スウィングしなけりゃ意味がない

著者 :
  • KADOKAWA
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本棚登録 : 340
レビュー : 51
  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041050767

作品紹介・あらすじ

1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。15歳のエディと仲間たちが熱狂しているのは頽廃音楽と呼ばれる”スウィング”だ。だが音楽と恋に彩られた彼らの青春にも、徐々に戦争が色濃く影を落としはじめる。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦中、ドイツ北部に位置する港湾都市ハンブルクの話。戦時下だというのにクラブに通いつめ、軽やかにステップを踏み、ピアノやクラリネットを奏してジャズに明け暮れる若者たちがいた。その名も、スウィング・ボーイズ。えっ、ナチスドイツの国でジャズ?と驚く向きもあろうかと思うが、ハンブルクは中世以来ハンザ同盟の自由都市として知られ、正式名称は自由ハンザ都市ハンブルクという。

    つまり、同じドイツといっても首都ベルリンほどナチに傾倒していない人々が多かった。会社社長などは当然党員であったが、面従腹背の姿勢でほどほどに付き合っていたのだ。その息子たちは、父親が形だけでもナチのシンパになっていることに腹を立てていた。主人公が憧れるデュークという上級生に至っては、軍の英雄である父親と取っ組合いの喧嘩をして、双方とも血まみれになってもやめないほど。

    それにしても、これが日本人が書いた小説、というから驚く。はじめは海外小説の翻訳だと思ったくらいだ。日本の小説は海外を舞台にしていても、主人公は日本人だったりすることが多いのだが、出てくる人物はドイツ人やユダヤ人ばかり。日本とは何の関係もない。現地取材もしたのだろうが、当時の資料を駆使して自在に戦時下のハンブルクを描き出す。

    ハンブルクにはドイツの潜水艦基地があり、造船所などの軍需産業も多く大空襲を受けている。無論その時の様子も出てくるが、前半は、ギムナジウムに通う十五歳の主人公エドワルト・フォス(通称エディ)が、ピアノの天才少年マックスや、ヒットラー・ユーゲントのスパイをやらされているクー。何をやらせても格好いい上級生のデュークといった面々に出会うことにより、次第にジャズに嵌ってゆくところを描いていて、アメリカの青春映画をなぞっているような気分だ。

    戦争中だというのに当時の日本の様子と比べると嘘みたいに明るく、陽気で派手でオシャレで、いったいこの差はなんだ、と憤りたくなるほど。まあ、差は確かにある。というのも、日本の小説や映画に登場する当時の青少年は、優等生とは言わずとも、まあまあ普通の家の子であることが多い。一億総中流といわれる時代にはまだ早いが、とんでもないブルジョアが主人公になったりはしない。

    エディの家は祖父の代に稼業で成功し、父の代には軍需産業の経営者に成り上がる。家にはプール、自家用車はマイバッハというブルジョアだ。エディがつるむグループは、ハンブルクの産業界を牛耳る社長や軍の幹部といったお偉いさんの子弟が中心で、あと何年かすれば彼らが父親に代わって、市の経済を支える重鎮となる。親の七光りをいいことに、休日にはクラブやカフェに入り浸り、酒と女と音楽を楽しんでいる。早い話がセレブの不良グループだ。

    卒業すれば、ふつうは入隊が待っているが、エディは父の会社に入ることで入隊が免除される。軍事教練さえこなしておけば問題はなかったはずなのだが、ある日マックスに話しかけられたのをきっかけに、エディはどんどん深みにはまってゆく。すべてはジャズのせいだ。マックスはジャズを聴くためにクラブに行きたいが、服装がダサくて入れてもらえない。その点エディなら、ツウィードやフランネルのダブルブレストのブレザー、トレンチ・コートから靴まで、ワード・ローブは完璧だ。

    マックスにお古を貸す代わりに、ちゃっかり仲間入りしたエディは、すっかりその雰囲気に嵌ってしまう。ウィスキーを飲み、女の子と踊っているところをゲシュタポの手入れを受け、逮捕される。初犯であることを理由に放免された後も、エディはジャズから離れられなかった。マックスのピアノは上達し、アディという女の子のクラリネット吹きとも出会えた。親父の会社の社員の息子のクーにもお古をやって仲間に引き入れる。ジャズと酒とパーティの退廃文化を満喫していたエディを襲ったのはまたもやゲシュタポだった。

    二度目とあって父親も救いきれず、鑑別所送りにされたエディは、壮烈な洗礼を受ける。志願すれば助けるという相手に、刑期を務めあげないうちは入隊しないと言い張るエディ。業を煮やした所員らは、エディを散々痛めつける。縞服の収容者たちと同じ場所で穴掘りをさせられたエディの前で次々と人が死んでいく。それでも志願を拒否し続けるエディ。彼はここで筋金入りの反ナチとなる。この小説の面白いのは、ナチに反抗するのが、主義者でも何でもない、ただの金持ちの不良少年であることだ。

    ただの不良どこではない。禁制のジャズをレコードやBBCの放送から録音して海賊盤を作り、地下に潜ったユダヤ人の手を借りて闇のルートに流し、ぼろ儲けをする才覚も持っている。しかし、それは金が目的ではない。好きな音楽を聴く自由を誰にも邪魔されたくないからだ。もちろん、マックスのピアノ演奏を録音したレコードも作る。ユダヤ人丸出しの名前を付けたレーベルで、ひそかに流れ出したそれは評判を呼ぶ。

    クライマックスは、ハンブルク大空襲。第二次世界大戦を扱った小説や映画で大量に目にするのは連合軍側の視点で描かれている。しかし、ドイツの側から見ればそれは地獄だ。しかも、複雑なことに、ナチを嫌うエディが願うのは、連合軍の勝利によってこの戦争が終わることだ。狂気のヒトラーは、敗北するくらいなら自分たちの手で一切を焼き払えと命じる。工場を再建すること。ユダヤ人その他収容所から徴用されてきた多くの労働者を無事に逃がすこと。エディのやらねばならないことは多い。

    各章のタイトルに有名なジャズ・ナンバーの曲名が使われている。第四章はビリー・ホリデイで有名な「奇妙な果実」。黒人の死体が木の枝にぶら下がっている光景を果実に喩えたこの曲の名が何故と思っていると、差別を受け、次第に追い詰められてゆくユダヤ人の運命の暗喩となっている。もちろん、本作の表題も有名なデューク・エリントンのナンバーだ。ジャズ好きでなくとも一度くらいは耳にしたことがある有名な曲ばかり。頭の中で流れる音楽に耳を澄ませながら読み進めるのも一興。

  • 評判がとてもいいので読んでみた。でも、ちょっと苦手だったかも。語り手である「ぼく」の声が最後までどうしても「ぼく」の声として聞こえてこなかった。よくできたあらすじをひたすら読み続けてるみたいな気がした。ストーリーも、題材も、ひとつひとつのエピソードも、込められたメッセージも、とても秀逸なのはわかるのに、とにかくはまれない。その理由は、外国を舞台にした小説が日本人によって書かれているから、では断じてない。文章がかっこよすぎたのかな(あえてそうしているのはわかるけど)。同じ年頃の同じようにクールな男の子を主人公にした山田詠美『ぼくは勉強ができない』の場合、彼の声は最初から最後まではっきりと聞こえてきた。何が違うのだろう。ただ、私にとって、この物語が与えてくれた希望は、いつ天災や戦争が起こるかわからない現代の日本で、もしかしたら「息子」たちはこの「ぼく」と仲間たちのようにときにかっこよく、ときにかっこわるく、生き延びてくれるかもしれない、そう思えたこと。

  • 【スウィング・ユーゲント達の青春】
    まあもちろん傑作。

    ナチス政権下のドイツ、ハンブルクで社会をコケにしてナチスをコケにして、生きることもどこかコケにしつつジャズに熱狂していた通称「スウィング・ユーゲント」(自称はスウィング・ボーイズでクラブでは思い切り英語を使っていた「嫌な奴ら」だったらしい)達の青春群像劇、、という体裁だが、いわゆる青春ドラマの青春を想像すると肩透かしをくらって痛い思いをするような、なかなかに陰惨で、けれど強かなユーモアに支えられた、つまり優れて文学的で芸術的で、生きることの惨めさと美しさを思い出させてくれる素晴らしい作品である。

    例によって佐藤亜紀の小説なので!恐らくは膨大な資料蒐集の成果は圧倒的で、ハンブルク市内をまるで見てきたかのような活力に溢れた描写があって、市街爆撃と市街復興の対比はグロテスクなほどに鮮やかで美しい。
    (ハンブルク市内で強制収容所の収容者が事実上の「派遣業務員」として強制労働に従事していたというのは初めて知ったが、未だ研究が続いている比較的新しいトピックらしい)

    そして戦争状態の地獄に住まう人間達のただただ人間らしい営みにも惹きつけられた。

    あまりにも醜く、しかしあまりにも美しく、あまりにも愚かで、しかしあまりにも狡猾で、呆れたことに時として驚くほどの情愛に囚われて生きることを止めようとしないその姿が愛おしいのである。

    何と素晴らしい小説であろうか。

    そして、人生とは何と素晴らしいのだろう。

  •  ジャズなんてまったく分かりません!な自分が、iTunesでジャズの曲をポチポチ買うようになってしまいました。もちろんこの小説の空気をより感じたいがためなんですが、「The World is Wating for the Sunrise」を聞くと、同タイトルの章の、工場でこの曲がかかるシーンや緊張から解放に向かう空気が浮かんできて、イントロだけで涙腺が緩みます。
     各章に曲名が付けられていて、曲が物語に寄り添って進んでいる(と思う)のですが、前半で一番印象的だったのは「IV 奇妙な果実(Strange fluit)」でした。ジャズに暗くてもStrange fluitというタイトルだけで、それなりに身構えて読んでいったのですが、マックスの祖母が「あたしたちは人間ではなくなってしまった」とつぶやきながら真綿で締められるように自死に追いつめられていく姿には、人の尊厳を奪うことの酷さについて考えさせられました。また社会の仕組みをいじるだけでこのような残酷なことが簡単に行われてしまうことへの恐ろしさをまざまざと見せつけられました。そんな中でリーベンス兄弟の“尋常ではないアイデアで生き延びる”逞しさには救いを感じざるを得ませんでした。
     主人公も社会的にはいわゆる「不良」という位置づけですし、リーベンス兄弟も父親たちに「ろくでなし」呼ばわりされてしまうわけですが、そうあらなければ生きていけない社会の方が間違っているというエディたちの姿勢は首尾一貫としていて読んでいて爽快でした。後半登場するエッピンガーのブレっぷりとは対照的だったのも面白かったです。
     ちなみに主人公たちが裕福な家庭だということでアルスター湖をヨットで乗り回すシーンが頻繁に登場するのですが、地図と併せて湖のある都市として描かれるハンブルグの町が印象的でした。

  • イヤー,面白かったなあ.
    第2次大戦中にハンブルグでジャズにハマり無軌道(というのは言いすぎか?)に暮らす少年達,,,,という前半を経て,後半は連合軍の反撃も始まって敗戦が迫り,だんだん悲惨な状況に.しかしその「悲惨」は,戦時下に生きる少年達(絶対に戦場には行きたくない!)の逞しさを描くことによって,逆に浮き彫りになるような感がある.
    いや,本当に逞しくて痛快だった.

  • Twitterで推薦している人がいたので手に取った一冊。
    著者は歴史や文学、美術などに造詣が深く、資料などの下調べも入念にされる作家と誰かの書評で読んだが、ナチス政権下のハンブルクが舞台で日本人は一人も出てこない、それなのにとてもリアリティが感じられた。本の末尾に書き連ねられている参考文献にとどまらず、論文などたくさんの資料にあたられたのだろう。

    ハンブルクは商都で、自由都市として自治権が認められていたという背景があり、他のドイツ都市とはナチスへの忠誠心も異なっていたようで、そのあたりの事情にもまったく知識がなく、興味深く感じた。

    一方で連合国は大戦末期に容赦なく空襲を行なっており、その記述がなまなましく、痛々しい。

    ドイツで敵性音楽であるJAZZにのめり込む若者たちは、小説の始めでは僕には鼻持ちならない感じがしたのだが、ナチス体制への反抗の真摯さ、拷問を受けてもまったく怯まずしたたかに生きていく姿に打たれていくこととなった。

    自分がこの時代に生まれていたらどの立場にたったのか?

    ナチスに関する映画や小説に触れるといつもそのことを思う。
    自分がアイヒマンの立場に立ったら、いや、今の自分の中にアイヒマンはいないのか?
    そんなわけない、と断言はできないと今も思っている。

  • 前半は青年たちの甘酸っぱさもほろ苦さも兼ね備えた秀逸な青春小説、後半は凄惨な戦争小説、と云うとあっさりしすぎかもしれません。前半部分で「佐藤亜紀さんも年取ったなあ」とか失礼な事が過りましたが、後半でそんな事は全く無いな!これこれ!!みたいな…。
    相変わらず、カネも容姿も持ってる賢しい青年(主人公)が物理的に痛い思いをする小説で右に出る人が居ないよなーとか。
    個人的にはマックス大好き。

  • 第二次世界大戦下のドイツ。
    敵性音楽とされたジャズに魅せられ、刹那的に、けれどしたたかに逞しく生き抜く少年達の物語。

    ゲシュタポの横暴やユダヤ人迫害の過程、そして空襲といった悲惨な戦争描写がありつつも鬱々としないのはエディの飄々としたキャラクターのせいかも。
    彼は友人達とつるみ富裕層の御曹司という立場を最大限利用して男女で踊り狂い、兵役を逃れ収容者を匿い、海賊版のレコードを作って売り捌く。
    単に甘やかすだけではなく、彼に自分では果たせない夢を内心託していたであろう父親のハンブルグ空襲時の描写が切なかったけれど、戦争を否定しナチス政権の裏をかいて「解放」まで辿り着く彼らの姿は痛快でもあった。

  • ジャズ小説ではないです。戦争&ギャング小説。ジャズ演奏の描写もありますが踊るための音楽だった時代のお話。ほろ苦い青春小説でした。

  • うわー、ナチス支配下でのジャズの…ってあたりの大まかなあらすじは知った上で読んだけどこれは引き込まれる。思った以上に戦況の描写ががっつり書かれてたりするんだけど、全体を流れるスウィングって感じがずっと最後まで途切れないのがすごい。

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2017年 『スウィングしなけりゃ意味がない』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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