君たちは今が世界

  • KADOKAWA
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レビュー : 22
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041084328

作品紹介・あらすじ

みんなと、居たい。みんなは、痛い。
教室がすべてだったあの頃の、まぶしさとしんどさがよみがえる。
教室というちっぽけな王国の先に、本当の世界が待っている。

六年三組の調理実習中に起きた、洗剤混入事件。
犯人が誰も名乗りでない中、担任の幾田先生はクラス全員にある言葉を言い放ち、去っていった。
先生の残酷な言葉は、誰かが守ってくれる子どもの世界に終わりを連れてくる。
いじられ役、優等生、『問題児』、クラスの女王の親友。
教室での立ち位置がまったく違う4人は、苦悩と希望を抱えながら自分の居場所を必死に探し求めていて……。

感想・レビュー・書評

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  • むかしむかしの小学生の頃を思い出す小説。
    小学生の頃、連帯責任でみんな並んで先生に殴られた友達はいま、どうしているのかな。「みんなに迷惑かけたなぁ」と思い出してしまった。
    印象に残った文章
    ⒈ たいした大人になれない
    ⒉ ここ以外の場所のほうがずっと広いということを、どうか、覚えておいてください
    ⒊ その言葉には、時間を経たからこそ響く、まごころがあった。

  • 小学六年生。無邪気でいられるほど子どもではなく、とりつくろえるほど大人でもない。
    ティーンになる一歩手前の、柔らかく繊細で、少し鈍感な年ごろ。
    親や家族よりも友達との世界が大きくなり始める時、今、目の前にあるものが自分の全てであると思う。今のこの場所が、自分の全てである、と。
    一日の大半を過ごす学校、特に、クラス。そこにいること、そこで起こること、そこで思うこと、全てに神経を研ぎ澄ませる。
    4つの物語の4人の小学生。あぁ、こういうことあったよね、と思いつつも大人としての厳しい目でも見てしまう。それでも彼らの絶対的な「今」に少し同情もする。そしてエピローグ。ここで物語がぎゅっと締まる。うまいねぇ。ここがなければ単なる「そんなときもあったよね」で終わる小さな物語たち。彼らにとって「世界(すべて)」である「今」はあっというまに「過去」になり、そしてあのころ自分には見えなかったオトナになる。彼らに同情していたオトナであるこちら側と同じ目を持つ。
    小さな世界に住む彼らの「今」が大人になったとき「懐かしい」物語となりますように。そして陽太くんがカッコいいドラゴンを作れますように。

  • 六年三組の調理実習中に起きた、洗剤混入事件。
    犯人が誰も名乗りでない中、担任の幾田先生はクラス全員にある言葉を言い放ち、去っていった。
    みんなと、居たい。みんなは、痛い。
    教室がすべてだったあの頃の、まぶしさとしんどさがよみがえる。


    「自画像」を読んだ時もそうだったけれど、私はこの作家さんの著作を読むといつも、自分の小・中・高校時代をまざまざと思い出す。クラスメイトや大人たちから向けられた、時に配慮のない言葉、視線、劣等感…。「みんな」からはみ出さないようにいつもニコニコを装って、必死で足掻いていた当時の記憶が鮮明に蘇って、息が苦しくなる。


    だけど、じゃあ私はどうやって、苦しかったあの時を遣り過ごしたのか。どうやって卒業まで漕ぎ着け、曲がりなりにも大人になったのか。一番肝心なのによく思い出せないその薄ボンヤリとした部分が、この物語にはしっかりと描かれている。


    作中で担任の幾多先生がクラスに放った言葉は、大人をナメるなという牽制であり、どうしようもないクラスへの侮蔑であると共に、全てを投げうって残した、爪痕(一縷の望み)だったのではないかと思う。


    時間を経て振り返った時、それがどんなに黒歴史でも、痛みを伴う記憶でも、気付かされる事がある。世界は「悪意」一色では無いはずだし、人は一方向からだけでは分からない。

    私たちは必ず今より先の世界に行く。
    だけどあの頃はやっぱり「今」が世界(すべて)。
    エピローグには、いろいろと込み上げるものがあった。

  • この題名の通りなんだ、家の中で教室で、そこにいる人が中学生の世界の全て…逃げようとも思わない。周りを気にして、自分の存在の立ち位置に怯える。読んでいて胸が詰まる。

  • 小学生高学年、学級崩壊を起こしかけている学級を舞台にした物語だ。

    知恵がつき、しかし世界は狭く、自身の全能感が増したり、逆に卑屈になったりして世界と立ち向かう子供たち。
    女王然とふるまう子、犯罪スレスレのいたずらを計画する子、イジられキャラでありながら人気者グループの中にありたいと思う子、発達障害があるのかうまく他者とコミュニケーションがとれない子、自身が何ができないのかもわからないままネグレクトされている子、さまざまな子供たちが登場する。
    自分が若く見えることを喜びモンスター気味にクレームを口にする親、シングルマザーで生活を支える親、生活能力の欠落した親、など、さまざまな親も登場する。

    タイトルが、最初見た時には不思議な言葉のつながりに思えたけれど、読んでいて深く納得する。
    そう、この年齢の子たちにとっては今がすべての世界なのだ、ということを、遠い遠い過去の自分を振り返って思い出す。
    当時は狭いなどとも思わなかった世界は大人になってみれば小さく狭く、すべてと思えた「今」はいつのまにか過去になったのだった。

    物語の最後に、ある教師が子供たちに述べる言葉が、大人になった自分にとっては本当にその通りだと思えた。

    子どもはいつか成長する。
    私は、11歳、12歳の頃に思い描いていた大人には残念ながらなれなかった。
    けれど、世界は広く、やり直しはきくということを学んだ。世界は広い。そして私たちは前に進んでいく。

    自分の世界が狭いとは思わず、今に苦しむ子供がいたら、そんな言葉は到底信じられないだろう。
    だけど、実際、そうなんだよ、世界はあなたが思っているよりももう少し広くて、時は過ぎ誰もが大人になるのだ、という、著者の声が聞こえてくる。
    そんな物語だった。

  • 多感な小学校高学年の時期が書かれてる。ふ思春期という古傷をえぐられてるみたいで、苦々しい気持ちになりながらあっという間に読了。小学生、中学生ってまさしくタイトル通りだなぁと思う。この時期には2度と戻りたくない

  • 小6
    いじられ男子
    中学受験生見下し陰キャ女子
    低学年時問題行動コミュ障気味男子
    クラス女王の腰巾着ネグレクト母女子
    エピローグに同じクラスの地味女子の教職について小6担任になった後日譚
    クラスの女王の一人称があればよかったし説得力が増したと思う
    「たいした大人にはなれない」この真実を教えるたいした大人ではない教師のありがたさを理解しなければならないというのがテーマか(?)

  • 崩壊寸前のクラスに言い放った、呪いのような担任の言葉は。
    クラスという小さな世界の中で、居場所を求めながらささやかな衝突を繰り返す小学校高学年の姿を描いた群像劇。大人を舐めてかかる子どもたちが忌々しほどリアルだった。

  • 小学六年生のヒエラルキー、発達障害、仲間外れ、アダルトチルドレンなどなど、「教室という小さな世界が全て」の子ども達の様々な問題を取り上げた物語なのですが、リアル過ぎて胸が苦しくなります。

    一つの物語の最後に、その物語の主人公の子が少し前に進めるのでは?という雰囲気で終わるので、胸が苦しくなりつつも未来にわずかな期待を持ちながら読み進めることができます。(その後の事は書かれてない)

    なので、エピローグを読んだ時はとても救われた気がしました。

  • 今の小学生ってこんななの?
    自分より力の強いヤツに言われたら、従ってしまうかぁ。力がすべてかぁ。
    先生も言ってしまってるなぁ。言わずにはいられないよね、これじゃ。

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著者プロフィール

朝比奈あすか

一九七六年生まれ。二〇〇〇年、大伯母の戦争経験を記録したノンフィクション『光さす故郷へ』を発表。06年「憂鬱なハスビーン」で群像新人文学賞を受賞。著書に『憧れの女の子』『不自由な絆』『あの子が欲しい』『天使はここに』『自画像』『人間タワー』『人生のピース』『君たちは今が世界』などがある。

「2019年 『さよなら獣』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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