日本の文脈

  • 角川書店 (2012年1月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784041100783

作品紹介・あらすじ

農業、教育、宗教、思想、戦争、そして3月11日の東日本大震災について……日本の知性を代表する知のフロントランナーの2人が日本の未来を語り合う。いったいこの国はどこへ行こうとしているのか。

みんなの感想まとめ

多様なテーマを取り上げた対談形式のこの作品は、読みやすさと深い内容の両方を兼ね備えています。著者たちは日本の未来や文化、特に原子力や資本主義に対する独自の視点を提供し、現代の文脈を考察します。特に、贈...

感想・レビュー・書評

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  • 対談なのでさらっと読める割には濃い!
    日本に必要なのは「男のおばさん」!
    日本人は「辺境に住む野蛮人」!
    カタカナ言葉が多かったり
    100%理解したとは言い難いけど
    思考の欠片を拾うような面白さがあった

  • 本来、生態系に依存しない原子力は「神の火」であり、原子技術はいわば「荒ぶる神」をどう祀るかという問題で「神霊的」な捉え方。だから欧米での原発は神殿を模して作られており「一神教」の宗教意識が成り立っている。一方で日本はどうか?「神の火」でなく「アメリカの火」であり、「荒ぶる神」でなく「カネになる木」とねじくれた捉え方をした。原子力がカネ儲けの道具ならばコントロール可能であると勘違いし、恐怖心が抑制された。原発の設備をあれだけ粗雑に作ったのは原子力に対する恐怖心をごまかそうとしたからである。

  • 内田先生を追っかけています。でも僕の頭ではついていけな〜

  • 元は『日本の本流』というタイトルで出版予定だったそうですが、東日本大震災が起こり、文脈が変わってしまったのでタイトルどうしよう、、と迷い、文脈が変わったのだから『日本の文脈』でどうか、ということになった、と冒頭にありました。発刊から9年経ってコロナ禍が起こりまたしても文脈が変わりいろいろ見直し考え直すタイミングで読んで良かったです。カタカナの専門用語や人物名に翻弄されながらも、全編通して対談の書き起こしというつくりだったので例示などもざっくばらんで、読みやすかったです。もともと中沢新一さんのやっている学問を理解したい欲求があり『チベットのモーツァルト』もカイエ・ソバージュのシリーズも読んでいますが、興味が満たされる満足感よりも理解したいけど理解しきれないもどかしさの方が大きかったのですが、この本は楽しんで読めました(とはいえ全部を理解したとはやはり言えないのですが)。読みやすかった分、雑な言い様の部分もありつつ(男のおばさんとか)、特に印象に残ったのは、贈与と資本主義の関係についてで、対等でない二者の間でのやりとりは資本主義経済の関係性だけでは無理である、という論。教育者と学ぶ者、医療者と病人(けが人)、介護者と要介護者、などはもともとの関係性が対等ではなく一方からもう片方への贈与ありきでないと健全な継続はおぼつかない、だからいろいろオカシクなってしまっている、というのは腑に落ちやすかったです。一神教的な思考と、土着の思考など、価値観とはまた違う、考え方の軸というか技術というか筋肉の使い方のようなところを紐解いてくれて、非常に興味深かったです。また折りを見て、ときどきこういう刺激も入れていきたいと思いました。面白かったです。

  • 中沢新一と内田樹の対談集。

    要所要所に「お!」と思うポイントがあるのだけど、私はそれで終わってしまう。「おばさん」よろしく、飲み会でダラダラ話しているあの感じと似てる。

    物足りないような気もするけど、「お!」って思うポイントで思い切り論破されてもキナ臭くなりそうな気もするし、結局そんなポイントを自分で勝手に解釈しながら日々の微調整に役立てている、といった感じでしょうか。

    全体的にすぐに何の役に立つ訳でもないけど、考え方とか、何を大切なものとするかとか、そういうのはめちゃんこ面白い。それは人生に生きているのかと言われれば微妙なんだが。あくまでスパイスかしら。

  •  内田先生と中沢先生の対談本。

     内田本をいくつか読んだ人にはお馴染みであろうテーマ(贈与、労働、神話)が随所に散りばめられている。
     人は歴史を進行させる上でどうしようもなく「物語」を必要としているのであり、グローバル資本主義のような、機械的で非人間的な方法を採用しているといつかがガタが来る、といういつもの警句が並んでいる。
     最終章ではそのいつもの警句が311以降の日本社会とどのように対応しているか、また、これ以後どのように人は振舞えば良いか呈示されている。
     

  • 面白かった。
    『呪いの時代』と言ってること自体はあんまり変わってない。

    贈与の重要性を言っておかなければ、焦りじゃないけど、
    そういう必要みたいなのに駆られてる気がした。
    あぁ今の日本って私も含めてほんとに余裕がないんだなと感じる。
    こういった重要性を説かなければいけないくらいには余裕がない。

    でも、だから日本はもう駄目だよね、ってなりすぎない。
    私がこの人の書くものが好きな理由はそこなんだなと思う。

    必要以上に悲観的にならない。否定的にならない。
    いつも「じゃあどうしたら日本が日本として生きていけるか」
    っていうのが考えられて示されている。
    海外に追従する形じゃなくて日本として生きられる形を探る。
    そういうところが好きだなぁと思いました。

  •  最近内田さんの本の内容がスピリチュアルな方向に向かってる、といくつか前の本にレビューで書いたのですが、

     それをうまく、「あぁ、そういうことか。」と説明していた対談本だった気がする。

     個人的に、東日本大震災が、我々の生き方の転換点になる、というような受け止め方がまだできていない気がするのですが、

     ただなんとなく、教育現場に身を置いている存在としては、

     今までの価値観では通用しない何か、をまだ言語化できていないけれど感じる。

     それをいち早く察して、世に送り出している本なのだと思う。


     わたしには、何ができるのだろう。

     「これからの贈与社会」。教育とビジネスを同じくくりで考えてはいけない、という考えから一歩進んで、踏み出していく必要性を突き付けられた。

     ただ、教員として、わたしは、生徒さんに何も贈ってあげていることができていないのではないか、というジレンマをものすごく感じる。

     生徒さんから未だ、色んなものを、貰うばかりなのだ。

     還元していかなくちゃいけないのに、貰ったものは手に有り余るほど大きくて、日々の関わりに感謝せずにはいられない。自分がここに居させてもらえる喜び。わたしはどう、彼らに返してあげられるのだろう。


     授業の終わりにいつも書いてもらう反省と感想に、毎時コメントを書くことや、担任に諌められたときの、副担任としてのフォロー、毎日機嫌よく過ごして、生徒の皆さんに、働くことって、誰かのかかわりになれるって、嬉しいことなんだと伝えること、分掌の仕事として、悩んでる子はいないか、悩んでる子はどう対処のアドバイスしていったらいいか対策練ること、


    そんな些細なことじゃ、全然足らん。申し訳ない。

     これから、一人で生きていかなくちゃいけないってなったときに、日々の生活の中で、誰かにかけられた馬鹿みたいに些細な一言が、生きる上で思いがけないくらい大きな支えになるっていう経験が、私にはあるのだけど、おこがましくも、たった一人でいいから、誰かのそんな風な支えになりたいと、願う。


    わたしは、大学を出るときに、
    「お前が教員やるの?」って複数の人に言われたw

    自分でもそう思った。

    だから、初めてもらったお給料に、自分はこんなお金をもらうに値しない人間だと思って、

    あぁ、働くって、こうやってわたしに投資してくれたことに対しての恩を返していくことなんだと思って、5年の月日がたった。

    未だ、わたしは、日々のお給料をもらうに値しない人間だと思い知らされる。

    働くことをやめるとき、わたしは、
    もう十分やった、なんて充足感、覚えられるんだろうか。

    頑張りたい。もっともっと、頑張りたい。

    なんかたぶん、本とは全然関係ないのだけど、
    この本を読んで、そんな事を思った。

  • 面白かった。
    同い年の思想家同士の対談。
    放談と言えるくらい話は自由に広がってはいるものの、一貫した俯瞰というか、人類史を前提とした継続性を前提として現代を読み解いている。

    面白い本でした。
    こういう勉強もっとやってみようかな。

  • 地名やら哲学者やらは勉強不足のため分からなかったが、日本人の特性やビジネスモデルで語れないものの理解が深まった。

    また読み直したい一冊。

  • 「希望論」で感じた足腰の弱さ。
    それは時間的スケールの短さがその原因なんだろう、
    と、本書を読んで思った。

    本書は、
    「希望論」と似たような結論に至っているのだけれど、
    反面この二人の人間の原初を見つめるまなざしは、
    強靭な身体性を伴って確かな実感を与えてくれる。

    ここで言われている「男でおばさん」というのは、
    わたしが昔から思っていた「中性的」であろうとする構えと似ている。

    もしかしたら、
    レディオヘッドやジェフ・バックリーやシガー・ロスや七尾旅人の音楽に惹かれるのも、
    こういういった志向と無関係ではないのかもわからない。

    また、
    ドラクエにおいて、メガンテよりもメガザルが好きなのも、
    メガンテの「自己犠牲による敵の殲滅」という攻撃的(父性的)なものより、
    メガザルの「自己犠牲による味方の救済」という包摂的(母性的)なものに、
    より価値を見出しているせいかもわからない。

    なんにしろ、
    様々な問題の最先端を行く日本の動向が、
    世界の道しるべになるということを肝に銘じておけば、
    案外毎日機嫌よく過ごせるような気もしている。

  • いや、相変わらず面白いです。京都の地形とか、能とか、とにかくいろいろ勉強になりました。

  • 12/02/03。

  • 内田樹と中沢新一の対談の形で、いわゆる「日本的なもの」が物語のような文脈で語られていく。

    歴史的な記述というより、能や風水、贈与など日常的な文化を通して、2人からみる「日本の文脈」を明かしていく本。

  • タイトル通りそういう本なんだけど、日本人は〜という大きな主語をそのまま受け入れられず常に若干の違和感がつきまとう感じだった。

    ・自分たちは「おばさん」だと嬉々として語っているけれど、私からするとそれも皆おじさん同士の会話という印象しかなく…。無謀にも世界をみているかローカル目線かという区分けのようだけど(単に私が言葉に持つイメージのせいかもしれないとはいえ)〇〇は△△だとどんどん断定していく語り口とかがどうにもおじさんのそれなんだよな〜。もちろんやたら断定するおばさんも多々おりますが。

    ・「労働と報酬が正確に数値的に相関したら、人間は働きませんよ。何の驚きも喜びもないですもん」と内田氏は言ってて、確かにオーバーアチーブとやらは大切だと思うけど、今はあまりにも仕事内容に対して低待遇な人たちが多すぎる時代だと思うので、まずそこを改善させない限り識者のキレイゴトに聴こえてしまうなぁ。
    労働者が求めているのは「予見できない報酬」ではなく報酬です。きちんと報酬が払われるようになってからの話だと思う…。

    ・欧米では哲学者が使う哲学の用語の多くは実は生活用語を流用しだの。
    哲学がわかるかわからないかの差は哲学用語の意味を知っているかどうかではなく、ふだん使っている言葉の意味をどこまで深く理解しているか。
    「言い換え」が重要な知的作業になるのは日本だけではないか?

    ・金春禅竹「明宿集」
    世阿弥の娘婿にあたる人

    ・結婚とは、戦争の弱化した形態である。
    読んで納得。日本神話ん見るともっぱら結婚している。天孫降臨したニニギノミコトが鹿児島のアタ隼人のところへ行って、コノハナサクヤ姫と結婚する。

  • 日本的なものの見方・考え方と、西洋的・キリスト教的ものの見方・考え方を対話を通して考えさせてくれる良書。内田樹さんの「日本辺境論」と中沢新一さんの「日本の大転換」は別途読まないといけないね。

  • 対談の面白さは この本のように 知識と知識が ぶつかり合って 潰し合うことではなく、対談によって 知識が積み上がっていくことだと思った

    2人の思想のエッセンスが たくさん 盛り込まれており、読みやすいけど 咀嚼に時間がかかった

  • ・教える人は教壇に立って、生徒はノートをとる。時代が変わってもあまり変わらない。ということは理解できる以上の仕掛けが組み込まれている可能性。学校・医療・親族・司法・宗教など。よくわからない決まりごとについては軽々に理非を判断すべきでない。
    ・交換の本質は、おたがいに、相手いにはその価値や有効性が分からないものを送る、そのような贈り物だが交換を継続し加速する。ここに交換の欲望が発生する。
    ・日本人はエッセイが得意。堅固な構築物を作るように哲学として思想を表現するよりも能楽・茶道・華道などの芸道として表現した。
    ・スーパーフラット:日本人は平面化して薄くするのが得意
    ・本に書いてあるものを読んで、分かった気になるのは非常に危険
    ・伝統芸能は、伝聞ゆえに、中空性を維持している
    ・日本人に国家は向いていない。地域共同体ぐらいがちょうどいい
    ・ユダヤ人になくて日本人にあるもの:農業と里山文化
    ・自分のローカリティ−を徹底するのが日本人にはよい。世界を目指すのではなく、ローカルを突き通す。
    ・メンバー全員が平等である、という前段階として、メンバーであるかぎりは同一のルールに従わなければならない、という制約がある。
    ・社会が上り坂の時は民主主義がうまく働くが、マイナスに働く時期もある。
    ・民主主義をうまく機能させるにはつねに贈与する人やシステムが必要
    ・医療・教育・宗教は根本に贈与があるのでビジネスが入るとダメ。
    ・Time is time.
    ・米国の介護施設は万人受けするように合理化して作ったが失敗。
    ・自然にいいことだけしよう、という発想が無理。エコの考え方の限界。
    ・非生体圏の核技術と生体圏のタービンと媒介する部分の技術が脆弱
    ・自然は征服するものでも守るべきものでもない。恵みをもたらしてくれるもの
    ・廃県置藩
    ・地域通貨:通貨の中に人間関係が入っている。言語や食べ物を共有する小さい範囲の中で人間関係を大事に作っていくところに戻るべき

  • おばさん的なおじさん(本文より)二人の対談。
    僕もこれからおじさん化していきますが、おばさんみたいな(女性ジェンダー化した)おじさんを目指そうかと思いました。
    「俺は男だ!」って意気がると、日本ではろくなことがないいたいです(笑)。

    確かにそうかも知れません。
    アカデミズムの世界なんて肌に合わないし、やっぱり田舎にかえって農業でもやりたいな~と思いました。

  • 文庫になってから読めばよいかとも思ったけれど、3.11以降の生の話もあるので、早めに読んだ方がいいかと思って、買って読んだ。2人の書いたものはいくつも読んできているので、どこかで聞いたことのあるような話が再確認できた。医療・教育をビジネスとしてはいけないということ。贈与する・されるものであって、お金で医療・教育サービスを買うという発想はいけない。もともと医者と患者、先生と生徒は対等ではない。こういうところにはビジネスは成り立たない。最近、奥歯が痛くて何回も歯医者に通っているが、いっこうに治らない。治療代を返してほしいと思うほど。そこで、すぐに気付いた。自分がしているのも(その歯医者と)同じこと。これだけお金をつぎ込んだのに不合格になった。金返せ!と言われても仕方ない。そうはならないところにあぐらをかいてビジネスをしてしまっている。そんなふうに思ったことはないけれど、そうとられても仕方ないのかもしれない。ここはもう少し考える必要がある。しかし、著者はいずれも長年私立大に勤務してこられた。その点はどうなんだろう。本書を読んで何よりおもしろかったのは、2人が同じ時期に東大で学生だった、けれど、そのときには出会っておらず、中沢新一が若手でデビューしたとき、同年代の内田樹は応援したり、羨望したり、やきもきしたりしていたということ。そして、中年になってからであって意気投合しているのだそうです。読みかけになっているレヴィ=ストロース「悲しき熱帯」は読まないといけないと思った。

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著者プロフィール

1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授、神戸市で武道と哲学研究のための学塾凱風館を主催、合気道凱風館師範(合気道七段)。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。専門は20世紀フランス文学・哲学、武道論、教育論。 主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『寝ながら学べる構造主義』、『先生はえらい』など。第六回小林秀雄賞(『私家版・ユダヤ文化論』)、2010年度新書大賞(『日本辺境論』)、第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『日本型コミューン主義の擁護と顕彰──権藤成卿の人と思想』、『沈む祖国を救うには』、『知性について』など。

「2025年 『新版 映画の構造分析』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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