浮雲 (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041061534

作品紹介・あらすじ

第二次大戦下、義兄の弟との不倫に疲れ仏印に渡ったゆき子は、農林研究所員富岡と出会う。様々な出来事を乗り越え、二人は屋久島へと辿り着いた――。敗戦後、激動の日本で漂うように恋をした男と女の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 戦時下、仏印で出会ったゆき子と富岡はすぐに恋に落ちるのですが、富岡には日本に残してきた妻がありました。2人にとっての戦争はまるで他人事のようです。この仏印の明るく、美しい自然の中で彼らは熱烈に愛しあいました。けれど、戦争が終わり、敗戦を迎えた日本へ帰国したゆき子は先に帰国した富岡の心がすでに自分から離れていることを知ります。
    あの美しく幸せだった異国での時間と暗く雨が降り続く貧しい日本での時間。この対比があまりにも明暗を分けてるせいか、この2人のにっちもさっちも行かない関係性が余計に鬱々としてきました。追っては逃げる。逃げては追う。まるでお互いに幸せを放棄する事でお互いを雁字搦めに縛り付けているようでした。
    ゆき子は日本に帰ってきてから、ちっとも幸せなことなんてなかったと思います。それでも綺麗事なんて一切放棄して自分の足で立ち上がろうとする姿は、貧乏生活からどんなことをしてものし上がろうとしてきた林芙美子の姿が重なってきました。ただ愛する人と一緒になりたい、そのことだけがゆき子が生きていく命綱だったと思います。
    過去の幸福な思い出に捕らわれることで、ゆき子は富岡のことをどうしても手放すことが出来ませんでした。
    反対に富岡は今のどうしようもなく堕落した生活を送っているが故、過去の思い出は眩しすぎて蓋をしておきたかったんだと思います。病床の妻もかえりみず、ゆき子の気持ちを疎ましく思いながらもズルズルと断ち切ることもせず、それでいて出会う女々と関係していきます。それはゆき子の死後も続いていき、もう、どうしようもない男です。
    終戦になり、これからに希望を持って立ち上がることの出来る人も勿論沢山いたことでしょう。けれど、戦争に負けた。全てを失った。この退廃的な焦燥感を埋めることが出来ずに、救いようのない気持ちを持っている人たちも沢山いたと思います。ただこの世を漂っているだけの男がいたことも、戦争がもたらした悲劇のひとつだと思えば、私には責めることは出来ないな…と感じました。

  • 林芙美子の作品を読みたくて放浪記、そしてこの浮雲を読み終えました。
    テンポのいい文章にこの読みやすい作風はまさに秀逸。
    私はすっかり彼女のファンになってしまいました。
    他の作品も探しての読みたいと思います!!
    いくつも印象に残る文章がありましたが、私は特に六十一の最後に信じていない神に対して祈る富岡の一文がとても胸を打ちました。
    読んでいて不思議と心地よく、過酷な時代背景と共に彼女の代表作と言われる所以が分かる気がしました。

  • 昔から不思議だったことがある。どうして人は幸福を目指さねばならぬのか。最近わかってきたのはそれは誰かを恨まずに生きるためだということ。

    想像を超える泥沼。1日のうちにふっと思い出して暗い気持ちになる。ただ日本語が読みたかっただけなのに。
    安吾の堕落論の主張が、真実味をもって感じられる。落ちるところまで落ちてからが本当の始まり。その落ちるところ、が具体的で感情的にわかる。でも、最低限文明的な生活ができないと人の心は荒むのだな。という感想。特に押し付けられた不便や危険に立ち向かえるほど人の心はきっと強くない。

    男は身勝手だし女は惨めだし、読んでいてもう2度と恋などしたくないと思わされる一冊。ちょっとこの本だと度が過ぎているけれど、男と女は全く別のファンタジーをみているのだ。というダブル ファンタジーの結論に結びつく。本と自分の距離感を試される。

    現実の世界では、生きた人間同士で、お互いを理解すると云う事は、どんな激しい恋愛の火中にあっても、むずかしいのであろう(226ページ)

    解説が面白い。富岡のようなひたすら駄目な男に夢中になるのは現実味がない。女は経済力がないから依存するのだ。というところ。女にとって初めて自分から好きになった男が一生特別であるのはさして違和感ないと個人的には思います。どんなに駄目でもひもでも、その存在がちらつく限り手を伸ばしてしまうのだ。富岡がゆき子こそ一番自分に情熱をもってくれたなどと考えているが、そんなこと言って欲しくもないしそもそも間違っている。ただ、退廃的なものに対する美意識は個人的に理解できないです。廃れてゆくものは美しいという文学。斜陽、グレートギャツビー、わたしの男、うたかたの日々など。

    林業の記述が素敵。あと、みんな当たり前に使うエーテルという言葉に時代を感じる。科学的に存在を否定されてからぱったりと使われなくなった現代からすれば。

    子供の頃には想像できなかったけれど、自分は自立して生きてゆくのだと信じて疑わなかったけれど、こんなにも簡単に、女は駄目な生き物だと思い知らされるなんて。だから幸福にならなくてはならない。男や、その家庭や、その周りの幸福そうな人たちを恨んで生きていかないために。でも、たまに女友達と、あんなやつインドシナ海にでも沈んでしまえばいいのだなんて言い合えるのもひとつの豊かさかもしれない。なんて。

  • 終わり方かっこいい。急に回想が始まったりするけど読みにくくない。心理描写うまくて、真に迫る表現がちょくちょくある。
    尾道行く前にと思って林芙美子の本読んでみたものの、読むべきは放浪記の方だったみたい。お酒強い人はそれで大変だなぁと的外れなこと思った。

  • 面白かった。彼女が流行作家と呼ばれる理由が分かったような気がした。解説に書かれていた、最晩年の彼女が「かねてかきたいものを、心置きなくかき始めた。」まさにそれで、私にとっては、敗戦前後の混乱期のその当時を知る上で、見たかった風景、情景、社会情勢、人々の日々の暮らし、考え方感じ方全てが描き込まれていたように感じた。

  • 恋なのか未練なのか分からないものにしがみつき続ける男女の話。時代は敗戦直後の日本とあり、敗けた国に生きる者の閉塞感や頽廃、戦時中ベトナムで過ごした危うくも輝かしい日々への未練が、色恋にまつわる感情に陰影を添える。登場人物すべてに好感を抱けない陰鬱な話だが、敗戦後のひとの心はこんな風景だったのかもしれない。

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著者プロフィール

1903(明治36)年生まれ、1951(昭和26)年6月28日没。
詩集『蒼馬を見たり』(南宋書院、1929年)、『放浪記』『続放浪記』(改造社、1930年)など、生前の単行本170冊。

「2021年 『新選 林芙美子童話集 第3巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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