- KADOKAWA (2007年6月23日発売)
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感想 : 512件
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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784041099124
作品紹介・あらすじ
無頼の生活に明け暮れた太宰自身の苦悩を描く内的自叙伝であり、太宰文学の代表作である「人間失格」と、家族の幸福を願いながら、自らの手で崩壊させる苦悩を描き、命日の由来にもなった「桜桃」を収録。
みんなの感想まとめ
人間の苦悩と不器用さを深く掘り下げた作品は、主人公・大庭葉蔵の手記を通じて、太宰治自身の内面を映し出しています。幼少期から他人の期待に応えようと道化を演じてきた彼が、上京後に直面する酒や女性、金銭問題...
感想・レビュー・書評
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初めて読む太宰治はずっと「人間失格」にしようと思っていた。しかし、何となく難しそうだったり暗い雰囲気だから読むきっかけがなかったけどふらっと図書館の文庫コーナーに行くとこの本がありましまた。なんだ、こんなに薄かったのかと思った。なのでチャレンジしてみました!
この本は太宰治の遺書のような作品がありましす。読んでいるともう太宰治は主人公と自分を重ね合わせているんだろうなととても感じられました。人間の感情というものを繊細なテクニックで描いていてもうびっくり。太宰ワールドに沼りそうです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
学生の頃に国語に苦手意識があり、名作文学を避けてきました。
しかし成人して、本を読むようになって、ふと図書館で手に取った本作を、思い切って読み進めてみました。
独特の文体や馴染みのない語彙に、冒頭では挫折しそうになりました。それでも、主人公が「道化」という表の顔と「思慮深さ」という本質を持って、年月と共に変転していく姿を、最後まで見届けずにはいられませんでした。
それは太宰治の表現力ゆえでもあるかもしれませんが、自分を誤魔化せない人間が、この世間をどう生き抜いていくのかを知りたい。そんな切実な欲求が私の中にあったからだと思います。
「人間失格」と断じられる生き方の中にも、誰もが抱えうる「不器用さ」が潜んでいるのだと、深く考えさせられる作品でした。
以下、印象的な一節です。
世間という正体のわからない怪物への恐怖
主人公・葉蔵について、「神様みたいにいい子でした」…
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何度も最初の数ページ読んでは断念して、しばらく読むことも忘れてました。
でもやっぱり一度は読破しないと‼︎と思い直し読み切りました。
そして太宰が人間臭くて好きになりました。 -
太宰治の代表作にして、遺作のひとつ。
もうひとつの遺作『桜桃』も同刊収録。
世間に適応することができないため、劣等感と孤独を抱えて生きる青年、葉蔵が主人公。
本作は葉蔵の半生を綴った物語である。
葉蔵は人々が当たり前にこなしている行動が理解できず、上手く笑うことすらできない。だから、学生時代は進んで「道化」を演じて、周囲に馴染もうとしていた。
葉蔵は歳を経て、昔よりは上手く常識人を演じられるようになっていたものの、やはり他人に対する恐怖が根深く、不信感と孤独は拭えないままだった。
一方、葉蔵は女からはモテた。
彼曰く、「誰にも訴えない、自分の孤独の匂いが、多くの女性に、本能に依って嗅ぎ当てられ、惹きつけた。」
自己評価の通り、彼は女からは好かれたが、本当の意味で女を愛することはできなかった。そこにも主体性はなく、依存され、彼自身が世界に絶望していたために、女性と数度の自殺未遂を起こす。
女は死んだが、自分は死ぬことができず、この出来事に深く傷つけられた葉蔵はやがて酒と薬に溺れるようになる。
以上が本作のあらすじである。
太宰治の小説をまともに読んだのは初めてだった。
感想を一言で述べるとすると、非常に重い小説だった。
ストーリー自体が陰鬱であるのもそうだが、それ以上に、一文すべてにパンチの重さがあると感じた。故に、短い小説でありながらも心に残る。
本作は実在の人物の手記を基に太宰が自身の半生を投影して書いたものらしい。
太宰の実体験、彼自身が実際に味わった苦しみを反映しているからこそ、本作はリアリティがあり、読者の心を揺さぶるのかもしれない。
作中の男の登場人物は、すべからく葉蔵の「敵」である。全員が葉蔵を憎んでおり、苦しめようとする(と、彼は感じている)。
対して、女はすべてが「味方」である。彼を助け、救おうとする。
だが、彼自身は女に好かれていることは自覚しているが、助けられたとは思っていない。むしろ「つけ込まれた」という表現をしており、ここにも被害者意識が垣間見える。
葉蔵は即物的な営みに興味を持つことができず、自分自身も周りも顧みることなく退廃的な生き方をする。一方で神や罪など、抽象的概念に対する思考は好んで行う。作中でもこのシーンが描かれる。
個人的な感想として、葉蔵の「罪」はビジョンの欠乏であると思う。
葉蔵には欲望はあるが理想がない。
「こうなりたい」「これを成し遂げたい」という目標や野心がない。
だから、その目的のために手段としての平易な生活を積み上げることができない。その行為の意味が理解できないのだ。
「ビジョンがない人間は人間に非ず。人間失格。」
これが私が本作から鮮明に受け取ったメッセージのひとつである。
同刊収録の『桜桃』も、短いストーリーでありながら主人公の感情の揺れがよく描かれており、面白かった。こちらの方が太宰の本質を素直に表している作品だと感じた。 -
『人間失格』を読むのは、おそらく5回目になります。10年ごとに手に取っているような気がします(たぶん)...
太宰治の代表作として高く評価されている作品ですが、これまで読んできて正直なところ、なぜこれほど名作とされているのかがよく分かりませんでした。自分の感受性や文学的理解に何か欠けているのではないかと考え、「年齢を重ねれば分かるのかもしれない」と思って読み返してきました。
62歳になった今、以前よりも主人公の内面は咀嚼しながら読むことができました。孤独や不安、他者への恐れは理解できます。しかし、それでも尚、この作品が広く支持され続けている理由は、私には掴みきれないままでした。
『人間失格』は太宰自身がモデルになっていて、ある意味遺書的な要素も感じました。社会に適応できず、酒や薬に溺れ、女性関係にもだらしなく、生きる意味を見失っていく男の物語。確かに内面描写は鋭く、そこに太宰の文学的才能を感じます。しかし主人公の思考や行動に強く共感できるかというと、私には難しかったのです。
それでも10年後、また読み返しているのかもしれません。その時に何を感じるのか。そうさせるのもまたこの作品の持つ魅力なのかもしれませんね。 -
文豪作品を読みたいと思ってはじめに手に取った本。
深いな〜と思う部分が数ヶ所。反対に少し笑える部分が数ヶ所あって意外だった
「恥の多い人生を送ってきました。」確かにそう思える、タイトル通りな話だと思いました。
本棚にずっと大切にしまっておきたくて、しばらく経ってからまた読み直したい。
これからも定期的に文豪作品を読んでいきたい。 -
本当に大好きな本です。
初めて読んだ時、これ私が書いた?と思ってしまう程、共感の嵐でしたᴗ̥̥ .̼ ᴗ̥
同じ死生観の方が沢山いるとわかって安心させてくれた本です。
罪のアントニムの場面は私も一緒にその場で考えている様でとっても楽しかった(⸝⸝ɞ̴̶̷ ·̮ ɞ̴̶̷⸝⸝) -
H29.2.28 読了。
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今さら初めての人間失格。難解でめんどくさそう…のイメージから避けていましたが、考えていたよりずっと読みやすくてよかった。なんていうか意外と…今風…?な人間感。太宰治めちゃくちゃ俗っぽいじゃん。
とにかくあの有名な人間失格を今世で読む機会があって満足。 -
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生きづらさ
そんな言葉が流行る現代
この本はそんな心に寄り添ってくれるものなのかもしれません
誰もが感じたことがある人間の軽薄さ。
それが全く理解できない葉蔵
残念ながら少しは理解できてしまう自分
生きづらいのは彼の方やけど
理解できてしまって、そんななんとなく人間に慣れている自分は偉いのか?
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われ、山にむかいて、目を挙ぐ。
旧約聖書・詩篇第121の冒頭から始まる桜桃。
互いのわだかまりや不安。
口にすることで<現実>になることを
恐れるかのように喧嘩もできず取り繕う夫婦
人との交わりを絆にできず、
それはたちまち重い鎖となり身を縛る。
子供より親が大事。
虚勢をはり、振り切ろうとするも
涙の谷と父の寝汗。
しかし現実に父は悩み、母は泣き、
子は成長せずとも生きている。
自らを罰し、消えてしまうことのみに
救いを求める独りよがりの思いが哀しい。 -
人間失格
人間、失格。にいたるまで葉ちゃんの手記を読んで、こりゃ大変な人生を送ったな、と思ってたら最後に27歳という年齢発覚。びっくりした、、
今の私とほとんど変わらないのに人生経験が広く深くもはや人生何回目?レベル。
周囲に馴染むためにこういう時はどう反応するのが正解なのか、おどおとしながら周りを確認してた自分の過去を思い出した。自分以外は自然に反応できていることなのに私は正しい反応か分からず(笑うタイミングが1人だけ違うみたいな)、深層心理に刻まれてたけど、今思えば子供なんだし、人間初めてだし、って思うとなんでもないもんだなーと。
あとがきに行くまで手記である事をすっかり忘れるくらいの濃さだった。モテる、酒に溺れる、金なしの男はいつの時代もいるのね。ヨシ子のもちろんの略のモチ、私もよく使うから急に時代感覚おかしくなった。令和でもモチ使ってますよー -
高校の頃、国語の先生が言ってた。
人間失格を読んで「自分のことみたいだ」って後味が悪くなる人と「さっぱり分らない」って首を捻る人。
私は完全に前者で、自分の浅ましい部分や卑しい部分が言語化されてて、気持ちが悪かった。これは自分だけじゃなくてみんな持ち得る根本的な“部分”かと思うくらい正確な描写だった。
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久しぶりに読んだ
10代の頃は一番好きな本だった
大人になって読んだ時には、甘えてないでしっかりしろと思った
今回は一歩下がった感じで、当事者とはなり得なかった
最後の有名なフレーズ
ただ、一さいは過ぎて行きます
がすごく心に響いた -
通読するのは確か三度目だと思うのだけど(それなのに感想を書いていなかったから再読したのですが)、どうしてか冒頭からラストまで太宰の自叙伝であり、太宰を自己投影した大庭葉蔵が下剤でお腹をくだしながら『ただ、一さいは過ぎて行きます』と悟って終わると思いこんでいました。
が、これは小説家である「私」が、廃人となった大庭葉蔵の手記を紹介するという構成で成っています。つまり、道化を演じて堕ちていく男の姿を客観的にみつめている部分も同時に描かれているわけで、二回も読んだはずなのにこういう構成であると忘れていたのはなぜなのか……、あまりに太宰治=人間失格というイメージが強かったのかもしれません。
『走れメロス』『斜陽』をはじめ他作品も読んで、太宰はおもしろいなぁ、独白に近い文体でいながら物語がちゃんとすすんでいくのだから、とその文才を感じていながら、『人間失格』はあまりに太宰すぎて作品というより日記、ドキュメンタリーの感覚でした。が、久しぶりに再読して、これはいたずらに自白をしているだけではなくて、意図を持った作品なのだと感じました。
脳病院に入院させられたモルヒネ中毒の葉蔵を、神様みたいにいい子だったと語るバアのマダム。手記を書き終えてから十年が経過しており、その十年は空白。ただ、一さいは過ぎて行ったのでしょう。喜劇も悲劇も、恋も生死も。描かれていない十年間にこそ、この作品の核があるのかもしれません。
というわけで、可も不可もなく過ぎゆく、のっぺりとした印象の作品でした。うーん、感想を書きにくいです。つまらなかったからではなくて、さすがだなと感心する反面、大変な人生だなぁ困った性格だなぁと客観視してしまって。あまり入り込めなかった。その感覚こそ太宰が狙ったものかもしれない。大袈裟な悲劇は喜劇、というか。
心中未遂後に入院した病院の窓から、かもめが「女」の字を書いて飛んでいる描写が、個人的に好きです。 -
ネガティブすぎて読むのがしんどいと思われる方もいるかと思いますが、この世に生きることは苦しくてしんどくて大変なのが実情です。もちろん楽しいことも沢山溢れていますが、それもまた誰かが一生懸命頑張ってくれていることの裏返しだと思うのです。本書は太宰自身の苦悩を書き綴っていると言われていますが、人間として生まれ落ちてしまったばかりに、嫌でも真っ当に人間らしく生きなければならないことへの問題提起を感じ取りました。人道に反すること、人様に迷惑をかけることは勧められることではありませんが、普遍的な人間らしい生き方にどうしても対応できない人が一定数存在するのも事実なのだと思います。
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人間みんな葉三の一面を持っている。
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一人の人生を読んだ。正直、重いし薄いし楽しくはないけれど、案外そんなものなのか、と思う。
どこか安堵。
著者プロフィール
太宰治の作品
