去年の雪 (1)

  • KADOKAWA (2020年2月28日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784041089842

作品紹介・あらすじ

自由自在に時空をまたいで進む物語は、100人以上の登場人物の日常が織り込まれたタペストリーのよう。覗いているうちに、読者もまた、著者の作り出す世界の住人になってしまう。そして、思いもよらぬ地平へと連れてゆかれる。江國香織小説のエッセンスが最大限に味わえるファン待望の一冊です。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルは「去年の雪」と書いて「こぞのゆき」と読むそうです。
    表紙の絵はコラージュを模したものです。
    こういう小説は他にあるのかどうか、私は読んだことがありませんでした。
    初めて読みました。

    百人以上の人の生活の(人生の)断片がずらーっと、切れ切れに並んでいます。
    表紙のコラージュと同じです。

    最初の方は「あるある、こういうこと」と何度も、ワンシーン、ワンシーンに頷くことが多かったです。
    例えば、島森りりかがピアノの練習をして、ストリーボックの”すみれ”を弾いているとピアノの音と降っている雨の音が混じり合って聴こえ、嬉しくなって笑ってしまう場面。私も雨は降っていなかったけれど、ストリーボックの”すみれ”を弾いた時のことを思い出しました。

    例えば、双子の姉妹である千奈美が、双子であることが普通で、双子でないというのがどういう感じか、想像するのが難しい。きっと、おそろしくひとりぼっちな、おそろしく淋しい気持ちがするに違いない。と思う場面。
    私は双子ではないし、姉妹もいないけれど、この双子の女の子の気持ちは全くそうだろうと思いました。

    そして他にも、昔の友人と再会した時の気分とか、なんと不倫をした男性の気持ちまで(私は不倫もしたことがないし、男性でもないけれど)この気持ちは手に取るようにわかると思うことだらけでした。

    そして時々、時代が現代ではなくなってしまったり(日本史の素養がないので何時代かはわかりませんが)。だんだんに「あるある」ではなく、「これはないだろう」という絶対経験しない話、犯罪者、死者の話も割合が多くなってきます。

    結局、これはどういうお話しなのかは、私にはわかりませんでした。
    それに私の「あるある」も私が勝手に思っただけで、江國さんが書いたこととは違うのかもしれません。
    でも、私は江國香織さんの小説は、ストーリーよりもそのディティールがとても好きなので、江國さんの描くディティールがたくさん読めて、お腹いっぱい、大満足でした。

  • ああ面白い体験だった。読み終えてそう思った。
    たくさんの人が生きていて、その生活が少しずつ切り取られている。
    この全てを俯瞰する神様(居るとすれば)の視点での話も読んでみたい。人間がこちょこちょ動き回っている様を面白おかしく観察する。

    だって私も今日か明日か、せいぜい80年後にはきっと死んでいるに違いなくて、人間が生きてきた長い長い歴史の中ではあっという間に消えてなくなる存在でしかない。

    「何のために生まれて何をして生きるのか
    こたえられないなんてそんなのはいやだ!」
    アンパンマンのマーチより。
    何のために生まれて生きるのか?って、考えたことがある人なら大概は「分からない」と思っているんじゃないかな。
    生まれたのも生きているのも必然というよりは偶然でしかなくて、そこに理由なんてない。
    アンパンマンは好きだしこの歌も歌詞も良いものだとは思うけれど、生きる理由をこたえられなくても幸せでいられるし、それもありだと思う。

    今日も生きる私は違う誰かから見れば全く滑稽かもしれなくて、私も本を開いてそこで生きる人を面白いなぁと思って眺めている。

    こういうことをあんまり突き詰めて考えすぎると頭がおかしくなりそう。



    偶然だけれど最近始めたTwitterで似たようなことに取り組んでいたのが嬉しくもあり。
    もちろん江國さんの足元にも及ばないけれど。

  • うーむ
    文学がわからない…
    江國香織さん、好きなんだけど、これは入っていけなかった…

  • 冒頭、一人の男が事故で死ぬ。
    そこから書き出すことができないくらいの人間、動物、幽霊が語り手になり、日常を語る。
    様々な生き方や、許諾の範囲、他人に求めることの範囲の広さ、フツーというものの捉え方の多様さ、一人一人の生き方はこれから変化していったり、または全くと言えるくらい変わらなかったり、そんな生活の中で、世界は止まることなく変化し、重なった世界や時間はいくつもの揺れを生んで、不純で完成の程遠い完全さを保っている。魂はゆっくりと世界に溶けていく。
    その様子が美しい文章で、日常に根差して織り上げられていくさまが本当に面白かった。
    魂がどんどんと自由になっていく様が本当に素晴らしかった。何度か名前や関係性を書き出していこうかとも思ったけれど、結局それをせずに読み終わった。
    ふわふわと、幽霊のようにひとびとの間を漂うような読み心地も、楽しかった。
    再読したら、また違うんだろうな。楽しみだ。

  • たくさんの人の日常を綴ってゆく物語。
    場面場面で場所も時代も違っているが、交差する物語もある。事件も大きな出来事もない。人生の一部が雪のように降り積もっているよう。神様が上から見ているようなのかな。地球は、時は動いている、ただそう思う…私にはあまり響いては来なかった。

  • 江國香織さん…本当にすき。いちばん好きな作家さん。江國ワールド満載すぎる一冊だった…うっとりするほど。雪が降って、溶けて、また降って、少し積もって…その繰り返しのような小さな短編たち。100人以上の登場人物。みんな違って、少し交差して、ふわふわと降る雪のような…読後面白かった!この話が好き!とかは特になく、ただ、ぽわんと。なんだろ、不思議な気持ちになるし、こんな読後初めてで混乱もしてる。残らない小説、だけど、すごくいい。

  • 奇書。

    登場人物は誰もがどこか、自分たちが歩んできた人生といま現在の状態に違和感を感じているようだ。

    或いは、特段の変化なき日常において訪れる、奇妙な体験。

    この物語はデジャヴュと白昼夢の連続である。
    または、逢魔ヶ時というべきか。

    こうした奇妙な体験は健康な人でもしばしば生じる。

    奇妙ではあるけれど、これらはてんかん発作までには至らないが、疲労やストレスのほかに感覚器官から受容された刺激と知覚・記憶・経験がうまく融合できなかったために生じる脳波異常であることを現代の我々は知っている。

    それでも、奇妙さや不思議な体験である。

    この物語はそうした奇妙さを読み手に残す。

    物語として面白いかと問われるとわからない。

    それでも、白昼夢を体感することができる奇書として、興味深い体験だった。

  • 登場人物多数、短いストーリー多数。
    でも、決してすべてがバラバラではなく、微かなもので繋がっている不思議さ。
    登場人物ごとのストーリーを追っていこうとするよりも、ただそう在ることを受け入れながら読み進めるといいのかもしれない。

  • 切り口鮮やかな、人生の断面あれこれ。主人公はおらず、一貫したストーリーもないことが、「誰も取り残さない」的な温かい空気を生んでいて、おしゃべりのような文章も相まって素敵な世界観。
    しばしば同じ思考にたどり着く登場人物たち。現実にもこんなこと起きてるはずだよなあ、と想像が膨らんだ。自分と他者の間にある厚いバリアを、軽やかに取り払おうとする試み。

  • スクランブル交差点の真ん中に立っているようです。
    私の前後左右斜めをいろんな人が通り過ぎて行きます。
    私は特殊能力を持っていて、人々の考えていることが聞こえ、人生の一部が見える。
    人々に私は見えないし、体は通り抜けることができます。
    そんな感じの本。

    去年の雪はどこに行ったのか。

    そこに無いものと、残ったもののお話。
    人が消えて香りが残ったり、肉体が消えて意識が残ったり。

    消えたように思えても、そこにあったという事実は消えない。
    ただ、人が思い出さなくなっただけ。
    見なくなっただけ。

    この人とこの人。
    相手はこんなふうに思ってたんだな、この人の相手はこの人だったんだ?と気づくと面白い。

    この人はこの人の生まれ変わりなのかもしれない、と思ったり。

    双子が何組も出てくる。
    双子同士はシンクロしている、とよく言われるけれど、双子の間だけではなく、交信能力そのものが高いのだろうか?

    子供はたいがい退屈している。
    夫婦や恋人はたいがいすれ違っている。
    不倫はたいがい体の関係の為にある。

    本好きな人も出てくる。
    本の中には過去の記憶が隠されている。
    「それ」が「あった」証拠だ。

    身近なものが突然、見え方を変える瞬間。

    そう

    無くなったものは姿を変えただけかもしれない。
    つまんないことを言えば、溶けた雪は水になり、蒸発して大気に溶け込んだのです。


    小説を読む時には、登場人物のプロフィールや簡単な人物関係などをメモしておきます。
    あとで「どんな関係の人だったっけ?」にならないようにです。
    大体はすぐに終わって、あとはポツンと、途中登場する人物が居るくらい。

    そのつもりで、メモしながら読んでいたら、あれ?
    いつまで経っても終わらない。

    玉葱か?
    私、玉葱むいているのか?
    さても、大きな玉葱であった事よ!
    もうちょっと先が知りたい人たちもいたなあ〜
    規那と柳のお話。
    あと、カラスが気になる。
    カラスだけは、自由にあっちとこっちを行き来できるのではないかと疑っています。
    だって、カラスだし。

  • 皆さんのレビューが、面白い、面白くないかの両極端な感想が多かったので、気になって読んでみた。
    確かに面白いような、面白くないような…。色んな人(死んでる人も含む)の日々の生活を描いた短編集と思えば、面白いけども、全てが繋がってくるのではないか?と期待して読んでしまうと、面白くない、という感じ。
    この後、どうなったんだろう?と気になる人たちもいて、確かにちょっと消化不良だけど、それは読み手が考えて。ということかもしれない。

  • +++
    自由自在に時空をまたいで進む物語は、100人以上の登場人物の日常が織り込まれたタペストリーのよう。覗いているうちに、読者もまた、著者の作り出す世界の住人になってしまう。そして、思いもよらぬ地平へと連れてゆかれる。江國香織小説のエッセンスが最大限に味わえるファン待望の一冊です。
    +++

    さまざまな時、場所、人びとのほんの小さなエピソードが、降り始めたばかりの雪のように、しんしんとただ積もっていく。いつかどこかで束ねられていくのかと、初めは思いもしたが、読み進めるうちに、これはそういう種類の物語ではないのだろうと、段々とわかってくる。同じ場所にも、時を超えて積もる人びとの営みがあり、場所を変えてもそれはやはりあり、どこを切り取るかによって、見えるものが全く違う。だが、時として、混線するかのように、場所と場所、時と時がつながる瞬間があって、普段暮らしていて、「あら?」と思うようなことが、もしかすると、そんな神様のいたずらのようなことなのかもしれない、などと思ってもみる。ひとりでいても、自分だけではない、というような、あたたかい心もちになれる気もする。多元的で重層的な一冊だった。

  • ほんとうにほんとうにたくさんの人が出てくる。
    時代も性別も異なる人々。
    目の前の生活を生きている人。
    幾千の人の億万の生活で世界はできている。

  • 過去と現在、そして死者の視点から、それぞれの断片を切り取ったショートショートで成る長編小説。
    とは言っても関係性や連続性はない。あくまでも断片のみが、入れ替わり立ち替わりで私たちの前にあらわれては去っていく。
    江國香織さんの作品で言えば「薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木」のように、次第に集約されていくストーリーなのかと思ったが最後までこの調子でちょっと面食らった。気になって調べたらこの小説の登場人物はゆうに100人を超えるんだそう。

  • すごい大規模な群像劇。
    老若男女、それだけでなく、仏さまやもののけまでが主人公。
    時代も平安?から現代まで。

    細かく数えてはないけど、100人以上の主人公が出てきて、短く綴られ、年齢や季節や時代をも超えてそれぞれが交錯していく。
    作品全体としての「起承転結」もなく、淡々と、数行か数ページ程度の超短編が連なる作品集、といった印象。
    読み終わる頃になってもまた新たな「主人公」が登場する。

    これを執筆するとき、作者の頭の中はどうなっているんだろうなと思った。

    時代をまたがって交流してたりして、ファンタジーだった。
    ときどき、「この描写、さっきのあれだな」とか、「この正体はあの人だったんだ」とかって気付けるところが多々ある。
    たぶん、人物相関図とか時系列とかを細かく書き出してみたら面白いんだろうけど、いかんせん登場人物が把握できないくらい多すぎて、わたしは深く考えずに読んで楽しむ程度で満足だった。

  • 新キャラがページ捲るごとに現れて最初大混乱した
    帯文の「この本を読んでいる時、あなたはひとりじゃない」が全てだと思う

  • 普通、読書家の人は好きな作品を何度も読むだろうと思うけれど、私は物語を何度も読むことはほとんどしない。
    若かりし頃、気に入った作品の名場面を見返したくて、我慢できず、本を開いてみたものだけど、最初に読んだ時の紐解けない面白さが理解されることで、たいてい、少しだけつまらなくなった。
    今回は読み返すな。
    (まったりしてて、居眠りしながらゆえに、読み飛ばしたところがあるはずで、)
    沢山の登場人物を勝手に混同しているような、気付きを見逃してるような気もするし。
    その勘違いや気付かないことも含めて、人生で、世界ということなんだろうとわかっているけど、知りたくなるのもまた世界だ。
    とりとめなく、大きく関係しているから、どう関係してるかは理解し難く、見えているようで見えない。見えるものだけ信じることで救われたり、見ないようにして平穏を保ったりする。
    昔は、それ全てがリアルで恐ろしかったけど、今はなんでもありだし、自分が落ち着くところを探せばいいと割り切った。怖いくらいのリアルを見せるストーリーは、ごくありふれたストーリーで、一つ一つは取るに足らない。だからこそ、私は好きだ。
    そして、ありふれたものを美しいと感じさせる江國さんの文章がとても好きだ。
    付け足せば(笑)、いつも新しい物語のスタイルに挑戦している姿も好ましい。
    進んでも、進んでも、好きでいられる作家に出会えたのは幸せだ。
    酔っぱらったり、うとうとしながら、ぶちぶち切って、少しずつ読んで‥‥そういう読み方ができる物語。 

  • ずっと不思議な感覚で読んでいました
    この本に自分が登場したらどの場面が入るだろうとか
    自分には登場するほどの一日は過ごしていないなぁとか
    ありきたりな言葉ですが、すれ違う人の一人一人にその一瞬があって
    自分が生涯覚えているだろう瞬間も他人にはありきたりな一瞬で
    でも、それの積み重ねで「今日」は出来上がっていくのだなぁと思いました
    この人に紹介したい、そういう本ではないですが
    みんなに読んでほしい、そんな本だと思います

  • まだ読んでいる途中だけれど、記しておきたい。いままで(たぶん)江國香織の小説は読んだことがない。

    なにかすごいものを読んでいる気がする。

    初めに死がある。

    そしておびただしい人物たちの人生の断片が万華鏡のようにめまぐるしく入れ替わる。時にはタイムスリップだってする。

    「去年の雪」というタイトルに促されてか、あるイメージが浮かんだ。よく映画で、降りしきる雪片が突如クロースアップされて一瞬スローモーションになり、その後突風によって吹き流されていく場面がある。本書の語りはこれだと思った。はかなさ。

    初めに死があったけれど、これは死への準備。長い長い走馬灯の続きのような寂しさが漂う。この寂しさの原因のひとつはおそらく、死者の魂が消滅しないことにあるのだと思う。死者はふたたび「出現」する。

    本書のタイトルから詩的な芳香を取り去るならば、おそらく「出現」というタイトルが適切だと思う。

  • いろいろな人がいて、いろいろな日常があって沢山のストーリーがある中、どこかで繋がっている。他人を盗み見しているような不思議な感じ。自分には頭の整理が必要だった…。

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著者プロフィール

江國 香織(えくに・かおり):1964年東京生まれ。1992年『きらきらひかる』で紫式部文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞、07年『がらくた』で島清恋愛文学賞、10年『真昼なのに昏い部屋』で中央公論文学賞、12年「犬とハモニカ」で川端康成文学賞、15年『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』で谷崎潤一郎賞など数々の文学賞を受賞。他の小説作品に『つめたいよるに』『神様のボート』『東京タワー』『抱擁、あるいはライスには塩を』『彼女たちの場合は』『去年の雪』『ひとりでカラカサさしてゆく』『シェニール織とか黄肉のメロンとか』『川のある街』など多数。『絵本を抱えて部屋のすみへ』『いくつもの週末』『雨はコーラをのめない』『旅ドロップ』などのエッセイ集や詩集・童話・翻訳など多彩なジャンルで活躍。 

「2024年 『読んでばっか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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