眠りの庭 (1) (角川文庫)

  • KADOKAWA (2016年6月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784041043615

作品紹介・あらすじ

女子校の臨時教員・萩原は美術準備室で見つけた少女の絵に惹かれる。それは彼の恩師の娘・小波がモデルだった。やがて萩原は、小波と父親の秘密を知ってしまう……。(「アカイツタ」)
大手家電メーカーに勤める耀は、年上の澪と同棲していた。その言動に不安を抱いた耀が彼女を尾行すると、そこには意外な人物がいた……。(「イヌガン」)
過去を背負った女と、囚われる男たち。2つの物語が繋がるとき隠された真実が浮かび上がる。

感想・レビュー・書評

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  • 『いい?人の心は無理に暴いてはいけないのよ』。

    憲法第19条によって私たちの”内心の自由”は保証されています。言葉に出せば罰せられるような内容であっても心の中で思うこと、考えることは自由です。人はそこに何ものにも縛られない心の安らぎを見ることができます。そもそも現代の科学技術をもってしても人の”内心”を見ることはできません。法によって守られ、さらに技術的にも突破することができない人の”内心”。

    しかし、自分自身のことを考えればそれで良いとしても他人のことを思うと逆に知りたくなってくるものです。例えば『なにを考えている?』と訊いたとしてもその答えが必ずしも本心かどうかは分かりません。そこには”内心の自由”と引き換えに、どうしても『人はわかり合えない。全てを知ることはできない』という諦めの感情も生まれます。私たちが人と触れ合って生きていく中では『たとえどんな真実が突きつけられても、それを踏まえて歩き続けるしかない』という一種の割り切りも必要なのかもしれません。

    さてここに、人の”内心”に隠された闇の世界を描く物語があります。『溺死です。鈴木先輩は海で見つかったんです』と遺書もなく亡くなった一人の生徒が描いたという一枚の絵に描かれた『少女の上半身像』の主が背負う過去を見るこの作品。『僕らは子どもの頃の話をめったにしない』と過去に何かを抱える彼女の心の内を見るこの作品。それは、一冊の本に収録された二つの物語が、真っ赤な蔦が複雑に絡まり合うように、『どんなに離れようとしても血が絡みつ』く人の”内心”の闇を見る物語です。

    『花を見ると潰す子供だったらしい』、『特に、赤や濃い桃色の花を好んで潰した』と自らの子供の頃のことを振り返るのは一編目の主人公である萩原。そんな萩原は『いつでも親父は母親を殴っていた』という父親から『クレヨンを与えられ』ます。それが『いつしか色鉛筆になり、やがて絵の具にな』っていく中で、『いつの間にか母親はいなくなって』いました。そして『美大生になって家を離れた』あと、『まもなく親父は酔っ払ったまま死』にます。そんな知らせを聞いて『解放感に似た安堵がじんわりと胸に広がっ』たという萩原は、一方で『潰した花は血だったんじゃないか』という思いに囚われてもいます。『俺はいつ、どうやって母親が俺たちの前から姿を消したのか知らない』と改めて思う萩原。『そんなことを考えるようになったのは、この学校に赴任してきてからだ』と、蔦に覆われた『真っ赤な壁を見』る萩原。『一枚の例外もなく血潮に染まったように紅葉』している『びっしりとはびこった蔦』。『あちらは聖堂になります』と案内された萩原は、建物の『二階の窓が開いて、一人の女生徒が顔をだした』ことに気づき『俺と女生徒はしばらく見つめ合った』という瞬間が到来します。そして春になり『遅刻すれすれで』出勤してきた萩原が美術準備室に入るや否や『ハッギー』と『茶色の髪を揺らして生徒の仁科麻里』が入ってきました。『名ばかりの美術部の部員』という仁科の喋りに飽き飽きした萩原は『さっさと行け』と部屋から追い出そうとした時に段ボール箱に足を引っ掛けます。『卒業生に作品取りに来るように連絡しとけって言っただろ』と足元の箱から覗くキャンバスをひとつ引き抜く萩原に『先生、この絵は無理だわ。返せない』と言う仁科。『少女の上半身像が描かれていた』というキャンバスを見て『この絵を描いた人、死んじゃったから。鈴木先輩』と語る仁科は『学校は事故って言い張っているけど、自殺じゃないかって噂もあった』、『蔦の周りで先輩の幽霊を見たって子もいた』と続ける仁科。場面は変わり、授業中にも関わらず目を瞑ってしまっていたところを同僚の吉沢先生に注意された萩原は『授業はあと十分だ、構うもんか』と残りを自習に切り替えて教室を出てしまいます。そして、旧校舎の裏へと向かった萩原は教会から人が出てきたのに気づきます。『艶のある髪。若い女のようだった』というその瞬間、携帯が振動し身を潜めます。そして、再び先ほどの場所に戻ると『女は消えてい』ました。『誰もいない。あの女、まさか』と思う萩原は美術準備室へと戻りキャンバスを取り出します。『去年、紅葉した蔦に囲まれた窓から俺を見下ろしていた女生徒だ』と気づいた萩原は、『この絵を描いた人、死んじゃったから』という仁科の言葉を思い出し『さっき蔦の前に立っていたのは噂の幽霊だろうか』と鳥肌がたちます。そんな時、扉をノックする音が聞こえて、『はっと我に返る』萩原。そんな萩原が一枚の絵に隠されたまさかの真実へと迫っていく先に衝撃的な展開を辿る物語が始まりました。

    〈アカイツタ〉と〈イヌガン〉という二つの短編が文字通り『蔦』のように絡み合う連作短編の形式をとるこの作品。そんな作品の冒頭には22行からなる一見意味不明な〈序章〉が置かれています。『つめたい土の中にいる』から始まる独白調のその文章は、『思いだせる女は二人しかいない。一人は殺して、一人は慈しんだ』、『慈しんだ女を、私は二つの名で呼んだ。それは呪いだった。どこにも行かぬよう、殺した女の名で呪いをかけた』といったどこか物騒な記述が続きます。しかし、それに続く一編目の短編〈アカイツタ〉は『花を見ると潰す子供だったらしい』とさらに意味不明な出だしで始まったかと思うと、『ハッギー』と萩原のことを呼ぶ女子生徒が現れて学園ドラマのような展開へと進みます。この展開の中で、意味ありげな冒頭の記述は、おそらくほとんどの読者の頭の中から消え去ってしまうと思います。しかし、この作品の結末を読み終えた読者の全員が、間違いなくこの冒頭の22行を読み返すことになる、それがこの〈序章〉だと思います。とはいえ、これから読まれる方にはあまり〈序章〉の記述には囚われないで、まずは見事に絡み合っていく二つの短編の内容をじっくりと味わっていただければと思います。

    そして、〈序章〉に続く一編目の短編〈アカイツタ〉では、美術大学を卒業し、『臨時教員』としてキリスト教系の『お嬢様学校』に美術教師として勤める主人公・萩原の姿が描かれていきますが、その中で象徴的に描かれるのが建物の『外壁を覆う蔦』でした。『びっしりとはびこった蔦は、一枚の例外もなく血潮に染まったように紅葉して、古い校舎を包んでいた』と描かれるその光景は単なる校舎の外観を描写するだけではなく、作品中に幾度も登場します。『ふいに濃厚な圧迫感を覚えて息苦しくなった。この古い建物を覆い尽くす蔦の存在を意識したせいかもしれない』、『溺死体のポケットに蔦が入っていた』、そして『どんなに離れようとしても血が絡みついてくるの。あの蔦みたいに』といったように物語の重要な場面で必ず登場する『蔦』の存在感の大きさにやがて読者も囚われていきます。

    そんな『蔦』に絡め取られるかのように、『臨時教員』として赴いただけの萩原が物語の中にどっぷりとはまっていく様が描かれる短編〈アカイツタ〉。そこでは、萩原が赴任する前に描かれたという『少女の上半身像』の絵に隠された真実へと萩原が近づいていくことから始まります。『臨時教員』の職を推薦してくれたという恩師でもあり『美術に携わる人間なら知らない者はいない』という真壁秋霖(まかべ しゅうすい)。そんな恩師の娘がその絵に描かれた小波(さなみ)であることを知った萩原は、一方で絵を描いたとされる鈴木理枝の死の真相を求める中で小波に隠されたある真実を知ってしまいます。短編冒頭の仁科麻里をはじめとした女子高生たちがわちゃわちゃと登場する学園ドラマのような雰囲気が消し飛び一気に緊迫感が高まっていく物語は、もうページを捲る手が止まらない!という読書の醍醐味を存分に味わわせてくれます。ここまで密度濃いストーリー展開は個人的に久々であり、まさしく貪るように読んでしまいました。

    しかし、そんな緊迫感に包まれた物語は、不穏な場面が展開する中に唐突に幕を下ろし、二編目の〈イヌガン〉へと続いていきます。ここで読者をさらなる衝撃が襲います。それは、『社会人五年目でスーツがしっくりと馴染むようになった』という高橋耀(たかはし よう)が主人公となるなんとものんびりした雰囲気の物語がいきなり展開するからです。『ねえ、澪、今日の晩ご飯なに?』と訊く耀に、『海老チリ。海老が安かったから。あとは春雨サラダと卵スープ』と返す澪、そして、『いいね、海老チリ好き』『辛くするね』と続く会話は、前編の緊迫感の中にいた身には、あまりの落差に一体何が起こったのか?と、頭が混乱してもしまいます。しかし、ここで一瞬の油断をした読者を早々に再度の緊迫感が襲います。それは、耀が幼い時に母親から聞かされたという『イヌガン』という伝説でした。『無人島だった島にある大きな船が漂着した。船には数人の男と一人の女、そして、一匹の犬が乗っていた』と始まる伝説は、『だが、ある夜を境に男たちが一人、また一人と消えていく。そして、七日目の朝には女と犬だけが島に残されていた』と一気に緊迫感を増していきます。この先は省略しますが、その先に続く物語は、子供には恐怖心しか残らないであろう強烈な内容です。そしてそんな伝説を語って聞かせる母親はその伝説が言わんとすることをこんな風に幼い耀に説きます。

    『いい?人の心は無理に暴いてはいけないのよ』。

    幼い身にはあまりに重過ぎるその伝説を深く記憶に刻み込んで大人になった今の耀。そんな耀は一方で、友人の藤井から『そういえば、昨日…』から始まる澪に関するある話を聞きます。藤井にとっては特に深い意味もなく語りかけたであろうその内容を耀が聞いたことから物語が再び大きく動き出します。この作品に収録された二つの短編、二つの全く異なる視点の主による、一見全く別世界の話と思われた二つの物語が、まるで『蔦』が絡み合うように、複雑に、見事なくらいに、赤く赤く色づいて絡まり合って行く物語が鮮やかに展開し始めます。それは、千早さんの筆の力をこれでもか、と見せつける、極めて巧妙で推進力のある物語です。しかし、この鮮やかさはネタバレによって一気に精彩を失いかねません。これから読まれる方は、この作品はあまり情報のない状態で、その見事なまでの物語展開に酔っていただければと思います。そして、そんな物語を読み終えたあなたは、上記で触れた通り、作品の冒頭に置かれた〈序章〉を必ず何度も読み返すことになると思います。

    “過去を背負った女と、囚われる男たち。2つの物語が繋がるとき隠された真実が浮かび上がる”と内容紹介に謳われたこの作品。そこには、〈序章〉の主が語る独白調の語りの先に展開するまさかの闇の物語が隠されていました。千早さんの圧巻の筆の描写力でぐいぐい読ませるこの作品。さまざまな可能性を予感させる不穏な結末を読み終えた読者を待つ「眠りの庭」という書名に隠されたまさかの衝撃的な物語。『人の心は無理に暴いてはいけないのよ』という言葉の説得力を強く感じた絶品でした。

    • メイさん
      こんばんは、さてさてさん。

      レビューを拝読し、面白そうで読みたくなりました。また、図書館で探してみます。

      いつも参考にさせて頂きありがと...
      こんばんは、さてさてさん。

      レビューを拝読し、面白そうで読みたくなりました。また、図書館で探してみます。

      いつも参考にさせて頂きありがとうございます。
      2022/05/02
    • さてさてさん
      メイさん、コメントありがとうございます。

      この作品とても読み応えがあります。レビューにも書きましたが〈序章〉の存在、そしてその後に続く二つ...
      メイさん、コメントありがとうございます。

      この作品とても読み応えがあります。レビューにも書きましたが〈序章〉の存在、そしてその後に続く二つの短編が蔦のように絡まり合う中に展開する物語。あまり情報入れずに是非お読みください。
      こちらこそ、いつもありがとうございます!
      2022/05/02
  •  薄い微笑みを誰かに見せたくなる気持ちが分かるというか、人間はどんな場所に辿り着いても、悲しみや孤独は消えないのだろうかという、一種の諦観めいたものを抱えながらも誰かを求めたくなる、そんな矛盾した存在に愛しさと苛立ちがない交ぜになることくらい分かっていたのにね、何なんだろう、このもどかしさは。

     物語があるようで無いような心境を抱いたのは、その登場人物のことをどうこう考えるのではなく、そこから自分の人生と重なるものを抜き出して、自分とどう向き合うのかを教えてくれるようでもあり、あくまで他人じゃないのよということを強く実感させられたのは、物語に登場する『ファム・ファタール』という言葉も同様であり、彼女をどう捉えているのかは周りの人間であって、その胸の内は本人にしか分からないはずなのに、『運命の女』なんて勝手に決め付けて笑わせんじゃないよ。
     
     と極論で言えば、そうとも捉えられる感覚も含ませたことに、果たして人間とは奥深く複雑な存在なのか、鬱陶しくて厄介な存在なのか、そんなことを考えさせられたことで、物語自体の好き嫌いはともかくとして、今回の千早茜さんの作品は、人間の内に秘めた部分を抉ってくる印象が強く、こうした姿勢が時に文学として変貌するのではと感じたのは、強ちそれが夢物語では無いことを渋々認めざるを得ない、人間の一つの本質に迫っているようにも思われたからだ。

  • 2つの独立した物語だと思って読み進めていたので、繋がった時にびっくりした。優しい平穏な日常が続きますように。

  • 前半の「アカイツタ」と後半の「イヌガン」。後半を読み始めた時は別の話なのかな?と思ったけど、10年後のお話でした。今まで読んだ千早さんの中では1番の耽美さや幻想が漂う作品でした。
    明確な解釈が記されているわけではなく、読者に委ねられているお話です。
    私的には結末がちゃんとしていて、なるほどねーそうきたか。でもこういうのもありだよなぁと想像するのが好きなので、千早さんの決めた結末を知りたいなーと思いました。

  •  強さと弱さ、野生と抑制、絶望と生命力。正反対の性質が共存する者は、生々しくも美しい。
     支配欲に満ちた父親に育てられた小波は、意志を持たない。自我を持たない人間は、何も求めてこない。また側にいる者の欲求を、自分のものだと錯覚している。だからなのか、小波と関わった男性は、彼女に強く惹かれ、取り込まれ、そして破滅していく。
     自己主張は少なからず、加害性を帯びる。小波のように強固な人格形成をされていなくとも、繊細な心を持つが故に、大切な人といる時には我を持たないという選択を、無意識的にしている人は案外多いと思う。
     しかしたとえ望んだとしても、人間は本当の人形にはなれない。常に小波の腹の底には、理不尽に傷つけられたことに対する怒りがある。だから敵意を持つ者には敏感に反応して、躊躇なく潰す。また深い絶望を味わっているから、痛みや恐怖をほとんど感じない。
     「マカロンも果物のケーキも…ぺたんこの靴も本当はどうだっていい。耀に似合うものが好きなの。幸せのイメージに近づいていく気がして。」小波は最終的に、彼女から決して何も奪おうとしない耀と、「理解し合えなくても一緒にいること」に希望を見出す。人の心には、決して他人が無闇に暴いてはならない、神聖な領域が存在している。
     人は変化する。よって、「あなたを信じている」と言うことは、実は暴力に近い。誰かを愛することは、祈りを捧げることと殆ど同義だ。

  • 色の描写がすごい。"色んな色の絵の具がのってるパレット"が、この物語を読み出してすぐ頭に浮かんだイメージ。前に読んだ『透明な夜の香り』も色がいっぱい出てきたけど、香り、嗅覚の話だったからこっちは視覚の話?なんて思った。

    女子校と若い男性教師が出てくるから爽やかな恋愛かもと思う反面、それはないだろうと思ったら、やっぱりドロドロとイヤミスな感じ。私はどっちかというとドロドロ、イヤミスは苦手なんだけど、この作品はすんなりと読めたし、面白かった。終始謎めいてて真相はどうなの?と考えながら読んだ。最後に全部繋がった時、ただ切ない、可哀想としか思えなかった。幸せになってほしいけど、そうはならないかも…。

    真壁小波から出てるミステリアスな雰囲気が、周りの人間を惑わすのか?みんな破滅してる気が…。真壁小波は別に何も悪くはないと思うんだけどな。

    千早茜さんの作品は数冊読んだけど、正直私はあまりハマらなかった。でも『眠りの庭』は面白く読めた。

  • ひと言で表せば、気味の悪い話だった。
    「アカイツタ」と「イヌガン」に2作から成る短編集かと思っていたら、2作が複雑に絡み合って、人の心の奥にある複雑な感情も絡み合っていて、作品全体に「アカイツタ」をまとっているような雰囲気。
    産休の代理教師として、敬虔なカトリック系の女子高の美術教師として着任した萩原は、ツタの絡まる校舎の中に謎の少女の影を見かける。
    そして、美術室には萩原が見かけたと思われる少女の肖像画が置かれていた。
    現在の美術部員に聞くと、その作品を書いた生徒は入水自殺を図ったと言う。
    返す宛のなくなった肖像画に陶酔していく萩原。
    そんな時、卒業生である小波が現れ、その絵を引き取りたいと言う。その小波そこが肖像画のモデルであったことから、萩原は小波自身に魅入られていく。
    萩原と小波に共通する子供の頃の親からの虐待の記憶。
    その記憶をかき回そうとする小波の父であり、萩原の恩師である真壁。
    歪んだ愛が描かれ、少しホラー的な要素もあるが、美術的な表現で、作中にも出て来るが、何だか原田マハの「サロメ」を読んでいるような感覚にもなる。
    一転、「イヌガン」では幸せそうなカップルの日常が描かれる。
    最初は全く関係のない2編と思わるが、物語が進むに連れ、「アカイツタ」の後日譚と明かされていく。
    歪んだ愛情を描いた作品であり、決して気分のいい内容ではないが、他の方のレビューにもあるように耽美な雰囲気が全編を包んでおり、何とも言えない独特な読後感。
    この作者さんの作品は何作か読んでいるが、それぞれ読後感が違っており、捉えどころがない作家さんだと思う。

  • 気持ちの悪い物語である。

    この物語で悪者を見つけるのは難しい。

    誰もが加害側であって、誰もが被害側である。

    “洗礼者ヨハネの首を持つサロメ”がモチーフのひとつになっているようだが、主人公は果たしてサロメだったのか、ならばヨハネは誰で、ヘロデは誰だったのか。

    どうやらこの物語では誰もが各々の物語、神話から抜け出せずに、ツタに絡まりようにしてもがきながら生きている。

    その物語、願望を各々が好きなように小波と澪、二人の解離した対象に体良く投影させる。

    そして、小波も澪はただ投影されるだけであるけれど、その分裂した未熟な自我は他者を暗に操作させる。

    第一部はどこか北米のハードボイルド小説のようでいて、後半は恋愛小説のようでいて、文体までも解離しているようだ。

    物語の最後、これは救済なのか死なのか、複数回読み返しても答えが出ない。

    ある時は救いであるように思うし、ある時は受難の再生産にも思える。

    従って、最後の最後まで、投影がやまない。

    気持ちの悪い物語だ。

  • 小波と、囚われる男たちの物語。

    「イヌガン」の方を読みすすめていくうちに、「アカイツタ」の方では、小波は今よりもっと年相応に、かつその状況下ゆえに不安定な精神状態だったのだと感じた。
    一つ下の高校生たちと比べると、大人びていて違う雰囲気を纏っているから気づきにくいけれど、特に幼かったのだと思う。
    歳を重ねても結局、小波のことは誰も救えず、そもそも心から救いを求めるという考えに至ることさえできなかったのかもしれない。

    萩原が小波のことを好きだといい、初めて人を美しいと思ったといい手を伸ばし、同じ罪を犯してしまう様は、真壁教授のいうように小波はまさにサロメのようだった。
    けれど小波をサロメだというそれも、確かに小波が周囲を狂わす生来の魅惑があったとしても、周りが与えるレッテルでしかなく、小波は常に奪われ続けた人間なのだと思う。

    小波にとって耀の存在は、少しは過去の何もかもを捨てて生きる上での救いとなれるのかという微かな希望もあったけれど、それでも小波は、過去に囚われ過去と心中せずには生きられなかったのかもしれない。
    最後の「このまま眠ってしまうかもしれない」という小波は、耀が傍で待っているなか、ここで最期を迎えるのではないかと感じてしまった。

    過去やそれぞれの歪な愛が、蔦のように絡みついてくる。またしても読了後の余韻から抜け出せない。

  • う〜ん、よく分からない、、
    魔性の女っていう事なのかな?周りの人間がみんな夢中になっておかしくなってしまう。
    自分は頼んでないのに、と言いつつ、周りを思い通りに操って、被害者ぶるのがなんだか嫌。

  • 愛されたら、受け入れるしかない。共犯者にしたかったの、あなたを-。

    『あやかし草子』に続いての千早茜san。

    「つめたい土の中にいる。」から始まる、2つの物語。過去を背負った哀しき女と、彼女に囚われていく男たち。

    1話目「アカイツタ」は、女子校の臨時職員となった萩原、暗い目でこちらを見つめる少女の絵、絵を描いた生徒の謎の死、真壁教授、娘の小波(さなみ)。

    2話目「イヌガン」は、家電メーカーに勤める耀(よう)、同棲する年上の彼女の澪(みお)、少しずつの不安。

    主人公が変わったので完全に違う話かと思っていたら、海が近い、澪の名字・・・?などと気になりつつ、紅い蔦が生い茂る「建物」の前で、すべてが繋がりました。

    また、耀が澪との出会いの頃として語られた言葉に胸をつかれました。
    ”信じるのって相手に失礼じゃない?”

    彼女はよく闘いました。夾竹桃(きょうちくとう)が見える庭で、少しでも眠れますように。

  • むせ返るような「女」の匂いが色濃く漂う二編。

    由緒正しい女学院と少女たちと美術教師…幻想的で湿度の高い不穏な雰囲気に吸い込まれるようだった。
    読み終わっても、何かふと遠い目をして考え込むような囚われ方をしてしまう。なんだか言葉にできない業の深さを感じた。
    嫌悪しているのに、抗えない。そんな一冊だった。

  • 連鎖する殺人とか、
    何かを犯さないと何かを清算できないとか、
    塗りつぶすことで見えなくする、みたいな。

    その人の生きてきた何もかもが、
    自らが罪と思っているせいで罪で、

    その人がその罪を負い続けなきゃいけないと考えてとても辛いと思った時には、過去にその罪から逃れようとして自分に課した鎖がまとわりついてきて
    躓かせて、
    自分の罪を再び省みざるおえなくなる状態に振り返って安堵する。
    自分のせいじゃなくて、共犯者、傷の舐め合いをした存在が居るから逃れられない。私だけのせいじゃないと思い続ける。

    小波は逃げたいけど逃げられない自分に酔っているし、そうならざるを得なくなった自分の状況を自分で哀れんでいる。

  • 美術家を惹きつけるファム・ファタル小説は、時として女性本人の人格や意思が抜け落ちたまま描写されたり、欲望の鏡扱いされがちだけれども(最近も、そちらに振り切った作品を読んだなと思い出した)、女性性を持つ人の痛々しいほどの葛藤にもフォーカスして描いていたのが、さすが千早茜さんとなった。

    すっきり解決、と言えるものはひとつも無く、情念、欲望、本質的な孤独に傷付ききった登場人物たちが、暗い夜の庭に取り残されるばかりの物語。
    そう書くと、どうにも救いが無いように思えるけれども(実際そうだけれども)、その暗がりの芳醇さに、ついつい惹き込まれてしまった

  • 狂気を描いた物語は絵画的だなと思う。読書というより鑑賞。自分とはかなり遠い世界を、眺めている感じ。アカイツタを鑑賞したあとで、でも、イヌガンを読むと少し世界が近くなる。多くの読者の感覚は、たぶん耀に近い。嘘だと分かっていて、それでも一緒にいることを選ぶなら、それも〝好き〟のかたちなんだろう。人はわかり合えない。全てを知ることはできない。それでいい。真理だと思う。仄暗い世界観は好みではなかったけれど、最後にほんのりと残った温かさが好きでした。

  • 千早さんの作品は、色彩描写、風景描写、感覚描写が丁寧で美しい。
    ファム・ファタールを彷彿とさせる女に魅入られ、絡め取られていく男たち。
    空っぽな女は怖い。

  • 始まりから終わりまでずっと不気味で、薄暗かった。あまり好みじゃなかったな。小波と萩原の関係が気持ち悪いと感じた。性格にいうと、萩原が。初めは小波が萩原のことをどう思っているか全くわからず、想像さえできなかったから萩原と関係を持ち出した時にはびっくりした。萩原は、なんの抵抗もできない小波を利用しているようにしか見えなかった。

  • エモい。
    アカイツタ時の小波が超然としていて好きだったのに、イヌガンで一度終わった人みたいになっていて驚いた。
    アカイツタが好きだ。
    萩原も小波も女生徒たちも教授もヨシザワ先生も。
    丁寧に進行していくのに、謎の焦燥感があっていい。不安がある。
    そこがいい。

  • 魚神が面白かったので他の作品も、と思いこちらを。
    ふたつの作品が絡み合い、繋がります。
    アカイツタとイヌガン。
    作者の千早さんは美しく人形の様な少女がお好きなのかな。
    白亜も小波も自分というものが無いような空虚な美しい人形みたい。
    イヌガンに出てくる言い伝えに興味を持ちました。
    日本昔ばなしに似たようなお話がありそうです。

  • #読了
    千早茜さんの「眠りの庭」
    読んだ。今まで読んでた千早茜さんの作品のイメージとまた違ってずっと雨が降る前の暗くて重い雲が上にあるような湿った雰囲気が流れていたように感じた。最初、小波と鈴木の話が続いてくのかと思ったけど、全然違った。自分はあなたの運命の人だと思わせて、そこから相手の一番大事なもの(運命の人だと思わせた自分)を奪っていく、みたいな…?男、女かまわず狂わせる小波の話。イヌガンの話みたいに、小波や女は、空っぽだったのか、骨を見た瞬間に何が大切だったのか分かって、惹かれるように死んで行ったのか、結局自分から離れた(父を殺させた)のに、また自分から身も心も奪った、死んだ父の所へ行くっていうどうしようも無く空っぽな小波。耀はどうなっちゃうんだろう…2人のおままごとみたいな生活、不安定だけど、綺麗な生活だったからあそこの場面もっと見たかった。
    ツタとか、イヌガンの話とか、「澪」とか全体に繋がるキーワードが散りばめられてて面白かった。最初の詩みたいなのは小波のお母さん(澪)が言った事なのかな。父が殺して家の庭に埋めたんだよね。

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著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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