ある晴れた日に、墓じまい (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041097731

作品紹介・あらすじ

離婚して古書店を経営する、44歳の正美は乳がんを患ったことから、実家の墓じまいを決心する。母親はすでに亡く、頑固な小児科医の父親も高齢。兄姉はあてにならず、特に兄は勘当同然で家を出ており、金の無心しかない。この先自分に何かあったら墓は無縁仏だ。今後を考えて決めたことだが、父親は大反対。抗がん剤の治療を受けながら、あれこれ考える正美だったが、突然、父親が心不全で亡くなる。墓じまいを済ませる前に、大黒柱が死んでしまった。いや、今や大黒柱は自分か。しっかりしろ、わたし! しかし、父の愛人疑惑が起きるは、遺産分けがなかった兄夫婦がやけになって警察沙汰を起こすは、どうなる、墓じまい? 少子高齢化の日本が抱えるお墓事情がしっかりわかる、イマドキの家族小説。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『墓じまい』を考えたことがあるでしょうか?

    少子高齢化が止まらない日本。現在進行形で進んでいくそんな事態を前にして、以前は考える必要がなかった事ごとにも意識を向ける必要が出てきています。介護は誰が担うのか?年金はこの先も制度として存続できるのか?問題は多種多様に存在しています。

    そんな中で最近脚光を浴びているのが、人の行き着く先のあり方です。火葬され、骨となった人間の行き着く先、それが『墓』です。『○○家先祖代々之墓』と刻まれた墓石の下に眠る私たちの祖先。しかし、それは『代々』そんな『墓』を守る人がいてこそ成り立つものです。では、そんな前提が崩れたとしたらそこには何が起きるのでしょうか?『代々』の『墓』に私たちは呑気に入っていて良いのでしょうか?

    さてここに、”子孫が居ない”という現実を見据え『墓じまい』を考える一人の女性が主人公となる物語があります。『墓じまい』の意味を知るこの作品。そんな『墓じまい』の大変さを知ることになるこの作品。そしてそれは、少子高齢化の今、あなたも他人事ではいられない『墓じまい』を考える物語です。

    『店長!』、『迎えに来たわよ』と、『正美が経営する時書房(ときしょぼう)という古書店の、ただ一人の従業員』のヒロコに声をかけられたのは主人公の赤石正美(あかいし まさみ)。『毎年受けている地域の健康診断で、乳がんの疑いを指摘されたのが七月末のこと』という正美は『再検査を受け、駄目押しの告知を受け』ました。そして、『四ヵ月も待っ』て『手術を終えて退院してみれば、そろそろ年末』という時期になっています。『若いころに始めたから、もう二十年近くも続いている』という『生業の古本屋』のことを思う正美は、『力仕事の禁止は、一生もの』という宣告に『マズイことになった』今を思います。ヒロコが運転する『軽ワゴン』に乗った正美は、ふと『あ。マズイ。おねえちゃんの誕生日を、忘れてた』と気づきます。『ダウン症という病気を背負わされて生まれ、人一倍優しい心を持ってい』る『姉が大好きだ』という正美は、『二十歳になる年』に『施設に入った』姉の君枝『の誕生日には必ず、プレゼントを持って会いに行』きます。『三十年間欠かしたことのない誕生日の面会を、今年はすっかり忘れていた』という正美は、『自分の病気にかかりっきりだった』日々を振り返ります。そんな正美は、ふと『墓じまいをしなくては。すごく面倒くさいけど』と思い立ちます。そして、『あたし、うちの墓じまいしようと思うんですよ』、『だって、うち、あたしでおしまいでしょ。もしも、あたしががんで死んだりしたら、墓守りが居なくなりますから』とヒロコに語りかける正美。それに『お兄さんは?』と訊くヒロコに『あの人に任せたら、無縁墓決定です』と『兄のことなどいわれて、カッとな』る正美。『継ぐ者が居なくなってしまった墓のこと』、『墓参りはおろか、草が伸びようが墓石が倒れようが、未来永劫放置される』という『無縁墓』のことを思う正美は、自分にも『兄にも子どもが居ない。赤石家の墓が、無縁になるのは当然の流れ』という危機感を抱いてきました。『おとうさんは、賛成してるの?』と訊くヒロコに『そこが問題でして』と返す正美は『おそらく、反対してキレまくるでしょうね』と父親のことを思います。そんな正美に『墓じまいのことを考えておくのは、良いことだわよ。だけど、何も今急いで考えることないじゃない…これから抗がん剤の治療も始まるのよ…』とヒロコは諭します。『墓じまいなんか、したくない…しかし、頼れる家族が居ない以上、考えないわけにはいかないではないか』と思う正美。
    場面は変わり、ヒロコがご馳走してくれると連れて行かれた『大吉庵』に座る二人の元にお重が運ばれてきます。『大手の新聞社』を退職し、『お給料安いですよ』と説明したにも関わらず、『いただける分でいい』と言って勤めてくれているヒロコは『生活に困った様子が』まったく見受けられません。それに対して『慢性的に貧乏』という正美は、『実家は開業医な』ものの、『院長…つまり正美の父親の正確に難があり、患者が寄り付かない』という中、『爪に火をともすようにして暮ら』す今を思います。そんな時、『ぐぅぅひゃひゃひゃひゃひゃ!』という『男の下品な笑い声が炸裂し』、『全てのお客たちが』『黙り込んで』しまいます。『課長にはつつもたせともちつもたれつが、同じに聞こえるわけよ…』と『少しの遠慮もなく』発せられる声を聞いて『いやな予感がする』正美。『ちょっと。やっぱり。いやだ。うそでしょ』と思う視線の先には『元の夫』『遠藤達也』の姿がありました。『若い頃からこの男は俳優並みの美男子だった』という達也の『外見の良さに惑わされ』たと後悔する正美の横には『若くて可愛らしい』女性の姿があります。『バカだな、おまえ』と続ける達也にイライラが募る正美は思わず立ち上がります。『椅子の背がコンクリートのたたきに当たって、びっくりするほどの高い音をたて』、『殺気のようなものを感じたのだろう』達也は正美を見て『うわ ー うわあ』と『漫画みたいな驚き方』をします。旦那とも別れ、『抗がん剤治療』を続けながら、『墓じまい』に邁進していく正美のそれからが描かれていきます。

    “離婚して古書店を経営する、44歳の正美は乳がんを患ったことから、実家の墓じまいを決心する。母親はすでに亡く、頑固な小児科医の父親も高齢。兄姉はあてにならず、特に兄は勘当同然で家を出ており、金の無心しかない。この先自分に何かあったら墓は無縁仏だ。今後を考えて決めたことだが、父親は大反対…どうなる、墓じまい?”と内容紹介にうたわれるこの作品。少子高齢化が着実に進むこの国にあって急速に脚光を浴びてきた『墓じまい』という言葉。今や誰もが他人事で居られない大きな注目ごとになってきています。この作品では、自分にも『兄にも子どもが居ない』という中に、『墓じまい』を真剣に見据える主人公・正美の姿が描かれていきます。

    そんな作品で注目したい点は二つです。この作品のテーマとなる『墓じまい』はもちろん核ではありますがもう一つ、正美が営む『古書店』の”お仕事”を見る側面にもかなりの分量が割かれています。では、まずはそんな後者について見てみましょう。『生業の古本屋は、若いころに始めたから、もう二十年近くも続いている』という『時書房』。そんな『古書店』の仕事についてこんな説明がなされます。

     ・『古書店の仕事は、本を売るよりも買うこと』

     ・『古書店の商いは、当然のことながら、店先で中古の本を安価に販売するばかりではない』

    『売るものがないのでは、商売にならない』という『古書店』ならではの事情が浮かびあがります。また、そうして売買する『古書』自体にはこんな見方があります。

     『古書の値段というのはこれも骨董の一種で、相場があるようで、ない。掘り出し物を入手できれば、いつかは必ずいい儲けになる』。

    『良い本を扱うことは、古書店としての矜持なのだ』という考え方が『古書店』の『店主』にあることが語られてもいきます。だからこそ、その売り買いのシチュエーションは大切です。

     『本の買取価格を決めるのは、こちらの技量を試されるシーンである。古書と古本というのは違う。骨董的な価値の違いであり、概念的な違いであり、価格の違いである』。

    なるほど。基本的には決められた価格の本を扱う一般書店との違いがこんなところに生じて来るのですね。書店員さんは誰もが本を愛する人たちだと思いますが、特に『古書店』は並々ならぬ知識を元に、まさに骨董品を鑑定するような世界と同じお仕事がそこにあることがよくわかりました。この側面から見るだけでもなかなかに興味深い世界を見せてくれる作品だと思いました。

    次はいよいよ『墓じまい』について見てみましょう。すっかり世の関心事となったこともあって、『墓じまい』のノウハウを紹介する本はたくさん出ています。一方でこの作品はあくまで小説であり、物語を読む先に自然と『墓じまい』の概要が見えてくる、そのような作りがされています。そもそも『墓じまい』はどうしてしなければならないのでしょうか?

     『無縁墓とは、継ぐ者が居なくなってしまった墓のことだ。墓参りはおろか、草が伸びようが墓石が倒れようが、未来永劫放置される』。

    そうです。子孫が絶えてしまった先に祖先や自分自身も入ることになる『墓』が『無縁墓』となってしまうのを避けるためというのがその理由です。

     『無縁となってしまった墓は、いずれ撤去されてしまう』、『葬られた先祖たちは、同様に無縁となった遺骨といっしょに合同墓に移されてしまう。いくら死んでいるからといって、相談もなしに他人と一絡げにされるのは、納得がいかないだろう』。

    このあたり、そもそも死んだ後にどのような世界が待っているか次第とも言えなくもないですし、生前の肉体の最期の姿である『遺骨』に未練などあるのか?という気もしますが、生きている身には、なんだか見ず知らずの人たちと『合同墓』に入れられてしまうのは嫌だなあと思います。結局のところ、『墓じまい』とは、子孫が居なくなってしまう最後の人の思いの先に行われるもの、そのようには感じます。では、そんな『墓じまい』にはどのくらい費用がかかるのでしょうか?

     『引っ越した先の墓の使用料と管理料、元の墓の法要(御魂抜き)にかかる費用、元の墓を処分し更地にする費用、引っ越し後の法要の費用、事務手続き費用』

    この世の中、なんでもお金がかかるものですが、『費用ばかりで目まいがしそう』という物語中の記述に思わずウンウンとうなづいてしまいます。また、そもそも引っ越す元にも『離檀料は、数万円から二、三十万円』とお金を支払う必要があります。これはもうただただ大変、そう簡単に決着できることでもないことがわかります。う〜ん、すっかり他人事にしたくなってきましたね(笑)。物語では、移す先でどのように祀るのか等々についても語られていきます。これは、本当に大変な世界だと思いました。

    そんな物語では、乳がん手術を受け退院、『抗がん剤治療』を受けながら『古書店』を営む正美の姿が描かれていきます。『墓じまい』は、子孫が居ない者が自分の収まる場所に危機感を抱くことが起点となるものです。正美は自らが『がん』となったことでやがて訪れる『死』を意識することになったことが起点となりました。しかし、その時点で正美には開業医の父親がいて、『札幌で内装工事の会社を経営している』兄もいます。正美だけが『墓じまい』を思っても関係する父親や兄の存在を無視して進めることなどできません。物語では、一方でそんな父親と兄に関わる事ごとも描かれていきます。そこには、予想外に展開するドタバタ劇が描かれていきます。実は私が上記した内容紹介は相当な分量を割愛しています。これは意図しての事です。というのも内容紹介は、この作品の結末直前までの大多数の展開に触れてしまっているのです。ネタバレそのものとも言えるこの内容紹介には驚きます。どういう意図あってこんなネタバレ紹介を書いたのか、出版社の意図が全く読めません。この作品に興味を持たれ、ぜひ読みたいと思われた方は、私のこのレビューまでとされて、決して内容紹介を読まないことをおすすめしたいと思います。

     『あたし、うちの墓じまいしようと思うんですよ』

    そんな言葉の先に、自分にも『兄にも子どもが居ない』中に自らがやるべきことを考えていく主人公の正美。この作品には、そんな正美が巻き起こまれてもいく家族のドタバタ劇が描かれていました。『古書店』の”お仕事小説”でもあるこの作品。『墓じまい』がそう簡単にはできない大変なことであることを再認識させてくれるこの作品。

    “少子高齢化の日本が抱えるお墓事情がしっかりわかる、イマドキの家族小説”という宣伝文句に、なるほどねと納得する、そんな作品でした。

  • 自分が乳がんになったことがきっかけで自宅の墓じまいを考えることになる正美。
    姉は施設にいて、兄は大学時代に家を出てそれっきり、父親は頑固で人の言葉を聞かない頑固おやじ。

    結婚したものの、相手があまりにもひどかったために離婚して、古書店を営みながらの一人暮らし。

    癌を患ったために自宅の墓じまいを考えていた時に、父親が心不全で急死。

    主人公の気持ちもよくわかるのだけれど、私自身、自分の家の墓じまいをする立場なので共感するところもあるのですが、男性陣があまりにひどくて(;^_^A。

    うちはこうならないといいな。

  • なんとなく群さんに似てるなぁ〜群さんの小説を読んでるみたいだ…てのが第一印象。
    乳癌に始まりそこからバタバタといろんな事が起きる。
    明るい出来事はなく憂鬱になってしまいそうな事ばかり…でもこれらの事がのしかかって来るのが人生後半なんだよね(ーー;)
    ただ正美さんの人柄なのか作者の文体なのか…起きる事柄は悲惨なのにどこか冷静に受け止めている感じが嫌な暗さを引っ張ってこない。
    淡々としている。
    なのでこちらも淡々と読破。
    実際大きな病気に罹ったらこうはいかないんだろうなぁ

    「家族にもいろいろある。幸せになるには距離感が必要。親子でも別の人間。水臭いくらいがちょうどいい」
    親も子も歳と共に環境が変わる。環境が変われば考え方も変わる。
    良くも悪くもいつまでも昔のままの関係性ではいられない。
    だから距離感!親子でもこれ大事!
    水臭いくらいがちょうどいい…だよなぁ〜


  • 親に墓じまいを頼まれたので読んでみた。
    いつかくるその時を考えると先祖に申し訳なく思っていたが、ただの故人の引越しだとこの本が考えを変えてくれた。

  • 44歳。バツイチ。職業古書店経営。乳癌を患い実家の墓じまいを思い立つ。人生の残り時間を考えるとき人は何を思うのか。自分のために、家族のために、残された誰かのために。

  • 親の遺産相続に墓じまい。主人公と同世代なので、そろそろ他人事ではない。遺言があったからよかったようなもので、この弟(とその妻)の様子ではもっとこじれてもおかしくなかったのでは。亡き父が彼女を主人公にした小説を遺作として遺していたのは面白かった。

  • 墓じまいを考えないといけないのかなぁ。めんどくささを感じるけれど、一時の感情で決めて良いものだろうか。めんどくさい人たちの中で、それを前向きに捉えようとして好感が持てる。

  • 主人公正美は、がん治療中、親は毒親、兄夫婦もやばい、姉には障がいがあり、元夫も酷い、、、これ、小説だからいいけど、実際自分が正美の立場だったら、心を病みそうな環境。
    本の世界へ現実逃避しがちなのは私も一緒なのでそこはかなり共感した。
    正美の逞しさと、前に向かっていく姿は見習いたい。

  • 堀川アサコ作品は初めて。
    読みやすい文体と小気味良いテンポが心地よい。
    他作品も続けて読みたくなりました。

  • すごく大変な人生だなと思った。
    父はなぜ、自分の趣味を踏襲しているような娘が、テレビを見ず本を読んでいることにキレたんだろう?
    高嶋ちさ子さんも、お姉さんの為に産んだと言われたと聞いたことがあるけど、両親兄妹との関係性って本当に大事だなと思った。
    ヒロコさんと昴くん、お姉さんは、通して良い人だったけど、ポンコツな元夫とその妻、父、(あまり納得はいかないけど)兄たちも、それぞれの立場と性格から考えて、人それぞれの考え方があって、根っからの悪魔はいないんだなとは思えたかな。。

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著者プロフィール

1964年青森県生まれ。2006年『闇鏡』で第18回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。『幻想郵便局』がベストセラーとなり、以降、「幻想」シリーズで人気を博す。他の著書に『ある晴れた日に、墓じまい』『うさぎ通り丸亀不動産 あの部屋、ワケアリ物件でした!』『オリンピックがやってきた 猫とカラーテレビと卵焼き』「おもてなし時空」シリーズ、「仕掛け絵本の少女」シリーズなどがある。

「2023年 『キッチン・テルちゃん なまけもの繁盛記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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