血の葬送曲 (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (480ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041095263

作品紹介・あらすじ

スターリン体制下のレニングラード。人民警察の警部補ロッセルは、捜査を進めるうちに、連続殺人犯の正体を突き止められるのは自分しかいないと気づく。元ヴァイオリニストの自分しか。

感想・レビュー・書評

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  • ベン・クリード『血の葬送曲』角川文庫。

    クリス・リッカビーとバーニー・トンプソンの2人が合作名で描いたデビュー作。

    ソ連の歪んだ恐怖政治を背景に進行する骨太の歴史ミステリーであった。社会主義国家を維持するために国民の反対分子に常に目を光らすMGB(国家保安省)と、いつ彼らに連行されるかと怯える国民。社会主義国家には連続殺人犯は居ないという前提で物語が展開するトム・ロブ・スミスの『チャイルド44 』を彷彿とさせる。

    舞台は1951年のスターリン体制下のソヴィエト、レニングラード。凍てついた線路に並べられた5つの死体は全て歯を抜かれ、顔を剥がされるなど激しく損壊されていた。捜査にあたる人民警察のロッセル警部補は同士と共に奇怪な事件を捜査する。やがて、ロッセルは事件の犯人を突き止められるのは元ヴァイオリストの自分しか居ないということに気付く。

    次第に明らかになる事件の全貌と犯人の異常な目的。

    本体価格1,000円
    ★★★★

  • 独ソ戦で包囲封鎖され、極限的な飢餓状態で100万をこえる市民が犠牲となったレニングラ-ドを舞台に、スタ-リン体制下の国家保安省(MGB)に逮捕拷問された過去をもつ、元ヴァイオリン奏者で人民警察の警部補(レヴォル・ロッセル)が、ラドガ湖沿線の線路上で発見された5つの死体の謎に挑む、恐怖の超絶歴史ミステリ-。 「人民の敵を一人残らず排除する」体制下での恫喝、暴力と捜査妨害が繰り返されるなか、ショスタコーヴィチの〝レニングラ-ド交響曲〟が複雑に絡み合いながら、血と汚辱にまみれた驚きの結末へ。

  • 読んでいる間は、夜が辛かった。
    なんということのない日常なのに、緊張を解くことができない。
    友人も、家族も、身のまわりの誰も信用ならない。

    幸いなのは、それが夢だったことだ。
    目が覚めればどんな悪夢も終わる。
    1951年のレニングラードでは、しかし、それが日常なのだ。

    1951年10月13日、5つの死体がみつかる。
    「むごい死に様」とは、ミステリーでよく言われる言葉だが、5人とも、本当にむごい殺され方だった。
    その上、芯まで凍っている。
    氷点下27度の気温の中、張り付いた死体をどうにか剥がして、人民警察第17分署へと運んだ。

    ソヴィエト社会主義国家の捜査は、気配りが大事である。
    政治的に正しくなければならない。
    政治的意向に適う道筋をたどり、そのような犯人を捕まえなければ――時には指名された者を、そのまま犯人としなければならない。

    『そいつを連れてくれば、罪状はこちらでなんとでもする』 (321頁)

    でなければ、粛清される。
    ある日突然、"姿を消す"ことになるのだ。

    レヴォル・ロッセルはその経験者だ。
    レニングラード音楽院で学び、将来を嘱望されるヴァイオリニストだったが、ある日突然捕まって、拷問の末、その将来を失ってしまった。
    34才の今は、17分署の警部補として、日々をおくっている。

    まずは、遺体の身元を調べなければならない。
    凍っていることと、医師が足りないものだから――というのは、数々の医師が"姿を消してしまった"ので――検死はなかなか進まない。

    それでも、少ない手がかりを追っていたら、部下が"姿を消した"。
    友人の密告により、突然逮捕されてしまったのだ。
    手がかりとなった人物も"姿を消している"。
    仕方なく別の手がかりを捜すが、捜査は進まず、上からの圧力は強くなり、政治的にまったく正しい犯人を挙げなければならなくなる。
    その人物を捕らえて、自白させるのだ。

    『「拷問せずに自白させたことはあるんですか?」ロッセルは返答の知れた質問をした。
     ニキーチンはげっぷをしてから答えた。
    「ない。われわれは必ず質問をするし、要らぬ犯罪を自白するやつや、肝心な点を省いてしまうやつがいるからな」』(332頁)

    ニキーチンは、通称MGB、国家保安省の少佐だ。
    『部屋に入っていくだけでも、自白を引きだせるくらい』(332頁)の尋問の名手である。
    彼を介して伝えられる命令どおり、"逮捕と自白"がなされなければ、こちらが粛清、拷問、収容所行きとなる。

    しかし、ロッセルは真実が知りたいのだ。

    周りのだれも信用できず、日常ささやかな言動に常に注意を払い、盗聴を警戒しては、しばしばラジオの音量をあげるという、別世界の話である。
    どこを見ても、身も凍える暗闇ばかりかと言えば、しかし、そうでもない。

    常に音楽があるのだ。
    ロッセルはヴァイオリニストだった。
    記憶は常に音楽とともにあるし、旋律は身体に染み込んでいる。

    作者のひとりバーニー・トンプソンは、ムーシンに指揮を学んだという貴重な経歴を持つ。
    彼の学んだサンクトペテルブルグ音楽院は、もとはレニングラード音楽院といった。
    つまりロッセルと同じ音楽院なのだ。

    『廊下をゆっくりとめぐり歩けば、ベートーベンのソナタに迷い込み、ショパンのエチュードをくぐり抜け、目に見えないカーテンをすり抜けたように現実から次の世界へ、ハ短調から変イ長調へ、暗闇から光の下へと移ろうことができた。』(305頁)

    ロッセルが音楽院を訪れれば、読者もその中を歩む。
    むかいのキーロフ劇場に向かえば、楽屋にもステージ裏にもいける。
    そして、音楽家たちに出会い、その個性、心情、生き方、強いエゴを見るのだ。

    全編に音楽が流れ、象徴的な曲がいくつもあるが、
    私にはショスタコーヴィチの7番が特に印象的だった。
    1942年、ドイツ軍包囲下のレニングラードで演奏された事実を生々しく描かれれば、曲の聞き方も変わらざるを得ない。

    作者ベン・クリードは、実は二人の人物による筆名である。
    クリス・リッカビーはコピーライターなどの職種を経て、広告代理店を経営している。
    バーニー・トンプソンは、前述のとおりムーシンに師事した後、現在は編集者である。
    驚くべきことに、この『血の葬送曲』が、彼らのデビュー作なのだそうだ。
    そして、次の巻は2021年秋に出版予定という。

    この作品の舞台は1951年、スターリン政権の最末期である。
    その終わりは1953年――つまりは、1年ごとに1冊ずつ、3巻に渡って、スターリン政権の最期までを描いていくのではないかと、私は勝手に想像している。

    そして、その2巻目が翻訳出版されるのは、年度内? いやこの1巻目の、ちょうど1年後になるかしらと、
    さらに勝手な想像をして、今から楽しみにしているのだ。
    きっと、さらなる音楽があるにちがいない。

  • 極寒の地で、線路上に5つの死体が並べられていた。
    ロッセル警部補は、捜査を進めていくなかで、これらの死体と自分が無縁でないことに気づいていく——。

    正直言って、難解な小説です。
    ベリヤやショスタコーヴィチといった実在の人物が登場しますので、彼らがどういう人物なのか多少知っていれば少しは読みやすくなると思いますし、人民警察とMGBの関係などの知識があれば、なお良いでしょう。
    それでも、独特の言い回しをそのまま日本語訳していることもあって、すらすら読み進めるのはなかなか大変です。
    翻訳に関して言えば、もっと自然な日本語にしてほしいと思う一方で、こういう内容なのでそれも難しかっただろうと推測します(ところで、翻訳者はこれまで女性向け海外恋愛小説を多く翻訳されてきたようですが、そのようなジャンルではこのような翻訳調の言い回しが良しとされるのでしょうか…?)。

    一部誤訳が見られるのは、残念でした。
    例えば、123ページに、主人公のロッセルが学生時代の友人について冗談まじりにこう語る場面があります。

    「もう何年も会っていない。〔…〕いま頃は〔…〕魅力的な司祭の妻の誘いに抗えず、ペルミ東部のどこかで岩を砕いてでもいるんじゃないのか」

    私は最初、司祭の妻と関係をもったために採石場で強制労働に処されている、という冗談がなぜ冗談として成立するのか理解できませんでした。
    無神教が猛威をふるっていたソヴィエトでは司祭の地位は特権的ではなくなっていました。また、正教会では司祭で妻帯が認められるのは在俗司祭のみ、しかも輔祭叙聖前に限られます。それを踏まえてもなお、先の台詞は理解できません。
    なので、原文を確認してみました。
    すると、「司祭の妻」にあたる箇所は「minister's wife」、つまり「大臣の妻」だったのです。
    「大臣の妻と関係をもったから強制労働」という、なんてことない台詞だったわけです。

    また、372ページ以降「文化人民副委員長」なる役職が出てきます(原文では「Deputy Kommissar for Culture」あるいは「Deputy Cultural Kommissar」)。
    ソヴィエトの文脈で「Kommissar」は「委員長」ではなく「委員」です(例えば第二次大戦中のモロトフは外務人民委員、ベリヤは内務人民委員)。
    したがって、「Deputy Kommissar」は「副委員長」ではなく「委員代理」と訳すべきです。
    ソヴィエトの事情を多少知っている人がこの小説を読むと、こういう細かいところが気になってしまいます。

    ソヴィエト事情の話ついでにもう一点だけ。
    123ページに「国防省」なるものが出てきます。しかし、ソ連で国防省が設置されるのは1953年なので、51年を舞台とするこの小説で「国防省」が出てくるのはおかしいです(51年の時点で存在したのは軍事省)。
    これは、翻訳の問題ではなく、原著の問題ですが。

    気づいた点はまだありますが、長くなりますのでこれくらいにしておきます。
    とにかく、ソヴィエトの事情を知らないと読み進めるのが大変で、知っていたら今度はこういう細かいところに引っかかってしまって進まない、という小説でした。

  • 第二次大戦の影響が色濃く残っているレニングラードで、猟奇的に殺された5人の遺体が発見される。警部補のロッセルが捜査に当たるが、いつどんな罪で国家保安省に連れ去られるか分からない社会の中でなかなか進展しない。だが粘り強く進めていくと驚愕の事実が分かってくる。それは元ヴァイオリニストであった彼の過去とつながるものだった。
    なかなか強烈な印象の犯人だけど、戦争で極度に悲惨な経験をした人々がさらにひどく抑圧されている社会では、どんな怪物が生まれてもおかしくない。主人公の生い立ちや体験、人々の暮らし等が生き生きと描かれていて話にのめり込んでしまった。是非続きがあるなら読みたい。

  •  「1951年、レニングラード」「線路に並べられた5つの死体」という帯の言葉が眼を引く。大戦後、スターリン支配下の共産国家の恐怖政治下の警察小説ということで、かなりの変わり玉だと思いつつ読んだのだが、期待通りの突然変異的な作品。どこにもないこの個性的作品に出会えたことはまさに収穫だった。

     物語に未だ尾を引くナチスドイツとのレニングラード攻防戦について、作品では少なからず触れているが、兵糧攻めに合ったレニングラードは、長期に渡る攻防の下、圧倒的な飢餓に襲われ、その後遺症は物理的にも精神的にも戦後復興に向かおうとするこの都市には、まだまだ存分に吹き荒れていた。

     スターリン指揮下の秘密警察による拉致と拷問と処刑の嵐が国中を席捲する中、人間同士の不信が高まり、少しでも油断すると密告され、疑獄の果ての処刑や行方不明へと繋がる。いわゆる足元からの危うさでいっぱいの恐怖時代と狂喜の如き国家制度の下で、本書登場の人間たちは一人残らず息苦しいほどの緊張を強いられる状況なのである。

     警察官たちすら連れ去られると二度と帰らない。「線路に並べられた5つの死体」の警察官もほぼ全員が聖女の暗闇の中に消えてしまったため、捜査する者がいなくなり、レニングラード人民警察署のメンバーが雪を蹴立てて犯罪現場となった鉄路に赴く。五つの死体はすべて、指紋を採取すべき腕が切断され、全員の顔が剥がされ、完全な身元不明状態。ある者はレールに頭を乗せられ、ある者はレールの間に転がされている。

     主人公の捜査官レヴォル・ロッセルは、かつて交響楽団のバイオリニストだったが、拷問を受けた際に左手の指を二本切断されたことで、楽器演奏ができなくなって久しい。この物語のタイトルが示すように、この奇妙な殺人死体は、音楽の世界にどこかで繋がっているかに思われる。

     ロッセルの指を切断した拷問者ニキーチン少佐も本件に乗り出し、二人の奇妙な因縁のコンビはあろうことかこの運命の事件に、協力して捜査に絡んでゆく。凄まじい宿命の絡むこの事件を、遠い時代遠い向こう側の国に追いかけてゆくこのストーリー・テリングが凄まじい。格調高い芸術域に及ぶ音楽世界の語り口と、見えない影の国家による暴力の時代に真っ向踏み込んだ、逆境ミステリーの世界とが、ロッセルの眼を通して深刻に絡み合う。

     対立と、処刑と、拷問と、裏切りと。凄まじい時代。歪んだ残酷な事件。それらを扱って、なお高い格調を保つ本小説は、フィリップ・カーによるナチス三部作の恐怖と緊張に満ちた捜査を思い起こさせる。二人の新人作家による極めて特異なシチュエイション設定が格別である。作家の一人は音楽家だそうだ。主人公ロッセルのモデルに投影された音楽への愛着には魂を込めているように感じられる。

     各章の小題が音符で記されていることや、徐々に判明してゆく音楽との繋がり。眼を離せない伏線と、複雑な仕掛けに騙されつつ、ストーリーテリングの重厚な巧緻さに、最後には魂ごと持って行かれそうになった。当代における大変貴重な怪作として是非とも注目しておきたい作品である。

  • まず思うのは『トム・ロブ・スミスやん』。
    かの国は色々と恐怖でしかない。

  • 「線路に5人の死体」のインパクトが大きくて手に取った作品。
    歴史や音楽の教養があれば、100%楽しめたのかもと思う。知らない言葉や人物がたくさんでそのあたりは流して読んでしまったけれど、そこもこの作品の味なんだろうなぁ。

    元バイオリニストの警察官って…わくわくするw
    終盤は疾走感があるから映像化したら映えそう!(最初の現場が残酷だから難しそうだけど)

  • スターリン時代のソ連、レニングラード(現サンクトペテルブルグ)が舞台。5名の男女が惨殺され、遺体が線路に並べられる。被害者は顔面をはぎとられ、また奇妙な衣装を着せられるなどの細工がなされていたという猟奇殺人事件。個人的に「冷戦時代もの」と「ナチスもの」は優先順位高いです。全体の雰囲気はけっこう好きかも。でも謎解きは……そうでもなかった。

  • そうか 重い割に

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