光炎の人 (下)

著者 : 木内昇
  • KADOKAWA/角川書店 (2016年8月31日発売)
3.89
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041041949

作品紹介

大阪の工場ですべてを技術開発に捧げた音三郎は、製品化という大きなチャンスを手にする。だが、それは無惨にも打ち砕かれてしまう。これだけ努力しているのに、自分はまだ何も為し遂げていない。自分に学があれば違ったのか。日に日に強くなる音三郎の焦り。新たな可能性を求めて東京へ移った彼は、無線機開発の分野でめきめきと頭角をあらわしていく。そんなある日、かつてのライバルの成功を耳にしてしまい――!?

光炎の人 (下)の感想・レビュー・書評

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  • 木内さんの才能は稀有まれなものだと思っています。
    全部読んだわけじゃないけど、全部傑作です。
    絶対的な信頼感を持っています。

    この本も間違いなく傑作です。
    木内さんの渾身の作です。力入ってます。
    だって初の上下巻ですよ(多分)。

    でもね、残念ながらここまで主人公に魅力がないのも珍しい。
    全く共感できない。共感どころかむしろ嫌悪。
    読むのが辛くて辛くて。
    物語は激動の時代を描いてそれなりに読ませるんだけど、読めば読むほどうんざりするの、主人公に。

    読者も辛いけれど、作家も辛いと思うの。
    ここまでいやな男にずーっと付き合うの大変よね。
    いや、まったくの勝手な意見ですけど・・・。

    映画化されて松坂桃李あたりが主人公演じたら、違うかな。
    そしたら全然違う話になっちゃいそうな気もするけど(笑)

  • 生まれ育った田舎にいた頃の音三郎は、大人しく純朴で、自分の好きなことをこっそり追及している若者だった。
    田舎から大阪、東京と場所を移り、小さな町工場の職工から官営の軍需工場の研究員に。
    小学校もまともに卒業していないのに東京帝国大学卒のインテリ達と共に仕事をしても全く引けをとらない…正に出世街道まっしぐらで夢も叶ったかに思えたのに、肝心の音三郎は現実の壁に立ち塞がれる。

    上巻とは違い下巻は読み進める内に胸苦しくなってくる。
    「必ず成功してやる」
    彼の強気の野心が虚しい。
    これが現実なんだろうか。
    木内さんから人生や仕事に対する「甘さ」を指摘された気がする。

    ラストの幼馴染みとの対峙は遣りきれない。
    自分の技術にプライドを持った男の夢は、現代に生きる技師達に受け継がれていると信じたい。

  • なんとも、そうなるかあという結末。音三郎、最後の最後まで不器用だった。彼は悪い人ではないんだ。純粋で、自分の仕事が大好きでそれを世間に認めてもらいたいと切に願っている。だから日夜、なんというか人間として大切な心すら置き去りにして研究して実験してを繰り返し年を重ねてきた。人を疑うことを知らないあまりに、自ら不幸な結果を招いてしまう。でも彼はそれに気づきもしない。研究者、技術者の悲哀を見事に書ききったなあ、木内さん。素晴らしいです。音三郎、がんばったよ。本当に。時代に翻弄されてしまった無線馬鹿の物語。お見事。

  • ただの真面目な農家の三男が時代に翻弄、歪められていく過程が辛いけど読みごたえたっぷりの小説。今も効率や安さが安全や質に優先されかねない時代。登場人物の一人の「技師には次があっても、不良品を使うたがために命を落とした庶民には次はないさけな」という一言は今にもつきささるメッセージ

  • 立志伝の話かと思ったが、技術者のエゴを表したもの。
    最後はまさかの張作霖爆殺事件に関連してくるとは、予想外の展開でした。
    でも世相とか技術をキチンと表現をしていて、興味深いものだった。

  • 読み進めて行くうちにどんどん主人公を、応援できなくなって行くけど、最後ははやり悲しかった。
    電気、無線のことは難しくてわからなかっが、技術とその活用、応用について考えさせられる。読んで良かった。

  • これが、技師の業か性か。
    どこまでも自分の技術だけを信じてただひたすら夢だけを追い求めて…と言えば聞こえはいいけど、なんなんだ、まったく。どこまで自分だけ大事なんだよ、トザ!
    上へ上へ。いまよりもっと自分の技術を生かせる場所へ。自分の夢のためなら親兄弟も切り捨てる。そんな自分勝手なトザを最後まで見守り続けた友との最期の瞬間が頭から離れない。
    明治から大正、そして昭和。激動の時代に電気と無線に取りつかれた一人の男の、傲慢で壮絶で、そして哀しい物語。

  •  なかなか重いテーマの力作だった。人生における選択のお話。科学技術に対する盲信、虚栄や虚勢、そこに忍び寄るダークサイドからの抗いがたい誘惑。。。 非情なカタルシスが待ち受ける、いち技術者の激動の人生を大正・昭和の時代を通して描いた大河ドラマだ。

     四国は徳島の煙草農家の三男坊、郷司音三郎(トザ)。 煙草を刻む機械に魅せられた純心な少年が、大阪に渡り職工として腕を磨き、やがて東京へ。官営工場で電波技師として頭角を顕し、果ては満州にまで辿り着く壮大な物語だ。幼馴染の利平、最初に技術の手ほどきをしてくれる研輔、職工から商人に転じる信次郎、食堂のお杵、初恋の相手おタツ、ライバル金海、足枷となるミツ叔母、謎の政商弓濱、往年の技師島崎。誰もが絶妙に音三郎の人生に関与し、影響を与え、その前途を左右していく。
     これらの人物の顛末は仔細に描き切っておらず、また詳細な背景(特に弓濱の意図や、謎の中国人揚の正体など)を伏せている点が面白い。昨今のカラクリありきの安っぽいドラマのノベライズ本の類を読んでいる向きには「人間関係がはっきりしない」(あの人はどうなったの?とか)や「伏線の回収が出来てない」(音三郎が満州に送り込まれた本当の理由は?)等と言いそうだけど、そこは作者は敢えて明らかにしなかったと読んだ。人生というものは、そうした本人には見えない力に左右されるという暗喩、あるいは音三郎の直向きさ故に周りが見えていないことの証左として、バッサリ描いてないのだと思った。
     そうした曖昧模糊とした背景、激動の時代を通じ、貧しい農家の出の少年が大志を抱き、その夢の実現に向けて、時代に乗って飛躍していく様を想像しながら読んで行くと、徐々に暗雲立ち込める前途に、いや、徐々に拡がっていく彼自身の心の闇に、途方もない悲しみと絶望感を抱くのを禁じ得ないのであった。上巻(の途中まで)の意気揚々とした姿を思うと、転げ落ちてゆく後半には唖然とさせられる。

     どこでトザは途をあやまったのだろう。どこかで掛違えたボタン。思い返すが、彼は純粋に己が信じた科学技術の実用化に向けての努力を惜しまず、都度都度、その為に最善の選択をしていたとしか思えない。だとしたら、その思いを利用した環境、彼が乗っかった時流のせいなのか。誰もが陥りかねない危うさを(後から思えばだ)、読者にそうとは気づかせずに描いた作者の筆力に脱帽だ。

     もちろん、徐々に主人公の心は荒んでゆくのは見て取れる。東京で再会したかつての職工仲間だった信次郎(貿易商として頑張っている)に、こう言い放つ。

    「不遇な者に肩入れすると、そっちに引っ張られるけん。おまんがいかにええところにおっても、そのな者と関わった途端、沼に引きずり込まれるんじゃ」

     この台詞がトザの口から漏れたときには驚いた。それは、心底嫌っていた叔母が郷里に居る時、あるいは大阪でタツと付き合い始めたころに嫌味たっぷりに音三郎に説いていたことだった。
     また、女性に対しても辛辣になっていく音三郎。ここまで男尊女卑の態度は、いくら当時のご時世とはいえ、昨今のモラルに反する文章表現としてバッシングを喰らわないかと心配になるほど。ここまで思い切った女性蔑視の表現を出来たのも、作者が女性だからかな、ともチラと思った。男は、実際そういう心根を持っていたとしても、持っていれば尚更、そうあからさまには書けないかなと思うところだ。

     こうして、弱者や自分の邪魔になり足枷となる人間関係を冷淡に切り捨ててゆく音三郎。彼は再三、環境だと、つぶやく、

    ― 環境を選んで進まん限り結果は出せんのじゃ。

     彼は、自分の夢の実現の為、理想と考える新天地を選び階段を昇っていくのだが、自分が選んだその環境が彼の心を蝕んでいくようで、なんともいたたまれない。自業自得というひと言で簡単には済ませることの出来ないものがある。 運命。そうひと言で言ってしまうのも、また違う。

     一見、音三郎が正しく、周りの登場人物が歪んだように見せかけて描くのも、この作者の巧いところ。読者は、まんまと「そっちへ行くな!トザ、おまえの選択は正しいぞ!」と応援し、並走する(逆にトザにとって希望の光に見える中国人揚が実は。。。怖!)。
     大阪で出会った金海という技術者が顕著だ。どう見ても科学オタクのヤな奴として描かれるのであるが、実は彼の言っていることに正義が潜んでいたりする。

    「すべての技術は希望からはじまらなあかんのや。」

     この言葉を音三郎が真摯に受け取れないほど、金海がヤな奴として描かれ、音三郎は自分の技術が世に認められない焦りの中にあるという、どうにも選択の余地のない環境を巧みに作者が演出しているのだった。そんな状況にあって、自分ならどうするだろうか? どの選択が正しいかは誰にも分からないが、窮地にある音三郎の身の振り方について、明確に「この時の選択は間違っていると」読みながら断じえた場面は実に少ない。
     唯一、自分だったら、と思えるのは、”立ち止まる”ことだろうか。なにしろ、音三郎の早急な性格は、子どものころの言動から少し気になっていたところでもある。

    「意を決する間もなく、言葉が勝手に音三郎の口から滑り出てしまった。」
    「どんなからくりなのだろうと不思議に思い、すると躊躇なく足が敷居を越えてしまった。」

     池田での少年時代、その後もいくつか場面で自分の意識を超えて一歩を踏み出してしまう音三郎の姿が描かれていた。
     ただ、誰にも負けない技術力と知識を持っていたとしたら心にブレーキは掛けられないのだろうな。自分が凡人であることの幸せをただただ噛みしめるのだ。

     こうした科学技術者の暴走は、おそらく現代への警鐘であろうというのは容易に想像が付く。先の震災における福島原発の事故を想定しているとも取れるし(金海が音三郎に悪態をつくこの台詞は原発関係者への痛烈な批判だ。「いい加減な仕事をする奴は大概、事故が起こってもろくに反省もせんのや。ほんでな、その失敗を『想定外やった』と、しれっと言ってのけんねん。僕からすりゃ、阿呆かっちゅう話や。おどれの手で造り出したもんが想定外の動作をしたっちゅう時点で、技師として失格なんや」)、古くはオウム真理教の幹部(多くは理科系の科学者だったと聞く)による暴走も思い出せる。あるいは、昨今のAI(人工知能)の驚異的発展や、中国での霊長類のクローン実験の成功などにも、暴走が始まらないうちになんらかの歯止めが必要という警告としても読めるのだった。

     東京住まいの折の大家、島崎老人が音三郎に語る。

    「郷司さん、ひとつだけ覚えておいていただきたい。研究者は、ことに科学技術に関与する者は、ご自分の意志や理念、理想をけっしておざなりにしてはなりません。軍人のように右向け右ではいかんのです。また世の中の、いわゆる普通の市民の感覚というものを常に身近に引き寄せておかねばなりません。個々がしっかり立っておらぬと、科学というのはおかしな方角に走りだすものですから」

     大阪で金海との口論で、こう啖呵を切った音三郎。

    「技術を成立させるのに、希望などいらんのじゃ。それよりも、まずは形にすることが大事なんじゃ」

     島崎老人の言葉を聞いて、そこで立ち止まって考えることが出来ていたら。。。 しかし、時代は中華事変、太平洋戦争へ向かう奔流となって音三郎を呑みこんで行くのだった。

     歴史小説としても面白かった。大正から昭和にかけての工業の発展、庶民の暮らしぶりの向上。日露戦争、第一次世界大戦を背景とした国内外の様子、景気の浮き沈み。やがて軍部の台頭、満州における関東軍の暴走。そこに巻き込まれていく音三郎の運命や!? 
     
     ・・・”虎口からの脱出”は叶わなかった。。。。

  •  下巻。
     新しい無線の開発がうまくいかず大阪でくすぶっていた音三郎は、経歴を偽って東京の軍需工場に転職する。そこで軍人になった幼なじみと再会し、関東軍大佐の娘を妻帯することにより、いつのまにか軍隊の意向にのみこまれる。関東軍につき従うかたちで満州に渡った音三郎の人生のレールは、大きくずれていく。

     新技術を開発して世間をあっと言わせたいと研究にいそしむ音三郎は、いつしかおのれの劣等感を覆い隠すための手段とみなすようになり、本来の技術開発の目標を見失っていく。その欠けている面を、音三郎を敵対視していた大阪の技術者が言い放つシーンがある。

    「そやさけおどれは駄目なんや。すべての技術は希望からはじまらなあかんのや。人の暮らしを明るくしよう、楽しゅうしよう、安全に高度な技術に接せられるようにしよう--そないな意識をもって開発にあたらな、技術っちゅうのは本当の意味で成就せんのや。馬鹿な軍人が涎垂らして使うような、つまらんものしか作れなくなんねや」(P.50)

     ここまで言われて何も感じないようになってしまった音三郎は、この時点で終わっていたのかもしれない。

     自分が作った無線機が役立つことを証明したい、という小さな野心の殻から最後まで抜け出せず、功名心に執着して周りが見えなくなっていた音三郎は、知らないあいだに張作霖爆殺の工作に関わったことで、大きな時代の波に呑まれ消えていく。

     他の木内作品同様、時代のうねりの中でもがくひとりの人間を描いた作品だが、ひたすら新技術開発にいそしむ研究者の鏡のはずの音三郎に最後まで共感できなかった。作者も自分が作り出した人物を持て余したのか、ラストは他者の視点に変わってしまったのが残念。

  • 上巻で技師としての魂を悪魔に獲られた音三郎は時代の波に翻弄されながらある事件に巻き込まれて行くこととなる。
    ひとりの男を通してその時々の背景を描くのが木内イズムなのだがこれだけの史実に物語を絡めるとなると必然結末は見えてしまう訳で難易度は相当に高かったと思われる。
    それでも最後のページまで捲る手をへ緩めさせないのは彼女の揺るぎない実力と言うしかない。
    科学技術の進歩は諸刃の剣でありメッセージは原発事故を経た社会への警鐘であるのだろうが私の印象としてはあの割烹着女史を思い出す…
    堕ち行く運命の放物線の始点を慮ることとなる問題作

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