夏の陰

  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041080382

作品紹介・あらすじ

運送会社のドライバーとして働く倉内岳は、卓越した剣道の実力を持ちながら、公式戦にはほとんど出場したことがなかった。岳の父である浅寄准吾は、15年前、別居中だった岳と母の住むアパートに立てこもり、実の息子である岳を人質にとった。警察との膠着状態が続いた末、浅寄は機動隊のひとりを拳銃で射殺し、その後自殺する。世間から隠れるように生きる岳だったが、自分を剣道の道に引き入れてくれた恩人の柴田の願いを聞き入れ、一度だけ全日本剣道選手権の京都予選に出場することを決意する。予選会の日、いかんなく実力を発揮し決勝に進出した岳の前に、一人の男が立ちはだかる。辰野和馬、彼こそが岳の父親が撃ち殺した機動隊員の一人息子だった。「死」を抱えて生きてきた者同士、宿命の戦いが始まる――。

感想・レビュー・書評

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  •  薬丸岳テイストの重いテーマだが、そこまで深くなく、浅い印象。題材を活かしきれていない感じがした。

     人殺しの父親を持つ岳と、岳の父親に父親を殺された和馬の物語。前半は岳の物語。後半は和馬の物語。2人の物語が交差する時、2人は必然と戦うことになる。

     岳はずっと父親の虐待を受け、悲惨な幼少期を過ごしてきた。父親から逃げるために母親と2人アパートを借りて平穏な生活を手にした。そんな生活も父親の手で壊されることになる。

     岳を人質として立てこもっていた父親。警察がやってきて、その時に岳を保護して撃たれたのが和馬の父親。

     和馬は父親が何故防弾チョッキも着用しないで無謀なことをしたのかずっと疑問に思っていた。
     その疑問は後に解決することになるのだが。

     岳と和馬。2人は幼い頃から剣道を学んでおり、大人になり剣道で対決することになる。

     何故和馬の父親は岳を守ったのか。もちろん警察官だから当たり前とはいえ、状況的には和馬の父親が前に出る場面ではなかったので、そこが気になっていたが、エピローグでスッキリ。

     なるほど。そういうことだったのか。

  • 父にの暴力により苦しめられてきた倉内岳。その父が警官を射殺してしまう(その後父は自殺)、それ以降、目立たぬよう過ごしてきた岳。運送会社に努めながらも父同様暴力的にならぬよう剣道を極めていた。自分を剣の道に導いてくれた恩師・柴田の願いにより、選手権に出ることになる。そこで、父が撃った警官の息子と対戦することになる。
    加害者の家族、被害者の家族がぶつかるもの。どちらも痛々しかった。殺されて、後に残されてしまった人の悲しみ、その悲しさ、深さは計り知れない、しかし、その家族の方と向き合い、戦うとき(しかも、喧嘩ではなく、剣の道での戦い)の心情が強く描かれていたと思います。大きなる苦しみの山を越えて、一歩踏み出せたところで終わり読後感は良。エピローグがよかったね、つながっているのね。

  • 犯罪加害者家族、被害者家族の話。
    望み、夜がどれほど暗くても、とたまたま家族の話を読んできたが、この本が自分にとって1番。

    第一章は岳目線、第二章は和馬目線、第三章はふたり目線
    どの章も心理描写が繊細で深く、剣道シーンは躍動感、臨場感がある。
    第三章の剣道シーンは本当に手に汗握りながら読んだ。
    内容は重くて暗いのに、ページをめくる手が止まらなかった。読後もずしんと残るものがある。

    岳も和馬も犯罪の被害者だ。
    直接の加害者でも被害者でもないが、突然巻き込まれ、岳の言うように一瞬で人生が変わってしまった。

    加害者家族になったら、いつまで加害者家族として生きなければならないのか。
    被害者家族になったら、いつまで被害者家族として生きなければならないのか。

    そもそもそれって何で?必要なのか?
    それぞれ笑ったり楽しんだり泣いたり、自分の人生を自分のために生きていいはずなのに、それが難しい。


    特に和馬がねじれてしまった心を持っているところが人間ぽくて良かった。
    妙に品行方正だったりグレていたりではないところがリアルですごくいい。

    いい本読んだな。

  • 犯罪者の息子と加害者の息子。
    互いを相容れることなど決してないだろう。

    息をひそめるように生きてきた犯罪者の息子、岳。
    岳の父親に打たれて亡くなった警察官の息子、和馬。
    どちらにもそれぞれの深い苦しみと哀しみがある。

    それでも私は
    父母の愛を知らない岳に感情を揺さぶられた。

    和馬はちょっと、んー、ちょっとかなり
    卑屈になり過ぎな感じも。
    それでも、辛いよねぇ。

    最後の二人の剣道の試合が山場なんですが・・・
    和馬の警察剣道は勝つために必要なんでしょうが
    試合中の怒涛の感情のやり取りがあるのなら
    足ひっかけたりしないでほしかった。
    理想だけれど。

    剣道の試合では足ひっかけたり、
    審判に見えないところでちょっと小突いたりはよくあります。
    サッカーとかでもそうでしょ?


    でも、私はこれが大嫌い。
    そんなのするくらいなら負けてもいいじゃんと思ったりする。
    勝つ剣道、警察剣道はそんな感じだと聞いたことありますが・・・

    美しい剣道の所作が好きなんだけどなぁ。

    そしてエピローグで泣けた。
    剣道形の美しさや剣道の稽古、試合の描写はとても良かった。

    2人の若者がどうか光をみつめて生きてほしいと
    願わずにはいられない
    とても心に残る作品でした。

    装丁の剣士の右側からの立ち姿、
    この角度が好きだなぁ。

    初読みの作家さんでした。

    • ありんこゆういちさん
      剣道少年だったのでこの表紙で完全に心を持って行かれました。今では剣道から遠く離れてしまいましたが、やはり剣道は好きです。
      ズルして勝つ剣道...
      剣道少年だったのでこの表紙で完全に心を持って行かれました。今では剣道から遠く離れてしまいましたが、やはり剣道は好きです。
      ズルして勝つ剣道は僕も好きではありません。同感です。
      思った以上に良い小説でした。デビュー作の「永遠についての証明」も予想外によろしかったです!
      2019/12/13
  • エピローグに泣かされました。
    一気に持ってかれた。

    被害者の息子と加害者の息子。全然違うようでいて、絶望の中にいる2人。
    剣道を通して対峙する事で、光が視える。

    それにしても、エピローグこんなんずるいわ。泣ける。

  • 亀岡市内の運送会社で働く倉内岳は、仕事のかたわら剣道クラブで鍛錬を重ねる日々を送るが、これまで大会に出たことはない。岳の父はかつて息子である岳を人質としてアパートに立てこもり、警察官を射殺した直後に自殺した。父の暴力から逃げて、母とふたり隠れるようにひっそりと生きていたのに、それでも世間の目は岳を「殺人犯の息子」としてしか見なかった。
    岳は、今度は他人の視線から隠れて息をひそめて生きるだけだ。自分の人生のすべてを諦めて。
    しかし岳に剣道を教え、彼を世間から守り続けた恩人が病に倒れたとき、その願いをひとつ引き受けることになる。
    彼の願いは岳の全日本選手権京都府予選出場。自分の剣道の腕は、いったいどこまでの実力なのか推しはかる。そしてそれは、事件の陰にうずくまり、隠れ続けた日々を捨て、自分の人生を歩んでいかなければならない時が来たという意味でもあった。

    予選を勝ちあがった岳と決勝で対戦する剣士は京都府警の通称「特練生」と呼ばれる剣道のエリート、辰野和馬。彼こそが、岳の父の凶弾に斃れた警察官の息子だった。和馬は事件以来、父の死への疑問を抱き続け、ひたすら強さにこだわり、加害者の家族である岳への憎悪をつのらせる、頑なな青年となっていた。

    事件から、すでに15年の歳月が過ぎていた――。


    ある夏におきた立てこもり事件。その犯人と、彼に射殺された警官。彼らがそれぞれに遺した息子たちが生きる、地獄の季節。同じ日、同じ場所で加害者と被害者という違う立場で「父」を喪った彼らは同じ剣の道に縋った。
    すべてを諦めるしかない。誰かを恨まずにいられない。そんな風にしか生きられなかった彼らの激情の発露のままに、決勝の場で激しくぶつかる竹刀が砕けて散る。打突の痛みは防具を超えて骨を貫く。
    事件の加害者と被害者、さらに彼らの背後に連なる家族の存在に焦点を当て、しかし本質は周囲を取り巻く人々の無自覚の罪と罰を問う問題作。
    最後の一行まで、必ず読んでほしい。


    KADOKAWAさんの文芸情報サイト『カドブン(https://kadobun.jp/)』にて、書評を書かせていただきました。
    https://kadobun.jp/reviews/759/90e9cae6

  • 「夏の陰」
    二人の宿命。


    犯罪が生む悲劇を題材にし、死に囚われた二人の新たな生への出発が描かれている。花火が効果的に使われており、グッと締めるラストはお見事で、最後に伏線回収までされている。二人も良く練られていて、キーマンである柴田の存在は効いている。


    殺人者の息子・倉内岳と倉内の父に殺された機動隊員の息子・辰野和馬は、共に死を抱えて生きてきたもの同士。二人は剣道を生きるために、強くなるために続け、自分のために、心を折るために、剣を振るう。


    加害者の家族、それも岳は自身を人質に取られ、銃口を父に向けられた、と被害者の家族、そのどちらに立つべきか。自分は何も悪いことはしていないのに、家族だったという理由で、転居し、人目につかずに生きてきた岳。母までにも、父の顔を思い出すから会いたくないと告げられる。その心情を想像すると辛いものがある。


    一本で、強い父を目指して剣道を続けてきた和馬の心情も強く伝わる。人生はいきなり変わると岳は呟くが、それは和馬にとっても同じこと。一瞬のうちに父を失い、転居を余儀なくされ、従姉からは、何故父が死んだのに笑っているのか、と罵られる(この従姉には納得はいかないが)。


    二人のどこにぶつけていいか分からない怒り、どう消化して良いか分からずに抱える苦悩を図ると、どちらにも立ちたい気持ちになる。しかし、この気持ちは、岳と和馬が対峙する試合で昇華される。二人は陰から出て自分のために生きていくときにきていることを真剣勝負の場で語り合う。 罪が齎す苦悩や苦痛、そこから見えてくる息苦さは、二人の試合で浄化され、次なる生き方に繋がっていくのだ。岳と和馬は、また決して会うことはないだろうが、二人はこの試合を忘れることはないだろう。

  •  小学生の息子を人質に立てこもった男が、救出に入った警官を射殺し、その場で自殺する。事件から10年以上経ったある日、加害者の息子「岳」と被害者の息子「和馬」が思いがけず遭遇する。奇しくも同じ剣道というスポーツを心の支えに生きてきた二人。第一章は岳の視点、第二章は和馬の視線で語られ、第三章では全日本選手権で二人が対峙するシーンが、圧倒的な緊張感とともにドラマティックに描かれる。

     殺人犯の息子というレッテルを貼られ、父親を思い出すからという理由で母親にも捨てられた岳は、過去をひた隠しにして、息を潜めるようにして生きてきた。一方、父の背中を追って自らも警官になった和馬は、強いと信じていた父親を失ったことで、「強くなくてはならない」と常に自分を追い込んでいた。正反対の立場なのに、第一章と第二章を読んでいたら同じくらいの熱意で両者に感情移入してしまって辛かった。どっちの肩も持てない。どっちの気持ちにも納得してしまう。

     第三章の疾走感と緊張感はとにかく半端なかった。息継ぎをする間もないくらい、早く次の展開が知りたくてページをめくる手がどんどん速くなった。剣道の大会のシーンなのだけれど、ここは戦国時代?それは本物の剣?って思うくらい。汗とか涙とかが本を飛び出してこっちまで飛んできそうな勢い。剣と剣、魂と魂のぶつかり合いを、言葉だけの力でここまで表現できることが本当にすごい。読んでよかった。

  • 加害者家族と被害者家族…出会うべくして再会する2人。
    ひっそりと生きる事、強くなる事を選ばざるを得なかった。

    最後に、偶然が重なり必然となっていた事が明かされた時、涙が溢れた。

    汗が飛び散り、痛みを感じるほどの熱量を感じる2人の戦いには手に汗を握った。

  • 全編通して重たい空気に満たされたお話です。でも、登場人物の心の描かれ方がすごい。心の底に暗く沈み込んだ苦しみが、竹刀を通して放出されるような。剣道のシーンは呼吸を忘れてしまうほどの緊張感が満ち満ちています。まさに真剣で生死をかけた立ち合いを見ているかのようでした。

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著者プロフィール

いわい・けいや 小説家。1987年生まれ。北海道大学大学院農学院修了。2018年『永遠についての証明』で第9回野性時代フロンティア文学賞を受賞(KADOKAWAより刊行)。著書に『文身』(祥伝社)、『水よ踊れ』(新潮社)、『この夜が明ければ』(双葉社)などがある。

「2021年 『人と数学のあいだ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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