堕落論 (角川文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041100202

感想・レビュー・書評

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  • 難しいが読みごたえがあってこれぞ読書!と感じさせる作品。13作品が収録されている。一部の作品は私が無知で、批評している作家のことや時代背景の知識が不十分なところがあり、十分に理解できなかったところがある。しかし、他の作家を批評する場合にも、現代では作家間の関係性など、大人の事情があってここまで辛辣に批評できるのだろうかと感じた。
    私は、日本文化私観という作品に特に感銘を受けた。筆者は「見たところのスマートだけでは真の美にはなりえない」と述べている。つまり、人々の魂がやどるものにヒトは美を感じるのだ。本文にある具体例からまとめると、月夜の景観に代わって、ネオンサインが光っているという状況もそこに人々の生活が真に存在するならば、美しいと感じるということだ。つまり、真に必要ならばなんでも美しいし、文化になりうるということだ。
    私はこのことに加えて、同じものでも見かたによって必要性の感じ方に違いが出るということを提案したい。例えば、私たちが、ネオンサインに美を感じないとき、ネオンサインは、私たちにとって必要ない状況であるといえる。一方で、飛行機に乗っていて夜景をみるとき、街の光(ネオンサインも含めて)を美しいと感じる。これは、そこに人々が生活している証としての光と感じ、人々が生活するために必要なものだと私たちが無意識に感じているからだ。景観を意識した街づくりが近年注目されていて、どのように美を形成していくかということが検討されているが、人々にとって真に必要なものならばおのずと美しい街づくりが実現できるのではないだろうか。真に必要なものを形成することが困難なことではあるのだが。
    また、筆者は法隆寺もヒトがいるから寺があり、必要なかったら焼いてしまえばよいと述べている。私はこの言葉から、日本固有の文化というものが現存しているのか、頑なにそれを守ることが本当に必要なのか検討することも今後出てくるのではないかと感じた。

    次に表題の堕落論について少し述べる。人間だから堕ちるのであり、堕ちきって初めて変わることができるというのが主旨だと感じた。この言葉から、私は、人間は戦争や目先の利益にくらんだ争いをやめることができない。それは人間はまだ堕ちている途中で、どこかで変わることができる可能性を秘めていると拡大?解釈した。と、同時に私が生きている間には人間が堕ちきることはないとも感じた。

  • この本を読んで正直ほっとした。人間は堕落する、そのこと以外に人間を救うことはできない、とのこと。だから我々は落ち込んだ時には徹底的に落ち込んでも良いのだ。そのあとにそこから見えてくる世界があるはずだからだ。人間は結局のところ孤独な存在なのだ。だから無理に人にこびへつらうことも、無理に友達をつくる必要もないのだ。少し安心した。堕落によって人間が誕生した、生きよ堕ちよ、堕落すべき時には真っ逆さまに落ちねばならぬ、地獄において人生を生きよ、生きることにはあらゆる矛盾があり、不可欠・不可解である等人生に自然体で接している。考え方で今までとは違うので徹底的に堕ち込んでみるのも良いかもしれないと感じた。

  • ホントそうだなあって思えるとこもあれば、いやいやそれは…ってとこも。
    まぁそれは当然なことだけど。

    『青春論』に、『独身者は何かまだ一人前ではないというような考え方で、…』と書いてあってその辺のことは今もその当時も変わらないのだなぁと。そういうふうに感じるところが何箇所かありました。
    もちろん当時より少しずつでも変わってはきているのだろうけど、やはり時間をかけないとそう人間変われないものなんだろうなあ…。

    この中では『不良少年とキリスト』がすごく好き。
    他のより感情がすごくのってるというか文体が全然違くて、怒りや悲しみや悔しさなんかが文章から滲み出ててやはり太宰の自殺に思うところがかなりあったんだろうな…と。
    何度でも読み返したい。

  • 青空文庫で読んだ「不良少年とキリスト」に感動して、紙の本でも欲しいと思い購入。カバーがアニメのものになっていたことが不満。知識不足もあり理解できない話が多々ありましたが、面白い考えを持った人だなと思いました。やっぱり紙媒体で読んだ方が心に直接響いてくるような感動があって好きです。

  • 日本文化史観ついて
    なにも飾り気がなく必要に応じて存在している、それそのもの美である
    Beauty for beauty does not have real beauty.
    Beauty of things human make for their require is really amazing.
    今まで伝統を無理に残そうとする人たちや、震災の記憶を引き継ごうと必死な人たちをみて感じてきた違和感。それを安吾は、美という観点で一つの答えを与えてくれる。美しくないのだ、わざわざ残そうとしたものは。残さなくて消えてしまったとしても、その伝統•気質は日本人が生き続ける限り消えることはないのだ。

  • 言葉使いの荒さにはびっくりしたけど坂口安吾面白い人だ。一応一通り読んだけど、文章の意味を捉えられたのは半分もないし、その半分でさえ理解できたとは言い難い。自分の考えをはっきり言い切る、かっこいい言葉がたくさんでてきた。
    また、時間があるとき読み返したい!

  • 坂口安吾の太宰治への愛情深さを、彼の太宰の死を惜しむ文章からその心情が伝わってきた。太宰の死は確かに安吾が言うとおり酔った弾みでなってしまったものなのかもしれない。太宰だけじゃなく、安吾の同世代で活躍した小説家の考察が読んでいて楽しめた。

  • 最後の章がキチガイなテンションで始まったときはどうしようかと思ったが、ちゃんと収まっていたので良かった。「学問は限度の発見だ。私は、そのために戦う。」という締めのセリフはカッコいい。
    坂口安吾は合理主義者だと感じた。日本人の慎みの美徳を完全否定して、徹底的に利便性を求めていたところが面白かった。彼はきっと冷やし中華にマヨネーズをかけるタイプの人間だ。
    しかし恋愛に対しては合理主義を貫けていなかった気がした。でもそこが人間らしくて良いと思う。
    堕落論よりは続堕落論のが面白かった。
    坂口安吾の小説を読んでみたい。
    「学問は限度の発見だ。私は、そのために戦う。」

  • 絶望・勇気・気力・憂鬱すべてをくれる珍しい本。
    いろいろ人生幻滅するだろうけど、なんとかなれそうな気がある。

    気になる台詞
    ・人間の歴史は闇屋となるところから始まるのではないか。
    要するに、生きることが全部だと言うより外に仕方がない。
    生きることだけが、大事である。

    ・是が非でも生きる時間を生き抜くよ。そして、戦うよ。
    決して負けぬ。負けぬは戦う、ということです。それ以外に、
    勝負など、ありやせぬ。戦っていれば、負けないのです。
    決して勝てないのです。人間は決して勝ちません。
    ただ負けないのだ。

  • 「古いもの、退屈なものは、亡びるか、生まれ変わるのが当然だ。」

    13のエッセイから成り立っている。基本的に誰かを批判しており、称賛していることはない。”じゃぁ、著者はどうなのか”と思ってしまうこともしばしば。

    日本文化私観では、欧米に憧れる日本人と過去の伝統ばかりに重きを置く人々に対する痛烈な批判が面白い。これが発表されたのが1942年だと考えると、よく書けたものだと感じる。

    デカダン文学論では、あらゆるモノに対して、誠実さを求める考えは、処女幻想だと評した。何かが進化していくためには、それが破壊されなければならないと説く。これは、日本文化私観の発展かもしれない。

    悪妻論では、精神的なつながりだけの恋愛が神聖だと考えられている現状を嘆き、肉欲こそが、人間の本質的なもので、他人を魅力するものだと捉えた。肉欲を肯定しているにも関わらず、著者は、意中の人物と口づけをしただけで絶交していることから、肉欲に生きる人物は著者の目指す姿なのかもしれない。

    エゴイズム論では、対価を求める親切を斬る。親切は、無償の愛であり、それが裏切られたからと言って、相手を恨んではいけないし、その行為をやめてはいけない。これはキリストの教えに通じるところがある。

    著者は太宰治と仲が良かったらしい。その太宰の新しい面を発見できたのはとても興味深かった。

著者プロフィール

1906年、新潟生まれ。評論家、小説家。おもな著作に『風博士』『堕落論』『白痴』など。1955年没。

「2019年 『復員殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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