- Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041061541
作品紹介・あらすじ
会社社長の尾形信吾は、「山の音」を聞いて以来、死への恐怖に憑りつかれていた――。日本の家の閉塞感と老人の老い、そして死への恐怖を描く。戦後文学の最高峰に位する名作。
感想・レビュー・書評
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「侘しくあはれ」としか言いようのない、老齢男性の日常と心の動きの丹念かつ静かな描き方が醸す、儚く美しい余韻がひどく胸に沁みた川端康成の秀作。
終戦直後の時代。
老いのために記憶や日常動作に曖昧さが目立つようになりながらも、東京で会社を経営し、鎌倉に妻と若い息子夫婦と暮らす、かつての激動の時代を考えれば順風満帆な人生とその幕切れを待っているに見える、還暦過ぎの信吾。
しかし、復員兵である息子は新妻を放置して戦争未亡人と不倫をして暴力を奮い。
嫁いだ娘は幼児二人を抱えて、実家に出戻ってきており。
家長として家族の問題を抱えこみながら、彼は、まるで現実逃避するかのように、若くして夭逝した美しかった義姉や、無邪気で年若い義理の娘に隠れた思慕をよせながら日々を送る。
彼の胸には、常に、消えない虚しさと過去の記憶、そして、幻影が渦巻いているが、現実から逃れることはできない…。
展開としては、本当に山も谷もない作品なのだけど、四季の移ろい、つまり、短いながらも二度と遡らない時間の経過とともに丁寧に描かれる幾多の生と死、立ちはだかる家族の課題を見つめる老いの孤独な境地は、本当に胸に刺さると同時に、沁みます。
執筆から70年経った現代ですら、かなりのリアルさに、いつか自分も、過去と、現在と、家族であるゆえに逃れられずうまく解決しない課題を前にこうなることもあるのかとまで思ってしまいますが。
とはいえ、そんな生々しく身につまされなくても、川端の繊細な構成と文体を噛み締めるだけでもとても価値のあると思う作品。
決してドロドロとしているというわけではなく、むしろ年月を重ねた男の哀愁を強く感じるつくりです。
私がその文章が大好きなイタリア文学者で随筆家の須賀敦子さん(1929-1998)が愛してイタリア語に翻訳した作品と聞いてずっと読みたかった本作。
読んでみて、須賀さんがこの作品に想いを寄せた理由がわかった気がします。
無常観と物悲しさ、そして慈しみと繊細な美しさは、須賀さんの綴った文章にも共通していて。
60歳になるまで、10年単位で読み返し、噛み締めることになるかもしれないと思った作品。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
記録
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信吾の息子の修一、週一の嫁の菊子、妻の保子の姉。鎌倉に住む家族。戦争にいって人が変わってしまった気がする息子。
死んだ知人の言っていた「山の音」。
恩田陸のなにかの短編集で山の音の話があって、思い出して読んでみた。
久しぶりに近代文学を読んだが、普段の倍以上、読了に時間がかかった。多分1週間くらい。いわゆる一般的な物語小説と違ってわかりやすい起承転結がないので、全文をこぼさず読もうと思うと時間がかかってしまったのかなぁ。
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古き悪き日本。
恐らくそのせいで、
次の世代は欧米志向で自由に憧れたのでしょう。
そして続く現代の親世代は、その反動で冷静に。
主人公はおじいちゃん。
共感するには早過ぎかと思ったが、
女性は男性より早く盛りの過ぎたのを実感するものである。
30も過ぎればちやほやされなくなるし、
体力もあっという間に落ちる。
老年とはこんなものか、と
想像するには意外と難くなかった。
生々しく赤裸々に書かれた主人公の感情や執着が、期限切れの酸っぱさのまとわりつくほろ苦さ。
少し癖になる。
美味ではないが、晩酌のアテには向いている。
菊子だけが花だ。
丁寧に描写されているのに、
私の中に具体的な顔立ちが見えていないのが不思議だ。
ただ爽やかでまだ可愛らしさの残る、
好ましい女性像はしっかりと浮かんでいる。
読者がそれぞれに、
自分好みの美人顔を当てられる描き方になっていたのだろうか?面白い。
目の前の出来事に老年の記憶の断片や、
いつまでも忘れられない紅葉や義姉を散りばめた彼なりの思いを見せながら、
日常は過ぎ季節が巡る。
筆で色を重ねていくうちに、
引いていた輪郭もぼやけて陰影ができ、
色味は暗くなっていく反面、
味わいは深まる油絵のような作品だと感じた。 -
ある家族の日常が淡々と描かれる。あらすじを説明せいと言われると、そう答えるしかない。
初老の男、信吾の目線で、川が風が流れて行くように、ただただ移りゆく日々が描かれてゆく。
山なし、落ちなし。強いて言うなら、終盤の「自由」というキーワードで、ようやくあてもない流れに出口が見えたような。
淡々とした文章だが、しかし、淡白な話かというと、そうではない。
あらすじにもあるように、この作品の中には信吾の家族を中心として、多くの人物が登場する。すべて信吾の目線で話が進んでゆくので、細かな説明はないのだが、読み進めていくにつれ、散りばめられたキーワードがだんだんと一人一人の輪郭を形づくり、人物としての息づかいが感じられるようになる。しかし、その輪郭はやはりどこかぼやけていて、作品の「流れ」の中に埋もれている。主人公の信吾でさえも。揺蕩う人々、というのか。
時間自体は非常に淡々と進んでいくのだが、ところどころに、妙に生々しさを感じるエピソード、モチーフがある。信吾の物忘れだとか、慈童面だとか、信吾の左の乳のかゆみだとか、堕胎だとか。
信吾の菊子に対する感情も、「淡い恋心」というような純粋なものだけでなく、ところどころ生々しさ(抑えている欲情)を感じさせる。信吾の、というより川端の、男の願望(妄想)や欲望みたいなものが信吾を通して垣間見え、女の自分としてはなんだかなぁとちょっと引いてしまう。
そういう生々しさ。
この作品には、淡白さと生々しさが混在していて、それがある意味読んでいてとても居心地が悪く(好きかどうかは別にして、褒め言葉です)、淡々とした文体とは裏腹に、読んでいくほどじめっとしたものを感じる。
この手の作品は初めてなので、不思議な感覚。
レビュー全文
http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-512.html -
初めて読んだ川端康成の小説だった。最初に読んだときはそうでもなかったのだけれども、同期がこれで卒論を書く様子を1年間見ていたから愛着が湧いてしまった。菊子のワンピースがだらりと干してあるところの強烈さが好き。あと、菊慈童の面のシーン。各章タイトルが美しくて眺めているだけでも楽しい。
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今の時代とは違う
価値観や文化
よくも悪くも
日本人の家族関係が
ウエットなものから
ドライなものに
変わったなぁと
しみじみ思った
現代だったら
スパーンと
離婚とか別居とかに
なりそう
機微も情緒もないか...
鈴虫ブックスにて購入 -
読み始めたときは登場人物のことも、状況もわからないせいで何が言いたいのか分からない情景描写ばかりが続いて面白くないーーー!と思ったけど、話が進んできて展開がどんどん先へ先へと行く所まで読むと逆にそれが面白いと思った。
慣れてきたのか、読み解けるようになったのかは分からないけども、時間置いてまたじっくり読み直したいなと思うくらいには面白かった。 -
日本の家族という柵を良くも悪くも描いている。四季の移ろいや日常的にみられる生活風景や職場の何気ない描写も秀逸。日本の美を追い求める川端文学の真骨頂か。初老の儚い恋心も主テーマであるが、老いていく肉体については淡々と綴っていき焦りとか未練とかは嘆かない。海外の作品とはここが違う。やはり日本の美か!
AVのテーマの原点はここか、と思うところもあるが、よりエロティックで官能的と感じさせる描写はさすが。