勇者、辞めます (5) (角川コミックス・エース)

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  • Amazon.co.jp ・マンガ (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041093467

作品紹介・あらすじ

暴走したワイバーンが突如、人間の街を襲い始める。事件の裏にいたのは、呪術師カナンとレオの兄妹、デモン・ハート・シリーズの1人であるヴァルゴだった。レオは兄弟を止めるため、対峙することを決めるが――。

感想・レビュー・書評

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  • 男同士だけなら滅びと哀愁しか味わえなくても、みんなといっしょならきっとバカみたいに笑い合える。

    まず本題に入る前に前置きを少々置かせていただきますね。
    コミカライズでは省かれていますが、原作小説後半に置かれたサブタイトルにテーマが従うと仮定します。なら本作のテーマは「リタイア」だけでなく再出発も兼ねている。すなわち「次の職場は魔王城」。

    読者諸姉諸兄にとっては今更ながらの振り返りと怒られてしまう部分もあるでしょう。
    ただ、主人公である「勇者」レオが勇者を辞めて魔王軍に再就職したとは言え、今後の身の振りを考えるには過去の振り返りや清算が必須ということもあります。少しばかり現状の確認にお付き合いください。

    ということで、この五巻は四巻の内容を踏まえたうえで展開されます。
    それと、ここからの紹介とレビューはネタバレ前提でお送りすることを念押しさせていただきます。
    なので、どうかご承知の上で読み進め下さいませ。

    では、ここから。
    四巻では先にコメディタッチの中編二本立てでお送りした上で、笑い話では済まない水面下で進行している事態を提示します。そうして、それら因果が結節する後半部の五巻で決戦! に雪崩れ込むわけです。

    加えて言うなら、魔王と四天王が対峙する「勇者」という構図を繰り返すように敵と対面するのです。
    すなわち、元勇者にジョブチェンジした「レオ」の「きょうだい」のひとり、勇者「ヴァルゴ」ですね。
    このふたりはかつて同じ戦場を駆け巡った三千年前に、いつか拳を交わし合おうと誓った男同士です。 

    三千年の時を隔て、あの頃から変わってしまったレオと、変わらないヴァルゴ。
    ひとりは孤独に時と経験を重ねるも、長い戦いの果てに道を見失って危うく過ちを犯すところだった。
    ひとりは戦友たち、きょうだいたちと共に戦火を潜り抜けたあの時から零れ落ちて瞬間、今に至った。

    だけど、ふたりとも勇者という立場から離れて、ただ一人の「男」として死に場所を選ぼうとした。
    この辺は男兄弟同士だからなのかもしれませんが、本当に動機が似通っているというか、男の子ですね。

    というより意図的に対立関係の踏襲、繰り返し(リフレイン)を行っているのだと思います。
    ただしレオのケースと明確に異なる点としては、肉体を失ったヴァルゴは意図的に四天王のひとり「シュティーナ」の弟子「カナン」の身体を乗っ取るという形で巻き込みます。
    それと、露払いも兼ねてドラゴンの群れを狂わせるという形で手駒として巻き込みます。

    欲しいのはレオとの一対一の「決闘(ステゴロ)」のハズなのに、結構な大所帯が巻き込まれてしまうというのは皮肉な気もしますが、それでもこのふたりの関係性、気持ちがいいんですよね。
    ヴァルゴは見た目こそチンピラ風の凶暴なお兄さんですが、気風もいいし面倒見もいいということはここまでのカナンとのやり取りで伝わってくること必至でしょうし。コンビで好きになれるんですよ。

    設定上、ヴァルゴは心臓部のオーブだけ残していつ力尽きるかわからない後先知れない状態にあり、意思疎通はできても読者に共感の一手を打たせる演技もへったくれもなかったはずです。
    この辺りは漫画ならではの演出として、往時のヴァルゴの姿をイメージ画として合わせて描いてくれたことが功を奏したと言えるでしょう。多少絵的にシュールに見えるのも承知の上ですが、本当に良かった。

    決戦時には、先に撒いておいた(この巻の冒頭部分)変装魔法の布石も活かしており、これまた漫画版特有の演出として男同士の絵的に締まる殴り合いを再現してくれたのもサービス精神に溢れて素敵でした。
    最後まで殴り合った結末に来るのが、たとえどちらかの死だとしても、なんだかんだでバカになれる男の子たちの元気な姿にほっこりとなれたのですね。まぁ、錯覚ですが。

    なぜなら、ヴァルゴがいくら悪者を気取ろうと、ここまで積み上げてきた好感度は裏切れない。
    つまりヴァルゴが、放埓で身勝手な彼個人の願いを叶えられるだなんて思うなということです。
    結論としてヴァルゴはやったことがやったことなので多少の寂しさも混じる現状に落ち着きます。

    とは言え、万事とは行かないまでも丸く収まりハッピーエンドを実現させ、それを納得させたのは間違いなく原作は元より漫画として再構成を行った風都先生の手腕であると考える次第です。
    この辺は過去の回想が効いており、元々の構成の良さもあるのですが、それを活かせたのも事実です。

    箱根芦ノ湖で三千年前に起こった、魔王軍幹部「アガレス」とヴァルゴとの戦いは、原作からしてそうだったのですが笑いました。大笑いを誘うというよりじんわり染みわたっていく笑いを再確認しました。

    ボケとツッコミが完全に暴力の応酬に置き換わっているのに湿っぽさが微塵もなかったのは大きい。
    それと、溜めなくドンドコ回復魔法という名の防御不能攻撃を間断なくヴァルゴが打ち込んでくるコマの忙しなさも好ポイントでした。殴られ役の妙に濃い顔をしたアガレスも芸術点が高いです。

    それでいて、当時は無垢だったレオの冷静な補足のお陰で、ヴァルゴのかつての戦場で他の戦友のために身を砕いた人柄が伝わってきたので、だからこそ先に挙げた結末に納得が生まれるのです。

    ただ、その一方で一応この巻について難点を挙げられないことはないので指摘しておきます。
    別に私個人としては気になったわけではないのですが、一応公平を期すためにも少々連ねてみますね。

    シナリオの面では、一方的に被害者枠が回ってきたドラゴンたちと(ヴァルゴ)を擁護すべく回ってくる補足情報が、原作からちょっと省かれていることもあって少々割りを食った感がある。
    あと、戦場で拳をぶつけあうことで生まれる獰猛な笑みが上手く、魔法演出も手札のぶつけ合いという意味では面白い一方、連続した状況下でアクションとみるにはいまひとつと取れないこともない。

    ただし、過激な殺し合いというよりほんわかした落としどころを見つけるという意味では、以上に挙げた難点は意味をなさない。むしろ反転する意味合いもありテンポの向上にもつながるので痛しかゆし。
    と、言ったところでしょうか。

    あと、私なりの読後感を自己分析してみると単行本はスッキリと読めました。
    この辺については、WEB連載の上から下へのスライド方式に比べ単行本の右から左への見開き方式の方が見映えやそもそものコマ割り設計などで腑に落ちたのかもしれません。まぁ、この辺は私見ですが。

    さて。
    しんみりした終わり方も織り交ぜつつ、勇者と魔王と四天王に留めず、魔族と人族のかかわりなど大いに世界観を広げた原作小説二巻の内容もこれにて消化しました。
    次なる六巻からは原作小説三巻の内容に突入するとともに、世界観をさらに広げていただけます。

    既読の方にも未読の方にも気になり、これまでちょくちょくと影を見せてきた“彼女”も登場します。
    きっと、見逃せなくなることでしょう。私自身、三巻が発刊された時にはまさかここまで連載が続くと思わなかっただけに嬉しい誤算です。

    嬉しい誤算と言えば、みんなの妹「リリ」のミニキャラコーナーがちょくちょく追加されていたり、カクヨム限定の番外編もコミカライズ化して収録されていたりと漫画ならではのおまけも充実しています。
    きっと予想外はまたやって来ると察する次第です。今後の本作:通称ゆうやめにも大いに期待しますね。

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著者プロフィール

小説投稿サイト「カクヨム」に2017年1月より『勇者、辞めます ~次の職場は魔王城~』を投稿開始。「カクヨム第2回web小説コンテスト」にて大賞(ファンタジー部門)を受賞し、本作で書籍化デビュー。

「2018年 『勇者、辞めます3 ~次の職場は魔王城~』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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