いつかの人質 (角川文庫)

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  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041063392

作品紹介・あらすじ

宮下愛子は幼いころ、ショッピングモールで母親が目を離したわずかなすきに連れ去られる。それは偶発的に起きた事件だったが、両親の元に戻ってきた愛子は失明していた。12年後、彼女は再び何者かによって誘拐される。一体誰が? 何の目的で? 一方、人気漫画家の江間礼遠は突然失踪した妻、優奈の行方を必死に探していた。優奈は12年前に起きた事件の加害者の娘だった。長い歳月を経て再び起きた、「被害者」と「加害者」の事件。偶然か、それとも二度目の誘拐に優奈は関わっているのか。急展開する圧巻のラスト35P! 文庫化に当たり、単行本から改稿されたシーンも。大注目作家のサスペンス・ミステリー。(解説:瀧井朝世)

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、日本で毎年8万人もの人たちが行方不明になっているという事実を知っているでしょうか?

    今は2023年、そしてここは日本です。古の世ならいざ知らず、世界の他の国々でもなくそんな事実がこの国にあるとはとても信じられないと思います。しかし、信じる信じないという以前に、この国では毎日200件以上の行方不明の届けが出されているという現実があるようです。

    もちろん、全員がそのままになることはありません。行方不明になった人の9割近くは所在が判明しているようです。一方で、何らかの目的によって行方不明にされてしまう場合もあります。そう、『誘拐』です。13歳未満の子供が年間に100名以上も『誘拐』されているという現実もあるようです。私たちはニュース報道がなされて、世間で騒がれて初めてその現実を認識します。それが氷山の一角であることをこの数字は示しているのだと思います。

    さてここに、『誘拐』された一人の少女を描く物語があります。そこにはまさかのシチュエーションが展開していきます。
    
     『二度も誘拐される偶然なんてあるのだろうか?』

    この作品は、十二年という間隔を経て再び『誘拐』された少女を描く物語。そんな『誘拐』に関与を匂わせる人物を追う男性の姿を描く物語。そしてそれは、『なぜ自分にばかり二度も起こるのか』と『誘拐』された少女が絶句する他ない監禁下の地獄の先にまさかの真実が浮かび上がる物語です。

    『あの…娘が見当たらなくて』と近くの男性スタッフに『かすれる声で』告げたのは宮下麻紀美(みやした まきみ)。『お子様の特徴を教えていただけますか?お名前とか年齢とかお洋服とか』と訊かれ『宮下愛子です』、『三歳の女の子で、えっと服は…』と返す麻紀美は言葉に詰まります。『愛子は今日、なにを着ていたんだったっけ。上はウサギさんのトレーナーだっけ…』と『記憶が曖昧になっていく』麻紀美が語る最低限の情報で『すぐに全スタッフに連絡を入れます』とスタッフが離れると程なく『迷子のお知らせを申し上げます…』と放送が流れ始めました。そんな中、麻紀美は『つい三時間ほど前のこと』を思い出します。『ミラクルキッズパーク浜松』へとやってきた二人は、『特設会場でやっていたビンゴ大会に参加』しました。『ママ、ビンゴになった!』と喜んだ愛子でしたが、他にもビンゴになった子がおり抽選の結果ハズレてしまい、ひどく落胆する愛子。そんな中、『ふいに胃痛と吐き気を感じた』麻紀美。胃潰瘍と三カ月前に診断されていた麻紀美は『こみ上げてくる唾を飲み込み』愛子にトイレに行く旨伝えます。『ここから離れないでね。知らない人にも絶対についていかないこと』と語る麻紀美に『はーい』と返す愛子。そして、『〈おとのひろば〉を離れてから戻ってくるまでは、ほんの三分程度の時間だったと思う』と元いた場に『息を切らして戻ってきた』麻紀美でしたが、そこには愛子の姿はありませんでした。そして、ビンゴ会場にいた女性スタッフとさまざまな可能性について話す麻紀美は、夫に電話をかけますが『何回かけても電話はつなが』りません。三十分が経ち、『警察に連絡しましょう』と展開する状況。そんな中、最初に応対してくれたスタッフが警備員と戻ってきました。『こちらの映像をご覧いただけますか?』と『指し示された』『防犯カメラ』を見るとそこには『見知らぬ女に抱き上げられた愛子の姿』がありました。
    『お母さん、ビンゴ大会だって!』、『優奈、やりたいの?』と母子で会場へと向かったのは宮下典子。残念ながらビンゴには程遠く終わった優奈はトランポリンで遊び出します。そんな優奈を見て、『五年生の三学期から学校を休みがちになり、六年生の五月からはまだ一度も登校していない』という事実を担任から告げられたことを思い出す典子。『女手一つで』必死に家庭を守ってきた典子は仕事の忙しさから優香の実情を知らずにいました。そして、『私立中学を受験させて欲しい』という優奈のそれからの頑張りにより『第一志望の中学』に合格します。そんな今までを振り返る中に『お母さん』という声に我に帰った典子は優香の隣に小さな女の子がいるのに気づきます。自分のことを『アイコ』という女の子がビンゴで景品をもらえなかったことにショックを受けていることを知り、典子は自分が持っている違うグッズをあげようと自分の車へと連れていきます。そんな時仕事の取引先に関する深刻な電話を受けた典子は慌てて優奈を車に載せると家に帰り、家に着くと優奈を見ることなく慌てて会社へと飛び出して行きました。そして、夜中に家に帰ってきた典子が優奈のベッドを見に行くと、そこには優香に『寄り添うように身体を丸め』た女の子の姿がありました。起きた優奈に『何度も電話したんだよ』と訴えられ、慌てる典子は『…連絡しないと』とリビングへと降り電話を操作します。そんな時、『唐突に二階から泣き声が』し、アイコの姿が現れた次の瞬間、『頭から落ちた身体が、跳ね上がるように』宙を舞います。『アイコ…ちゃん?』と声をかけるも動かない姿に『死んで、しまった?』、『どうしよう。どうしたら』と思う典子は、中学に合格した優奈の未来も思い『どこかに置いてきてしまえば』と考えます。そんな中にテレビをつけた典子の目に『…三歳の女の子、宮下愛子ちゃんの行方がわからなくなりました…』というニュースと共に『防犯カメラの映像』が映ります。『もう、バレてしまっている』、『私の姿は、もう防犯カメラに映ってしまっている』と認識した典子は『警察がここにやってきても、自分と優奈が責められることにはならない方法は…』と考えます。
    ビンゴ会場を訪れた二組の母子の間に起こった予想だにできない展開。そんな展開の先に誘拐された愛子。そんな愛子にまさかの二度目の『誘拐』が待っていた…という衝撃的なサスペンス・ミステリーな物語が始まりました。

    “12年前、誘拐された少女。そして発生した二度目の誘拐事件。目の見えぬ少女はなぜ、再び狙われたのか ー。過去と現在を繋ぐのは、誘拐犯の娘。『罪の余白』の新鋭が放つ、戦慄の心理サスペンス!”という内容紹介の”二度目の誘拐事件”という言葉に引っかからざるを得ないこの作品。書名にも『人質』とある通り、一人の少女が何者かによって二度も連れ去られたという衝撃的な状況が描かれていきます。

    この作品は、〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた五つの章から構成されていますが、レビュー冒頭で触れた愛子が典子の家の階段から転落する場面までの描写は実は〈プロローグ〉に記されたものです。随分と物語は進んでいるようにも感じますが、あくまで扱いとしては〈プロローグ〉にすぎません。しかし、芦沢さんの作品の場合〈プロローグ〉が長いという特徴があり、この作品でもそれは全体の一割程度の分量を占めていますので、読み応えを感じるのは当然かもしれません。そんな〈プロローグ〉で描かれるのが一回目の『誘拐』が行われた場面です。それは上記した経緯を辿る偶発的なものでもあり、内容紹介にはこんな風に記されます。

     “宮下愛子は幼いころ、ショッピングモールで母親が目を離したわずかなすきに連れ去られる。それは偶発的に起きた事件だった”。

    母親・麻紀美がトイレに行った『ほんの三分程度の時間』の間に姿を消してしまった娘の愛子。そんな愛子のその後は〈第一章〉にこんな風に語られます。

     『かろうじて一命は取り留めたものの頭部を強打した後遺症で両目を失明した』。

    あっ、ネタバレだと思った方、ご安心ください。内容紹介にもこんな風に記されています。

     “両親の元に戻ってきた愛子は失明していた”。

    はい、私はネタバレさせていません(笑)。いずれにしても上記した〈プロローグ〉の先にえっ?と驚くような展開を経た後、一旦は両親の元に戻った愛子は、『失明』という状況の中にあってもこんな姿を見せます。

     『愛子は自分が目が見えないことで「かわいそう」と言われることが不思議でならないようで、「そりゃあ目が見えたらもっと読める本も増えるのかなとは思うけど、私は私で幸せなのに」と首を傾げている』。

    とても『社交的で行動力があ』る中学生として育っている様が描かれ、衝撃的な〈プロローグ〉を経た読者に小休止が訪れます。しかし、内容紹介はこんな風に続きます。

     “12年後、彼女は再び何者かによって誘拐される。一体誰が?何の目的で?”

    そうです。一人の少女が12年の時を経て二度目の『誘拐』をされてしまうというのがこの作品が見せる衝撃的な展開です。しかも中学生の愛子は『失明』という状況下で『誘拐』されます。『目が見えない』中での『誘拐』が描写された場面を少し抜き出してみたいと思います。

     『肩が痛い。後ろ手に縛られ、椅子の背もたれにくくりつけられた腕の付け根が悲鳴を上げている』。

     『とにかく早く腕を動かしたい。愛子は奥歯を嚙みしめた。手の拘束を外して欲しい。それが無理でも、せめて椅子から降ろして欲しい』。

    『誘拐』され拘束されてしまった中に身体の痛みに耐える愛子。しかし、そんな状況下では、身体の痛みだけでなく、とめどない不安が愛子を襲います。

     『殺されるわけなんてない』、『必死に心の中で唱える。たとえこれが誘拐だとしても、人質を殺してしまったら困ることになるはずだ。私は目が見えないから犯人の顔を覚えられない。困ったら殺してしまうよりはどこかに置き去りにしてくる方が楽だし安全だろう』。

    状況が全く見えない中にさまざまに思いを巡らせる愛子。『誘拐』という状況下に、『目が見えない』という愛子を襲う緊迫した状況がひしひしと伝わってきます。

     『だから怒らせるような真似さえしなければ、殺されるようなことにはならない。ー 本当に?』

    そんな風に自問しながら『こみ上げてきそうになる絶望感を必死に飲み下す』愛子というこの場面。

     『二度も誘拐される偶然なんてあるのだろうか?』、『なぜ自分にばかり二度も起こるのか』

    小説とは言え、いくらなんでも不幸すぎる状況下に置かれた愛子の緊迫した描写がなされていく場面は読んでいて悲痛感が漂います。そんな愛子はどうなるのか?そして、『誘拐』の裏側には何があるのか?物語は、一回目の『誘拐』の時に愛子と関わりのあった優香が何らかの関わりがあることを匂わせながら展開していきます。

    そんなこの作品を構成から見てみたいと思います。物語は五つの章から構成されていますが、各章は幾人かに視点を順に移しながら展開した後、最後に『証言』が置かれています。具体的に見てみたいと思います。〈第一章〉はこのように構成されています。

     ・〈1 江間礼遠〉: 優奈の夫視点、失踪した優奈の行方を探す夫の姿が描かれる

     ・〈2 宮下陽介〉: 愛子の父親視点、ライブに行きたいという愛子と両親のやりとりが描かれる

     ・〈3 宮下愛子〉: 愛子視点、ライブ会場の様子が描かれる

     ・〈4 江間礼遠〉: 優奈の夫視点、優奈との過去を振り返る夫が描かれる

     ・〈江間圭子〉: 優奈の夫の母親による証言

    このような感じです。各章によって視点の主は変化します。予想外な人物も登場する中に物語の全体像が自然と明らかになっていきます。一方で、『証言』のパートが物語に絶妙な変化をつけてくれます。それは、いかにも当該人物が語りかけるように記されているからです。まるで、読者の私たちに語りかけられているような臨場感を感じます。少し抜き出してみましょう。

     『はい、私は礼遠の母です…まず、宮下家の方々には心から謝らせていただきたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。いえ、弁解するつもりはないんです…はい、私にお答えできることであれば ー 優奈さんについてですか?…少なくとも礼遠のお嫁さんとしては優しくていいお嬢さんでしたよ…』

    どうでしょう。これだけの抜き出しでも記者からの質問に答えていく証言者のリアルさを感じられると思います。物語は、さまざまな人物の視点、そして『証言』を繰り返しながら読者にどんどん全容を見せていきます。

    そんな物語は二回目の『誘拐』に遭った愛子の物語とそんな『誘拐』に関与が疑われる優奈を探す夫・礼遠の物語が並行して描かれていきます。

     “長い歳月を経て再び起きた「被害者」と「加害者」の事件。偶然か、それとも…”

    そんな内容紹介が暗示するまさかの結末。物語は〈第五章〉で急展開を見せる中に、なるほど、という納得感のある結末を迎えます。ミステリーという分野をあまり読んで来なかった私にはこの作品の結末が一般的なのかどうかは分かりません。ただ、予想外に感じたのは、『なぜ自分にばかり二度も起こるのか』と二度も『誘拐』された愛子のある意味で悲劇的とも言える物語の結末にしては、登場人物全員が救われる、未来を見る結末になっているのに驚きました。その一方で〈解説〉の瀧井朝代さんがこんなことを記されています。

     “単行本を読了している方なら、文庫版を読んで「おやっ」と思ったのではないか。実は結末の光景がまったく違うのである”

    単行本刊行の後、一定期間後に文庫本として出す際に細かな手直しが入るということはよく聞きます。しかし、この作品は”結末の光景”自体が異なるというのはなんとも興味深い記述です。私は文庫本でこの作品を読み終え上記のような感想を結末に抱きましたが、単行本を読まれた方には違う世界が見えていた…なんとも気になる記述です。機会があれば単行本の世界観も見てみたい、そんな風にも思いました。

     『二度も誘拐される偶然なんてあるのだろうか?』

    幼き日に『誘拐』され、中学生となった十二年後に再び『誘拐』の憂き目に合ってしまった愛子。この作品では目が見えない愛子を襲う『誘拐』された恐怖がリアルに描かれていく中にさまざまな人間模様が浮かび上がる物語が描かれていました。テンポよく視点が移動していく中にぐいぐい読ませる力を感じるこの作品。まさかの犯人の判明に言葉を失うこの作品。

    〈エピローグ〉に描かれていく光景の中に、芦沢さんがこの作品で伝えられたかった『いつかの』という言葉に込められた深い意味に感じ入る、そんな作品でした。

  • 幼稚園入園を控えていた幼児が、ショッピングモールで、母親がトイレに行った数分の間に連れ去られる。不運な事故も重なり、失明して家族の元に帰る。
    中学生となった少女は、両親の庇護の元、健やかに育っていた。その彼女が、ライブ会場から再び誘拐されてしまう。
    少女は、2度も誘拐されてしまうのです。

    一度目の連れ去りに関わった母娘の保身。一人娘を愛しながら、盲目となった事実を受け止めきれない父親。溺愛のあまり、自分の庇護から離せない母親。少女の友人達の若さゆえかの傲慢さ。
    日常であれば、気にならない程の気持ちのズレが
    トラブルと共に浮き立ちます。
    そういう陰の部分の表現が上手いなと思います。
    そして、2度目の誘拐に関わる夫婦の気持ちのズレを 亀裂から崩壊に至るまで異質感を持って読ませてくれます。
    この不幸な少女の冷静さが、年齢設定からして無理があるかなと思いましたが、周囲の大人の異常さとの対比として面白いかな。
    小さなトラウマが大きな事件へ流れていくところはスリリングでした。

  • 幼い頃に連れ去られ、12年後に再び誘拐事件に巻き込まれる少女と、登場人物のそれぞれの視点で展開していくミステリー。

    登場人物の独白形式の進行は多角的な視点により、物語に新たな魅力や驚きが芽生えて、どんどんと惹き込まれていくことが多いのだが、今回は進展に疑問符が増え、理不尽なオチに、残念ながら何の共感も得ることができなかった。

    好きな著者だけに、またの作品に期待しよう。

  • 2回も誘拐されるって…可哀想過ぎる(涙)愛子ちゃん。
    1回目の誘拐で、目が不自由になったけど、それを感じさせないぐらい明るく生きている。
    それが、また、誘拐とは…
    でも、一緒に行った友達は、どうしてんねん。君らも多少の罪悪感はないのか?
    全然、登場してないような。それは、当事者のせいではなくて、作者のせいか^^;
    まぁ、そんな偶然は、あんまりないから、何か必然があるとは考えるな。
    更に1回目の誘拐の関係者が、関連すると。更に失踪してるとなると。
    警察もそう考えて、探す。
    失踪だけでは、な〜んもしてくれんかったのに…

    急展開するラストというほど、回ってはおらんけど、まぁまぁ面白かった。

    自身は、自覚なくても才能が溢れてくる人の近くにいてるとツライわな。

  • 偶発的に起きた誘拐事件により失明した愛子。12年後、再び誘拐されてしまう。
    容疑者として浮上した優奈は、12年前の誘拐犯の娘だった。
    相手の夢を叶える為に、漫画家になった礼遠。傍目からみたら、借金完済してくれて浮気も許し、出来すぎた夫だが、夫婦で同じ夢を持ちどちらかが才能に溢れていたらやはり上手くいかないのかな。
    理不尽な理由での誘拐ではあったが、あんな目に合いながらあの状況で、冷静に物事を考え成長していく愛子が良かった。
    努力だけではどうにもならない事が沢山あるが、優奈が夢を諦めていたら、起こらなかった事件だったと思う。

  • 息苦しい!しんどい!
    芦沢先生の作品はたくさん読んできて好きだけど
    ガンガン読み進められるお話ではなかったなぁ…
    ボリュームの割に4日もかけてしまった…

  • ほんのひと握りの人しか成功しない夢を持つ人にとって、夢をあきらめるタイミングってこんなにも難しいものなのかな、と思った。
    『漫画家になる夢をあきらめる』って言えていたらこんなにたくさんの人を巻き込まずに済んだのでは?と思わずにいられない。
    ラストシーンで、まだ夢を捨てきれていない優奈に、もうやめときなよーーーって言いたくなった。
    単行本の違うラストも読んでみたい。

  • 記録

  • 期待してたのと少し違った。「急展開する圧巻のラスト」に期待しすぎたからかな?
    新手のストーカーの犠牲者となった愛子。優奈もまた。
    我が子が事件でも事故でも被害に遭えば、愛子の両親のような葛藤は自然な事なのだと思う。
    あと少しで3.11。子どもを亡くした親御さんたちのインタビュー報道が多いのでそこに目がいくのかも。
    愛子の成長が救いでした。

  • 気鋭の作家のサスペンス・ミステリ。

    宮下愛子は子供の頃、母親とはぐれて連れ去られ、その過程で失明してしまう。
    12年後、友人と出かけたコンサート会場で、彼女は再び、何者かに連れ去られる。
    彼女が2度も「誘拐」事件に巻き込まれたのはなぜだったのか。

    実は最初の事件は、意図された誘拐ではなかった。たまたま連れ去られた形になり、失明したのも転落事故が原因だった。だが、誤って愛子を連れ帰り、大怪我をさせてしまった尾崎典子は慌てた。自分と娘の優奈に影響が及ばぬよう、誘拐事件をでっちあげ、架空の犯人のふりをして身代金を要求する。しかしそれは当然のごとく、バレた。典子は罪に問われるが、執行猶予がつけられる。
    そして12年が経った。

    事件は、大人になった優奈、その夫、愛子の父、愛子、事件を捜査する刑事、その他、いくつかの視点から語られる。
    優奈は人気漫画家の江間礼遠と結婚していたが、愛子の2回目の誘拐事件の直前に離婚を申し出て失踪していた。物語が進むにつれ、優奈の失踪より前に、礼遠と優奈がとある理由で、愛子の家を訪ねていたこともわかる。
    一方で、眼の見えない愛子の監禁シーンは、「見えない」中で誰ともわからぬ犯人に翻弄される恐怖を描いて秀逸である。映像にはない、小説ならではの描写だろう。

    実は、語り手の中には、「信頼できない語り手」がいる。語っていることの背後に、語っていないことがある。物語が進むにつれ、読者の違和感は膨らんでいく。そして終盤にすべての謎に答えが出る。

    よく練られたプロットである。
    が、ストーリーは爽快とは言えない。
    愛子の両親は愛子の失明に責任を感じ、守り寄り添い育てている。そこにあるのは確かに愛だが、同時に束縛でもある。いつまで? どこまで? 両親の庇護が及ばない未来があることを、愛子も両親も知っている。そこに事件が起こる。
    優奈は自身も漫画家を目指していた。だが、到底夫の才能にはかなわない。彼女は次第にわからなくなる。本当に自分は漫画家になりたかったのか。どこか居場所を求めていただけではないのか。夫は優しく才能にあふれ、心から優奈を愛している。傍目から見れば完璧な幸せである。だが、果たしてそうだろうか。
    誰もが誰かに囚われている。誰もが何かに固執している。
    「人質」となったのは誰なのか。事件が解決した後、事件に関わったすべての人々は「解放」されるのか。
    わずかに一人、凛と立とうとする愛子の姿が清々しい。

    なお、文庫版と単行本版では、ラストに若干の違いがあるそうである。そのあたりを読み比べてみるのもおもしろいかもしれない。

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著者プロフィール

1984年東京都生まれ。千葉大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で、第3回「野性時代フロンティア文学賞」を受賞し、デビュー。16年刊行の『許されようとは思いません』が、「吉川英治文学新人賞」候補作に選出。18年『火のないところに煙は』で、「静岡書店大賞」を受賞、第16回「本屋大賞」にノミネートされる。20年刊行の『汚れた手をそこで拭かない』が、第164回「直木賞」、第42回「吉川英治文学新人賞」候補に選出された。その他著書に、『悪いものが、来ませんように』『今だけのあの子』『いつかの人質』『貘の耳たぶ』『僕の神さま』等がある。

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