風立ちぬ・美しい村 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041075029

作品紹介・あらすじ

その年、私は療養中の恋人・節子に付き添い、高原のサナトリウムで過ごしていた。山の自然の静かなうつろい、だが節子は次第に弱々しくなってゆく……死を見つめる恋人たちを描いた表題作のほか、五篇を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 高原のサナトリウムで療養中の節子と婚約者の主人公。確実に死へ向かっている雰囲気はある中、2人のプラトニックな関係の心理描写や情景描写が美しい。
    生死感、幸福の形、夫婦(パートナー間)間のあり方などは様々。私がこの2人から感じたことは、お互いが支えるとか支えられるとかではなく、共に時間や空気を共にすることの尊さのようなものを感じました。多分、何度も読み返したくなる作品だと思う。ジブリで映画化されているようですが観ていないので、このまま小説の世界観を大切にした方がいいのかな? 

  • 『美しい村』と『風立ちぬ』
    この二つの作品はセットで語るべきかも知らない。この二つには同じ人物が出てくる。前者に登場する少女と後者の節子は同じ人物ということを踏まえると、『美しい村』の何気ない世界観がなんとも愛おしくなるだろう。両方の作品に共通して言えることは比肩するもののないほど言葉を尽くして装飾された風景描写だと、読んだ人間がまず考えるだろう。プルーストという巨匠からの影響だそうで、私はそちらにも興味を持った。この二つはたしかに似ているが、それぞれテーマは異なっている。『美しい村』では精神が脆弱で繊細な青年の失恋や苦悩を洗い流すために自然を利用し、多感な青臭さのフィルターを通した様に自然が見つめられている。自然を見つめることで空っぽの中に吸い寄せられ、満たしていく様な作用を感じた。少女と出会い、嫉妬したり森の中を迷ったりするあどけなさには生への必死さのようなものがあった。一方で『風立ちぬ』は「死」とは何か、またその上での「生きる幸福」とは何かがテーマとなっている様に感じる。この物語の中では節子の余命があまりないことを知る中で、サナトリウムで自然に囲まれながら二人きりで生活する時間を些細で儚い時間と自覚しながらこの上ない幸福を感じている。自然の風景の美しさはそれ単体の美しさではなく、主人公の精神状態と大きく結びついているように窺える。つまり自然が美しく見えるのは幸福であったり、悲しかったりの感情なり、魂が融合したことで作用している。最終部分の彼女を失ってから抜け殻のようになっている部分では雄弁な自然風景があまり見られないのもそのためであろう。しかし決別を受け入れてからは、家から漏れる光が森を照らすシーンを綺麗に描けている。
    幸福な時間を過ごす中で、結末が悲惨であることはわかりきっているが故に、この幸福が気の紛らわせるものだけなのかもしれないという葛藤には考えさせられた。改めて生きて幸福であるとはなんなのかわからなくなったが、私は劇的なものでなくても良いのではと感じた。他人にとってちっぽけな人生でも、誰か一人と共有でき、素敵だと思い会える価値観を持てる人間が側にいればそれが幸福でもいいと思った。

    『麦藁帽子』
    風景、人物、心情の描写が終始美しかった。海や緑、そして麦藁帽子の馥郁とした香りは文面から伝わり、妙な懐かしさを感じさせた。
    作家というのは良くも悪くも、恥をとことん捨てて作品に写し込む珍妙な趣味を持っている様な気がしてくる。好きな子にあえてそっけなくして実は横目でチラチラ見ていたり、親に自分の成長を悟られまいと嘘をついたり、羞恥心を誤魔化すために悪ぶってみたり。私からすれば情事を覗かれるようなものだと感じるが、そのほろ苦い思い出がとても愛おしく描破されている。
    初めは何も感じない麦藁帽子の匂いは、時間が経つにつれて、胸に残り、再び鼻に触れた髪の匂いで清い官能になる。一度は忘れたはずの慕情は地震がきっかけで芽生えるが、涙なしには受容できないものになってしまっている。別れの際に目を瞑り、彼女がこちらを振り向いてくれるかを見れずにいる様は、チクチクした痛みを伴う思い出になる様に、無理やり押し込めてしまおうとしている様に写る。
    この小説は一見甘美な恋心の内容に感じるが、人を思うときに伴う残酷さも忘れられていない。麦藁帽子の彼女は持病のある青年に想いを寄せ、主人公には縁がない。早朝、主人公が吐血しているその青年を目撃するが、誰にも知らせることなく村を立ち去る。また、地震による母親の行方不明より、昨夜の麦藁帽子の匂いを思い出した魅惑の匂いの愛撫に涙する。慕情に盲目になっている心は、他への愛情を擯斥してしまっている。主人公が薄情な少年に思えるかもしれないが、「死」という実感からあまりにかけ離れすぎた「生」の歓喜に身を置く幼さから来るものだと思う。この小説が私小説かどうかはわからないが、実際堀辰雄の母親は地震で亡くなっているらしいので、後に『旅の絵』や『風立ちぬ』で死というテーマに悩まされると思うと、成長前のうぶだった作者の過去が垣間見れてるようで趣を感じる。

    『旅の絵』
    主人公が神戸旅行をするだけでこれというあらすじもない。しかし読んでいる途中まで日本の神戸と気が付かないほどに西洋の匂いが散りばめられている。クリスマスイブの街を当て所なく彷徨するが、街並の喧しさを感じさせないほど静閑な足取りで歩を進める。日本だというのに、ハイネやプルーストの本が出てきて、主人公の心情は彼らの厭世的な内容に寄り添う様に暗く不穏な様子である。主人公は、社会から感じ取れる息苦しさの様なものから遁走する様に彷徨をし、隔離された場所を見つけ、其処に社会の風が流れてくるとまた逃げ出す様な旅をしているのか…

    『鳥料理』
    何かに侵されているのかのような、作者がよく見る夢の説明をする内容。二つの夢が出てくるが、清らかさと暗澹さの二面性を持つ心の表れか。薬物に取りつかれたような変な世界観がある。私には少し難しかった。

  • 主人公が視ている情景だけでなく耳や肌で感じたことも繊細に描写されていて、神視点の私ではあるけれども実際に体験しているような感覚になりました。また、今と言葉遣いが少し違って堅くクリアではないのがむしろ美しく誠実に感じられ、「風立ちぬ」においては2人の清く柔らかな関係がそれによってより際立って純粋に優しく穏やかな気持ちになりました。と、思いきやたまに主人公の男らしい欲望が見え隠れし、それが堅い言葉で理屈っぽくつらつらと綴られている様子が面白おかしく感じることもありとても充実した1冊だったなぁと感じます。


  • 風立ちぬ、いざ生きめやも。

    療養中の恋人に付き添い、高原のサナトリウムで過ごす日々
    .
    ちょっと昔の文体で書かれてるから中々入りずらかったなぁという印象。アニメも途中までしか観たことないから観たら整理できるだろうか。

  • 978-4-04-107502-9 284p 2013.5.? ?

  • 堀辰雄文学館を訪れたのをきっかけに”風立ちぬ”のみ読了。古典文学は読まないので全編を通して感じられるひんやりとした空気感となんとも言えない透明感が新鮮でした。

  • 情景描写がうまく、2人が座っているところや冬の冷たさなど情景がありありと目に見えるようでした。

  • ジブリ版を観たあとすぐ読んだ。風立ちぬ は鬱になりかけた。

  • 「美しい村」から始まり「風立ちぬ」まで、さわりを読んだだけでは一見そうとは思えないが一繋がりの話。
    全体的に風景や人物描写のあとに語り手の感想等の記述があるとあう丁寧親切設計なので、私のように情緒の理解に乏しい人間でも話に迷子にならずに読むことができるのはよかった。
    実体験をもとにした話は珍しくないが、そこに妄想という妄想を加えて究極的にピュアにした理想の最後を描いた、という印象を受けた。これが二人のやり取りだけで、もし広大で美しい自然の描写が無かったら胸焼けを起こして途中で読むのを放棄していただろう。

  • ジブリ映画「風立ちぬ」に先立って読み始めたが、読了は遥か後日となってしまった。文筆家の主人公が小説の題材を求めて軽井沢で過ごす風景を小説にするという「美しい村」を振り出しに、少し苦手な純文学の小品が綴られる。読む速度が上がらなかった。解説は多士済々で、中には自分の解説に酔っているのでは? と思うものがあったが、恐らくそれが書かれた時代には何の違和感も無かったのだろう。残念ながら著者が意図した音楽的なリズムも感じられず。

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著者プロフィール

東京生まれ。第一高等学校時代、生涯親交の深かった神西清(ロシア文学者・小説家)と出会う。このころ、ツルゲーネフやハウプトマンの小説や戯曲、ショーペンハウアー、ニーチェなどの哲学書に接する。1923年、19歳のころに荻原朔太郎『青猫』を耽読し、大きな影響を受ける。同時期に室生犀星を知り、犀星の紹介で師・芥川龍之介と出会う。以後、軽井沢にいた芥川を訪ね、芥川の死後も度々軽井沢へ赴く。
1925年、東京帝国大学へ入学。田端にいた萩原朔太郎を訪問。翌年に中野重治、窪川鶴次郎らと雑誌『驢馬』を創刊。同誌に堀はアポリネールやコクトーの詩を訳して掲載し、自作の小品を発表。1927年に芥川が自殺し、翌年には自身も肋膜炎を患い、生死の境をさまよう。1930年、最初の作品集『不器用な天使』を改造社より刊行。同年「聖家族」を「改造」に発表。その後は病を患い入院と静養をくり返しながらも、「美しい村」「風立ちぬ」「菜穂子」と数々の名作をうみだす。その間、詩人・立原道造との出会い、また加藤多恵との結婚があった。1940年、前年に死去した立原が戯れに編んだ『堀辰雄詩集』を山本書店よりそのまま刊行し、墓前に捧げる。1953年、春先より喀血が続き、5月28日逝去。

「2022年 『木の十字架』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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