて、昔守りたいと思ったものはもう守ることは出来なくて。ならヴィレムは自身が幸せになる道を模索しつつ、誰かを幸せにしようとするならばここでクトリに求婚するのはそれ程不思議な選択肢ではない。むしろあれだけの事実を知ってもクトリとの結婚を決意できるのがヴィレムという人間の凄さなのだろうね
……ただ、その答えをクトリが返すことはなかったのだけど
そこから始まるのは絶望の連続。それも突然降って湧いたのではなく、テイメレのように深く地中に根を張っていたもの。ふとした拍子に地上に溢れ返るような絶望
クトリの最後って読者からしたら、どう見たって不幸なんだけど、そもそもの黄金妖精が辿らざるを得ない運命、以前のセニオリスの持ち主であるリーリァの悲痛な覚悟、そしてカラー絵で描かれたクトリの心情。それらを併せて考えれば、ヴィレムと一緒にいると誓えたり、ヴィレムを好きだと思えたり、幸せにしてやると言って貰えた。それらがあるのなら認めたくないけど、クトリはどうしようもないほどの幸せ者だったということになってしまうのだろうか
だからクトリは最後の最後、自我の限界においてヴィレムに伝える言葉は求婚への返事でも、改めての告白でもなく、感謝の言葉になったのだろうね
そこにある背景はとても悲しくなるものだけど、それでも感謝の言葉を伝えられるほどになれたクトリは幸せ者になってしまうのだろうな
そうして、ある意味綺麗に終わってしまったラストの後が問題だ
あれってどういうことだ……?過去に戻ってる?もしかしてそこにクトリをもっと幸せにする何かが隠されている?それとも更なる絶望の始まりになる?
一体全体何が始まろうとしているのか全く予想できないよ -
この後、どうなるねん!!
気になってしゃあないわ。 -
え?これどうなった?
次巻が気になる。 -
春アニメ1話を観て原作本をまとめ買い。読了。アニメ放送分の3巻だがバリアントがあるので続巻もあり通読中。TVアニメ後を2期にするか映画化してもハズレないと思う。
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私のなかでは事実上の最終巻