いのちの初夜 (角川文庫)

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  • 角川書店 (1970年1月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (273ページ) / ISBN・EAN: 9784041083017

みんなの感想まとめ

人間の尊厳と生命の意味を深く問いかける作品が収録された短編集で、著者自身の体験を通じてハンセン病患者の苦悩と希望が描かれています。隔離された療養所での厳しい日々を背景に、患者たちの心の葛藤や絶望、そし...

感想・レビュー・書評

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  • ハンセン病を患った著者による作品。
    隔離され、重病になりながらも人間ではなく
    「いのち」として生きていく人々が描かれている。

    「日本書紀」にも記録が残っているハンセン病、
    明治時代に隔離政策がとられるようになり人権が
    侵害されるようになる。1996年に「らい予防法」廃止。

  • 「いのちの初夜」を始めとする8編。
    北條民雄はハンセン病に罹患し、療養所に入所してから創作活動を始めている。収録作すべてがハンセン病を患った自分の視点や他の患者の視点から綴られていて、療養所内で目の当たりにする人間模様や「いのち」についての葛藤が描かれている。ハンセン病については皮膚がただれてくる、目が見えなくなる、感染力は弱いが家族内感染が多い、ぐらいしか知識がないまま読んだ。
    想像をはるかに超える苦しみや痛み、生きることに対しての切実な嫌気。「いのちの初夜」の佐柄木の言葉がすべてだと思った。
    「ね尾田さん。あの人たちは、もう人間じゃあないんですよ」
    「人間じゃありません。尾田さん、決して人間じゃありません」
    「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです。僕の言うこと、解かってくれますか、尾田さん。あの人たちの『人間』はもう死んで亡びてしまったのです。ただ、生命だけがびくびくと生きているのです。なんという根強さでしょう。誰でも癩になった刹那に、その人の『人間』は亡びるのです。死ぬのです。社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡びかたでは決してないのです。廃兵ではなく廃人なんです。けれど、尾田さん、僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つ時、全然癩者の生活を獲得するとき、再び人間として生き返るのです。復活そう復活です。びくびくと生きている生命が肉体を獲得するのです。新しい人間生活はそれから始まるのです。尾田さん、あなたは今死んでいるのです。死んでいますとも、あなたは今人間じゃあないんです。あなたの苦悩や絶望、それがどこから来るか、考えてみてください。一たび死んだ人間の過去を捜し求めているからではないでしょうか」

    ちなみに差別を恐れて遺族が本名を公開していたかった著者の本名が、阿蘇市の20年の説得を持って、2014年ついに公開されたということです。

  • ハンセン病患者であった作者によるハンセン病小説集。
    「100分で名著」で紹介されているのを見かけて、「これは事前に知識をつけてしまってはもったいない」と思って慌ててチャンネルを変えて購入したもの。

    岡山県には長島愛生園という、ハンセン病患者の療養と隔離のために作られた施設がある。島の中にある施設で、現代でこそ橋がかかって車で本土と容易に行き来ができるが、以前は舟を使わないと出入りができなかったという。そこにはその島内だけで流通している紙幣があり、収容された患者のための学校や葬儀場があって、まるで一つの独立国家のような様態であることに興味深く感じたことをよく覚えている。
    この小説の舞台もそのような施設である。

    ハンセン病になったことで、徐々に体の機能が欠損していくことへの恐怖、自死すら選択できなくなっていく絶望感、家族との別離すること、あるいは家族へ感染してしまうこと。
    様々なハンセン病患者を描く中で、どの作品も共通して「命とは」「生きるとは」という命題に迫っていく。
    その生命観の深堀りの加減が尋常じゃなくて、これは「死」を身近に置いていたこの作者でないと書けない文章だと思った。
    特に表題作「命の初夜」のクライマックスの佐柄木の弁の熱量は凄まじく、所々息継ぎをしながらでないと読めなかった。

    この本、絶版となっていたものが、コロナ禍に復刊したのだと言う。
    子どもの頃、ふとんの中で「死ぬってどういうこと?」と考えて震えていた人たちにおすすめしたい作品です。

  • ハンセン病がまだ不治の病で、患者が隔離されていた80年近く前に書かれたもの。
    著者自身もその病により、「いのち」「生きる」ことと真っ向から対峙しなければならなくなった絶望と苦悩のなかで描かれた作品が8作収録されている。

    患者たちの追いこまれた、あまりにむごく、孤独で絶望的ないのちの時間は、想像すらかなわない厳しい日々で、ここで何と表現すべきかわからない。
    作品中に何度も出てくる、人間という存在を越えたいのちそのものがここにいる患者たちだ、という言葉が、終始心を貫いて離れない。
    心を鷲掴みにされるような感覚を味わったのは久しぶりだ。

    表題作の、主人公(著者自身の療養所入所の初日の思いそのままが投影されている)の自殺したいが生きてもいたいという葛藤は、たぶん本当にその思いに駆られた人物にしか描けない生々しいものであった。
    表題作のほか、太市という少年を描いた「望郷歌」と、死の床に瀕した患者が入院女性の出産を待つ「吹雪の産声」が印象に残っている。

    蛇足だが…この装丁はちょっといただけない。

  • コロナの時代、人なみにコロナに罹り、社会から切り離されかけたように感じた。その感じを、時代を超えて共感できた。
    一方、この表題である「いのちの初夜」として描かれるものは、正直、まだわからなかった。おそらくもっと深い体験をしないと理解できないのかもしれない。
    「死ねると安心する心と、心臓がどきどきするというこの矛盾の中間、ギャップの底に、何か意外なものが潜んでいる」、「人間ではありませんよ。生命です。」、「新しい思想、新しい眼を持つ時、全然癩者の生活を獲得するとき、再び人間として生きかえるのです。」

  • 「いのちの初夜」北條民雄著、角川文庫、1955.09.15
    257p ¥483 C0193 (2023.03.07読了)(2023.03.03借入)(2002.05.25/44刷)

    【目次】
    いのちの初夜
    眼帯記
    癩院受胎
    癩院記録
    続癩院記録
    癩家族
    望郷歌
    吹雪の産声
    あとがき  川端康成
    北條民雄の人と生活  光岡良二
    年譜

    (「BOOK」データベースより)amazon
    しみじみと思う。怖しい病気に憑かれしものかな、と―。若くしてハンセン病を患った青年は、半ば強制的に収容施設に入所させられる。自分の運命を呪い、一度は自殺すら考えた青年を絶望の淵から救い出したのは、文学に対する止めどない情熱だった。差別と病魔との闘いの果て、23歳で夭折した著者が描く、力強い生命の脈動。施設入所初日のできごとを克明に綴った表題作をはじめ、魂を震わす珠玉の短編8編を収録。

  • ハンセン病の尾田が病院に入った初夜、佐柄木との対話の中で生と死を見つめ直す話。
    授業でしぶしぶ読んだ本だったが、衝撃的で、色々な意味で感動した話だった。
    ハンセン病で体が崩れていく自身とハンセン病の患者達が尾田の視点で語られる形の話で、そのハンセン病の実態とその患者の気持ちが、ものすごい表現力で語られていると感じた。

    生きること、死ぬこと、がハンセン病患者という全く違った視点から語られることで、私自身も生きることについて深く考えさせられた。
    「ハンセン病患者は人間ではない、生命、いのちそのものだ。」「ハンセン病患者の人間は既に死に、生命だけが生きている」という言葉がとても刺さった。
     

  • 先日、産経新聞に「ハンセン病作家 北條民雄の実名公開」という記事に目が止まった。

    かつてハンセン病が不治の病だったため、社会からは恐怖の目が注がれ差別政策へ繋がり、患者達は親族と関係を経つことが情とされた時代。北條が入所した全生園は今もハンセン病患者への支援と治療を行う病院として役割を持ち続けるも、どうしても過去の出来事と感じてしまう。

    しかし今回の記事が掲載されるということは現在もハンセン病で苦しんだ人々の苦悩と、
    社会が黙殺した人権の侵害が問題として続いている様に感じた。


    「いのちの初夜」
    小田高雄は絶望と絶え間ない恐怖に怯え常に死を望むも、実は社会と関わり、社会が人として認める人間として生きたいという思いが、死にたいという思いを招いていることに気づく。
    ハンセン病患者として生きねばならず、生きるならば社会が人として認める人間になりたいと望んではならない。そうすれば死にたいという思いは消える。しかし、ハンセン病患者として生きるならば、新たに何らかの生きる目標を自ら探さねばならない。


    北條が尊敬したゲーテは遺した。
    「人間は努力する限り迷うものだ」

    北條は生きること自体に苦悩と迷いを感じつつもその大いなる不安からこの作品を生み出した様に感じた。

  • 昭和のはじめ頃にハンセン病患者の生活を描いた短編小説。著者自身もハンセン病を罹患しており、24歳という若さで亡くなっている。病気が話の中心となっており登場人物のほとんどが患者であるから、暗い内容が多く病状の描写などエグイところもあるが、どこかしら希望だったり明るさだったりが感じられる。あと、小林多喜二の読後感と似たところあるなと思った。

  • ハンセン病のことを詳しく知らなかったので、これを機会に写真をみたりした。ああ…と呻き声のような声しかでない。ハンセン病の療養所が舞台の小説を読んだことがなかったので、ただただ衝撃。

  • 想像を絶する凄い昭和初期の作品を読んでしまいました。
     川端康成先生から注目された北条民雄さんは、自らハンセン病を患いながらも、闘病の中から生命の尊厳を見つめ続けた小説家です。
     ハンセン病は、癩(らい)病と呼ばれていた疾患で伝染力が非常に低いにもかかわらず、治療方法が見つかっていなかった昔は、差別対象で隔離され、病の神経障害が原因で生じる咽頭機能障害は呼吸困難を誘発するため死に至ることもあったそうです。
     この作品は、生に対する魂の叫びが描写されています。
     病院は、生命絶えるまでの終着駅であるようで、入院患者は癩(くず)れかかった人間と言うよりは呼吸のある泥人形と化していきます。
     なんと物凄い世界だろう・・・。看護婦さえいない・・・。
    付添人は同じ癩病患者だ!
     苦悩や絶望は最早通り越している!それでも進む道を発見して努力して下さいと書かれていました!
     この作品を勇気をもって読んで頂きたいです。
    辛くても、きっと希望が持てる作品だと思いました。
     残念ながら良書なのに絶版本なので、リンクを貼りましたが取り寄せになり、青空文庫で良ければ読む事が出来ます。

  • 想像していたよりもずっとさわやかな読後感!

  • 命の病気に罹患しなければ真実に生命の素晴らしさなどわかりはしない。死ぬ前に「生」を死ぬほど噛みしめることができれば幸せだと思う。北条氏の作品は命の水によって透き通っているほど綺麗に脳へ処理される。

  •  著者は,大正3年生まれ。18歳で発病しわずか23歳で短い人生を閉じました。
     発病してからは多摩全生園(当時は全生病院)に入院し,癩という病気になった自分に対して度々絶望におそわれながらも,次々と文学を書いていきました。川端康成に認められ,文章を発表していきました。本書のあとがきも川端康成が書いています。
     年譜には,生まれについては「大正3年 9月某日某県に生まる」としか書かれていません。癩になったら,家族はいないと思え,死んでも故郷には帰られないと思え,と言われていた時代だからこその配慮なのでしょう。
     表題の「いのちの初夜」は,彼が全生病院に入った日の事が書かれています。ほかにも,日記風だったり,小説風だったりしながら,「命の叫び」が綴られています。

  •  『あん』を読んでから再読した本

     いのちの初夜というタイトルは作者がつけたタイトルではなく、親交のあったノーベル文学賞作家・川端康成がつけたもの。
     通常は結婚してはじめて迎える夜のことを意味する「初夜」は、この場合は違う意味を付されていると推察される。いのちが初めて産声を上げる夜、という意味だ。 
     
     癩患者となって療養所へと隔離された尾田(小説のなかでの作者の名前)の目に止まったのは、不治の病に苦しみ、病床で悲鳴をあげる肉体だった。まだ軽度の症状だった尾田の目には、いずれくる自らの運命そのものに映った。


      酸鼻をきわめる描写が続く。腐敗するにおいがしてきそうな描写だ。包帯に覆われて蠢く患者のうめき声が耳に響く。
     なすすべなく、死を待つだけの重症患者の看病をしていた軽症患者の佐柄木が尾田に問いかける。
     「これが人間だと思いますか?」
     
      その問いかけに言葉を失っていると、畳かけるように佐柄木は言葉を継ぐ。
    「人間ではありませんよ、生命、いのちそのものなんです!」
     茫然とする尾田に佐柄木は堰を切ったように思いの丈をぶつける。
    「僕の言うこと、解ってくれますか、尾田さん。あの人たちの『人間』はもう死んで亡んでしまったんです。ただ、生命だけがびくびくと生きているんです」
     
     あまりに深く壮絶すぎて、差し挟む言葉が見つからないが、当初は自殺することばかり考えて、死に片足を突っこんでいた尾田は、この言葉をぶつけられたことにより、冷徹な目を自らと患者に向けて、生を写し取ることに意識を転換する。
     癩とともに生を全うし、文学に殉ずることへのためらいを捨てた瞬間だった。
     
     良い本なのに、もう品切重版未定だから、本屋の店頭に並ぶことはもうない。
     こうして、良書も癩病も忘れられていくんだろう。
     
     いま巷にはいともたやすく人を死なせて、別離を悲しませようとする小説があふれている。言葉が軽い。いのちが持つ意味が軽い。
     
     言葉が持つ重みを感じてほしい。

  • 生きるって何だろう。人間ってなんだろう、と改めて考えさせられました。

  • 読後以降、朝礼にしゃがみこみ『止まる』高校生活、『檸檬』に突き動かされるまで。師であった?川端康成、後の自死でわずかに納得。

  • もし自分が不治の病になったらどうしよう、という不安はふとした時によぎるのでないでしょうか。まだまだやりたいことがあって、できるはずなのに、社会から放り出されるのは心と体を引き剥がされるようなもの。それはハンセン病でなくても同じだろうなぁ。隔離された病院はひとつの村のようで生活がそこにあるというのが意外で自分の無知を知る。

  • 高知・阿南出身の作家。多摩全生園にいたという。2017/12/02 08:24 (TBSラジオ「人権トゥデイ」にて前山記者より)

  • 「癩」の発病により二十一の時、東京都下東村山の癩療養所全生病院(当時)へ入り、わずか二十四で、腸結核によりその生涯を終えた北條民雄。その入院最初の一日を書き記した「いのちの初夜」で記録されている一人ひとりの姿を、同じ年頃に目の当たりにし、そこで生きた彼のことを、なんとも言えず。「患者」を記すその表現からは、その若さが所以の、ウチともソトとも言えない立ち位置からの思いが感じられる。

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著者プロフィール

1914年9月22日朝鮮「京城」生まれ。
1歳から父の郷里の徳島県那賀郡で育つ。1933年2月発病。1934年5月18日全生病院(現・国立療養所多摩全生園)に入院。1936年1月「いのちの初夜」が川端康成の推薦により「文学界」発表され「文学界賞」を受賞する。その後「文学界」「中央公論」「改造」「文芸春秋」に作品を発表。1937年12月5日結核により死去。『北條民雄全集』(1980年 東京創元社)

「2002年 『ハンセン病文学全集 1 小説一』 で使われていた紹介文から引用しています。」

北條民雄の作品

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