- Amazon.co.jp ・本 (512ページ)
- / ISBN・EAN: 9784041097861
作品紹介・あらすじ
――沙漠の国で奇跡が起きる――
第157回直木賞候補作にして、第49回星雲賞受賞作!
受賞歴多数、最注目の新鋭・宮内悠介が描く、爽快すぎる冒険譚!
沙漠の小国家、アラルスタン。日本人少女ナツキは紛争で両親を失い、国の教育機関“後宮”に引き取られることに。
同じ境遇の仲間と気楽な日々を過ごしていたが、大統領が暗殺され情勢は一変。
国の中枢のほとんどが逃亡、反政府軍が襲来する絶体絶命の危機に陥ってしまった!
ナツキは仲間の立ち上げた臨時政府に参加し、自分たちの居場所を守るために奮闘するが……。
どんな困難も笑い飛ばして明日に進む、乙女たちの青春冒険ストーリー!
感想・レビュー・書評
-
『マジすごい、宮内悠介』
解説と本の帯に書かれている辻村深月さんの言葉に、ただただ全同意。数年前『盤上の夜』や『ヨハネスブルグの天使たち』という、同著者の作品を読んだとき「新しい文学が、宮内さんの手から生まれるのではないか」みたいなことを書いたのだけど、その予感はやっぱり間違っていなかった。
中央アジアにある小国家アラルスタン。そこで起こった紛争で、両親を失った日本人の少女ナツキはその後、後宮(ハレム)と呼ばれる国の教育機関に引き取られる。
同じハレムに所属するアイシャやジャミラたちと共に、成長していったナツキだが、国の大統領が暗殺され、議員たちも逃亡。反政府組織や、周りの大国がアラルスタンを取り込もうとする中、ナツキは国を守るためアイシャが立ち上げた臨時政府に参加することになる。
これ以上ないフィクションであり、そしてエンターテインメント!
うら若い女の子たちが、軍事に国際関係に知略を巡らしつつもがむしゃらに、そしてひたむきに挑む。荒唐無稽であるとか、リアリティであるとか、そういうツッコミはもはや些細な問題にすぎないどころか、野暮ですらある。
物語の勢いとか、登場人物たちの魅力であるとか、そういったものが、話を先へ先へ引っ張る。
ただ、一見荒唐無稽な話に見えるものの、物語の詳細を詰めていくとなかなかにきっちり詰められていることが分かります。アラルスタンの歴史。民族問題や、反政府組織などの政治や思想の問題。そして隣国ウズベキスタンやカザフスタンが、資源を狙い、混乱状態にあるアラルスタンを飲み込もうとする。
そうした国際関係の描き方はもちろん、国防軍と、反政府組織の対決では、Wifiやドローンなども駆使した、近代的な戦闘も描かれる。
またハラルの女性たちはいずれも紛争や、大国の思惑で故郷や故国、両親を失っています。そうした彼女たちの複雑な生い立ちからの心理もまた読ませる。
一見荒唐無稽な話でも、そうした設定の詰め方は本当に丁寧で隙がない。物語の芯の部分、骨組みは相当にしっかりしています。だから荒唐無稽な話に違いないのに、無理は感じさせない。
国際関係や政治の複雑な部分を描きつつも、物語自体は青春小説の味わいもあります。ナツキたち若い女の子が国を成り立たせるため、一生懸命に行動し全力でぶつかる。時には切ない別れや裏切りも描かれる。また一方では、彼女たちの一体感であったり、成長や友情であったりも描かれて、それも素晴らしかった。
ナツキを中心とした物語の語り口は軽やかで、時にユーモアの部分も取り入れながら進められていく。物語の設定の硬さとそうした柔らかさの硬軟も、絶妙の一言に尽きます。
クライマックスでのテロ実行犯との対決、暗殺者が大統領に就任したアイシャを狙う劇場での大立ち回り。緊迫の場面が続く中で、時にコメディやコントのような、ズッコケそうな場面、すれ違いが生まれる。
下手すれば場面が一気に白けそうなのに、それをテンポと語り口で、最良の喜劇のように仕上げるその手腕。緊張と緩和が交互にやってきて、ページを読む手が止まらなくなる。
中心人物となるナツキやアイシャ以外のわき役もいい味を出していた。ナツキたちを敵視するハレムの最ベテラン女官のウズマを始め、反政府組織の中心人物であるナジャフや、軍部のアフマドフ大佐。そして謎の吟遊詩人で武器商人のイーゴリ。
いずれも一癖、二癖あって、徐々に第一印象とはまた違った、彼らの側面が見えてくる。
後は作品の幕間に挟まれるブロガーの、ブログも魅力的。ママチャリで世界一周を掲げアラルスタンにやってきたものの、大統領の暗殺騒動に巻き込まれ身動きができない状況に……。
このブログの文章が各章ごとの幕間に挟まれるのだけど、この文章もなかなかに壮絶で面白い。超ハード版「世界の果てまでイッテQ」。あるいは「電波少年」の今では放送できないような海外ロケを、より濃縮したような感じ。
これだけで一冊の小説になりそうだし、このブログが、アラルスタンの違った側面を端的に読者に伝えてくる。
アラルスタンというのは架空国家なのだけど、歴史や地政学的な面はもちろん、文化や服飾、食事から神話まで詳細に描かれています。著者の宮内さんは海外を旅されていたそうだけど、そうした素地が物語の中に遺憾なく発揮されているように思います。
国際謀略小説や、軍事小説、政治小説、そんなシリアスで硬い面を持ちつつも、一方で青春小説の爽やかさや、ドタバタコメディのようなユーモアと軽さも併せ持つ。
ワールドワイドな視点と物語背景、大国に運命を狂わされる小国と人間の哀しさ。そのすべてをナツキの言動を始めとした語り口の軽やかさと、時にはさまれる可笑しさ、そして物語の持つ爽快感で吹き飛ばし、大団円を迎える。
今の世界に対しての祈り。それをフィクションだからできること。エンターテインメントだからできることを詰め込んで、そして体現したのがこの『あとは野となれ大和撫子』という小説だったのだと思います。
宮内さんの作品は、ブクログから離れていた時期も読んではいたのですが、そのたびに既存の小説とは違う何かを感じました。そしてそれは、この『あとは野となれ大和撫子』でもしかり。
さらにすごいと感じたのは、『盤上の夜』『ヨハネスブルグの天使たち』は、抽象的な概念を含む、シリアスなSFだったのに対し、この『あとは野となれ大和撫子』は、先に書いたように軽さも併せ持ったエンターテインメントに仕上げられていること。宮内さんの底は、まだ見えてきそうにありません。
一作ごとに作風を変え手法を変え、小説の新しい世界を宮内悠介さんは、間違いなく開き続けています。
第49回星雲賞(日本長編部門)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
宮内悠介作品の中ではお気に入りの一冊なのです。
単行本も持ってますが、文庫もあらためて購入して再読しましたー。
中央アジアに位置する、架空の砂漠国家アラルスタン。
他国との紛争で居場所を失った少女ナツキが拾われたのは「後宮」。そこは、単なる大統領の側室コミュニティではなく、まさに大学級の教育機関として機能していた。
個人的にはね、アラブを舞台としながら「後宮」を特務機関にしちゃう、この発想が好きなんです……。
ナツキが、アイシャが、ジャミラが、流行ファッションや美味しいご飯を取り巻いてキャッキャと語らう一方で、国を守るための戦略を練り、AIM(アラルスタン・イスラム運動)という反政府組織とも対バン張っちゃうという。
アラルスタンの大統領暗殺という大きな事件の中で、国の力を弱めず存続の道をどうにか体現していこうというテーマ。
そこに絡んでくる「雨」のキーワードも印象的なのですよねー。
砂漠地帯にとっては恵みの象徴、でもチェルノブイリを経験した人々からすると災厄の象徴。
アラブ地域は今なお、力のある国家によって翻弄され続けている。こうしたキーワードから、考えの違いを浮き彫りにすることで相容れなさをうまく表しているようにも思うのでした。 -
文芸カドカワ2015年11月号〜2016年7月号掲載のものを2017年4月角川書店から刊行。第157回(2017年上半期)直木賞候補作。第49回(2018年)星雲賞日本長編部門受賞。加筆修正して2020年11月角川文庫化。中央アジアの架空の国のハレムと呼ばれる教育施設にいた少女達が、暗殺された大統領無きあとの国の舵取りを始めて行くというストーリー。あとは野となれ山となれのだじゃれ的なタイトルだったので、心配しましたが、わくわくする冒険物でした。登場人物達が魅力的で、展開もドキドキで楽しめました。宮内さんの中でいちばん好きな話になりました。
-
――
この国の名は、アラルスタン。かつて、アラル海とよばれた場所だ。
移住してきた多民族による新興国。油田とイスラム系反政府組織を内部に抱え、隣接する国々とその向こうの大国とが利権を争う小国。
独立記念日に大統領が演説中に暗殺され、議会がまるごと逃げ出した爆発物みたいなその国で、大統領直下の特殊教育機関“後宮《ハレム》”に属する少女たちは、自分たちの場所を守るために国家の運営に乗り出す。
……なにこのあらすじ(笑
この物語はフィクションです、って何処へ向けてるか解らない注意書きとはまるで違う、これぞフィクションだ! と胸を張っているかのような強度と速度。
立ち向かうものは大き過ぎて、根深過ぎて、
それでいて、いやそれだからこそ?
少女たちの物語は、軽やかに進む。
読み終わって、この物語が内包する(というか、この物語が成立するための要素であるところの)中央アジア情勢、議会政治の堕落、国家・民族間の確執、大人と子供…などなど、そのどれに方が付くわけでもないし、何か大いなる教訓が得られるわけでもない。
それでも、前を向いて考えて歩いてりゃ、悪いことばっかりじゃねぇし、悪い奴ばかりでもないんだよなぁ、という、
本当に恥ずかしいんだけど、そんな感想がいちばん大きい。
あるいは民族的、宗教的問題の中で、ナツキという日本人はある種浮いた存在に見えかねないのだけれど、
個人的にはそれもプラスの要素に感じられました。
ナツキみたいな日本人こそが、本当に旅人になれるのかもしれない。
ちょっと言い過ぎか? まぁ影響力無いからいいだろ←
そもそもナツキも日本育ちってわけじゃないしね…なんていうか、ニュートラルな存在?
国籍や民族で性格が定まるとは思わないけれど、
民族的な遺恨や禍根、してきたこと、されたこと。
そこから離れて、それを深く理解しながら、けれど問題は個人のものとして捉えられるニュートラルさ、というか。
そこにいる、ということを受け容れて、そこにあるものを繋いでいける強さ、というか。
何かが欠けている、から、そこを埋めることができるんじゃないか。
そんな、希望というにはあまりにも手前勝手な、
でも輝いて見える、何かが、あります。
あらゆるひとに、読んでほしい一冊。☆4.6
-
中央アジアの架空の国アラルスタンで、利発な少女たちが自国の危機を救うために大奮闘する活劇。
巻末の主要参考文献からもわかるように舞台設定のリアルさと、ラノベ的な展開のミスマッチさが肝。
相変わらず文章は巧いし、設定もすごいし、面白いことは面白いんだけど、限りなく4に近い3にしちゃったのはなんでだろう…。
ラノベ的ドライヴ感が小難しいリアル設定説明のくだりで失速してしまったのかもしれない。 -
『娯楽』★★★★☆ 8
【詩情】★★★★★ 15
【整合】★★★☆☆ 9
『意外』★★★☆☆ 6
「人物」★★★★☆ 4
「可読」★★★☆☆ 3
「作家」★★★★★ 5
【尖鋭】★★★★★ 15
『奥行』★★★★★ 10
『印象』★★★★☆ 8
《総合》83 A -
星雲賞だっけか?で読んだと記憶している。
舞台設定は確かにSFだけど、登場人物たちがみんなまっすぐで、さわやかな青春モノのよう。実際は結構えげつない状況なのにどことなく希望が見えてしまう。
読みやすいけど軽すぎず面白かったです。 -
沙漠の小国家、アラルスタンで大統領が暗殺された。国の中枢にいる男たちが危険を感じて国外へ逃亡する中、国家の危機に立ち上がったのは教育機関"後宮"の少女たちだった。
様々な民族が集まり、複雑なバランスで成り立っている国家の危機を少女たちが救う。なんと面白そうなストーリー…!
周辺国の圧力やテロリスト、血腥い想像をしながら読むが、あくまで筆致は軽い。その軽さが物足りなく思えて初めなかなか乗れなかったが、おかげで辛くならずに安心して読み終えることができた。
少女たちはもとから優秀であったが、責任を負ってまた更に成長する。試練を経て強くなる姿に胸が熱くなる、これこそ青春冒険譚の醍醐味…! -
中央アジア、干上がったアラル海に位置する小国、アラルスタンで繰り広げられた壮大な宝塚歌劇、みたいな・・・。
歴史と現状を踏まえた丁寧な舞台の設定と過酷な環境を経て各地より集まってきた少女達が葛藤しながら自らの信じるもののために向かっていく成長のドラマを、悪役が登場せず、かつ誰も死なない、安心安全なエンターテイメントに仕上げています。
ダムの決闘や劇中劇の学芸会には流石にちょっと萎えたけど、狙撃に動ぜずカリルを庇ってすっくと立つアイシャに思わずカッコいい!と萌えたのも事実です。
かなり好き。面白かった。