蔵の中・鬼火 (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041072318

作品紹介・あらすじ

澱んだほこりっぽい空気、窓から差し込む光、箪笥や長持ちの仄暗い陰。蔵の中でふと私は、古い遠眼鏡で窓から外の世界をのぞいてみた。それが恐ろしい事件に私を引き込むきっかけになろうとは……。

感想・レビュー・書評

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  • 横溝先生が戦前に書いた傑作短篇集。表題作『蔵の中』『鬼火』を含めて六作が収録されている。表紙を見てホラー色が強いのかなと敬遠していたのが間違いだった。幻想怪奇小説でありつつも、人間ドラマを妖しく浮き立たせた読み応え抜群の作品集。横溝先生好きならぜひ手に取ってほしい。

    『鬼火』
    諏訪の湖の岬に立つアトリエ。そこはすでに廃墟と化しており、中には百二十号のカンバスに描かれた人獣相剋図が妖気を漂わせていた。私はそのアトリエにまつわる話を聞くため、竹雨宗匠(ちくうそうしょう)のもとを訪れる。彼の口から語られたのは、本家の万造と分家の代助の間に流れる憎悪の炎と悲劇の湖の物語だった──。

    横溝先生のホラー!怖そう!ということで後回しにしてきた作品。しかし、読み始めてみれば、人間が持つ情念の底なし沼へとさっと引きずり込まれ、物語に浸りきったまま読み終えた自分がいた。とにかく文章力に圧倒された。万造と代助、二人の間で揺らめく妖女・お銀。屈折した心ほど、取り込んだ光は跳ね返って輝きを放つ。憎しみの果てに二人が見せた花火のような儚さと美しさに息をのんだ。お銀が一番怖かったよ…。

    『蔵の中』
    雑誌『象徴』編集長である磯貝三四郎に持ち込まれた原稿。そのタイトルは『蔵の中』。主人公の姉・小雪は有名な老舗に生まれたが、生まれつきのろうあ者だったことから、蔵の中へ軟禁されていた。病によって亡くなった姉を偲び、自らも病に侵されて蔵の中で過ごすようになった主人公は、窓から見える景色にとある光景を見つけ──。

    蔵の中という閉鎖的で埃っぽい空間から見えた世界。そこは人々が人生を演じる舞台だった。編集長とともに作中作へと没入していく内に、自分の背後から視線を感じるようなゾクゾク感が味わえる。現実と幻想の境界線が揺らいでいく構成にやられた。
    他人を見るという行為は、他人を遠眼鏡で覗き見ることに近いのかもしれない。そして、他人を覗く自分もまた、他人に覗かれているのだ。あと、「三十恰好の粋な年増」って表現が面白い。つまりどういうこと?!ってなった(笑)

    『かいやぐら物語』
    病を治すために転地を勧められ、南方の海辺にある空き別荘でわたしは過ごすことになった。ある日、わたしが夜の海岸にて出会ったのは、貝殻で笛を吹く女性で──。彼女は近くに立つ洋館に住んでいた青年との思い出話をし始める。

    幻想的な海岸の風景描写が美しく、読んでいて白い霧に体温が奪われていくようだった。月が照らす海辺で語られる青年とある女性の物語。生と死という哲学的なテーマに切り込んでいる。生と死が分かつもの。生者と死者という違いが生んだ正邪の行い。人は何の理由もなしに死ぬことはあるが、死に対して人は理由をつけたがるという話に唸らされた。すべては生きてこそ、なのだ。

    『貝殻館綺譚』
    いきなりの修羅場スタート!貝殻館の主・貝三郎を巡っての女の争い!美絵は生き残ることに成功したが、月代を殺害する場面を小屋の少年に見られたらしく──。美絵は犯罪を隠すため、貝殻館に興味を持っている少年・次郎をからくり満載の館に招き入れて殺そうと計画する──。

    ここで館ものが登場するとは!豪華絢爛かつ、からくり満載な貝殻館の内部は、妖しさで揺らめいていて惑わされていくよう。誰かを幻惑することは、自らも幻惑することに繋がる。人を呪わば穴二つ。その空想上の墓穴を、思いも寄らない方法で開かせたのが上手い。

    『蠟人(ろうじん)』
    芸者・珊瑚は繭の仲買いをしている山田惣兵衛の寵愛を受けていた。ある時、出会った競馬の騎手・鮎川今朝治(けさじ)と恋に落ちてしまう。二人は惣兵衛の隙を見て逢瀬を重ねたが、彼に気づかれてしまったことで恐るべき悲劇は始まる──。

    蠟(人形)というモチーフってだけで嫌な予感がするよね…。惣兵衛の徹底的な仕打ちに現実的な恐怖を覚え、珊瑚がすがった希望ですら暗転していく展開に心理的な恐怖を覚えるという隙を生じぬ二段構え。そのことに疑問を抱いてはいけない──。この悲劇こそ幻想であってほしいと願ってしまう。

    『面影双紙』
    それは大阪時代の友人R・Oが、私に語った物語。彼の実家は古くからの売薬問屋を営んでいた。婿養子に入った父は薬だけではなく、本物の人骨を使った人体模型を売り出して成功する。だが、不気味な人体模型のことで夫婦間に亀裂が走り──。

    骨格標本が本物だった!というニュースは現代でもあるよね。家の中に誰ともわからない人骨があったらそりゃ怖い。まあ、誰のものかわかったとしても怖いとは思うが…。売薬問屋で起きた騒動とその顛末。両親の姿は子どもだったR・Oの瞳にどう映ったのか。語りの中に見える語らないことの重みが、ドラマとしての味を濃くしている。短い作品ながら垣間見えるミステリ作家としての片鱗もすごい。

  • 探偵小説ではなく,耽美でグロテスクな世界を極めた愛憎劇。検閲削除復元箇所も読める。表題作が秀逸。
    鬼火:幼馴染の憎念。仮面。グロテスク。
    蔵の中:蔵の中の肺病の少女。耽美。

  • 1930年代発表の、
    金田一耕助登場前の妖美な短編を集めた作品集、
    全6編。
    古い版で既読だが、
    訳あって改版を購入したので改めて。

    ■鬼火
     1935年『新青年』分載。
     湖畔を散策していた「私」は
     廃屋となったアトリエを発見し、
     そこにおぞましくも美しい描きかけの絵を見出す。
     顔馴染みになった俳諧師・竹雨宗匠の庵を訪ねた
     「私」は、問題の絵にまつわる愛憎劇を聞いた――。
     宗匠の告白が切ない。

    ■蔵の中
     1935年『新青年』掲載。
     妻の死後、過去の交際相手と縒りを戻した
     文芸誌編集長・磯貝三四郎が、
     持ち込まれた原稿を読んでいると、
     自分と愛人のやり取りを盗み見たかのような描写があり、
     しかも……。
     他人の行動を覗き見した上、
     尾鰭を付けてフィクションとする書き手の悪趣味ぶり(笑)。
     だが、それよりも当人のナルシシズム、
     自らと自分によく似ていた姉しか愛せないという態度が
     異様であり、同時に耽美的でもある。

    ■かいやぐら物語
     1936年『新青年』掲載。
     健康回復のため転地療養中の語り手「わたし」は
     月夜の海辺で美しい女性に出会った――。
     江戸川乱歩「蟲」を上品にしたかのような趣き。

    ■貝殻館綺譚
     1936年『改造』掲載。
     芸術と怪奇趣味を愛好する富豪・貝殻貝三郎の
     海辺の屋敷に集う人々。
     そこで諍いが起き、美絵は月代を殺害。
     ひとまず遺体を隠したが、
     望遠鏡で様子を見ていた人物に気づき……。

    ■蠟人
     1936年『新青年』掲載。
     諏訪の芸者・珊瑚と草競馬の騎手・今朝治は
     互いに一目惚れし、
     パトロンの山惣こと繭の仲買人・山田惣兵衛の目を盗んで
     ささやかなデートを愉しんでいたが……。
     タイトルはマネキンとしての蠟人形と
     「人間ではなくなった者」の二つの意味を持つ。
     若い二人が結ばれてハッピーエンドかと思いきや……無念。

    ■面影双紙
     1933年『新青年』掲載。
     語り手「私」が大学時代の友人R・O――竜吉――から
     数年前に聞いた話という体裁の物語。
     実直な婿養子の父は
     若く美しく派手好きな母の遊びっぷりを
     苦々しく思っていたはずだったが、
     あるとき失踪してしまい……。
     オチは残酷だが、なるほどといったところ。

    前に手に取ったときの記憶はほとんど残っていず(笑)
    新鮮な感動を味わった。
    佳品揃いなので、折に触れて読み返すと思う。

  • タイトル、表紙に惹かれて。

    漢語も混ざっていて、読むカロリーが高め。でも、その言葉の選び方、表現の仕方で、纏わりつくような恐怖?が常に展開されていたように感じた。
    そもそも短編集ってあまり好きじゃないけれど、これは全編凄く良かった。どの作品も短さを感じさせない濃厚さがあった。
    不気味な、粘度の高い空気に包み込まれる。というより、呑み込まれている感覚に近い。

    横溝正史さんの名前を元々存じ上げず。こんな作品を書くなんて誰!?と思うと納得の重鎮で恥ずかしい限り…。

  •  横溝正史の初期短編集で、1933(昭和8)年から1936(昭和11)年の作品が収められている。はっきりとミステリとも怪奇小説とも言えないが、それに近い作品群だ。
     巻頭「鬼火」(1935)を読み始めて驚くのは、非常に文学的興趣のある文体で、語彙も素晴らしく豊かなことである。昭和10年前後の文芸作品として遜色のない文章だ。本書収録の全編にわたってハイレベルな文学性が見られ、ただ、物語が怪奇や殺人への興味の方に振れているために、芸術小説とは見なされなかったのであろう。こうした文体を駆使する能力があったのに、ずっと後年、1960年頃(『白と黒』)にはすっかり語彙は減り、ありふれた軽い文体へと次第に変容していったということが、衝撃的だ。この変化は時代の、日本の昭和の世相が、大衆文芸の文学としてのレベルが、いかに変遷してきたかを見事に体現していて、大衆向けなるものの痴愚化に、背筋が寒くなる思いだ。
     長い「鬼火」は話の内容が私にはあまり興味を惹かれないもので、より情感のこもった文章で、意外な展開を遂げる「蔵の中」(1935)の方が面白かった。他に夢幻的な情動性に満ちて美しい「かいやぐら物語」(1936)、やはり前半の普通小説的な趣のある叙述から突然奇怪な話へと展開する「面影双紙」(1933)がとても良い。
     私は初期横溝の怪奇小説を読みたいと思っていたので、その点では予想を裏切られたが、小説作品として悪くないし、良い小品もあった。江戸川乱歩より優れているのではないかと思う。

  • 雑誌編集長の磯貝氏のもとに届けられた原稿は、蔵の中で聾唖の姉と育った病気の少年の「蔵の中」という題名の話だった。聾唖だが絶世の美少女だった姉との思い出。姉の死後、大人になった少年は遠眼鏡で蔵の外を覗いていると…。かつては病人や外に出せない訳ありの子供を閉じ込めた蔵の中、中にいる人と外にいる人は違う世界に住みそれは交わることがない。そこから見えた情景は真実だったのか妄想だったのか。蔵の中の住人は常に弱者でありマイノリティなのである。
    「鬼火」は万造と代助というお互い仇敵同士の従兄弟とお銀という女の物語。代助を陥れてお銀を奪った万造は列車事故で全身大火傷をして気味の悪いゴム製の仮面を被る。横溝正史のエログロが炸裂する。これらは推理小説ではない。言うなれば気味の悪さだけで読ませる話である。

  • 推理作家として有名な著者の作品群から耽美なものを中心に選んだ短編集。「蔵の中」は主人公・笛二の持つ、自分自身へのクソデカ感情が暴走する妖しくも美しい逸品。物語内で物語を語る入れ子構造の構成は、読んでてクラクラするような夢幻の感覚を読者に与える。

  • 初の横溝正史。ミステリではなく幻想小説を集めた短編集ですが、この方向性の作品もっと読んでみたいな〜。美しく官能的な情景描写がとても良かったです。「蔵の中」「かいやぐら物語」が好きでした。

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著者プロフィール

1902 年5 月25 日、兵庫県生まれ。本名・正史(まさし)。
1921 年に「恐ろしき四月馬鹿」でデビュー。大阪薬学専門学
校卒業後は実家で薬剤師として働いていたが、江戸川乱歩の
呼びかけに応じて上京、博文館へ入社して編集者となる。32
年より専業作家となり、一時的な休筆期間はあるものの、晩
年まで旺盛な執筆活動を展開した。48 年、金田一耕助探偵譚
の第一作「本陣殺人事件」(46)で第1 回探偵作家クラブ賞長
編賞を受賞。1981 年12 月28 日、結腸ガンのため国立病院医
療センターで死去。

「2022年 『赤屋敷殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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