- Amazon.co.jp ・マンガ (196ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041085950
作品紹介・あらすじ
3000年間人間を守り続けた最強勇者は、ついには人間に必要とされなくなり任務から解放された。本当の意味で勇者を辞めるため、『賢者の石』を魔王に譲り渡すことを決めるが、それは最悪の戦いの始まりだった。
感想・レビュー・書評
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「勇者」に挑むのは、「魔王」、「四天王」。――そして「レオ」。
一巻、二巻と、魔王の軍団にはつきものの「四天王」の抱える問題に向き合い、解決してきた勇者レオ。
その過程の中で勇者自身の事情も語られ、読者にも薄々察しがついた頃合いかもしれません。
いよいよ「勇者」という人々の願い/呪いに魔王エキドナが、そしてレオ自身が向き合うことになる『勇者、辞めます(略称:ゆうやめ)』コミカライズ版三巻です。
表紙を見直してみれば、一巻、二巻ともにレオとエキドナがタイトルを挟んで分断される形でしたが、ここに来てがらりと変えてきた構図にも注目したいところ。
互いに意識しつつも背を向け合うのではなく、上下を分断して対峙を暗示する一枚の絵が重いです。これが最後だと錯覚したくなってしまいます。
また、段々と人間味を失っていく「勇者」レオの表情は何を期したものか? 気になるようですが、そこは実際の本編をご覧いただくとして。
先に断っておきますとここからはネタバレ前提の記述を行います。ご注意ください。
二巻のラストで勇者が密かに魔王城に就職していたことを(本人から)カミングアウトされたエキドナ。
絶妙に子どもっぽく大人げなく、ミニキャラの多用によってエキドナもまた妹枠の四天王「リリ」と同レベルなんじゃないか? と思わせる和やかな漫談はそこそこに。
物語は決戦パートに移行します。
開幕の言葉からして一巻冒頭での迷言でしたが、それも全く違った意味を持って襲い掛かることに。
結論から言えば、これまでのレオの不可解な動きはそのすべてが遠回りな自殺を企図してのものでした。
ここまで読み返してみる肝心な部分は伏せていましたが、嘘自体は付いていないのですよ。
すべては戦い続けることを望んでしまい、戦う理由さえ生み出そうとする壊れかけの自分を止めて欲しかったため。
見るに、この巻では最初から最後までレオの表情には「虚しさ」が付きまとうものに思えてなりませんでした。ところで私がコミカライズ版三巻で一番注目したいポイントがここです。
レオは共感を拒むような一方的な言葉をぶつけながら「最強」の力を振るってきます。
それに抗して時間稼ぎをするのが精いっぱいの四天王、そして唯一の対抗手を持つエキドナ。
タイトルの本当の意味も、ここで半分回収されます。
ここの戦闘パートは漫画ならではの俯瞰視点としてターンが入れ替わるように攻守が描かれ、原作小説におけるエキドナの一人称視点から見えた勝敗が読めない戦いとは違った趣をもって読者に届けられます。
この戦いの中で「勇者」と「魔王」の意味が目まぐるしく入れ替わるんですよ。
強大な力を持ち、悪を為そうとする輩に挑戦する者を「勇者」と定義するなら?
か弱き市井の民を守護する者を「勇者」と定義するなら?
数多くの仲間に支えられ、孤独な「レオ」と対峙する者を「勇者」と定義するなら――!
「勇者」と「魔王」は、ライトノベルやコミックのジャンルでも古くから対抗しあう軸として成立している物語の類型です。勇者は魔王を兼ねることもできるという理屈も早くから唱えられていた気もします。
だけどその逆も成り立つ、なんだったら双方が両立しうるというのは理屈として盲点だった気がします。
レオが己のアイデンティティーを支えた勇者という「称号」を宿敵である魔王に委ね、介錯してもらおうとする。
この辺はレオの固有技能である「超成長(≒コピー能力)」が関わっていると私は解しました。
二巻のレビューでも触れましたが、個性豊かな「きょうだい」たちと比べるとコンセプトからして「我」が無いって定義されてしまっているのですよね、レオ。
一人取り残されたために「レオ」は自分ではなく「勇者」という立場にすがるしかなかったのでしょう。
もちろん勇者レオが三千年人類を守るために戦い続けたこと、それ自体が無為であるとは口が裂けても言えません。
でも、その姿を見ているとものすごく虚しく思えてなりませんでした。
時間稼ぎに付き合うという事情あってとはいえ、饒舌に語っているように見えても四天王の攻め手を相殺するような受動的な反応が目立つのも私の解釈を後押ししています。
エキドナが「魔王」として受け継いだ切り札が「アンチ・レオ」と銘打たれた専用の特効魔法であったことを考えると、本当にレオを個人として認めていたのは彼自身ではなく対抗してきた魔王たち、延いて言うならエキドナだったように思えてなりません。
もちろん、この辺はありふれた手法と言ってしまえばそれまでなんでしょう。
だけど、物語の法則として「戦い」というのは互いの心情をぶつけ合う儀礼的な側面も持ちます。全く不合理でも双方納得して先に進むために避けられない戦いがここだったというだけの話です。
あえて結末は伏せますが、物語はここで完結せずにまだまだ続く、タイトルの本当の意味が完全に回収される、これだけでわかってもらえると思います。
レオはこの巻でも色々な表情を見せました、けれどそのほとんどが虚しさの上に乗せられたものであり、上滑りしているように思えたので私はこの漫画を大いに評価したいと思います。
もちろん、長い時を越えた「虚無」を真の意味で理解できる気はしませんが、想像することはできたんです。
よって、もしハッピーエンドが逆に心にささくれを残した、憤りを持った読者の方がいらっしゃいましたら、レオが過ごした長い時の一端を第三者として感じ取れることが叶う豊かな感受性をお持ちなのかもしれません。
いささかひねくれた見方だと思いますが、画面を埋めることを是とする漫画媒体で虚しさを描けたのは素晴らしいことです。
どちらにせよ戦いの行き着くところまで読めていた人には茶番かもしれませんけれど。
しかし、一流の悲劇より三流の喜劇という言葉もあります。レオから虚しさを感じさせることなく、素の表情を散々に出して、茶番に終わらせることができた。私はそのことに対して軍配を上げたいと思います。
「勇者」がいかなる意味を持つのかその議論を差し引いても、いつしか「勇者」の一体だったレオがその形容を外しても「レオ」として成立するようになった。
もはや「勇者」はいらなくなった、君は「レオ」だ、それだけでいい。
ここまで主人公が魔王城と魔王軍の問題と四天王たちに真摯に向き合っていたからこそ説得の材料が戻ってきて、それで漫画でさらにわかりやすく明確に、畳みかけるように伝えてきました。
もちろん原作ありきのシナリオといっても、改めて論理と構成にほれぼれとするようです。あと、コミカルな要素を得情報で強化して、帰るべき場所「魔王城」の楽しさとうれしさを伝えてくれているのもいい。
そんなわけでここ三巻をもって原作小説一巻の内容は完全収録です。
実はこの巻では小説三巻までの開示情報もひそかに盛り込まれています。細かいところですが、後出しゆえの特権をうまく用いて微修正された漫画版は小説版ともまた違った味を出すことに成功しているように感じました。
総じて、原作からしてタイトルでその全てを語っていただいている部分もあるのでこの作品を読み終えた読者にとってはいささか後追いのレビューとなった感となりましたが、どうかご容赦ください。
それでは最後にグッドニュースです。本作は好評につき連載が継続するようです。
次なる四巻は原作小説二巻に踏み込みます。出だしからしてまさかの新キャラの登場を皮切りに、漫画映えするエピソードがやってきます。
余すところなくタイトルを回収した一巻では留まらないとばかりに、また違った「勇者」の物語が待っていますよ。詳細をみるコメント0件をすべて表示