- 本 ・本 (432ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041072356
作品紹介・あらすじ
室町幕府八代将軍・足利義政。応仁の乱のさなか、己にとっての美を体現する建築を構想した彼は、権力闘争に背を向け独自の美意識を追い求めた。乱世にあって芸術家たらんとする志と苦悩を直木賞作家が描ききる。
感想・レビュー・書評
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全面金箔張りの金閣と対照的に、銀閣には平凡な和風建築という印象しかなかった。金閣に対抗して銀を張りたかったのがお金が無くて木材のみになってしまったのかと思っていた。
しかしこの作品を読むと銀閣に対する印象やそれを建てた足利義政に対するイメージが変わった。
応仁の乱を描いた多くの作品では足利義政は権力も権威もない上に優柔不断で弟の義視を始め周囲を振り回した人間として描かれる。
この作品でも義政には政治力はない。妻の富子やその兄・日野勝光、細川勝元などの力に頼るしかない。
しかし義政には他の才があった。それは文化を見る力。いわば『審美眼』。
『文化の力で、政治に勝つ』
この決意を貫くべく、表向きは妻や新たな将軍となった息子の陰に隠れ、後に銀閣と呼ばれることになる慈照寺始め一連の建造物の着工を進めていく。
それまで板張りこそが正式、格式の高い部屋であり必要に応じて薄い畳を必要な箇所に敷くのが当たり前だった。しかし義政はより厚い現在の形の畳を敷き詰める部屋に変えた。
広い部屋を屏風などで間仕切りしていたのを、最初から間取りを考えた設計に変えた。
畳敷きの部屋の一角に、現在の床の間に当たる押板床を設えた。
敢えて四畳半の、狭い部屋を作った。
『権力者がふんだんに金と人をもちいて誇示する』『充足の美』に対する、『不足の美』。
これを『侘び(わび)』という言葉で表現した。
つまり現代に続く誰もが想像する和風建築の原点は義政の頭の中にあった。
『同仁斎(東求堂の一室)が平凡なのではない。世の中すべてが同仁斎になったのだ』
『日本中が銀閣の人になった』
足利将軍としては何の爪痕も残せなかった義政だが、今にいたる和風建築、侘び寂びという文化を作ったという意味では大きな足跡を残した。
歴史小説ではあまりクローズアップされてこなかった銀閣だが、この作品で興味が深まった。
ただ時折作家さん目線の文章が入ってくるのが読みづらかった。もう少しドラマ主体で書いて欲しかったなと思う。
特にこの作品では義政の次の将軍・義尚が義政の子ではなく後土御門天皇の子として描かれている。そのために義政と義尚の関係はずっと悪いし、富子と義政との関係も奇妙な駆け引きが続く。この辺りの物語をもっと読みたかった。
芸術を作り出すのではなくいわばプロデュースする義政と、彼の命で総監督を務める庭師の善阿弥始め様々な文化人や職人が集まるものの、度々資金難で建築が頓挫するところなどももう少し深堀りすれば面白かったのにと残念に思う。
造ったその時ではなく、人が住み手入れをし、時の経過と共に姿が変わることも風情となることが発見される場面は良かった。
数々の戦乱戦火を乗り越えて今もこの建物がその場所にあることも、義政の強かな作戦があってのことだった。こういう考えや実行力を政治に活かせなかったのかとも思うが、そこまで求めるのは酷か。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
応仁の乱の要因を作り出し、都を混乱に陥れた室町時代の将軍足利義政。彼が生涯をかけて生み出した現慈照寺銀閣、持仏堂の東求堂同仁斎は、現在の日本文化の礎となっている。彼が何を思いこれらを造ったのか、当時の政情や複雑な人間関係を絡めながら描きだした歴史小説。
この小説の中の義政は、運命のいたずらにより望まぬ将軍職に就き、その優柔不断さから妻の日野富子には軽んじられている情けない人物として描かれている。実弟が継ぐはずだった将軍職も、表向きには実子となっている富子と後土御門天皇の不義の子、義尚に継がせるよう圧力をかけられ、何も決めることができないまま応仁の乱を引き起こしてしまう。
しかし彼は、自らの文化芸術に対する感性とプロデュース能力を生かし、いつか後世に残るものを造り上げることをひそかに心に決めていた。
どこまで史実なのかはわからないが、この小説の中では義政が日本文化の代名詞となっている「わび」「さび」の概念を生み出し、茶室の原型を造りだしたように描かれている。これに至る歴史的な流れをある程度理解しないと話が進められないためか、途中でやや説明的な文章が続くが、基本的には義政と富子、息子義尚との確執や夫婦愛、暴君だった父義教や偉大過ぎる祖父義満へのトラウマとコンプレックスなど、ストーリーは家族の愛憎が中心となっており、エンタメ作品として楽しく仕上がっている。
政治的には何の腕も振るうことができなかった義政であるが、彼の遺した建物群は、今では京都を代表する人気スポットの一つとなっている。その意味で、彼は確かに自身の望みどおり、後世に残るすばらしい文化を遺したのである。 -
政治に興味なく、現実から逃れるように文化建築に執着した室町幕府8代目将軍、足利義政。応仁の乱を引き起こした張本人として、評価の低い歴史上の人物だ。
確かに政治家としては欠点ばかりが目立つが、与えられる才能は人それぞれ。将軍の家に生まれたからといって、軍事や政治の才能があるとは限らない。足利義政は将軍にふさわしい人物ではなかったし、義政自身がそのことを知っていた。そして、自分には別の才能があることも知っていた。その才能は文化を創造すること。義政は応仁の乱で焼け野原となった京をながめながら、こう語る。「治国で負けて、文事で勝つ」と。
本作品は足利義政を将軍ではなく、東山文化を創り出した文化建築人として描いた歴史小説。
義政の祖父、足利義満は当時の豊かな幕府財政で豪華な金閣を建設した。一方の義政は乏しい予算の中、金閣に比較されることを承知で、素朴で質素、平凡な銀閣を建設した。しかし、これこそが日本人にとって一番似合うはずだという確信が彼にはあった。その狙い通り、義政が発案した書院造りや四畳半の間取り、そして、侘び寂びの表現は日本人の心に今も残っている。
自分の才能を信じ、それに正直に生きることができた足利義政。歴史上、彼は将軍ではなく、秋元康や隈研吾のような文化プロデューサーとして評価すべき人間だったのだ。とはいえ、そんな人物が将軍になってしまったことは不幸としか言いようがないけど。 -
室町幕府八代将軍・足利義政を主人公に、銀閣寺竣工までの紆余曲折のドラマを描いた建築小説にして、美術小説。
後世の日本建築の精神美と実用性の原型となった、稀代の芸術建築の物語である。
銀閣寺の書院・東求堂の理念と、〈わび〉〈さび〉の口語解釈を、相当に丁寧に、わかりやすく記述している。
本文の構成としては、金閣寺を建立した祖父であり、幕府の全盛期を築いた三代将軍・義満との対比と対峙を背景に、義政の美意識の深化と苦悩、連歌師・宗祇や茶人・村田珠光、庭師・善阿弥ら、協力者との議論と絆を縦糸に描く。
横糸には、当時の幕府内外における権力闘争や、全国に広がる乱世の前兆、そして、正室・日野富子との擦れ違いと和解、嫡子・義尚との確執等を交え、通説では無能の将軍と卑下されがちな義政の、東山文化を代表する文事の才と志、芸術家たらんとする人間性を奥深く描写している。
確かに、義政の在位中から、幕府の権威の凋落は萌芽の途にあったろう。
しかし、作中では、その崩壊を決定づけたのは、実は九代将軍・義尚の代であったとも読みとれる。
また、日本史上、稀代の悪女として語られやすい日野富子と義政との、夫婦の機微も、隠れた見どころの一つだ。
性格も志向性も正反対であり、共に不義を重ねながら、それでも二人は相手を理解し、身は離れても、最後には心を寄り添わせていた。
その意味で、今作は、歴史小説の体をとった、大人の恋愛小説の要素も備えていると言えよう。 -
東山殿の建築を目指す室町幕府八代将軍足利義政を描く歴史小説。
応仁の乱は興味があって、小説やドラマもいくつか見ております。
義政の正室の日野富子を描いた小説「銀の館」や大河ドラマ「花の乱」は覚えがありますが、足利義政を描いたものは記憶にありませんでした。
この小説では足利義政が東山文化の「わび」「さび」に到達する様が、東山殿の建築を通してわかりやすく描かれていたと思います。
足利義政は幕府を衰退に導いた将軍としてよくは描かれてこなかったので、当人視点での心情も含めて気の毒な人ではあったと思います。
作者視点の解説がちょと邪魔で読みにくかったのですが、よく知られていない時代や建築様式については勉強になりました。
できれば、もっとドラマチックな物語に仕上がっていれば、足利義政を見直す代表作となったと思えました。 -
公明新聞連載中から読んでいました。
まとめて読めるのが楽しみです。 -
銀閣寺という歴史的建造物がいかに現代に生き残る建物となったのか。
室町幕府八代将軍である足利義政の知られざる物語。
歴史に疎い私でも楽しめる作品でした。 -
足利義政が銀閣を建てる時の話。個人的に、金ピカで主張が激しい金閣よりも落ち着いている銀閣の方が美しいと思っていたが、義政の金閣に対しての銀閣の立ち位置や考え方が丁寧に描かれていたと思い、より銀閣が好きになれた。わびとさび、人からの完全な自由としての孤独、足らないことの美しさなど、なぜ銀閣があのように建てられているかが分かりやすく表現された物語だと思う。
著者プロフィール
門井慶喜の作品





