堕落論 (角川文庫)

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レビュー : 116
  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041100202

作品紹介・あらすじ

「人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない」第二次世界大戦直後の混迷した社会に、戦前戦中の倫理観を明確に否定して新しい指標を示した「堕落論」は、当時の若者たちの絶大な支持を集めた。堕ちることにより救われるという安吾の考え方は、いつの時代でも受け入れられるに違いない。他に「恋愛論」「青春論」など、名エッセイ12編を収める。

感想・レビュー・書評

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  •  焦土、と言っていいだろう。家は焼け落ち、田畑は荒れて、路傍には浮浪者がうずくまる。人々は闇市に行列を作り、娼婦と孤児が夜の街を徘徊する…。どこか遠い国の話でも、マンガやラノベの話でもない。たかだか70年と少し前、他ならぬ私たちの国で、普通にみられた日常風景である。

     太平洋戦争後の混乱の中で、坂口安吾の『堕落論』は書かれた。わずか十数ページの小論文だが、そこに込められた熱量は凄まじい。「建設のために、まず破壊を」と説く過激さは狂ったテロリストのようでもあり、人間を見つめる静謐な眼差しは有徳の僧のようでもある。野蛮さと格調高さが奇跡的に融合した名文だ。

     かつては国の為に命を投げだした若者が闇市の商人になり下がり、貞淑だった戦争未亡人は別の男を追い求める。それはしばしば言われるように、敗戦によるモラルハザードなのだろうか? 安吾の答えは否である。敗戦は関係ない、それが人間の本性なのだ。戦争に負けたから堕ちるのではない、人間だから堕ちるのだ。

     安吾曰く、戦中の日本は美しかった。だが忠義と貞節など、美しい国を支えていた美徳は結局、空虚な幻影に過ぎなかった。その証拠に我々は、昨日までの敵国に、今日は嬉々として隷属しているではないか。我々は放っておけば、いとも簡単に二君に仕え、二夫にまみえてしまう民族なのだ。だからこそ為政者はことさら理想論を振りかざして、美徳という名の鎖で民衆を縛りつけずにはいられなかったのだ…と。

     戦後レジームが日本人を堕落させたのではない。日本人はただ本来の姿に戻っただけだ。生きてゆく以上は堕落するのは避けられず、その現実を受け入れるところから真の復興が始まるのだ。人間は弱いから、幻影にすがらずに生きることはできない。だからと言って、戦前の亡霊のような徳目を今更持ちだしたとてなんになろう。一人ひとりが生身の体で人間の「生」を体験し、実感として掴んだ血の通った理念のほか、すがるべき幻影などありはしない。…と、安吾は言っているように思える。

    〈生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか〉

    『カラマーゾフの兄弟』の未完に終わった第2部で、皇帝暗殺を企てるのは、敬虔なクリスチャンの三男であったという。してみると、テロリストのように民衆を煽動し、僧侶のように人間を慈しむ、安吾の思想にも矛盾はないのかもしれない。一流の聖職者ほど、闘争を厭わない激しさを心に秘めているものだろうから。硬直したシステムに風穴を開けることなしに、システムに押し潰されて窒息しかけている人を、救う手立てはないだろうから…。

     発表から70年たった現代でも少しも色褪せず、読む者の胸を打つ名文である。

  • 実を言えば何度も読む愛読書なので、今更という感じがあるけども、記録としてあげることにした。初めて読んだのは40年くらい前の高校生の頃だった、衝撃だった。敗戦のあとの日本人としてこんな考えがあるとは思わなかった。もはや戦争が風化していた。それが突然現実味をおびた。これからも戦争を儀式としてうわつっらだけ、伝えることはあるだろう。しかしこの本(正確にはこの本をよんだのではなく、別のほんなのだが)が残る以上、戦争の醜さとそれの上で生きている現代は批判され続ける。そしてそのことが希望になっている。何回も読んで、自分を戒めている。

  • 「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」

    すごい。面白い。
    この作者のすごいところは身の回りや歴史上の人物・事件をバサバサと自分の想いで論じときには切り捨てながらも、どうしようもなく愚かで狡猾で「アンポンタンな」人間への愛情に溢れているところだ。不完全で小狡い人間を、それゆえに真っ当になりたいと思う人間を愛し、称賛しているからだ。
    だからこの方の文章は温かい。いうなれば世俗にまみれた温かさだ。坂口安吾という人物に会ってみたかった。そう思わずにはいられない。

    「暑い」とか、「歯が痛い」とかで本気で癇癪を起こし、それを原稿に書いてしまうのに思わず笑ってしまった。チャーミングな方だ。

  • 難しいが読みごたえがあってこれぞ読書!と感じさせる作品。13作品が収録されている。一部の作品は私が無知で、批評している作家のことや時代背景の知識が不十分なところがあり、十分に理解できなかったところがある。しかし、他の作家を批評する場合にも、現代では作家間の関係性など、大人の事情があってここまで辛辣に批評できるのだろうかと感じた。
    私は、日本文化私観という作品に特に感銘を受けた。筆者は「見たところのスマートだけでは真の美にはなりえない」と述べている。つまり、人々の魂がやどるものにヒトは美を感じるのだ。本文にある具体例からまとめると、月夜の景観に代わって、ネオンサインが光っているという状況もそこに人々の生活が真に存在するならば、美しいと感じるということだ。つまり、真に必要ならばなんでも美しいし、文化になりうるということだ。
    私はこのことに加えて、同じものでも見かたによって必要性の感じ方に違いが出るということを提案したい。例えば、私たちが、ネオンサインに美を感じないとき、ネオンサインは、私たちにとって必要ない状況であるといえる。一方で、飛行機に乗っていて夜景をみるとき、街の光(ネオンサインも含めて)を美しいと感じる。これは、そこに人々が生活している証としての光と感じ、人々が生活するために必要なものだと私たちが無意識に感じているからだ。景観を意識した街づくりが近年注目されていて、どのように美を形成していくかということが検討されているが、人々にとって真に必要なものならばおのずと美しい街づくりが実現できるのではないだろうか。真に必要なものを形成することが困難なことではあるのだが。
    また、筆者は法隆寺もヒトがいるから寺があり、必要なかったら焼いてしまえばよいと述べている。私はこの言葉から、日本固有の文化というものが現存しているのか、頑なにそれを守ることが本当に必要なのか検討することも今後出てくるのではないかと感じた。

    次に表題の堕落論について少し述べる。人間だから堕ちるのであり、堕ちきって初めて変わることができるというのが主旨だと感じた。この言葉から、私は、人間は戦争や目先の利益にくらんだ争いをやめることができない。それは人間はまだ堕ちている途中で、どこかで変わることができる可能性を秘めていると拡大?解釈した。と、同時に私が生きている間には人間が堕ちきることはないとも感じた。

  • 強い。全体的に。
    この考えになれますかと聞かれると、なれないと思います。
    だからこそ、人々から憧れの眼差しで見られるのではないでしょうか。
    そして自分の弱さを確信する本。

  • 「日本文化私観」と教祖の文章が良かった。
    バサバサと書き進める爽快感と勢いを感じた。

  • この本を読んで正直ほっとした。人間は堕落する、そのこと以外に人間を救うことはできない、とのこと。だから我々は落ち込んだ時には徹底的に落ち込んでも良いのだ。そのあとにそこから見えてくる世界があるはずだからだ。人間は結局のところ孤独な存在なのだ。だから無理に人にこびへつらうことも、無理に友達をつくる必要もないのだ。少し安心した。堕落によって人間が誕生した、生きよ堕ちよ、堕落すべき時には真っ逆さまに落ちねばならぬ、地獄において人生を生きよ、生きることにはあらゆる矛盾があり、不可欠・不可解である等人生に自然体で接している。考え方で今までとは違うので徹底的に堕ち込んでみるのも良いかもしれないと感じた。

  • レビュー省略

  • ホントそうだなあって思えるとこもあれば、いやいやそれは…ってとこも。
    まぁそれは当然なことだけど。

    『青春論』に、『独身者は何かまだ一人前ではないというような考え方で、…』と書いてあってその辺のことは今もその当時も変わらないのだなぁと。そういうふうに感じるところが何箇所かありました。
    もちろん当時より少しずつでも変わってはきているのだろうけど、やはり時間をかけないとそう人間変われないものなんだろうなあ…。

    この中では『不良少年とキリスト』がすごく好き。
    他のより感情がすごくのってるというか文体が全然違くて、怒りや悲しみや悔しさなんかが文章から滲み出ててやはり太宰の自殺に思うところがかなりあったんだろうな…と。
    何度でも読み返したい。

  • 一読だけではわからない部分が多かったので、少し時間を開けてまた読みたい。

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著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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