スウィングしなけりゃ意味がない

  • KADOKAWA (2017年3月2日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (344ページ) / ISBN・EAN: 9784041050767

作品紹介・あらすじ

1940年代、ナチス政権下のドイツ。
金もあるし、暇もある。
無敵の悪ガキどもが、夢中になったのは敵性音楽のジャズだった――!

1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ15歳の少年エディは享楽的な毎日を送っていた。戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段もある。ブルジョワと呼ばれるエディと仲間たちが夢中なのは、”スウィング(ジャズ)”だ。敵性音楽だが、なじみのカフェに行けば、お望みの音に浸ることができる。ここでは歌い踊り、全身が痺れるような音と、天才的な即興に驚嘆することがすべて。ゲシュタポの手入れからの脱走もお手のものだ。だが、そんな永遠に思える日々にも戦争が不穏な影を色濃く落としはじめた……。一人の少年の目を通し、戦争の狂気と滑稽さ、人間の本質を容赦なく抉り出す。権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦中、ドイツ北部に位置する港湾都市ハンブルクの話。戦時下だというのにクラブに通いつめ、軽やかにステップを踏み、ピアノやクラリネットを奏してジャズに明け暮れる若者たちがいた。その名も、スウィング・ボーイズ。えっ、ナチスドイツの国でジャズ?と驚く向きもあろうかと思うが、ハンブルクは中世以来ハンザ同盟の自由都市として知られ、正式名称は自由ハンザ都市ハンブルクという。

    つまり、同じドイツといっても首都ベルリンほどナチに傾倒していない人々が多かった。会社社長などは当然党員であったが、面従腹背の姿勢でほどほどに付き合っていたのだ。その息子たちは、父親が形だけでもナチのシンパになっていることに腹を立てていた。主人公が憧れるデュークという上級生に至っては、軍の英雄である父親と取っ組合いの喧嘩をして、双方とも血まみれになってもやめないほど。

    それにしても、これが日本人が書いた小説、というから驚く。はじめは海外小説の翻訳だと思ったくらいだ。日本の小説は海外を舞台にしていても、主人公は日本人だったりすることが多いのだが、出てくる人物はドイツ人やユダヤ人ばかり。日本とは何の関係もない。現地取材もしたのだろうが、当時の資料を駆使して自在に戦時下のハンブルクを描き出す。

    ハンブルクにはドイツの潜水艦基地があり、造船所などの軍需産業も多く大空襲を受けている。無論その時の様子も出てくるが、前半は、ギムナジウムに通う十五歳の主人公エドワルト・フォス(通称エディ)が、ピアノの天才少年マックスや、ヒットラー・ユーゲントのスパイをやらされているクー。何をやらせても格好いい上級生のデュークといった面々に出会うことにより、次第にジャズに嵌ってゆくところを描いていて、アメリカの青春映画をなぞっているような気分だ。

    戦争中だというのに当時の日本の様子と比べると嘘みたいに明るく、陽気で派手でオシャレで、いったいこの差はなんだ、と憤りたくなるほど。まあ、差は確かにある。というのも、日本の小説や映画に登場する当時の青少年は、優等生とは言わずとも、まあまあ普通の家の子であることが多い。一億総中流といわれる時代にはまだ早いが、とんでもないブルジョアが主人公になったりはしない。

    エディの家は祖父の代に稼業で成功し、父の代には軍需産業の経営者に成り上がる。家にはプール、自家用車はマイバッハというブルジョアだ。エディがつるむグループは、ハンブルクの産業界を牛耳る社長や軍の幹部といったお偉いさんの子弟が中心で、あと何年かすれば彼らが父親に代わって、市の経済を支える重鎮となる。親の七光りをいいことに、休日にはクラブやカフェに入り浸り、酒と女と音楽を楽しんでいる。早い話がセレブの不良グループだ。

    卒業すれば、ふつうは入隊が待っているが、エディは父の会社に入ることで入隊が免除される。軍事教練さえこなしておけば問題はなかったはずなのだが、ある日マックスに話しかけられたのをきっかけに、エディはどんどん深みにはまってゆく。すべてはジャズのせいだ。マックスはジャズを聴くためにクラブに行きたいが、服装がダサくて入れてもらえない。その点エディなら、ツウィードやフランネルのダブルブレストのブレザー、トレンチ・コートから靴まで、ワード・ローブは完璧だ。

    マックスにお古を貸す代わりに、ちゃっかり仲間入りしたエディは、すっかりその雰囲気に嵌ってしまう。ウィスキーを飲み、女の子と踊っているところをゲシュタポの手入れを受け、逮捕される。初犯であることを理由に放免された後も、エディはジャズから離れられなかった。マックスのピアノは上達し、アディという女の子のクラリネット吹きとも出会えた。親父の会社の社員の息子のクーにもお古をやって仲間に引き入れる。ジャズと酒とパーティの退廃文化を満喫していたエディを襲ったのはまたもやゲシュタポだった。

    二度目とあって父親も救いきれず、鑑別所送りにされたエディは、壮烈な洗礼を受ける。志願すれば助けるという相手に、刑期を務めあげないうちは入隊しないと言い張るエディ。業を煮やした所員らは、エディを散々痛めつける。縞服の収容者たちと同じ場所で穴掘りをさせられたエディの前で次々と人が死んでいく。それでも志願を拒否し続けるエディ。彼はここで筋金入りの反ナチとなる。この小説の面白いのは、ナチに反抗するのが、主義者でも何でもない、ただの金持ちの不良少年であることだ。

    ただの不良どこではない。禁制のジャズをレコードやBBCの放送から録音して海賊盤を作り、地下に潜ったユダヤ人の手を借りて闇のルートに流し、ぼろ儲けをする才覚も持っている。しかし、それは金が目的ではない。好きな音楽を聴く自由を誰にも邪魔されたくないからだ。もちろん、マックスのピアノ演奏を録音したレコードも作る。ユダヤ人丸出しの名前を付けたレーベルで、ひそかに流れ出したそれは評判を呼ぶ。

    クライマックスは、ハンブルク大空襲。第二次世界大戦を扱った小説や映画で大量に目にするのは連合軍側の視点で描かれている。しかし、ドイツの側から見ればそれは地獄だ。しかも、複雑なことに、ナチを嫌うエディが願うのは、連合軍の勝利によってこの戦争が終わることだ。狂気のヒトラーは、敗北するくらいなら自分たちの手で一切を焼き払えと命じる。工場を再建すること。ユダヤ人その他収容所から徴用されてきた多くの労働者を無事に逃がすこと。エディのやらねばならないことは多い。

    各章のタイトルに有名なジャズ・ナンバーの曲名が使われている。第四章はビリー・ホリデイで有名な「奇妙な果実」。黒人の死体が木の枝にぶら下がっている光景を果実に喩えたこの曲の名が何故と思っていると、差別を受け、次第に追い詰められてゆくユダヤ人の運命の暗喩となっている。もちろん、本作の表題も有名なデューク・エリントンのナンバーだ。ジャズ好きでなくとも一度くらいは耳にしたことがある有名な曲ばかり。頭の中で流れる音楽に耳を澄ませながら読み進めるのも一興。

  • 3.84/435
    内容(「BOOK」データベースより)
    『1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ15歳の少年エディは享楽的な毎日を送っていた。戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段もある。ブルジョワと呼ばれるエディと仲間たちが夢中なのは、“スウィング(ジャズ)”だ。敵性音楽だが、なじみのカフェに行けば、お望みの音に浸ることができる。ここでは歌い踊り、全身が痺れるような音と、天才的な即興に驚嘆することがすべて。ゲシュタポの手入れからの脱走もお手のものだ。だが、そんな永遠に思える日々にも戦争が不穏な影を色濃く落としはじめた…。一人の少年の目を通し、戦争の狂気と滑稽さ、人間の本質を容赦なく抉り出す。権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。』


    冒頭
    『ランゲマルクという村の名前を聞いたことがあるだろうか。ぼくは知っている。名前だけは。まだあるのかどうかは知らないが、イープルのそばらしい――こっちの名前はきっと誰でも知っているだろう。ぞっとする人もいるだろう。』


    目次
    Ⅰ ピック・ユアセルフ・アップ
    Pick Yourself Up
    Ⅱ 踊るリッツの夜
    Puttin' On The Ritz
    Ⅲ アマポーラ
    Amapola
    Ⅳ 奇妙な果実
    Strange Fruit
    Ⅴ 夜も昼も
    Night and Day
    Ⅵ 残念なのは誰?
    Who's Sorry Now?
    Ⅶ 赤い帆に黒いマストの船
    Blutrot die Segel, Schwarz der Mast
    Ⅷ 楽しくない?
    Ain't We Got Fun?
    Ⅸ アラバマ・ソング
    Alabama Song
    Ⅹ 世界は日の出を待っている
    The World Is Waiting for the Sunrise
    跛行の帝国


    『スウィングしなけりゃ意味がない』
    著者:佐藤 亜紀(さとう あき)
    出版社 ‏: ‎KADOKAWA
    単行本 ‏: ‎344ページ

  • ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで暗躍するスウィング青少年たちを描いた青春譚。
    まるでジャズの即興のように、1940年前後の街を駆け抜ける鮮やかな筆力に度肝を抜かれた。面白い!
    そしてこれを日本人が書いたの?翻訳じゃなくて?と戸惑った。
    この取材力と知識量は何…と呆然。
    物語に物理的な力があるとしたら、たぶん読了後に昏倒して三日は寝込んでいると思う。

  • 評判がとてもいいので読んでみた。でも、ちょっと苦手だったかも。語り手である「ぼく」の声が最後までどうしても「ぼく」の声として聞こえてこなかった。よくできたあらすじをひたすら読み続けてるみたいな気がした。ストーリーも、題材も、ひとつひとつのエピソードも、込められたメッセージも、とても秀逸なのはわかるのに、とにかくはまれない。その理由は、外国を舞台にした小説が日本人によって書かれているから、では断じてない。文章がかっこよすぎたのかな(あえてそうしているのはわかるけど)。同じ年頃の同じようにクールな男の子を主人公にした山田詠美『ぼくは勉強ができない』の場合、彼の声は最初から最後まではっきりと聞こえてきた。何が違うのだろう。ただ、私にとって、この物語が与えてくれた希望は、いつ天災や戦争が起こるかわからない現代の日本で、もしかしたら「息子」たちはこの「ぼく」と仲間たちのようにときにかっこよく、ときにかっこわるく、生き延びてくれるかもしれない、そう思えたこと。

  • こういった若者が、実際に存在したことに驚き。ジャズがこれほどドイツ人にとって欠かせないものだったとは。
    ブルジョワのそれなりのお坊ちゃんの、若かりしときのちょっとした抵抗、で終わるかと思いきや、徹底して反戦、反ナチ、反権力を貫くのは意外。
    ジャズの曲名を使った章タイトルは、曲がわからず残念。知っていればより楽しめるのでは。

  • ナチスに支配されたドイツ・ハンブルクで暮らすブルジョア階級のエディが主人公。彼や友人たちはゲシュタポの監視をかいくぐって、ジャズで踊り明かすパーティーを楽しむ。彼らはナチの思想に全く興味はなく愛国心の欠片もない。ただ好きなものを好きなように楽しむ自由が欲しいだけ。彼らの徹底的な反骨はクールで粋で楽しんでいるように見えるが、戦争が深刻化するにつれて、エディや仲間たちは様々な悲劇に襲われる。
    彼らがどうなっていくのかという物語にも惹き付けられるが、ここぞという場面を浮かび上がらせる筆致が素晴らしく、いくつも印象的な場面が残る。読み終わるのがほんとうにもったいなかった。

  •  ジャズなんてまったく分かりません!な自分が、iTunesでジャズの曲をポチポチ買うようになってしまいました。もちろんこの小説の空気をより感じたいがためなんですが、「The World is Wating for the Sunrise」を聞くと、同タイトルの章の、工場でこの曲がかかるシーンや緊張から解放に向かう空気が浮かんできて、イントロだけで涙腺が緩みます。
     各章に曲名が付けられていて、曲が物語に寄り添って進んでいる(と思う)のですが、前半で一番印象的だったのは「IV 奇妙な果実(Strange fluit)」でした。ジャズに暗くてもStrange fluitというタイトルだけで、それなりに身構えて読んでいったのですが、マックスの祖母が「あたしたちは人間ではなくなってしまった」とつぶやきながら真綿で締められるように自死に追いつめられていく姿には、人の尊厳を奪うことの酷さについて考えさせられました。また社会の仕組みをいじるだけでこのような残酷なことが簡単に行われてしまうことへの恐ろしさをまざまざと見せつけられました。そんな中でリーベンス兄弟の“尋常ではないアイデアで生き延びる”逞しさには救いを感じざるを得ませんでした。
     主人公も社会的にはいわゆる「不良」という位置づけですし、リーベンス兄弟も父親たちに「ろくでなし」呼ばわりされてしまうわけですが、そうあらなければ生きていけない社会の方が間違っているというエディたちの姿勢は首尾一貫としていて読んでいて爽快でした。後半登場するエッピンガーのブレっぷりとは対照的だったのも面白かったです。
     ちなみに主人公たちが裕福な家庭だということでアルスター湖をヨットで乗り回すシーンが頻繁に登場するのですが、地図と併せて湖のある都市として描かれるハンブルグの町が印象的でした。

  • Twitterで推薦している人がいたので手に取った一冊。
    著者は歴史や文学、美術などに造詣が深く、資料などの下調べも入念にされる作家と誰かの書評で読んだが、ナチス政権下のハンブルクが舞台で日本人は一人も出てこない、それなのにとてもリアリティが感じられた。本の末尾に書き連ねられている参考文献にとどまらず、論文などたくさんの資料にあたられたのだろう。

    ハンブルクは商都で、自由都市として自治権が認められていたという背景があり、他のドイツ都市とはナチスへの忠誠心も異なっていたようで、そのあたりの事情にもまったく知識がなく、興味深く感じた。

    一方で連合国は大戦末期に容赦なく空襲を行なっており、その記述がなまなましく、痛々しい。

    ドイツで敵性音楽であるJAZZにのめり込む若者たちは、小説の始めでは僕には鼻持ちならない感じがしたのだが、ナチス体制への反抗の真摯さ、拷問を受けてもまったく怯まずしたたかに生きていく姿に打たれていくこととなった。

    自分がこの時代に生まれていたらどの立場にたったのか?

    ナチスに関する映画や小説に触れるといつもそのことを思う。
    自分がアイヒマンの立場に立ったら、いや、今の自分の中にアイヒマンはいないのか?
    そんなわけない、と断言はできないと今も思っている。

  • 第二次世界大戦下のドイツ。
    敵性音楽とされたジャズに魅せられ、刹那的に、けれどしたたかに逞しく生き抜く少年達の物語。

    ゲシュタポの横暴やユダヤ人迫害の過程、そして空襲といった悲惨な戦争描写がありつつも鬱々としないのはエディの飄々としたキャラクターのせいかも。
    彼は友人達とつるみ富裕層の御曹司という立場を最大限利用して男女で踊り狂い、兵役を逃れ収容者を匿い、海賊版のレコードを作って売り捌く。
    単に甘やかすだけではなく、彼に自分では果たせない夢を内心託していたであろう父親のハンブルグ空襲時の描写が切なかったけれど、戦争を否定しナチス政権の裏をかいて「解放」まで辿り着く彼らの姿は痛快でもあった。

  • うわー、ナチス支配下でのジャズの…ってあたりの大まかなあらすじは知った上で読んだけどこれは引き込まれる。思った以上に戦況の描写ががっつり書かれてたりするんだけど、全体を流れるスウィングって感じがずっと最後まで途切れないのがすごい。

  • ジャズ詳しくないけど、不良の音楽なのだな!

  • 最高にイカれた状況下、最高にイカした道をいくスウィングボーイズ。

    毎度のことながら日本人が日本語で書いてるのが信じられない、ストーリーも文章もさすがの佐藤亜紀。凄い。

  • ナチス全盛、まだホロコーストも本格化される前のドイツ ハンブルク。民主主義を象徴する頽廃音楽であるスウィングジャズを愛する少年エディと仲間たち。彼らはヒトラーユーゲントなどのナチのシンパを巧くかわしながら、音楽に合わせてステップを踏む暮らしをしてきた。
    しかし、ナチスが勢力を伸ばし、ユダヤ人への圧政が増し、更には英米の抵抗にあって形勢が逆転するにつれて、強い締め付けを受けることになる。
    あるものはユダヤ人というレッテルを貼られ、地下に潜る。あるものは家を追われ、家族と離れ離れに。そして、愛する人の消息も見失う。
    それでも、圧迫に抗いながら、スウィングし、ステップを踏み続けようとするが、やがてその圧力はエディにも伸びてくる…

    前半はエディがのしかかるナチスの圧力をすり抜けて、クレバーに生き抜く姿を応援し、中盤からはすり抜けきれず、仲間がナチスの圧力の犠牲になっていく姿に焦燥を覚える。

    しかし、これを日本人の作家が独力で書いたということに驚嘆する。まるで、ドイツの作家が書いた小説の翻訳と聞いても疑わないほど、街の様子や登場人物が活き活きとリアルだ。

  • ナチス政権下のハンブルクで頽廃音楽とされたジャズに熱狂するボンボン達。エディと仲間はガチムキのナチ・ユーゲントをダサいと斬り捨て「お馬鹿の帝国」に対し真剣な不真面目さをもって抵抗する…。アーリア人の血の比率を重視する人種政策の馬鹿らしさや、国家をかさに着て徒党を組む連中の下劣さをエディは嘲笑う。しかし読んでいて、今これと似たものをよく見るよね?と思わずにいられない。だからエディの言う「狂った牢獄を祖国とか呼んで身を捧げる奴なんかいるか?」「この国が、ぼくには邪魔だ」という言葉が最高にしびれる。

    「ものっそい」とか「誰得だよ」とかの今どきな会話も魅力で、イキるユーゲントたちが、メラ―教授にコテンパンに論破されてさー、とワイワイいってる話とか、エディが目障りな曹長を「道徳的に」足腰立たなくさせた際にマックスが「山の老人は……」とナレーションを入れるシーンなんかもうケッサク。(2017)

  • 佐藤亜紀さんらしからぬタイトルだなぁと思いはしたものの、やっぱりタイトルからは想像もしなかったお話だった。
    大戦下のドイツ、ハンブルク。ブルジョワな若者たちの放蕩な行動とその行く末を、敵性音楽であるジャズに託して、また冠して、物語は進んでいく。序盤はまるでアメリカングラフィティのような世界観なのに、その背景には常に戦争とナチが横たわり、とうとうやってくる中盤のハンブルク爆撃以降は目を覆わんばかりの凄惨な描写が続く。時代に翻弄される若者を、佐藤さんは描き続ける。いや、たまたま読んだものがそうだっただけかもしれないけれど。

    それにしても著者の膨大な知識と主人公への憑依力はとにかく凄まじい。物事のディテールは微に入り細に渡り、登場人物は誰からも創作されておらず、各々が各々で各々の人生を生きている。小説のタイプはいろいろあるけれど、その中のひとつの頂点にいるのは間違いないと思わずにいられない稀有な作家であると思う。

  • 第二次世界大戦下のドイツ、ハンブルク。
    父親がベアリング工場を経営し裕福な家庭に育ったエディはナチやユーゲントを「ださくてくだらない」とみなし、ジャズに傾倒する。
    時勢が不穏になっていく中、まるですべてを打ち捨てるかのように未成年のうちに酒を飲み、踊り狂い、ナチスに抵抗する若者たちの物語だ。

    戦時中にこうした行動をとる「スウィングボーイ」は実在したらしく、史料も多数残っているらしい。そのことに驚く。

    政府批判、体制批判をするのは若者の通過儀礼としても、同じ時代の日本ではありえなかったろうと思う。
    欧米という文化がより近く身近にある中で育った土壌が生み出した抵抗勢力。ヒステリックなまでに陽気で洒落た若者たちが醸成する空気が魅力的だった。

    前半はただの考えのない放蕩息子にしか思えなかったエディが、時局が悪化していくに従い、「徹底した放蕩息子」としてふるまっていく様に、うわべは迎合しても常に政局を斜に見る視線の鋭さに、軽妙な語り口ではごまかしきれない時代の重みに、強く引き込まれる。

    安価な労働力として使役するはずの収容者を衰弱させて殺すことを馬鹿だと罵り、何分の一ユダヤ人、という破たんした「アーリア人とユダヤ人」の区分けを意味が分からないと憤る。
    裕福なアーリア人であるからには守られ優遇されているのだけれど、だからといって戦時中の彼らが安穏としているわけでも、心が安らいでいるわけでもない。

    ペルヴィチン(=ヒロポン)の錠剤を貪りながら生き延びようとするエディの姿は印象的で、読み終えた後、まったく知らなかった歴史の側面を見た気がした。

    ペンは剣よりも強し、という言葉があるけれど、音楽もまた剣よりも強いのだ、と思う。音楽の力。言葉の力。
    絶望的な環境の中であっても、その力があるのだ、ということは希望だと感じる。

  • 佐藤亜紀ってやっぱりすごいな、としみじみ思わされる1冊。重さと軽妙さの加減が絶妙。エディが、高尚な思想信条なんか知るか、ただただ自分の美学に合わないから絶対に従わないって嘯いて圧倒的な暴力にボロボロにされても小馬鹿にしたような顔で笑って時代と国に対する強烈な抵抗を貫き通す感じがたまらなかった。ナチスなんか嫌いだ、奴らの野暮ったさに耐えられないって言っている本人がナチスの幹部だったりその息子だったり、なんかすごいリアルでね…。エディの両親の優雅なる最期のシーンが、自分の生きてきた理想と現実の乖離に耐えられなくなって逃避した感じ、妙に生々しくて、それでもエディが両親を葬って、工場の経営を引き継いでって言うところもバランスすごかった。この人ほんとにヨーロッパの悪ガキ書かせたら絶品。素晴らしい作品でした。ところで主人公がやたらボリボリとペルビチンというタブレットを噛んでるので、なんだろうこれはフリスク的なものなんだろうか、でも過剰摂取で調子悪いとか死ぬとか言うてるし、と思ってたら、これ覚せい剤なんだそうな。知らんかった。

  • ★4.0
    ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。同じ時代に生きて彼らを目の当たりにしていたら、「金持ちの坊ちゃんたちの呆れた道楽」と白い目で見ていたかもしれない。が、とっくに“お馬鹿な帝国”を見限り、好きな音楽を好きなように楽しむエディたちの姿が、次第に粋に思えてくる。富裕層として暮らす余裕と庇護はあるけれど、彼らが命に代えても謳歌しようとするのは“自由”に他ならない。だからこそ、後半の鑑別所生活と容赦ない爆撃、近しい人たちの死が本当に辛かった。そんな後に迎えるラストは清々しく、思わず歌って踊り出したくなる!

  • イヤー,面白かったなあ.
    第2次大戦中にハンブルグでジャズにハマり無軌道(というのは言いすぎか?)に暮らす少年達,,,,という前半を経て,後半は連合軍の反撃も始まって敗戦が迫り,だんだん悲惨な状況に.しかしその「悲惨」は,戦時下に生きる少年達(絶対に戦場には行きたくない!)の逞しさを描くことによって,逆に浮き彫りになるような感がある.
    いや,本当に逞しくて痛快だった.

  • あまりにもすごい

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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