恐るべき子供たち (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041092460

作品紹介・あらすじ

◆享楽的で退廃的なムードが漂う第1次大戦後のパリ。高等中学に通うポールは、憧れの男子生徒ダルジュロが投げつけた雪玉で大けがを負ってしまう。◆同級生のジェラールがポールを家まで送っていくと、そこには、美しく奔放な姉エリザベートがいた。ポールとエリザベートは、社会から隔絶されたような「子供部屋」で、ふたり一緒にくらしているのだった。◆エリザベートと「部屋」の魔力に惹かれたジェラールは、その日から、ふたりのもとへ足しげく通うようになる。◆そこへ、ダルジュロにうりふたつの少女アガートがあらわれ、運命に吸いよせられるように4人の共同生活がはじまる。◆同性愛、近親愛、男女の愛。さまざまな感情が交錯するなか、4人はまだ幼く未熟であるがゆえに、たがいに傷つけあうことしかできない。◆やがて、ポールとアガートが強く惹かれあっていることを知ったエリザベートは……!◆20世紀のフランスで天才芸術家の名をほしいままにしたジャン・コクトーの小説を、西洋画家・東郷青児が美しく鋭い筆致で訳しだした名作。

感想・レビュー・書評

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  • 序盤から不穏。そのままラストまで一直線に、徹頭徹尾の不協和音。
    箱庭で繰り広げられる、依存と愚かさと怠惰とモラトリアム、その悪魔的な吸引力と破滅。
    健全なんてものは徹底的に廃されて、負の要素に満ち満ちている。

    なんて疲れる作品なのよ。でもそれが本作の魅力の根幹なのだから、恐れ入る。

    子どもたち(むしろ、アダルトチルドレンというべきか)の無軌道さの具現化なのか、ストーリーからして、どうにも乱雑でまとまりに欠け、個人的には決して「美しく繊細な作品」とは思えませんでしたが、でも、惹かれるものが確かにあるのです。

    訳者で画家として名を馳せた東郷青児(1897〜1978)は、本作を「詩小説」と呼び、訳者あとがきで、「この本を読みながらコクトーに油絵を描かせたらずいぶん奇妙なものを書くだろうと思った。画家の私から見ると、この詩小説はほとんど色彩を感じない。(中略)彼のパレットには灰色か白か、さもなければ燻銀のような黒しか並べていないようである。」と述べているのは、言い得て妙。

    でも、そういう東郷の有名作(特に女性画)だって、デフォルメ全開で、同じように灰色、白、燻銀メインの限られた色彩で、怪しい魅力満載。やはりそこは同類、惹かれるものがあったのでしょうか。

    小説なのに「詩」とつけてしまうのがしっくりくる、展開的にはあまり筋立てられてないけどそれを補ってありあまる尖った感受性の表現こそが最大の魅力とでもいうような作品なので、あらすじを書いてしまうと、後に読む人が白けてしまう気がしてしまう。
    なので、割愛。

    最後に。
    2020年夏に角川文庫から新装版として刊行された表紙絵の、青白い裸体の少年と寄り添う猫は、本作の持つ、全篇を覆い尽くす不穏さ、登場人物のあやうさや気まぐれが醸す妖しい吸引力を象徴しており、ものすごく心惹かれました。
    これが、なんと、あのルノワールの作だということも衝撃的だったのですが(なんか見たことある筆遣いと質感だけど誰の絵?と、悩むことしばし。)
    読む前も、読み終わっても、これを選んだ方のセンスの凄まじさを感じます。
    この装丁がつくことだけを考えても、本作を手にする価値はあったと思うくらいに。

  • ほとばしる感情の波が言葉となってその部屋を包む。エリザベートとポールにとっての聖域は、しかし出会いによって侵され、徐々に関係性を変えていく。まるで真っ白に降り積もった雪にどかどかと足跡をつけていくかのように。だから彼らは大人になることを拒むのだろう。美しいままでいるために。我らが聖域をこれ以上破壊される前に。閃光のごとき感情を放ちながら。
    括弧を使わずに台詞を表現する訳によって舞台劇の様相を示し、劇として箱庭の崩壊が表現される。その躍動感と神秘性が私には痛々しくも魅惑的に映った。

  • ーあなたをわたしの子宮に閉じ込めたいー

      無邪気な微笑みを浮かべて、地獄で戯れる天使たち。そんな情景と内容の不均一さが、ぎりぎりの表面張力で保たれつつ導火線を縮めていくような、危うい美しさに打ちのめされる。

     子供たちには子供たちだけの世界とその掟があることを、雪合戦の光景が鮮やかに思い出させてくれる。
     たしかに大人はいるのだけど、自分たちにしか分からない記号、合図、目くばせをつかって、授業のベルがなるまで、上手く大人の姿形に擬態しておいた子どもたちは、さっとそのごっこ遊びの続きへと帰っていく。

     けど、ごっこ遊びだとなめてかかるのではなくて、それが重大な意味を持って、そっちこそが教室や授業や「学校はどうだった」と訪ねてくる親のいる世界に対してもっとずっと現実的な世界であることなんかを、やっぱり思い出させてくれる。
     夢遊病のような状態だけど、幻想的でもなんでもなく、そこでは平然と血が流れる。親になった子供は忘れてしまっても、現役の子供ははっきり自覚している。

     だから、雪玉のなかに石を混ぜ込んだ同性の犯人を、その肉欲の伴わない愛情の相手を許してしまえるポールの姿は、あの雪景色のなかの子供たちの姿のままで大きくなっていく彼の原風景として、最後まで強烈に脳内に焼き付いている。

     失われて得るはずだった自我が、生長点とともに切り落とされ、彼は自分では何が何だかわからないまま、永遠の子供になってしまったと言うわけだった。
     
     学校を失って、同時期に母親を失ったポールは姉のエリザベートと共に孤児になる。

     命の危険を抱えるポールの存在が、少女を母親に変えて、まるで心臓の繊維のひとつひとつで編んだ赤い糸のように、姉弟を一つの精神が同居する密室の住人へと変えてしまった。

     この物語を思い浮かべるときほど、精神が部屋に似ていると感じることはない。
     人間関係が舵を取る物語に違いはないのだけど、姉弟が成長して、エリザベートが結婚しても、姉弟の友人のジェラールとアガートとの関係が変わっても、ポールが病気になって、エリザベートが弟に生涯を捧げると決めたあの“部屋”が、恐ろしいほどはっきりとイメージを結ぶのには、独特の読書体験がある。ー異なる描写から生まれた同一の図像が、細密化される不思議。

     半身の石膏像が、下着の折り重なる部屋を、読み止しの本が頁を開いたままで投げ出されているベッドのシーツの起伏を、決定的な意味を持っているガラクタの宝箱を、深海に沈んでしまってそのまま保存されている遺跡のように映し出す。
     神殿かあるいは、廃教会、もしくは半壊した聖堂のような部屋。その神にも見放されたような場所で、本当に神に見放されたこどもたちが事情を知らずに戯れているようで、ぞっとする。ぞっとするのに、心臓の琴線を弾かれたように胸が痛むのに、目が離せない。残酷な美しさ。

     幕間劇のような、姉弟の快活な悪童生活が語られたあと、物語は壊れたレーンへとジェットコースターのトロッコを運んでいく。
     ピーターパンシンドロームのようなポールが、友人のアガートとの間に愛を育む準備ができていた。それを読んでいたときは、再生不可能だった植物の枝から、新たに芽吹く葉を見るような奇跡を感じた。よかったと思わずにはいられなかった。

     しかし、ポールが失われた自我を取り戻し掛けている最中、アイデンティティークライシスを迎えていたのはエリザベートだった。
     繊維の中で一生を番のまま生きて死ぬ、カイロウドウケツというエビの仲間がいる。同様に“部屋”からポールを連れ出そうとしている闖入者としてのアガートには必死の牙が剝かれていた。
     
     資産家の青年に見初められ、すぐにその青年が事故死して、未亡人になるという運命で、エリザベートが次第に神格化されていたとはいえ、このときほど、彼女がポールへの愛を伝えるアガートに向けた、純粋な殺意を、作中でももっとも狂気じみていて美しいと思ったためしはなかった。
     愛のために涙を流す女性と愛のためにピストルを握る女性という対比もここでは、物語の二分するインパクトをもっている。
     
     ポールは最後、エリザベートの張り巡らせた全ての謀略に気が付く。そして“部屋”から出ることを覚悟して自殺未遂を起こす。
     エリザベートはポールの死を悟って、それでも、ポールが自分に向かって歩いてくるのを確認して、至福のなかで引き金を引いて拳銃自殺する。

     エリザベートがポールに、アガートとの愛を諦めるように語り、アガートとジェラールが結婚したことを証拠に、密室のなかで育まれたわたしたちの愛だけが永遠におまえを裏切らないのだと、言い聞かせている場面が、悲痛だった。

     ほんとうにそうなのだから。

     アガートは一心同体、まるで自分の胎児のようにポールを子宮に幽閉しようとするエリザベートのポールへの異質な愛の濃度に打ち勝てなかった。

     アガートのポールを思う気持ちには、世間では健全だとされている憧れや、異性への好意、この人の遺伝子が欲しいという細胞レベルの欲求があった。
     けれど、エリザベートには、一蓮托生、異性への愛でもなく、肉親への愛よりも深く、故に我が子への愛よりも尚離れがたい、出産も堕胎もされることのない胎児への、同一的な、完璧な愛情があった。

     それは遺伝子を自分と異性との間で二分する有性生殖ではなく、かと言って、自己複製する単性生殖の分裂でもない。 
     もっと十全な分身であり、投影であり、運命なのだと思わせる迫力があった。

     ポールが自殺ではなく、エリザベートを手にかけていたらどうだっただろう。ポールはエリザベートによって絶えず部屋に閉じ込められていたわけだけど、アガートという出口を見出した彼にとっては、その部屋はエリザベートと違って墓場ではなく、揺り篭だったはずだ。

     そんな風にみると、ポールのではなく、エリザベートがその目に見ていた部屋の情景が、エリザベートのポールへ抱いた感情が、この「恐るべきこどもたち」の象徴精神と言えるのかもしれない。

     2023/12/18

  • 子供たち、という言葉からイメージしてたより年齢が高かったけど、でもこの登場人物たち、とくに姉弟は「子供たち」という呼び方がぴったり。モラトリアムにしては長いし、いつまでもこんな関係や生活は続かないだろうと思っていたら崩壊しました。姉弟がこの家や人生から退場することによって。
    先に映画『ドリーマーズ』を観ていて、原作がこちらだと知り読んだのですが、近親相姦的な官能というよりは、姉弟はお互いに、相手を愛憎渦巻く己の半身と感じてるのか…みたいに思えました。
    弟ポールを側に置いておくためにエリザベートが企てたこと凄い…ジェラールは彼女を崇拝してるから言いなりだろうし。アガートを含めた4人で会う気不味さったらないけど、最終的に取り戻したのだからうーん。。。
    姉をエヴァ・グリーン、弟をルイ・ガレルが演じていた『ドリーマーズ』とは随分違うんだなぁ。コクトーが制作した?映画もあるようなので観てみたいです。

  • 別の出版社の文庫で既読でしたが装丁が素敵だったので購入。ポール、エリザベート、ジェラール、アガートの間で渦巻く愛憎。ポールとエリザベートは姉弟というにはあまりにも強い感情で結ばれていた。それはポールなくしてはエリザベートはエリザベートでいられなかったからだと思う。「部屋」の中での自分の役割を手放したくなかったのだ。彼女が最後に選んだ行動も悲劇的でありながら、何処か芝居めいて見える。ポールにとってダルジュロは愛の対象と憧れ、そして「毒薬」を齎す死の象徴だった。危うい均衡を保っていた「部屋」はやがて瓦解する。そこにはもう子供たちはいない。

  • 東郷青児訳!

    恐るべき子供たち ジャン・コクトー:文庫 | KADOKAWA
    https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000046/

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      大人にならない友のために ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」|好書好日
      https://book.asahi.com/article/11...
      大人にならない友のために ジャン・コクトー「恐るべき子供たち」|好書好日
      https://book.asahi.com/article/11581573
      2021/06/24
  • 訳文が難しく、すっと入ってこなかった。
    光文社の新訳版や萩尾望都さんの漫画も読んでみたい。

  • 若いという独特の情がどろどろ、ざらざらと混ざりあい、亡びていく様。

  • 登場人物が激情型すぎるからかあまりわからなかった
    萩尾望都版でリベンジしたい

  • お互いに依存しなければ生きていけない子供たち。子供ならではの閉ざされた世界の中で、愛し、愛され、傷つけ、気遣う日々を描いた作品。

    いわゆる恋の矢印が色々な方向に向けられ、それらが重なり合っているのだが、泥沼と一言では片付けられないような重みのある小説だった。
    子どもとはいえども、元気さや明るさが全くなく、暗くて荒んだ雰囲気だった。

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著者プロフィール

(1889年7月5日 - 1963年10月11日)フランスの芸術家。詩人、小説家、脚本家、評論家として著名であるだけでなく、画家、演出家、映画監督としてもマルチな才能を発揮した。前衛の先端を行く数多くの芸術家たちと親交を結び、多分野にわたって多大な影響を残した。小説『恐るべき子供たち』は、1929年、療養中に3週間足らずで書き上げたという。1950年の映画化の際は、自ら脚色とナレーションを務めた。

「2020年 『恐るべき子供たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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