あひる (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
3.64
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本棚登録 : 429
レビュー : 63
  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041074435

作品紹介・あらすじ

我が家にあひるがやってきた。知人から頼まれて飼うことになったあひるの名前は「のりたま」。娘のわたしは、2階の部屋にこもって資格試験の勉強をしている。あひるが来てから、近所の子どもたちが頻繁に遊びにくるようになった。喜んだ両親は子どもたちをのりたまと遊ばせるだけでなく、客間で宿題をさせたり、お菓子をふるまったりするようになる。しかし、のりたまが体調を崩し、動物病院へ運ばれていくと子どもたちはぱったりとこなくなってしまった。2週間後、帰ってきたのりたまは、なぜか以前よりも小さくなっていて……。なにげない日常に潜む違和感と不安をユーモラスに切り取った、著者の第二作品集。

感想・レビュー・書評

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  • 「こちらあみ子」の前後は寡作と思われていたが、その後は佳品を矢継ぎ早に発表し続けている。
    現代純文学界の傍流からアプローチしながら主流に食い込み続ける(文芸5誌以外の「たべるのがおそい」や「小説トリッパー」から芥川賞にノミネートという経歴)という、純文学の新たな模範ともいうべき、特別な作家。もちろんファンです。
    こういう作品を単行本化するだけではなく文庫化して一般読者に届けようとしているあたり、出版界の良心を感じる。

    「あひる」の語り手は、割と冷徹に父母を見る。
    少し先に死を控えて、空しい。
    次世代に拡張することにしか生活の喜びを見いだせない。要は孫が欲しい。
    そのためには子も孫も交換可能な存在として使う。
    自ら行った、あひる交代=密やかな代替わり=こっそり埋葬には、目を瞑るが、その自己欺瞞は自身の現実認識を歪めてしまうくらい、強固だ。
    動機は(暴かれてみれば暴力性だが)表面上は自身にも他者にも、たっぷりの愛情ゆえ、と映る。
    やがて父母ー私と弟ー弟の息子、と悲願は達成され、あひるも子供たちもどうでもよくなり、のりたまの小屋は潰され、孫のブランコの場所になる。
    だが、その孫は、果たして交換不可能な存在なのか……?
    僕自身母や義父から孫を切望されその圧力の切実さと暴力を思ったことがあるので、この作品に込められた皮肉だか悪意だか暴力性だかには「たべるのがおそい」発表当時からびりびりと思うものが多かった。
    「こちらあみ子」や、今から述べる2作に比べると、そういった悪意に対して多少距離を置いているのだな、と再確認できた。

    「おばあちゃんの家」と「森の兄妹」はいわば連作、というか裏表のような対の関係。
    前者ではおばあちゃんの痴呆を、孫の視点から描く。
    後者ではそのおばあちゃんが独り言を言っていると思っていた「ぼくちゃん」の視点から、おばあちゃんとの出会いが描かれる。
    どちらも視点人物は家庭の中にいる子供だが、家族が他人をないがしろにする様子が、悲劇でも喜劇でもなくフラットに描かれる。
    うっすらと貧困や生活苦のにおいがするが、ことさら過酷というわけでもなく、ただそういう生活がそこにあって子供は淡々と受け入れて生活している。
    そして子供もまた、おばあさんのような傍流の存在を軽く扱う姿勢を身に着けることもある。
    じわーっと嫌な感じや怖い感じもあるのに、語り口は良質な児童文学のように「突き放した」ものだから、作品の意義は固定されておらず、たぶん読むたびに着目ポイントが変わってくるだろう。
    「信頼できない語り手」ものとしても、再読必須。

    wikiによれば「岡山市出身の小川洋子を「神様みたいな人」と敬愛し、「ずっとあんなふうに書いていけたらすてき」と話している」。つまり作者が小川洋子好きらしい。
    むべなるかな、な作風。そして宗教へのスタンスも、また。
    芥川賞選評で小川洋子が「「殖(ま)してゆく子供たちの気色悪さ、誕生日会に誰もやって来ない奇妙な欠落、あひると赤ん坊がすり替わるのではないかという予感。どれも書き手の意図から生まれたのではない。言葉が隠し持つ暗闇から、いつの間にかあぶり出されてきたのだ。そう思わせる底知れない恐ろしさが、この小説にはある。」「受賞に至らなかったのは残念だ。」と書いているらしい。
    んで2019年上半期芥川賞に「むらさきのスカートの女」でノミネートされている。
    今回こそ!

    ところでネットで感想を漁っていて、藤野可織、小山田浩子、吉田知子に連なる「不穏文学」の担い手として「書かないこと」が上手い、という感想を読んだ。
    確かに!

  • 『星の子』の人だったのか!
    でも、読んだ感じでは思い出さなかった。

    家にあひるがやってきた。
    停滞していた家に、子供たちがあひる目当てで遊びにくるようになり、お父さんとお母さんは、その時間が愛おしかったんだと思う。
    子供たちの方が我が物顔になって、主従が逆転しだした時、孫を連れた弟の登場によって、一気にクライマックスへ持って行かれる。

    え、え、ここ、クライマックスですか!?
    と唐突に弟に怒られ、ふと、姉って何者なのよ、と思う。
    この作品の語り手であり、資格試験の勉強に打ち込みながら、停滞を生活としている、姉。
    え、え、結局お姉さんって……。
    こ。怖い。この話、めっちゃ怖い!!
    と「ひたひたと」寒気に襲われた所で終わる。

    生活の持つ、澱みが上手い。
    それとなく、忍ばせて、揺蕩わせる感じ。
    おばあちゃんシリーズ二作は、「スクラップアンドビルド」を思い出した。
    老人の覚醒って、なにかを外れてしまったようで、怖い。けど、尊い。なんだか、パラドックスだ。

    とにかく薄いから、読んでみて。
    途中から、わわわとなるから。わわわだから。

  • 表面的なほのぼの感とそれが意味する不穏さ。語らない部分で語るのがこの人の魅力なのだということが痛感できる表題作。

    兄妹・グレる、といったこの人のパターンに乗せてほのぼのとした雰囲気で流れる話の中にもどこか不気味さが漂う…あひるのラストの冒頭とのリンク感は『むらさきのスカートの女』を感じさせるし、『おばあちゃん〜』と『森〜』の表裏関係とかも含めて何かそこに輪廻とか陰陽といった東洋的な世界観を感じる。

    正直に言って一読しただけでは心はざわつくもののあまり何の話なのかよくわからず、こうやって感想を書いているうちにそのざわつきの正体を少し理解できた気がしてくる。それがこの人の凄さなんだろう。

    そういう意味では西崎憲氏による解説も作品理解にとても良かった。

  • ごくシンプルな文章なのに、物語の不思議でどこか薄気味悪いような世界や、登場人物の心情が豊かに伝わってくる。
    「あひる」では、徐々に忘れ去られていくあひるがただただかわいそうだった。
    読後に、ちょっと救いがあったのは「森の兄妹」だったかなと思う。
    悪気なく興味が移ることの、残酷さをじわりと感じた。

  • この著者はすごい。明確でないものを物語にするのが上手い。解説の言葉を借りるなら「交換可能」。これをあひるはもちろん他人の子どもと孫やおばあちゃんの存在などあれだけ思い尽くした対象もいずれ忘れ交換できてしまうという、こわい本。

  • 初めて味わう感覚だった。
    あひるを家で飼ってること自体ぎょっとするのに、そのあひるを見に集まってくる、一見無邪気に見える子供たち。
    それを無防備に受け入れる両親。
    その様子をニ階から、試験勉強をしながら見つめる私。
    何だか背筋がぞくぞくする。余計なことが書かれていないから、なおさら怖い。
    そして少し遠目から見ると何だかおかしくもある。

    「おばあちゃんの家」と「森の兄妹」には、共通したおばあちゃんが出てくる。
    おばあちゃんについて、こういう目線で切り取られているのは初めてだし、いろんな捉え方のできる作品だと思う。

  •  第161回芥川賞受賞作家・今村夏子氏の2冊目の文庫本。表題作「あひる」の他、連作である「おばあちゃんの家」「森の兄妹」を含む短編集。

    「あひる」
     両親と同居する「わたし」の家で、あひる「のりたま」を飼うことになった。その日から近所の子どもたちがあひるを見に遊びにくるようになり、孫もおらず会話がなくなっていた両親が活気づく。しかし少しずつ元気がなくなっていく「のりたま」。父が病院に連れて行くと、「のりたま」不在の家には誰も訪れなくなり、以前のように家は静まり返ってしまった。2週間後、黒のワゴン車に乗せられて帰ってきた「のりたま」は、全体的に小さくなり、羽根の色も、目の色も、くちばしのしみも、前の「のりたま」とは違って見えた…。
     淡々と語られ過ぎていく日々の中に、交換され、移り変わってゆく不気味さが浮かび上がってくる短編小説。


     3作全て、何か決定的な恐怖があるわけではない。悪と呼べる人物が登場するでもない。バットエンドでもなく、むしろラストはハッピーエンドに分類できる。なのに、なんだろう、この薄ら寒い読後感は…。
     「あひる」では、「のりたま」によって活気づいた家の賑わいを保つため、両親があひるを物のように交換して繋いでいく様が描かれる。そのあひるのリレーは3匹目の死で終わるのだが、それはすでに「子ども集め」というのりたまの役割を果たしたからに過ぎない。家はもうのりたまがいなくても子どもたちのたまり場になっていたからだ。しかしその「家に賑わいをもたらすもの」も、子どもたちから新しく生まれる孫へと交換されていく。移り変わり交換されていくということは、迎えられる者がいる一方で棄てられる者がいるということ。そしてそれは、私たちが生きている世界での現実でもある。小説内の不気味な歪みは、私たちがあえて目を逸らしている現実の歪みそのものなのかもしれない。
     今村夏子氏の語り方も非常に特徴的。他の小説の多くがある登場人物や常識、概念を否定的・肯定的に描こうとする立場をとる。(あるいは何かを読者から隠すように、目を逸らさせるように描かれる)しかし今村氏の文体は、全てをあるがまま見たままに描く。そこに歪みや不気味さを内包していたとしても、一切の「語り手の意図」がない。だから読者は気付かぬうちに不安と恐怖を抱いている。う~ん、これが結構病みつきになる怖さ。
     書かないことで多くの余白が存在する今村氏の作品。なんだかその余白は読者の想像に任せるために用意されたものではなく、今村氏の筆が自然発生的に生み出した空白ではないか。読者はそこを想像で埋めるのではなく、闇の引力を持つその空白に吸い込まれてしまうのだ。

  • 「あひる」「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の三篇収録。
    「あひる」は、河合隼雄物語賞受賞作。
    作者の今村夏子さんは、「むらさきのスカートの女」で、第161回芥川賞受賞(2019年上期)。

    中学生におススメの本を常に探しているのだが、どうかなぁ、とおもって題名に惹かれて手に取った。まず、パラパラと開いておもったのは、文庫本なのだが、ものすごく、行間がとってあって、読みやすい! これは小学生にも中学生にも読む気がするに違いない(「老眼に優しい」、といえる)。しかも、短編が3つ。ますますいい!

    読みやすく、そして、書いてあることは難しいことは一切なくて、どこかにあるような日常風景がつづられていた。
    はてさて、だれが読むのにふさわしいのだろう?
    書いてあることは理解できるけれど、いったい、なにを言わんとしているのだろう。
    もしかして、もしかして、、そういうこと?
    と、深読みがはじまる。深読みしてみるとすると、とっても怖い人間心理や、社会現象が描かれている、そんな作品です。

    作者は特別になにも語らないで淡々と描写をする。読み手の成長に合わせて読み手が理解する。読み手の経験値が高ければ、もしや、これは、あれを意味するのでは?と憶測していくことになる。
    そういう余白がいっぱいの短編集だとおもいます。
    目線は子ども目線の作品。

    色々考えたうえで、やはり、中学生におススメの一冊に選ぼうとおもいました。

  • 今村夏子はエンターテイメントと純文学と児童文学のハイブリッドだなと。あひるのミニマルな文体とパンチラインの強烈さはホラーなのかコメディなのかわからなくなる。余白の素晴らしさも含め、人間の「気持ち悪さ」を浮き彫りにする手腕はただただ見事。

  • 『こちらあみ子』以来の今村夏子。解説にあるように、平易な言葉で書かれているのに、全体をとおして違和感や恐怖を感じさせられる。『あひる』ではあひるは病院にいくたびに代わり、両親はあひる目当てに来る子供たちに異様に甘く、夜中に子供が訪ねてくる。あの子供のシーンは、ホラーのような不気味さだった。わたしが考えたようにあの少年はあひるだったんだろうか。

    他の話もぞわぞわした。元気になるおばあちゃんのその後が気になる。
    子供の時、怖い夢を見て漠然とした不安を感じたのと同じような感情。漱石の『夢十夜』とも似たような読後感。

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著者プロフィール

今村夏子(いまむら なつこ)
1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に第24回三島由紀夫賞受賞。2016年、文芸誌『たべるのがおそい』で2年ぶりの作品「あひる」を発表、同作が第155回芥川龍之介賞候補にノミネート。同作を収録した短篇集『あひる』で、第5回河合隼雄物語賞受賞。2017年、「星の子」で第157回芥川龍之介賞候補ノミネート、第39回野間文芸新人賞受賞。 2019年、「むらさきのスカートの女」が第161回芥川龍之介賞を受賞した。

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