- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041075838
作品紹介・あらすじ
音楽の神に愛された美青年、矢代俊一。
恵まれた家庭、一流大学。その全てを捨て彼が選んだのは、場末のキャバレー。
本物の音楽を知りたい、その欲求に突き動かされ演奏する俊一に、
暴力団幹部の滝川は魅了される。
俊一の音楽がいかに好きかを告白する滝川に、次第に絆されていく俊一。
しかし仲間の裏切りにより、俊一は滝川の組からその身を狙われることに。
殺せばいいと強がる俊一に、葛藤する滝川は……。
天才への憧憬とどうしようもない現実をその筆であざやかに切り取って見せた、栗本薫の名作!
感想・レビュー・書評
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本物のジャズを希求し、敢えて猥雑なキャバレーに身を置く若きサックスプレイヤー・フルート奏者の矢代。そのサックスの音色に何かを感じ取った暴力団の男・滝川との奇妙な交流から始まる、熱くてクールなジャズ小説。と同時に、世知辛い世の中の思惑に翻弄されるしかない一青年の遍歴を描いた青春小説であり、高尚な魂の求道をストイックにしたためた教養小説でもある。キャバクラに呑み込まれる遥か以前、昭和末期という時代を感じさせる差別用語丸出しの赤裸々な描写も、都会のいかがわしい喧騒を表現するにはぴったり。
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1983(昭和58)年発行、角川書店の単行本。少しこれまでとテイストは違うものの、やはりこの時代を舞台としたと思われる風俗ものには引っかかるものを感じる。話としては、途中のエピソードでなんか必要ないんじゃないかな、と思ってしまうものがあったりする。とはいえラストの決意の部分と「あの人の名前も知らなかったんだ」という独白がかなり効きます。そこへ向かう成長物語としてかなり面白いです。
読んだのは単行本で版違い。初出は『野性時代』1983年8月号。 -
今年に入って、母がしきりに栗本薫さんの話をしてた時期があった。その頃、ちょうどこの本を三省堂書店で見かけ、縁を感じたので読んでみた。
ジャズ界の偉大な先人たちよりも人生経験が乏しいことを気にしながらも、いろんなことを考えながら音楽に向き合う若い主人公。この本に描かれたすべての経験が、これからの彼のジャズを作り上げていくのだろう。
本の帯の「ハードボイルドなのに青春小説でもある」という一文が、この本の内容をよく表してるな…と思った。
一言で言い表せない愛ってあるよね。 -
たぶん大昔に映画化したときにミーハーに原作を読んで、そしてなぜか号泣した記憶があるのですが、今回、三省堂書店限定復刊(https://www.books-sanseido.co.jp/items/610459)だそうで、なんかこう、今すごくこれが読みたいというわけではなかったけど、書店さんがネットに負けじと独自企画をいろいろやっているのだから応援せねばという謎の義務感に駆られて購入、再読。表紙は佳嶋さんで耽美にリニューアル
原作単行本は1983年の出版、映画化は1986年、配役は俊一:野村宏伸、滝川:鹿賀丈史。映画はテレビでやったときに見た程度だったと思うけれど、CMでやたらとレフト・アローンが流れていたのがとても印象的だった。とりあえず今回、脳内キャストを野村宏伸から一新したかったので、私なりに今もし映画化するなら、を試行錯誤(しなくていい)滝川はエンケン(遠藤憲一)さん、俊一は菅田将暉と迷ったけど、昭和元禄落語心中のドラマ版が良かったから岡田将生でいくことにする(どうでもいい)
閑話休題。お坊ちゃん育ちだがジャズを愛する19才の俊一は、大学でのサークル活動に飽きたらず休学して家を飛び出し、場末のキャバレー「タヒチ」でサックスを吹いている。タヒチの常連客のヤクザ・滝川は、何十人も殺したと噂されるコワモテの小桜組の幹部だが、以前ふと耳にした「レフト・アローン」という曲に惹かれたことがあり、偶然聞いた俊一のサックスに惚れ込む。もちろん滝川はインテリではないし、音楽の専門的なことなど何もわからない無骨な男だが、だからこそ本能的に「本物」を聞き分けており、最初は怯えていた俊一も次第に滝川を憎からず思うようになり・・・。
不幸ですらないことがジャズをやる上でのコンプレックスにもなっているお坊ちゃんの俊一は、美少年なので店の女性たちにも男にもモテるけれど、場末のキャバレーで演奏することも経験として必要だと冷静に考えているだけで、ジャズ以外に興味がなく他人に執着しない。青くさく感情的だけれど、たぶん30年前(…)に10代だった自分は自然に俊一に感情移入して読んだのだと思う。今やおばちゃんとなった私はどちらかというと滝川の目線で、俊一の生意気ささえ「ういやつ」と微笑ましく見守った。
一方滝川のほうは、暴力をふるって他人を痛めつけることに何の躊躇もない極悪非道なヤクザだけれど、なぜか俊一を傷つけることだけはできず、不器用に近づこうとし、やり方を間違えて俊一に迷惑がられたりしながらも、やはり掌中の珠のように俊一を大切に想い、組同士の抗争に巻き込まれた彼を命がけで守ろうとする。教養もなく、自分の気持ちを表現する上手い言葉もみつからない中年男が、息子のような年の俊一の音楽に心打たれた、その初めての感覚をもてあましている、その迷走っぷりがたまらなく愛おしい。
30年前号泣したのは多分終盤の滝川から俊一へのあまりにも不器用な告白で(※同性愛的な意味ではない)大人になった今もやはり同じところでホロリときた。本作の魅力は、やっぱりこの滝川という男のキャラクターに尽きると思う。やっぱりまた映画化アリだと思うな。