角川まんが学習シリーズ 世界の歴史 4 唐・シルク=ロードとイスラーム教の発展 四〇〇~八〇〇年 (4) (角川まんが学習シリーズ)
- KADOKAWA (2021年2月25日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041054215
作品紹介・あらすじ
古代の帝国が滅び、新たな秩序がユーラシアに打ち立てられる時期です。東アジアでは隋と唐という帝国ができ、西アジアから地中海南岸ではイスラーム教を奉じるウマイヤ朝が広大な地域を支配します。ローマ帝国は東西に分裂し、ビザンツ帝国とフランク王国が成立します。これらユーラシア各地を結ぶ陸と海の交通路であるシルク=ロードを通って、多様な商品や文化が活発に行き交いました。
【目次】
もしも「シルク=ロード」が何でもそろうデパートだったら…!?
第1章 ゲルマン系諸部族の大移動
第2章 イスラーム教の誕生
第3章 陸と海を結ぶシルク=ロード
第4章 隋から唐へ
感想・レビュー・書評
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「もしも「シルク=ロード」が何でもそろうデパートだったら」
では羽田正先生が半纏姿で登場。
笑ったー。
ゲルマン系諸部族の大移動
イスラーム教の誕生
陸と海を結ぶシルク=ロード
隋から唐へ
あまり知らなかったことが詳しく描かれていて
今回もとても面白かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
アラブ人の祖とされるイシュマエルを産んだアブラハムの妻サラの奴隷は、ハガルという名前だったのか。
ハガルはアブラハムの子を産んだけれど、妻ではなくあくまで奴隷だった。
実際に、アブラハムの妻サラがイサクを産んでからは、さらに懇願されたアブラハムによって砂漠に追い出されたし。アラブ人の誕生に関するこの伝説があったから、ムハンマドは複数の妻をもってもよいけれど平等に扱うようにという戒律を定めたのかもしれない。
カルバラーの悲劇
https://www.y-history.net/appendix/wh0501-041_1.html
ムハンマドの孫であるフサインは、何を考えて72人で4000人と戦うことにしたんだろうと思っていたけれど、クーファの町で決起するために向かう途中で、その情報を手に入れたウマイヤ朝カリフのヤズィードがクーデター阻止のために4000人の兵を差し向けたということだったらしい。
クーデター情報が筒抜けだった時点でシーア派の負けは決まっていた。
唐は人々の往来を禁じていたが、鑑真は聖武上皇の要請に応じ、法を破って日本へ渡来した。
阿倍仲麻呂が唐で皇帝に仕えていたのと同じ時期だった。というか、鑑真が日本に来られるように、阿倍仲麻呂が手を貸した。阿倍仲麻呂は鑑真が日本に来た時と同じ船団の違う船に乗っていたけれど、阿倍仲麻呂の乗っていた船はベトナムで難破してしまったので、また唐へ戻った。でも阿倍仲麻呂が長安へ戻ったのと同じころに、安禄山の乱が起こり唐の内政は混乱していく。
「長安における流行の最先端は主にソグド人がもたらした西方の文化であり、彼らが持ち込んだ新しい衣服や食べ物、音楽は胡服、胡食、胡楽と呼ばれた。
また酒場のソグド人歌姫や女性ダンサーは胡姫と呼ばれ、胡旋舞という踊りを舞う彼女たちは、長安の詩人や若者たちの憧れの的であった。
なお、現在も使う名称の胡麻、胡桃、胡瓜などの物産名につく「胡」は「西方から伝来した」という意味である。
今では東アジアでも一般的な小麦を粉にしてパンなどの形にして食べる文化はこの時代に西方から伝わったものであり、ソグド人とシルク=ロードがなければ、餃子も肉まんも生まれなかったと言える。」
「漢人とは、出身に関わらず、中国文化を受容して、文化的なまとまりをもつ集団をさす。」
・漢人としての意識
・漢字の知識を持つ
・身なりの違いで異民族との区別を示し、家族道徳を重視する -
マルクスアウレリウス以降のユスティニアヌスあたりまでのローマ史がけっこう濃い。私らの時代とはぜんぜんちがうわ。
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交易の重要地域としてのユーラシア中央部。
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イスラム教、隋、唐かなり駆け足かなあ